貨物

三崎伸太郎

第1話



貨物

三崎伸太郎 06・06・2015


それは偶然だった。

GE社の作ったTSA(transportation Security administration)のスクリーン・システムが反応を示したのだ。つまり、爆発物などを検査する機器が貨物に警告を発した。

日系のフレイト・フォワーダー(物流)の倉庫で働いているマレーシア人のヤウは、TSAのスーパーバイザーであるフィリピン人のトニーとウィルバートに報告をした。会社のキッチン(ランチ・ルーム)で、休んでいたトニーはあわただしく入ってきたヤウに、携帯のスクリーンから目を離して相手を見た。

「トニー。マシンが反応した」抽象的な言葉だったがトニーはTSAのスクリーン・システムが爆発物を検地したと理解できた。しかし、貨物の表面を小さな紙片で拭いて、それを機械にかけて検査するシステムである。過去にも何度か、同じ問題は発生している。彼は、倉庫に戻る途中TSAのスクリーンの先輩でもある海上貨物担当のウィルバートの机に行き、一緒に確認してくれと言った。巨体の持主であるウィルバートは海上貨物の書類をコンピューターで作成していたが、ゆっくりと重い腰を上げた。

ヤウは、次に決められたとおり新しくTSAの責任者になったアイリーンの部屋にも向かった。アイリーンは女性で黒人と中国人のハーフだ。メインの仕事は、海外に対する営業だが最近になって会社のジェネラルの仕事(一般のオフィスの仕事)も任された。

貨物は、倉庫の中に金網で区切られた広いTSAの場所にある。壁に沿ってもうけられているテーブルの上に、三台のセキュリティー・チェック・マシンが並んでいた。

一方にはTSAのスクリーニング検査をされる貨物が並んでいる。パレットに乗ったダンボールの箱や、クレイトと呼ばれる木枠梱包の貨物だった。

検査にひかかったのは一個のクレイトの貨物で、かなりの大きさだ。高さが人間の背丈ほどある。

「どうする?」マシンのデーターを確認したトニーがウィルバートに聞いた。

「開けるしかないな。カスタマー(客)は緊急時の貨物開封に同意している」

「トップ(上)か?」

その時、アイリーンが金網の中に入ってきた。

「どうしたの?」彼女は不慣れなので、心配そうにTSA担当の二人に声をかけた。

「機械が反応しただけだ。こんな事はよくある。箱を開けて中を調べよう」と、ウィルバートが言った。

ヤウがドライバーを持ってきた。

「本当に開けるのか?」

「ああ、それしかない」

「気をつけろ。やばいかも知れない」

「脅さないでくれ。開けるとドンなど、ごめんだよ」ヤウが一つ一つ上蓋を留めてあるネジをはずしていく。

「品物は何なの?」アイリーンが聞いた。

「機械器具と書いてある」トニーが答えた。

「迷惑だわ・・・」

「良くある事だ」再びウィルバートがアイリーンのつぶやきに答えた。最後のネジを外すと、ヤウは慎重に蓋を持ち上げた。

「なんだ、これは?」脚立(きゃたつ)で作業をしていたヤウが声を出した。

彼達は一斉に足の踵を上げて中を覗き込んだ。

「どうしたの?」アイリーンは背が低く中が見れない。彼女は箱の周りをあちこち動いた。

ヤウが脚立を降りてアイリーンに「変なものがある」と言った。彼女は脚立を上ってクレイト貨物の中を覗き込んだ。

中には布でくるまれた今まで見た事のないような装置があった。

「何なの? ボイラーかしら?」

「こんなの、みたことないな」ウィルバートが答えた。

「音がしていないか?」トニーが箱を覗き込んでいた頭を上げて皆に聞いた。彼達は耳を澄ました。微かにジーと言う音が聞こえないでもない。それは、言われて集中して聞かないと分からないような微妙な音だった。

