第二章 Honor student&Underachiever

第22話 追憶①

 

 サラ=ジャスティス、15歳。

 その日、彼女は国立グランザール魔法騎士学院の入学式に出席していた。講堂には120名の自分同様の新入生と上級生、そして多くの来賓で埋め尽くされていた。

 視界に広がる多くの人間の視線が一斉に自身に注がれていた。

 しかし、視線を集める彼女の顔に緊張した様子はない。堂々と、それでいて凛とした佇まいで皆の視線を受け止める。まるで、周りを木々に囲まれて咲く花のようだった。皆が凛として美しい15歳の少女に目を奪われていた。

 その年の新入生で一番の成績を収めた者が務める新入生代表挨拶。壇上に立つサラはこれから同じ学び舎で過ごす同級生たちに目を向け、自分が彼らの代表なのだと改めて認識する。


 だが、そこで彼女はある一点で目を止めた。否、止まった。

 彼女の視線の先にあったのは、夜空のごとし黒い髪。妖しく、だが綺麗なその色を持つ少年。珍しい容姿の彼は、新入生の席の一番後ろにじっ、と座り同じようにサラに目を向けている。しかし、この男の眼はどこか可笑しい。目が乾くのかパチパチ、と目を瞬かせ何か我慢しているように見える。

 具合が悪いのだろうか? だとしたら、誰か先生に知らさなければ。

 純粋な憂慮が彼女の心に広がる。近くに座る職員たちを見るが、皆が自分に目を向けているために彼に気付かない。

 どうしようか、と壇上で立ちながら悩むサラ。そしてもう一度、黒い髪の少年を見る。


「……ん?」


 少年に視線を寄越したサラは訝し気な表情になる。何故なら、彼女の視線の先にいる彼の様子が変わったからだ。


「……ぐぅ~」


 ね、寝ている!?

 目を閉じ、頭をカクカク、と揺らす少年にサラの目が見開く。多くの上級生、来賓がいる中。神聖なるグランザール魔法騎士学院の入学式だという場面で果たしてどういう神経を持てば居眠りなど出来るのだろうか。


「くっ……」


 言いたい、すっごく注意したい。だが、今壇上で自分は代表挨拶をする身。そんな大事な場面でたった一人のために式の進行を止める訳にはいかない。


「どうかしましたか? ジャスティスさん?」


 サラの様子に気付いた司会をしていた生徒が訊ねる。正直、今この場であの少年を注意したい気分なのだが、そうともいかず「なんでもないです」と簡素に答えるだけとなった。

 一度、深呼吸を行い気持ちを切り替える。自分は今新入生代表、目の前の座る彼ら、彼女らの評価も自分自身の態度で決まってしまう責任重大な役目なのだ。

 ようやく落ち着きを取り戻したサラは、顔を上げ前を見据える。


「この度は、私たちの為にお集まり頂き誠にありがとうございます……」


 シーン、と静まる返る講堂に響く声。全員が、サラの言葉に耳を傾けていた。

 堂々と、立派に声を発すサラは今一度、先ほどの少年に視線ををやる。


 彼は、変わらず眠ったままだった。




 それが、サラ=ジャスティが《稀代の落ちこぼれ》と呼ばれる少年を最初に見た記憶だった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「はぁ、はぁ、ねぇ。もう、無理……」

