第2話 カラスが鳴くからかーえろ

 ゴロゴロしながらスマホを見ていたら、旅の疲れからかすぐに眠くなってきた。

 特に急ぎでやらなければいけないことも無かった俺は、首にかけたチョーカーを外し古銭を布で磨く。

 磨き終わると、ふああとあくびが出てくる。

 少し早いが、寝ることにするか。

 

 電気を消し、布団を被ると自然に今日の出来事が頭に思い浮かんできた。

 今日はいろいろあったなあ。

 この島は探検のし甲斐がありそうだし、港に行けばまた翠に会えるかな?

 

「考えるより、動けだな。七海さんを探しながら自転車で移動するのも悪くない」


 あ、考えてることが口をついて出てしまった。

 ま、誰もいないし一人言を言ったところで聞かれて恥ずかしい思いをすることもないさ。

 

――ガタリ。

 ん? 何かが動く音か?

 不安になった俺は電気をつけて部屋をぐるりと見渡したけど、特におかしな点は無いように見える。


「気のせいだったか」


 再び消灯し、今度こそ眠りにつく俺なのであった。

 

 ◆◆◆

 

 ふああ。

 クーラーをつけっぱなしで寝てしまったから、少し体がだるい。

 目を擦り、首を回して大きく伸びをしてから起き上がる。続いてクーラーを消し、障子窓を一息に開く。

 

 ま、眩しい。

 まともに日差しを直視してしまった。こ、この衰えを知らぬ太陽め。あと二ヶ月もすれば弱弱しくなるくせに。

 なんて心の中で毒付きながら、着替えをすました。

 

 キッチンに顔を出すとすでに留蔵の姿はなく、ダイニングテーブルの上にメモが置いてあった。

 

『炊飯器に炊き立てのご飯が入ってる。冷蔵庫の中に鮭。みそ汁は温めなおしてくれよ』


 見た目とは裏腹に細やかな留蔵の気遣いに感謝し、さっそく温めなおして朝食をいただく。

 昨日は早めに寝たから、起きる時間も早かったんだが……留蔵は既に畑に出ている様子。

 時刻は朝の六時半だぞ……。

 

 ◆◆◆

 

 お腹が膨れたところで畑に出てみると、留蔵がクワを持ち土を掘り返していた。

 

「おはようございます」

「おー、はやいな。もっとゆっくりと寝てていいんだぞ」


 首から下げたタオルで顔の汗をぬぐいながら、留蔵は俺に笑顔を見せる。


「何かできることがあれば」

「ん、そうだな。最近雨が降ってねえから、庭の草木に水やりでもしておいてくれ」


 畑じゃなく庭であったことに首を捻ったが、どんな作業にしても留蔵の役に立つのなら問題ない。


「後で畑の雑草抜きを手伝ってくれ。あれは腰にくるんだよ」

「了解でっす!」


 えっちらおっちらと畑から庭に移動する。

 えっと、蛇口はどこかなあ。

 あったあった。

 ホースが付いたままの蛇口が軒下にあり、蛇口を捻ると……。

 

「どええ」


 水の勢いで長いホースが暴れる暴れる。

 慌ててホースを掴もうとすると、誤って肩から水を被ってしまった。

 あ、そうか。

 何も水を出しっぱなしでホースを掴まなくてもいいんだった。

 蛇口を捻って水をとめると、ホースも大人しくなる。

 ついつい自分の家のホースと同じと思っていたけど、止水がないんだなこのホースリール。

 今度はホースを掴んでから水を流すとうまくいった。

 

「ふんふんー」


 鼻歌を歌いながらルンルンと木や花に水をやっていく。

 留蔵は一人だというのに庭の手入れまでちゃんとやっていてすごいなあ。

 

「おー、ひまわりかあ。夏っぽい」


 背の低い花が並ぶ花壇の後ろに、ひまわりが横に整列するような形で花をもたげていた。

 ひまわりの花を見ると何だか気分がよくなるんだ。力強く鮮やかな花弁は、まさに夏って感じがして。

 

 しかし、呑気なのはここまでだった。

 この後、畑の雑草抜きをやったわけだが……土から照り返す熱がすごいのなんの。留蔵から麦わら帽子とタオルを借りて汗だくになりながら、作業をこなす。

 

 ◆◆◆

 

 お昼ご飯を食べてシャワーを浴びた後、麦わら帽子だと恥ずかしかったからニット帽をかぶって、今度は自転車に乗って港に向かう。

 途中スマホで地図を調べながらと思ったけど、海沿いの道を真っ直ぐ進むだけだったから迷う事もなく港に到着する。

 

 翠はいるだろうか?