「爆発物なの?」

「器具を直接ワイプしてみろ。それを、もう一度スクリーン・マシンにかけて、反応を見よう」とウィルバートが提案した。

ヤウが小さな紙片で数箇所を拭いた。そして、それをトニーがマシンにかけたが反応が無かった。爆発物ではないと言う事だ。

「大丈夫のようだ・・・」

「しかし、変な装置だな」

「どこへ出荷するんだ」

「ジャパン」

「で、誰の貨物だ?」

「シャリーが担当している」

「あの女が?」

「適任者だ。こんなめんどくさいような貨物は、あの女しかいないから・・・とにかく、TSAのチェックは終わりと言う事だ」

その時、日本人のコウダ(神田)が入ってきた。本名はススムだそうだが学生の時に先生がSUSUMUの三文字SUMをとってSAM(サム)と名づけたらしい。彼は、あまり自分の過去をしゃべらない。無口な男だった。フィリッピン人達は彼はヤクザだと噂していた。

サムは黙ってクレイトの中を覗いた。

そして、彼は機器をくるんであった布の一端を軽く持ち上げた。皆は機器の一部に海の中のフジツボが付いているのを見た。

「なんだ。これは、海洋に使う器具か」誰かが言った。彼達は、色々な貨物に慣れていた。貨物の種類には関心が無い。直ぐに自分達の仕事に戻った。



サムは、オフィスに戻るとシェリーのデスクに行った。彼女は栗毛の白人女で巨乳の上に刺青があった。夏場にはちらちらそれが見える。亭主は、監獄に収監中だ。本人は博打場のバーテンダーをしていたが子供のために軍隊時代に習った物流の仕事に就いた。彼は、このアメリカ女と寝たことがある。

戦いのようなセックスをする女だ。目が大きく開き、口からはうなり声が流れ、身体は震えながらざわめいた。「血が汚れているの」と言うのが口癖だった。そして、「血の汚れは」家族の事だと知った。元亭主の犯罪が彼女にまとわりついていた。男性性器を満足させる為に、そう入れ歯にされ、鞭でたたかれたと彼女は話した。シェリーは、普通のセックスでは満足しなかった。彼のモノが萎縮すると、鼻先に届く舌と口で上手く立ち上がらせ、何度も行為をする。怒り狂った顔が小鼻を振るわせる。狂喜ではなく狂気の顔になる。職場でも時々この顔をチラリと見せた。

シェリーは自分のデスクで好物のジェリー・ビーンを食べていた。セックスの最中でもジェリー・ビーンを食べる。彼女の吐息はジェリー・ビーンの七色の匂いがする。

「シェリー。倉庫で騒いでいる貨物の書類を見せてくれないか」

「なぜ?私の貨物よ」彼女の唇の端が赤いジェリー・ビーンの色素がついて少し赤い。妖艶だ。

「どこに運ばれるか興味があってね」

「ナリタ(成田空港)」

「書類を見せてくれ」

彼女は書類を取り上げた。「見たら、直ぐに返して。AWBを作るから」

「ああ、直ぐに返す」

「ねえ、あなたがAWBを作れば。ジャパン・マンでしょ」

「めんどくさいよ。しかし、君がいやなら僕が作る」

「どうぞ。でも『アンノウン・シッパー(不特定荷主)』よ」とシェリーは言い、かかってきた電話に出た。

「ヘロー。なによ。あなた、此処どこだと思ってんの・・・ちがう。間違い電話。二度とセールス・コールしないで!」怒ったシェリーの言葉を背に聞きながら、サムは自分の机に戻ると書類をめくった。

出荷者は、サンフランシスコの会社だ。受け取り先は静岡の会社になっている。インヴォイスを丁寧に見るとPO#がSUB112とある。

サムは自分の机に戻るとE-メイルした。

「例の物が出荷される。KZ107・10、サンホセ経由で成田空港には翌日の10時55分。通関を経て、倉庫に配送されるのは12日か13日ころ。届いたら連絡を頼む」

そして、彼は机から立ち上がると、輸出部のマネジャーであるスティーブのオフィスに行き「ランチ・ブレイク(昼食時間)」の報告をしてオフィスを出た。

駐車場の縁石の隅に、誰が落としたのか赤いりんごが転がっていた。サムは、近づいてリンゴを見た。丸く赤く、まるで安心している。シェリーだ。目を硬く閉じ、横たわる女。足でリンゴを押しつぶした。セックスの音がした。果樹が飛び散り、甘酸っぱいリンゴの香りが鼻をついた。頭上の木の葉がざわめいた。その影が駐車場の路面に映ってうごめいている。光と陰がある・・・アリがリンゴに向かって歩いて行く。