「おいおい、まだ全然始まったばかりだぞ?」

「で、でも、もう本当にぃ」

「まだまだ、ここからが本番だぞ?」


 場所は、学院の芝生広場。普段は生徒たちの語らいの場として使われる広場に木霊す男女の声。

 一方は艶めかしく、荒くなる呼吸と共に発せられる熱い言葉。もう一方は、相手の声をどこか楽しそうに受けさらなる追い打ちをかける。


「そ、そんな! お、お願い。もう、本当に無理なの!」

「ふっふっふっ、さぁ、どのくらい耐えられるかな?」

「ダメ! 本当に、ダメなの! これ以上は、こ、零れちゃう!!」

「問答無用!!」

「ダ、ダメェ~~~!」


 飛び散る水飛沫。

 水を得た芝生は艶めき、朝日に照らされ輝きを放つ。


「はい、記録26秒。一分いってないから腕立て腹筋それぞれ50回を3セットな」

「く、くぅ~~~~」


 淡々とした口調で紡がれた言葉に、リン=ベェネラは悔しそうに唸りながら両手に持つバケツを置いて地面に手をつく。


「こんの~~~!!」


 やけくそとばかりに叫び、腕を勢いよく上下させる。


「う~ん、せめて40秒はいって欲しいんだけど。全く、先が思いやられる」

「うっさいわね! 片足立ちで両手バケツ持っているだけでも難しのに頭の上に置くなんてどう考えても無理でしょ!!」


 嘆かわしそうに見下ろすのは、彼女と同じチームのリーダーのケイ=ウィンズ。グランザール魔法騎士学院で唯一魔力量0で魔法を扱えないために周りから《稀代の落ちこぼれ》と呼ばれている男子生徒である。


「大体、これに一体どんな意味があるっての? 私、剣を教えて欲しいって言ったんだけど」


 ジト目を向けつつも上下させるリン。彼女の質問に、ケイはやれやれと嘆息をつく。


「全く、剣を習うにはそれ相応の準備って言うのがあるんだよ。つまり、基礎となる部分が大事ってことだ」

「いや、それは分かるんだけど。私が訊きたいのは、この訓練の意味を教えて欲しいのよ」

「はぁ、しゃーないな。ほれ、見てろ」


 ケイの言葉にリンは腕立てを一度中断させ立ち上がる。

 近くに置いてある水の入ったバケツを二つ持ち、片足を上げる。ビシッ、と一本の幹のように身体を真っすぐに保つ。


「いいか? 剣を扱う俺らに大事なのは強力な筋力でも、鋭い剣筋でもない。必要なのは、バランスだ」

「バランス?」

「あぁ、体幹とも言うが、体幹を鍛えればどんなに衝撃を受けようが倒れることはない。特に、俺らみたく魔法が扱えない奴らには倒れたら最後魔法か剣で即死亡だ」

「ごくり……」


 恐らく、自分が倒れた時を予想したのだろう。彼女の喉から緊張した音が鳴る。ケイはそれを聞きながらも説明を続ける。


「筋力も確かに大事な部分でもあるが、体幹にバランス感覚、体の柔軟性。俺が教えるにあたって重要視するのは体の芯となる所だな。試しに、俺の頭にバケツ置いて押してみろ」


 ケイに言われてリンは水を再度入れたバケツを彼の頭に乗せる。慎重に頭上に置かれたバケツはピタリ、と止まった。

 ケイの体は一切揺らぐ事なくまるで人形のように固まっている。この時点で、ケイの体が出来上がっているのが分かる出来る。そして、リンは言われた通り彼に近づき、肩を押してみる。


「よっ」

「………」


 結構な力を込めて、押された肩は一瞬だけぐらり、と動く。だが、彼の頭と両手のバケツの水が零れる事もなく、上げていた右足が地面に着くこともなかった。


「おぉ……」

「このように、体幹が強くなったら滅多なことで倒れる事はない。大抵の攻撃も耐える事が出来る」

「なるほど」

「ということで、ペナルティが終わったらもう一回やるぞ」

「はい!」


 最初に出会った頃とは打って変わった威勢の良い返事にケイは満足げに頷くと続きを再開させる。

 その後も、ケイによる地道な訓練が続くが早々上手くいくこともなく。終わった頃にはリンの赤い髪の毛がびしょびしょになったのは言うまでもない。
















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ノーネームナイツ・ユニークウィザーズ 九芽作夜 @nsm1016k

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