 なんて思いながら、自転車を停車させ港へと進んで行く。

 灯台のところまで来て、念のため裏側も見てみるけど彼女の姿は見当たらない。

 

「んー、そうそう都合よくはいないか」


 ここには遊ぶ施設なんてないし、潮風もきつく長居するには激しく向いていないからな。

 自分だってここで数時間たむろっておけと言われたら「無理です」と即答するだろうし。


 コンビニでも行くか。

 ポケットからスマホを取り出し、コンビニの場所を調べようとしたところでふと気が付く。

 そういえば、昨日結局風景を撮ってなかったじゃねえか。

 

「どうせなら、海をバックに七海さんを撮りたかったけど……」


 人に聞かれたら羞恥心に悶え苦しみそうな独り言を呟き、スマホを構える。

 大丈夫だ。誰もいないことは確認しているからな。

 

 ん。

 ――ちょんちょんと誰かが後ろから俺の肩をつっつく。

 

「え……」

「九十九くん、こんにちは」


 ま、マジかよ。

 後ろには昨日と同じ長袖セーラー服姿の翠が立っていたのだ!


「聞いてた?」

「……」


 こくりと頷きを返されてしまった。

 てへへと困ったように眉尻を下げる翠。

 対する俺はかああっと頬まで熱くなる。

 

 き、聞かれていただと……。

 不用意な発言は慎まねえと、自分に喝を入れつつもこの気まずい空気を何とかしなければ……結果、乾いた笑顔を浮かべるだけの俺であった。

 気合を入れるのだ、俺。謎の励ましを心の中で唱えつつ、翠へと顔を向ける。

 

「あー、えー、っと。七海さん。これ」

「これ?」


 翠は不思議そうに首をこてんと傾けた。

 お、おっと。動揺し過ぎて言葉だけが先に出てしまった。

 

 俺はいそいそとお出かけ用に持ってきた小さめのリュックから麦わら帽子を取り出す。

 無理やり突っ込んだから、元の形に戻らないか不安だったけど問題ない。

 つばの広いよく見る麦わら帽子の形にすぐに戻った。

 

「日差しがきついから、これ」

「わたしに? いいの?」

「うん、俺はこれ被ってるし」


 ニット帽を指先でちょんちょんとやり、翠へ微笑みかける。

 彼女は戸惑ったように俺から麦わら帽子を受け取ると、すぐに頭につけてくれた。

 

「留蔵さんの家から持ってきたものでごめんな。ダサいかもしれないけど、無いよりマシだと思って」 

「ううん。どうかな? 変じゃないかな?」


 こういう時、どう返せばいいのか悩む。

 似合ってると言っても、おしゃれな麦わら帽子じゃないし……微妙だよな。

 でも、麦わら帽子を両手でつまんで上目遣いに俺の様子を伺う彼女は――。

 

「可愛い……」


 つい本音が出てしまった。

 自分で言うのも何だが、このセリフは恥ずかし過ぎるぞ。


「やったー。ありがとう! 嬉しい」

「う、うん」


 しかし彼女は今朝みたひまわりのような満面の笑みを浮かべたのだった。


「九十九くん」

「……」

「九十九くん?」

「あ、うん。ごめんごめん」


 つい見惚れてしまい、ぼーっとしていたようだ。

 え、えっと。

 翠とはデート……じゃなく、聞きたいことがいっぱいあるんだった。

 例えば、ほら、あれだよあれ。


「七海さん、どの辺に住んでいるの?」


 くっ……よりによって口をついてでた言葉が定番中の定番だった。

 我ながら何の捻りもない質問に少しへこむ。


「神社……かな」

「ふうん。神社の傍に住んでるんだ」

「う、うん」


 何か含みがある感じで頷く翠であった。

 そんな表情を見ると、俺が言う事ではないけど家庭に何かあるのかなあと心配になってくる。


「神社に行ってもいいかな?」


 家には触れないようにして、彼女へ問いかけてみた。

 もちろん目的は、彼女に会う事。

 灯台でたまたま会えたからよかったけど、ちゃんと会う約束をしたい。

 ああああ。聞いたのはいいけど、ドキドキしてきた。

 すげない返事だと落ち込みそう。


「うん。その方がいいと思う! 神社の方がここより涼しいよ。川もあるの」


 翠ははにかみ、首を縦にふる。

 やったぜ。よかった。今度は「たまたま」じゃなく彼女に会えるんだ。


「おお。それはおもしろそうだ」


 しかし喜ぶ俺とは逆に彼女は長い睫毛を伏せ呟く。


「山の中にあるから、自転車じゃ近くまで来れないの」

「大丈夫だよ。ハイキングだってしたいし。自然を見ながらってのは逆に大歓迎だよ」

「そ、そう。それならよかった!」


 翠は両手を合わせ、ほっとしたように息を吐く。

 このまま話が終わってしまいそうな気配を感じ取った俺は、左右を見渡し取って付けたように灯台の影を指さす。


「立っているのも日差しがきついし、灯台の日陰で座らない?」

「うん」

 

 日陰に入って、灯台の壁に体重を預けだらんと足を伸ばす(背中を壁につける前に熱くないかちゃんと確かめたぜ)。

 翠はといえば、俺の隣にペタンと座ってこちらに顔を向ける。

  