フレイト・フォワーダー(物流)の会社は、ほとんどが国際空港の近くにある。そこから、サンフランシスコ湾は、そんなに遠くない。有名な金門橋の下には、狭い海峡に早い海流の濃紺の海があり、軍艦や商船、そして、時折潜水艦が航行する。湾の中央には、灯台、軍事要塞、監獄として使われていた観光名所のアルカトラズ島がポツリと浮かんでいる。

海峡を出て太平洋に入ると、海と陸の対峙が始まる。数年前の春、波の穏やかに日の朝、小さな漁船が浮かんでいた。大海に漂う小さな漂流物に見える。漁船には、第二次世界大戦の退役軍人であるフランク・アンダーソンが、小さなソナー・スクリーン(水中音波探知機)に目を向けていた。

スクリーンには、小さく反応しているエコーがあった。

「これだ・・・」彼は思わずつぶやいた。1945年、18歳の彼は駆逐艦ウイラード・キースに水兵として乗船していた。

三月の朝、この海域は海霧に覆われていた。視界は一マイル(1,600メーター)にも満たない。駆逐艦は、軍の司令部から機密命令を受けていた。日本軍の潜水艦がサンフランシスコに向かっているので、捕獲もしくは撃沈せよと言う内容だった。もちろん、下士官だったフランクには機密命令は知らされていなかったが戦後に戦友から聞いた。

日本軍の潜水艦には、特殊な秘密兵器が搭載されていた。それは、当時の価格でも破格の値段で、もしその秘密兵器を手に入れると巨万の富を得る事が出来ると聞いていた。曖昧な情報だったがフランクの記憶に、この情報は焼きついて離れなかった。

海霧が晴れ始めた時、駆逐艦ウイラード・キースのソナーは海底に潜水艦の反応を映し出した。「戦闘準備!」拡声器から指示が流れた。

駆逐艦は右に急旋回し全速力でソーナーの示す点に近づくと、爆雷を放下した。海域の水深100メートルは、潜水艦にとっては致命的だ。機雷に対する潜水艦の安全水深は100メートルより深い位置である。駆逐艦は、爆雷の深度を変えながら位置を変え数度ほど爆雷を投下した。海面に爆発のしぶきが立ち昇っては消えた。やがて、海霧が完全に晴上がったころ、駆逐艦の監視員は海面に油の輪を発見した。しかし、潜水艦の残骸は浮かんでいない。当時の潜水艦の潜航継続時間は、丸一日が限界だった。駆逐艦ウイラード・キースは、長期戦に備える事にした。潜水艦が蓄えた高圧圧縮空気が切れてきて、艦内の空気が汚れて耐え切れなくなり浮上するのを待つことにした。しかし、ソナーに潜水艦らしきエコーが映っているにもかかわらず、それは動かなかった。一日は終わり、二日、三日と微動だにしない。駆逐艦の艦長は潜水艦は撃沈され海底に沈んでいると判断したが、もしやと考えてダミー行動を取る事にした。艦を動かすと、しばらく航行した後、艦を急反転して元の場所に戻った。案の定、潜水艦は動きを見せていた。艦長は爆雷投下を命じた。再び油が海面に浮いて来た。そして、ソナーのエコーは動かなくなった。今度こそ、潜水艦は沈没したと推測された。



フランクは、日本の潜水艦は必ずこの海底に沈んでいると思っている。そして、その日以来、彼が疑問に思ってきたことは、なぜ日本の潜水艦は丸三日も海底に潜んでいられたのだろうかという事だった。フランクは、遠隔操作無人探査機を海に降ろす準備を始めた。彼はこの探査機を買うために、個人経営してい給水車とフォークリフトを売り払った。

探査機はゆっくりと海底に潜水して行き、スクリーンに海中の景色が映し出された。寒流のためか、透明度は良い。数分ほどすると海底がぼんやりと現れた。探査機のライトを点けた。斜めに走る光の帯の中に岩肌が映し出された。片方には砂地のところもある。あまりでこぼこの無い海底が静まり返って広がっていた。

