心無き探脳士とは【破】





───── 破、始地にて ─────







「殺すぅ――――――ぅううがあぁぁああ!!!!!!!!」



最早、紅しか見えなかった。

街の住人は止めどなく血を吹き、障子や

路地や露店を穢す


獣の革を纏い、にやにやと嗤う翁の『恨獣』は自身に有利な『呪獄』すら展開せず

脳髄こころのみの力で『恨獣』の操る幻『恨幻こんげん

を発動したとでも言うのだろうか?


鉈を引き抜き、叩き付け

初撃難なく躱される、

横払い、

上体を反らす。


鉄釘を投擲、

跳躍。老人の『恨獣』は視界の外へ



『更なる、奇術すべからく視べしッ!』


上空、外套を広げた『恨獣』の姿


青い空は墨をぶちまけた様な黒に染まる



「─────何?」


 

『呪獄』をここまでの広さで展開出来る

『恨獣』は稀、俺が敗れた屍人の群れの

『恨獣』ですら家一軒、その周辺しか再現し切れなかったのだから

つまり、この『恨獣』は街全域を『呪獄』としていたとでも言うのか




『畏れたな。唐笠の君』






底冷えする程、低い声が唸った。








───── 破、イチにて ─────








目を覚ますと、暗い泥地に立っていた

得体の知れぬ紫煙たゆたう空、生気枯れた木々と足首に絡む泥土でいど


歩く、しかない。


泥を踏みしめる度、黒い水がにじみ出る


前へ、前へ、前へ、薄い紫の霧の先


その先に


『君、大好いただきぃ…』


乳白色の牙、緋色の角をいただ

白銀の髪の魔の少女


俺を、指さしている。


背の鉄の柱を引き抜き


「『恨獣』ァッ!!!」


両腕で振りかぶり、叩き付ける

黒い水が飛び散った

銀の糸がはぁっと散り、桃色の肉の華が咲く

牙がひしゃけた顎にひっかかり、垂れ下がる

細い肩砕き、臓腑ばらまき、大腿を散らした





静寂だけが、そこにあった。





黒い水が、足にまとわりつく

黒い血に、『恨獣』はけた





愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛

「なんだ?!」

何処からか声が聞こえル

やめて、はなさないで

あいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあ

く空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚

「『恨獣』か」空虚空虚空虚

空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空空虚空

空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚

地から、暗血どろの水全てが震え、声ヲ、ヲ邪魔じゃまじゃまじゃしじゃじゃし

じゃましないで、じゃぐぎあ!あああ?!!

いや、ちがっあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあい

「黙れ、下らん声を」はなさないで

空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚…空、空空くう、くう!くうくうくう!そう!!そう!くう!くうくう



相合い、ルわせて』



深く、深く、とても深いくろが泥水を染める


「ちッ、姿が見えん」


『すきよ、そのわせて』


泥から枯木…否、凹凸の紅白、き身の皮肉、人骨の木々、沼地に枯れたせいの林

それら死の骸たべカスに阻まれる


少女は『恨獣』は桃色の脳髄を骨で囲い

骨を皮膚と髪で繕い、元に復元する

血の角と牙の白、魔貌であった。


「殺す!殺ろぉすあ!!!!」


『貴方をしょくすぅ…』


鉄の柱を投擲、紅白、皮肉と骨の林を拓く


先には白い少女。殺す、殺す、殺す!!!


走る、白の林から骨が突き出す、鉈で砕く

疾走はしる、赤の沼から筋肉の糸が全身に絡み

つく、鉈で切る、断つ、尚走る



『やあっとわたしのくちの中にきたぁ…』



白が、紅に為った。

少女こんじゅうは縦に裂ける

肉は柔な唇、肋骨は牙、臓腑は喉

泥沼は、少女の胃袋。


おそいおそいおそいおそいおそいおそいおそ

「な」

おそいおそいおそいおそいおそいおそいおそ


拳、腕、肩、半分。暗闇いたみに染まった。



「『おいしい』ぐぅぐぎがあああ『おいしい』あああああああああ『おいしい』『おいしい』あああ『おいしい』あああ!!『おいしい』!が!!ころすああああ『おいしい』あくあああ!!ああ『おいしい』あ!!!あ!!!!!!あ」








───── 破、異地にて ─────









目を覚ますと、雪の中にいた



白い境内、紅い鳥居、黒い、二つの人影。



『『探脳士』空臥そらふじ、我が名を忘れたか』



『忘れはしない、お前の名は幻戒』

『忘れられる訳があるまい、長年連れ添った我が友よ』



『違う違う違あう!!!その名は捨てた、我は野に悪逆の種子を蒔く一匹の『恨獣』!』



「恨獣ぅぅうウううううあ!!!!!」



刃の欠けた、鈍色の鉈を強く、強く握り締め飛びかかる

片脚、片腕でも飛び上がる事は、出来る、

出来るのだ!

鳥居を抜け、白い石畳を砕かんばかりに

蹴り、二人の間に割り



『『邪魔だな』』



二人の男の姿が見えた

一人は俺と似た唐笠と黒い着流しを纏った男

一人は鷲鼻の…

顔を判別する間もなく、吹き飛ばされる

白い雪の床が払われ、灰色の床に変わる

最早叩き付けられる痛みすら感じない


二人の相対する男、白い雪と紅い鳥居

俺は、『何か』を忘れている



『恨獣ではない、幻戒だ。ただ独り、悲しみを忘れず、記憶を背負い恨獣を救い続けた男』


欠けた記憶が


『それがこうして恨獣になった。ならば我が『探脳士』としてやってきた事に意味は無くなる!貴様達のやり方こそが一番に人を救うやり方だと!そう証明してしまった!!!』


忘れていた『何か』が


『違う、お前にしか救えなかった者もいた』

『否、むしろ、お前にしか救えない者の方が多かったのだ。私達は恨獣にも探脳士にも重すぎるごうを背負わせていただけだ』


想いを


『お前はただ、人として恨獣にってしまった。それは別の、ただの結果でしかない』

『ならば、私がお前を救おう、探脳士として』



「待ってくれぇ!死ぬな!空臥そらふじ!!!死ぬぞ!!!!そのままでは!」



思い出した、これは、僕の師匠の死

何も出来なかった僕の、僕自身への憎しみの始まり

また繰り返す、憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い、何も出来なかった自分が憎い!己の愚かさが憎い!世界が憎い!憎い!憎い憎い憎い





『唐笠の君、お前は、何も出来ない。』





憎悪の絶望に、沈んでいった。






───── 破、始地にて ─────





『待たせたね、空ちゃん。』



僕は、地べたに倒れ臥していた

場所は変わらず『元街』

誰も此方こちらを見ていない

誰も『恨獣』を畏れていない

誰も血を流していない


そして唐笠がない、髪を結っていた紐も切れたらしい、長くべたついた銀色の髪が解れていた

負傷した肩には布が巻かれており、治療が施されている


「オイあんた、気絶している間に見える範囲の治療をしたがよ、こんな酷ぇ傷跡もん初めて見たあ!この嬢ちゃんよりよっぽどひでえや!」



大きな箱を背負った女がそう叫ぶ



「『たんのうし』様!大丈夫でしたか!?この方に話を聞きましたが、そんなに酷い傷を……私は、私は…」



涙を流す童と



『やあ唐笠の君。良い夢を見られたかね』

小生しょうせいの『恨幻』は特別

ンばあッど!であっただろう?』



ニヤリと嗤う翁の貌が見えた。






悪い、夢に、醒めた。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

浄土救世人心守護の探脳士 論理子 @ncr

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