「七海さんは制服を着るのが好きなの?」

「うん。ここの制服が気に入ってるの。可愛くない?」


 確かに。リボンの形も可愛いし、スカートのデザインも普通のセーラー服と違って裾にワンポイントが入っており特徴的だ。


「へえ。どこの高校なの?」


 やったぜ俺。自然に彼女の高校の名前を聞いてしまったぞ。


「相楽塚高校だよ。九十九くんは?」

「俺は隣の県にある呉島高校ってところなんだ」

「へえ、最後の夏休みなのに受験とか大丈夫なのかな?」


 「それは君もだろ」って無粋な突っ込みは男前の俺はしないのだ。

 コホンとワザとらしい咳をして、キリリと自分なりの凛々しい顔をして彼女へ応じる。

 

「高校を出てからまだ何をするか決めかねていてさ」

「ふうん。そうなんだ」

「何だよ。その笑みはあ」

「ううん。何も?」


 あの顔。絶対に笑いを堪えている。

 自分探しの旅って言わなかっただけマシだろお。

 頭を抱えていると、翠の声が耳に入る。

 

「わたしも……どうすればいいのか……わかんないや」

 

 彼女の声色はこれまで聞いたことのないような寂しげな色を含んでいて、チラリと横目に入った彼女の顔にドキリとした。

 いや、心を奪われたとかのドキドキではなく、見てはいけないものを見てしまったような……何といったらいいのか難しいけれど、達観したような憂い……うう。やっぱりうまく言えないや。

 

「まあ、そのうち何とかなるさ。うん。俺だっておんなじだし!」


 殊更明るい声で大げさに手を振る俺。


「うん、そうだよね!」


 元の表情に戻った翠は笑顔を見せてくれた。

 もし彼女が悩みを抱えているのなら、聞きたい。そして、少しでも力になりたいと思う。

 でも、まだ踏み込むには早すぎると感じているんだ。彼女の心に土足で踏み込むのは余計に彼女を悩ませることになりかねない。

 帰る日になるまでには、もっと彼女と仲良くなって……。えへへ。

 

 彼女と話ができるのはいいが、このクソ暑い炎天下……いくら日陰とはいえ汗が止まらねえな。

 喉が渇いてきた俺はリュックを開き。あ。

 

「七海さん、港近くにある古い感じのお店まで行かない?」


 そうだった。この後コンビニを探しに行こうと思っていたから、ペットボトルの一つも持っていないのを忘れていた。


「ご、ごめんね。九十九くん。もうそろそろ行かないと」


 翠は、少し動揺した様子でこの後予定があることを告げる。


「そ、そうだったんだ。引き留めちゃったよね」

「ううん。九十九くんがひょっとしたらここにいるかなあと思って来たの。だから……」

「俺も君がいるかもと思って」

「そうなんだ。えへへ」

「ははは」


 お互いに笑いあい、この場は解散となった。

 

 この後俺は港前の昭和なお店には行かず、コンビニの探索に向かうことに決める。

 短い間だけだったとはいえ、翠に会う事ができてよかった。明日は神社で会えそうだし。

 自分の頬がにやけるのが分かり、手を頬に当てる。

 戻れえー俺の顔ー。こんな顔誰かに見られたら……。

 とかやっていると、電柱にぶつかりそうになり冷や冷やした。

 

 ◆◆◆

 

 コンビニを発見するのはなかなかタフだった。最終的にはナビアプリを使って案内通りに進むことでようやく辿り着く。

 ハアハア……これは常に飲み物を持ち歩いた方がいいな。脱水になりそうだ。

 留三がコンビニは反対側と言ってたけどそんなに遠くないと思いきや……軽く考えていたが、俺は離島の距離感を舐めていた。

 ええとだな、留三の家から海岸沿いをずっと進んで港だろ。そこから更に海岸沿いを突き進み弧を描くようになっているところを抜けた後、海を背に進むこと十五分くらいでコンビニだ。


 つ、つまり。

 留三の家からコンビニまでは超急ぎで自転車を走らせても三十分以上かかる素敵距離だった。

 

 コンビニは午後八時で閉店というのはまあいいとして、品揃えは俺の地元にあるコンビニとそう変わらないのは幸いだ。

 とりあえず、飲み物を買いたい。

 スポーツドリンクを数本、コーラも数本買って店先でさっそくスポーツドリンクを一気に飲み干す。

 

 ふう。飲んだら飲んだで汗がどばあと吹き出してきた。

 まだ少し夜までに時間があったので、この辺りを散策してから帰るとするか。

 ブラブラ目標無しに自転車を走らせていると、学校を発見する。

 小学校と中学校がおんなじになっているらしく、校門には両方の看板が掲げられていた。

 翠もここに通ったのかなあと校庭を眺めていたけど、夏休みだからか人っ子一人いやしねえ。学校のグラウンドって野球やサッカーのチームがよく練習で利用しているもんだが、ここではそうではないらしい。

 

 鉄棒をぼーっと見ながら、翠もここで逆上がりしたのかなあと小学校時代の彼女を想像して口元がにやけてしまう。

 そんなこんなで散策をしていたら、あっという間に夕焼け空だ。

 カラスがクエクエ煩くなってきたし、帰るとするか。

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