フランクの目的は一つ、元日本海軍の潜水艦を見つける事だ。ゆっくりと潜水艇を移動させた。この日のために何度も潜水艇の操作を訓練してきた。潜水艇を海底より10メートルほどの高さに維持した。潜水艇は電線とアンピリカル(へその緒)と呼ばれる線で繋がれている。動力は船から送られる電気でモーターを動かしスクリューで推進した。

そして、フランクは運の良い事に、30分ほどで船の残骸らしきものをスクリーンの中で発見した。彼は、操縦のレバーからいったん手を離し、汗をズボンで拭いた。

「間違いない!」声に出していた。「潜水艦だ!」「みつけた!とうとう見つけたぞ」彼の声が、海カモメの鳴声のように海原を広がった。



フランクは、潜水艦の調査と引き上げをサルベージ会社に頼んでみたが引き上げには莫大な費用がかかった。潜水艦がドイツのUボートのように金塊を運んでいたのであれば別だ。特に100メートルの海底となると、普通のダイビングでは危険である。

彼は、サンフランシスコ・クロニクスに頼み込み「SFGATE」と言うウエブサイトで協力者を探す事にした。どうしても、日本の潜水艦が三日間も100メートルの海底に潜んでいられたかと言う秘密を知りたかった。あの潜水艦には日本軍の開発した『特殊な装置』があったはずだと考えている。

そして「SFGATE」は、サンタクララにある日本の会社からサルベージの捜査援助の申し出を受けた。電話によると、ある人物より頼まれたと言う。相手は、英語の上手い日本人だった。

サルベージは、日本の会社が行うと言う事だった。確かに日本のサルベージ技術は世界でもトップレベルである。しかし、それはフランクの意図に反した。潜水艦には、必ず特殊な秘密装置があつたはずだ。その装置を手に入れれば、莫大な金銭を手に入れられる可能性がある。

彼は、もう少し考慮してみたいと返事した。



フランクが殺害されたのは、サンフランシスコの町にクリスマス・ツリーが飾られるころだった。

彼はピア14と言われる散歩コースを歩いている時に、ピストルで撃たれた。撃った男は不法移民のメキシコ人で、落ちていたT・シャツを拾い上げたとたん、T・シャツにくるまれていたピストルがバンバンバンと三発暴発したと警察に釈明した。

彼が殺害されると、意外にもサルベージはアメリカの会社が権利を譲り受けた。

そして、サルベージ会社の調査中に驚愕の事実が見つかった。丸い大きなドラム缶のような潜水艦の一部が少し胴体から離れていて、そこに、小さな点のようなあかりが点いていたのである。第二次世界大戦中に沈められた日本軍の潜水艦に電気が・・・そして、動力源らしき音が微かに聞き取れた。

彼達は、一部を空気による浮力で持ち上げ回収に成功した。ドラム缶のような部分は特殊な金属で作られているようだ。錆が少ない。小さなハッチをこじ開けると、中には、なぜかミイラ化したの民間人の遺体があり、不思議な装置が稼動してい た。傍に、数本の金塊が転がっていた。

サルベージの資金は、日本の会社が出した。サルベージ会社はかなり高額で引き受けたが、マスコミには知らせないことと約束されている。そして、引き上げに立ち会うために二人の日本人が来ていた。彼達のビジネスカードには「日本海洋大学」海洋電子工学科教授、立石力蔵、「北洋大学」原子力工学科准教授、安部保治と書いてあった。

