第22話 救世主

 そのころ、ルビーはカノンの町の物陰に身を隠していた。そのそばを怪しいフードの男たちが次々と行き来する。ルビーはわき腹の痛みに耐えながら、その男たちに気づかれないように息をひそめた。


 わき腹からはとめどなく血が流れ続けている。素人目にもこのままでは危険だとわかるほどの出血量だ。あたりからは陽射が消え、血の色を赤から黒に染めた。



(ちょっと、これはまずいかも。早く、シストと合流しないと)



 ルビーはわき腹を押さえながらゆっくりと移動した。男たちに見つからないように移動しなければならないため、動きは亀のように鈍い。だが、少しずつ、確実にシストが帰ってきているはずの宿に近づいていた。



(もう、少し……)



 シストとルビーが泊まっていた宿がルビーの視界に入った。だが、その宿の前には怪しいフードの男たちがたむろしている。とても見つからず突破できるものではないだろう。強行突破という手も考えられたが、手負いの状態である今のルビーでは捕らえられるか殺される危険度のほうが高い。今とるべき選択肢とは思えなかった。


 ルビーは自分たちが泊まっている部屋の窓を確認した。すでにあたりは暗くなってきているのに、部屋に明かりは点いていなかった。それは、部屋に誰もないことを意味する。



(あいつ、まだ帰ってきていないの)



 ルビーは絶望的な気分になった。シストでなくともヒーラーならばルビーの傷は治せるだろうが、怪しいフードの男たちに追われている状態で町のヒーラーのところに行くのは危険である。その町のヒーラーも危ない目にあう可能性があるからだ。つまり、今のルビーに頼れるのはシストしかいないのである。



(とにかく、ここにいたらあいつらに見つかる。今は、シストが帰ってくるまで別の場所に身を隠さないと)



 ルビーはわき腹の痛みに耐えながらゆっくりと足を進めていった。地面を血で濡らしながら、一歩一歩確実に。


 その様子を、遠くでじっくりと観察している人物がいた。その人物は怪しいフードの男たちに指示を出していく。ルビーの周りに、ゆっくりとだが確実に怪しいフードの男たちが集まっていった。そのことを、ルビーはまだ知らない。



   ###



 ルビーの行くところ行くところに怪しいフードの男たちはいた。ルビーはその男たちを避けるように何度も道を変えた。――まるで追い詰められているかのような感覚に襲われながら。



(何、これ。なんだか誘導されているみたい)



 ルビーは不思議に思いながらも歩みを止めることができない。歩みを止めてしまえば、それは怪しいフードの男たちに捕まることを意味していたからだ。


 そして、人気のない広い空間に出た瞬間、ルビーを後ろからつけていた人物が牙をむいた。



「さあ、そろそろ鬼ごっこは終わりにしようか」


「っ!」



 ルビーが後ろを振り返ると、そこには王国の騎士と取引をしていた怪しいフードの集団のリーダーらしき男がいた。その後ろにはぞろぞろと黒いフードを被った男たちが並んでいる。


 ルビーは左右を確認した。左右は見上げるほどの高い壁。後方は細い道。とても戦闘のできるほどの広さはない。その道の向こう側には人の気配がする。おそらく、怪しいフードの男たちが待機しているのだろう。戦闘ができるとすれば、今ルビーのいるわずかに広い空間しかなかった。



(こいつら、先回りしていたのね)



 ルビーは歯噛みしながらリーダーらしき男を睨みつけた。その視線を受けても、リーダーらしき男の表情は変わらない。



「そんな顔をするな。お前は誰かに助けを求めようとしていたみたいだが、なぜその辺にいる通行人に助けを求めなかった。そうすれば、こんな状況にはなっていなかっただろうに」


「あんたたちのことだからね。私が一般人と接触したら、その一般人ごと殺すつもりなんじゃないかと思ったのよ」


「信用がないな」


「当たり前でしょう!」



 ルビーの表情は次第に青くなっていった。もはや喋ることもつらいだろう。だが、それでもルビーは弱みを見せようとしない。ここで弱みを見せれば、きっと目の前の男たちはその弱みを衝いてくるはずだからだ。



「選ばせてやろう。剣で突き殺されるか、銃で撃ち殺されるか、どちらがいい?」


「どちらも……」



 ルビーはわき腹の痛みを押し殺し、二本の剣を抜いた。だが、その構えはいつものような美しさはない。押せば倒れそうなほど弱弱しい足取りだった。それでも、ルビーは言い放つ。



「お断りよ!」



 ルビーは地を蹴った。ふらつきながらも、何とかリーダーらしき男のそばまで接近する。リーダーらしき男は剣を構え、ルビーを迎え撃った。


 ルビーの剣がリーダーらしき男の胸を襲う。しかし、その剣には力がない。速さもない。ただの、女の子が振るった剣だった。


 リーダーらしき男はその剣を軽々弾いた。その隙をついて、ルビーの短剣がリーダーらしき男に迫る。だが……。



「甘いな」



 ルビーの攻撃はあっさりとかわされてしまった。ルビーとリーダーらしき男がすれ違った瞬間、リーダーらしき男は懐から銃を取り出していた。ルビーの目が見開かれる。



「この距離なら、外しはしない」


「くっ」



 引き金が引かれる瞬間、ルビーは体勢を崩しながら短剣を投げた。短剣はリーダーらしき男の頬をかすめ、壁に当たる。レンガ造りの壁がわずかに欠けた。


 その攻撃を回避するのに意識を集中しすぎたのか、リーダーらしき男が発射した弾丸はルビーの急所には当たらず、右肩の骨を砕くだけにとどまった。しかし、それでもルビーにとっては深刻なダメージだ。



「うっ」



 ルビーは地面を転がりながらリーダーらしき男との距離をとった。その肩口からは大量の血が流れ出ている。わき腹の傷も、激しく動いたためか出血量が増加しているように見えた。



「無駄なあがきを」



 リーダーらしき男は、再び銃を構え、照準をルビーにあわせた。ルビーは重傷を負っており、もはやまともに動ける状態ではない。


 ルビーはその光景を見ながら、今までの出来事を思い起こしていた。



(ああ、私の仇討ちの旅も、ここで終わりか)



 リーダーらしき男が笑った。最後に見る光景がこんな男の顔だと思うと、ルビーは自分の運命を呪わずにはいられない。せめて、仇の正体を暴いてから死にたかった。せめて、仇の手によって殺されたかった。



(ごめんね、お父さん、お母さん。私、仇を討てなかったよ……)



 ルビーは目を瞑った。最後のときを感じながら――。


 銃の引き金が引かれる。破裂音がカノンの町に響いた。


 ルビーは自分の人生は終わったと思った。しかし、いつまで経っても新しい痛みはやってこない。意識もはっきりしていた。どくどくと流れ出る血の鼓動が、逆に生を感じさせる。



 そこに、ひどく懐かしい声が聞こえた。



「まったく、宿で寝ていてくださいと言ったはずなんですけどね」



 その声に誘われるように、ルビーは目を開ける。そこには、よく知った、ずっと会いたかった男の背中があった。



「あ、あんた……」


「何とか間に合ったようですね、ルビーさん」



 ルビーの瞳には、シストの大きな背中が映っていた。

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