彼達は古びた設計図のような物を鞄から取り出し、引き上げた部分と照らし合わせた。

そして、英語の達者な安部が「もう一つ残っているはずですが・・・」と聞いた。

「もう一つ?」

「そうです。この部分と同じものが潜水艦には二つ搭載されていました」

「ふむ・・・」サルベージ会社の技師であるミラーは、モニターの録画を再度確認した。

「潜水艦のどの辺りにあったのですか?」

「ほとんど同じ場所です。これを見てください」安部が手で設計図の一部を指で示した。確かにカプセルのような形のモノが二つ並んでいた。

「おかしいですね・・・この・・・あたりかな・・・」ミラーは、二人にコンピューターのスクリーンを見せながら、ゆっくりと画面を動かして止めた。

日本人たちはスクリーンを食い入るように眺めて、日本語で何か話した。

「一つは、艦から離れた可能性があります」と安部が言った。

「どういうことですか?」

「実は、この潜水艦の乗員の一人がロスアンゼルスのナーシング・ホームで無くなったている」

ミラーには、日本人の言った意味が理解できなかった。第二次世界大戦中にサンフランシスコ沖で沈められた潜水艦の乗組員、つまり日本の軍人が生きていた。そして、アメリカで死んだ。

「私には第二次世界大戦の知識はありませんが・・・つまり、このカプセルのような物は、レスキューの為のもですか?」

「いや・・・潜水艦に救命装置は付いていませんでした」教授が言った。

「では、このカプセルは何のために。それに、100メートルの海底で70年ほども電気を維持し、酸素さえ有りました。これは、すごい装置だ」

「私達にも、まあ装置の仕組みは分かりません。しかし、一つのカプセルは間違いなく浮上に成功し、アメリカ本土に上陸した・・・」

「ほう?諜報活動か何か?」ミラーは、思いついたことを口にした。

「目的は分かりません。日本軍の指令書には、何も書いてないのです。もちろん、この装置などは、部分的なことしか書いてなかった」

しかし、潜水艦のサルベージが少し進んだ半月後、海洋電子工学科教授の立石力蔵と「北洋大学」原子力工学科准教授の安部保治が何者かに殺害され、彼達が持ち歩いていた潜水艦の「設計図」が紛失した。

ミラーは、この事件と不思議な装置のことを日本の知人にE・メイルした。相手は、作家で探偵の森山太郎だった。

森山の叔母の織田奈緒子は、日本では始めての女性の警視長で、警察庁の「刑事指導室」課長だ。国際刑事警察機構(ICPO)とも関係が深く、森山太郎は自然と警察に依頼されて国際犯罪捜査に係わってきた。当然、今回も警察庁から森山に調査協力の依頼が来た。彼は、以前サンフランシスコにも国際犯罪の捜査に来たことがある。あの時の捜査はプラスティネーション加工された像に、殺人と麻薬、そして、肉販売業者が絡んでいた。

ミラーは森山が捜査でサンフランシスコに来た時に、潜水艦が人肉を日本に輸送した事件で協力した人物である。



フレイト・ホワーダーのサムは、万が一に備えて貨物に目印をつけた。彼達の組織にしか分からないような暗号だった。

次の日、普段は余りオフィスに顔をみせないインド系のセールスマンのラビーが輸出部に来て、マネジャーのスティーブのオフィスに入った。彼も腕に刺青がある。ラビーは、インテルのアカウントを開発してディレクター(部長)になった。

しばらくして、サムはスティーブに呼ばれた。彼の個室に入ると、太っちょのスティーブと大柄なインド人のラビーが話をやめて彼を見た。

「サム、すまないがジャパンに遺体を運ぶ仕事だ」と、スティーブが数枚の書類を見せた。

「俺がですか?」

「ああ、頼むよ。日本人だろう?日本人の遺体なんだ」

「どこへ、出すんです」

「ナリタ(成田」だ。最終配送先はシズオカ・・・どこか、分かるだろう?」

「わかりますよ・・・しかし、シッパーは、それにTSAとか、こんな初めてですよ」

「心配ない。普通の貨物と同じだ、NCA(日本貨物航空)にブックしてくれ」

「サム。ドライ・アイス・カーゴだからな」ラビーが付け加えた。

「すると、遺体はドライアイスで凍らせてあるわけですか」

「その通り。そして、葬儀屋がシッパーになる」

「なるほど・・・こりゃあ、大変だ」

「貨物機に乗せる時には、立会いが必要だ」インド人が言った。

「俺が行くんですか?」

「悪いが、頼む」スティーブの言葉に、彼は書類をもって自分のデスクに戻った。シェリーが電話で甲高い声で話している。

「・・・二箱? 違うわよ。三箱なのよ。よく探して・・・・ねっ、そうでしょう。それでいい。こちらに運んで」彼女は、ガチャリと電話を切った。栗色のぼさぼさの頭髪が波打った。

「なんだったの?」サムに聞いた。

「いや、死体を送れてってさ」

「死体?」

「ああ、そうだよ。日本人らしい」

シェリーはペロリと舌を出して振り回し「ハハハ」と、分けもなく笑って返した。

「冗談じゃないよ。ドライアイス漬けだ。それに立会いが必要だと云われた・・・」

彼女は小指を巨大な乳房の突起に軽く当て、サムをチラリと見た。(こんや、どう?)と言う合図だ。シェリーは、死体の話で欲情する。彼女のアパートの周囲には巨大な墓場がある。二階のアパートの窓から、葬儀を見ながらセックスをしたことがある。その時の彼女の興奮度は最高に達した。身体が小刻みに痙攣し「ああ、たまらない!神様!罰を当てないでえ!」翻訳すれば、このような言葉を何度も、うめくように口から発した。

数ヵ月後に旦那が刑務所を出所する。

仕事が終わった後、彼達はモテルに行った。「貴方、私と寝たことがばれると殺されるわよ」と、シェリーは言いながら、サムのズボンを脱がしてモノを口に含んだ。彼は、彼女の栗色の髪をわしづかみにして、ベットに押し倒した。



サン・フランシスコ空港


森山は、サンフランシスコ空港に着くと、レンタカーを借りた。ヒューレット・パッカーの「シリコンヴァレー発祥の地」と言われる、Hewlett-Packard(HP)創業の地を訪ねるためだった。HPの創業者二人は小さなガレージでオーディオを振器を作り上げ、世界有数のIT企業HPを設立した。

森山は、アメリカに来る前にひとつのE・メイルを受け取っていた。

「パロアルトのHPガレージに行け」

命令口調のE・メイルは返信を拒否した一方的なメイルで、送信者は一時的なアドレスを使用していた。探偵の捜査は、パズルを一つ一つ解いていくように進むことが大切だ。少しの手ががりも見逃せない。彼は、車をHPが2005年に復元したガレージの近くの路上に停めた。パッカード氏と妻の住んでいたと言う家の横から、ヒューレット氏が住んでいたというガレージに向かう進入口は木材のゲートでふさがっている。

森山は、何か目印はないかとあたりを見渡した。

メイルと一緒に送られていたのは「アンドン・クラゲの絵」だった。電気回路のコンデンサーに似ているものだ。そして、相手は肝心な事を忘れていた。すべてのE・メイルは送信者のアドレスを運ぶ事だ。それから、送信者を推測する事は案外と容易い。IPアドレスを逆引きしながら捜査すると、送信者は中東辺りに住んでいると断定できた。トルコ語の文字が現れた。

アラブ人と今回の犯罪が繋がっているかはまだ分からない。しかし、海の事件にクラゲの絵、そして「クラゲ」は「アンドン・クラゲ」のようである。アンドン・クラゲは名前のように「行灯」に似ているが電気の「コンデンサー」にも似ている。

森山は記念碑の前に立ち、家の囲いの狭い空間の奥にひっそりと見えるヒューレット・パッカーズ社が起業されたガレージを見ていた。平日のせいか、通りに人影は少ない。パロアルトは高給取りの住む地域だ。時折、高級車が背後の道を通過した。直ぐ近くの北の方には有名なスタンフォード大学がある。時間が有れば、立ち寄ってみたかった。

「ミスター・森山!」誰かが彼の名前を呼んだ。その方に目を向けると、道脇に止めた黒色の車から男が身を乗り出して手を振った。

サングラスをした白人のアメリカ人だ。横に女性の姿が見えた。森山は英語ができる。彼は、作家と探偵の感から、一瞬に相手が危険な人物ではないと判断した。

男の方に歩いて行くと、相手は車から出て「森山さんですか?」と、日本語で話してきた。

「そうですが、貴方は?」

「突然と申し訳ありません。私は、FBIのブラウンです。そして、彼女はジェシカです」彼は流暢な日本語で自分たちを紹介した。正直、相手が自分をFBIの者だと紹介しても、信じられない。森山は、予測していなかった事態に少し困惑した。

「どうして私を?」

「ボスの命令ですよ」アメリカで「ボス」とは上司の事だ。すると、警察庁の叔母が連絡を入れていたに違いない。

「日本の警察庁から何か?」

「はい。協力を要請されています。車ですか?」

「そうですが・・・でも、どうして私がここにいることが分かったのですか?」

「実はサンフランシスコ空港から、貴方を追っていたのです。狙われているらしいので護衛でした」

「事務所は、此処から遠くありません。私の車で行きましょう。貴方の車はジェシカが運転します」

森山はうなずいて、相手に車の鍵を渡した。

ブラウンの運転するFBIの車は、エンバカーデロ・ロードという通りを左に折れた。市街地の高級住宅街には、広い宅地に植えられた木々が家々を半ば隠すようにしている。車は直ぐに101号線というフリー・ウエイの上を通過し次に右折を始めた。

車道に沿って高圧線の高い鉄塔が並んでいる。車は二階建ての簡素なビルの駐車場に進入して行った。広々とした駐車場だ。ビルと道路のグリーンの上に「リース」の赤い看板が見えた。森山は以前、国際刑事警察機構(ICPO)の要請でサンフランシスコとサンホセに来たことがある。SFPD(サンフランシスコ警察)やSJPD(サンホセ警察)と働いた。しかし、FBIとは関係がなかった。

ブラウンは、車を広い日駐車場の一角に停めると「森山さん。此処です」と言い、背後の建物を手で示した。車から降りた後、ブラウンと森山のレンタカーを運転してきたジェシカは改めて自己紹介をし、森山を連れて建物の中に入った。

事務所でブラウンは森山に日本の警察庁からの依頼文を見せた。手紙の文面は、サンフランシスコで殺害された二名の日本人の事故調査依頼だ。

「実は、この件では私達も捜査を進めていました」と、彼は言った。そして、彼は電話機を取り上げると誰かを呼んだ。直ぐに、若い男が部屋に入ってきて、資料をブラウンに渡した。「ミスター森山。彼はビルで私の部下です」

ビルは森山に挨拶をした。

「ビル、これを説明してくれ」とブラウンがビルに言った。

「これは殺害された日本人がもっていた図面と同じコピーです。サルベージ会社が図面の写真を取っていたので、借りてきました。潜水艦とレスキュー用のカプセルが描いてあります。しかし、日本海軍の同じ潜水艦でも、設計が少し違うと専門家が言っていました。輸送用に改造されていたようです。又、有名な日本軍の極秘潜水艦『伊400』型ではないそうです。米軍の資料にも載っていません」

伊400型は、アメリカの本土攻撃を目的として建造された。特に、攻撃目標がアメリカの東海岸のニュヨークとかワシントンDCだったので、航続距離能力は地球一周半で飛行機三機を搭載できた。

しかし、サンフランシスコ沖の海中で見つかった潜水艦は伊400型では無い。他の特殊な潜水艦のようである。そして、潜水艦の引き上げに係わった「日本海洋大学」海洋電子工学科教授、立石力蔵と「北洋大学」原子力工学科、安部保治助教授は、どうして殺害されたのか。

海洋大学と北洋大学、それに海洋電子工学科と原子力。関係が有るか無いかは不明だが、日本の原子力の主要メーカー柴崎電気が最近1,500億円にも及ぶ粉飾決済で歴代三代の所長が辞任に追い込まれた。

「戦時中に『原子力電池』というのが研究されていたらしいです」と、ビルが言った。

「そんな革新的なアイデアがあったのですか?」森山が聞くと、ビルは「はい。放射能のエネルギーを電池に変える物です。現在では人工衛星などにも使われています。ところで、あなたは柴崎電気をご存知ですか?」と、ビルは聞いた。

「もちろん知っています。日本では大手の会社です」

「日本の柴崎電気は、アメリカのウエスチングハウス(WH)を買収して、傘下においています」

「そのようですね。アメリカに来る前に予備知識で知りました」

「最近下落した柴崎電気の株価の動きも怪しい。ブラックロックと言う外資ファンド(資産運用会社)の傘下であるブラックロック・ジャパンが柴崎電気株を買い、株価が安定した」

「経済は疎いのですが・・・何か、今回の事件と関係が有るのですか?」と、森山は聞いてみた。確かに「芝崎電気の不自然な株価」は、マスコミが騒いだので知っていた。しかし、なぜ外資ファンドが係わっているのだろう。

「原子力ですよ。国の原子力政策を失墜させまいとする組織、これはまだ確定できませんが働いているのかもしれない」

「この潜水艦の図面と、何か関係でも?」

「私達も分かりません。しかし、殺害された日本人は、少なからず柴崎電気とブラックロックとも関係しています」

「潜水艦は、金塊を運んでいたかもしれない、この潜水艦を見つけた、元アメリカの海軍軍人であるフランクと言う人物が殺害されました。彼は特殊な装置と金塊を探していたと言う噂があります」と、ブラウンが言った。そして、彼は殺害されたフランクと思われる写真の載った新聞をデスクの上に広げた。

「金塊ですか?」

「ま、噂ですが・・・サルベージ会社が引き上げたカプセル状の中にも、数本の金塊がありました」

「あのドイツのUボートのように、ですか」

「はい。でも、どうして日本の潜水艦が金塊を運んでいたのか、と言う事です」

「潜水艦の型は何です?」森山は、旧日本海軍の潜水艦についてあまり知識はなかったが、最近テレビ・ドラマや映画で見たことがある。

「伊二十六潜水艦かもしれないが改造してあります」ビルが言った。

「伊二十六? 伊五十二ではなく・・・」森山はiPadのウエブ・ページで旧日本軍の潜水艦を見た。

「そうです。伊400型ではありません。伊五十二はアメリカ軍の情報では、撃沈した事になっています。伊二十六についてはアメリカ軍の記録にありません」

「その潜水艦がサンフランシスコ沖に?」

「確かでは有りません、日本語の『まさか』ですよ。『クサカベ』という日本文字があり、これは艦長名です」今度は、ブラウンが答えた。

「潜水艦は、見つかっているわけでしょう?」

「そうです」

「で、あれば、その目的は何だったのでしょうかねえ・・・」森山は話を振り出しに戻した。

「我々の捜査では、技術者をアメリカに運び入れる為だったようです」

「敵国に?」

「はい・・・」

「それが本当だったなら、何のためにでしょうか?」

「多分、原子爆弾の調査だったかもしれません」

「原子爆弾?」

「ロス・アンゼルスの日系ナーシングホームで、一人の老人が亡くなりました。彼は、最後まで彼の過去を話さなかったのですが遺品を整理していたら、第二次世界大戦時の原子力に関する資料が数多く出てきたのです」

「原子力に関する資料ですか・・・」

「ガン・バレル方式による原子爆弾の製造設計図も含まれていました」

「・・・・・・」

「彼はスパイだったのか、それとも技術者だったのかは、今のところ分かりません。日本政府にも問い合わせたのですが彼の記録は抹消されているようです」

「どうして、カリフォルニアですかねえ。ドイツには七人の民間の技術者が伊五十二潜水艦で送られたのですが気の毒にも潜水艦は撃沈された」

ブラウンは少し話を止めて森山を見た。

「カリフォルニア大学のバークレイ校で、1941年にグレン・シーボーグ博士がウランからプルトニウムの分離に成功しました。プラトニウムは、ウランと同様に核分裂を起こすと分かりました。ですから、この老人はサンフランシスコに上陸したのかもしれません」

「しかし、当時は全ての日系人は強制収容所に送られていたのでしょう?」

「我々には日本人と中国人の区別は難しい。スパイは中国人に化ける事も出来ます」

「なるほど・・・すると、彼はプルトニウムの製造技術を盗む為に潜水艦から、アメリカに上陸した、という事ですか・・・」

「あくまでも、私達の推測です」

「潜水艦の目的は、それだけですか?」森山には、日本軍がわざわざスパイのような技術者を潜水艦で送った事に疑問が残った。日本は、当時すでに濃縮ウランの製造技術は持っていた。わざわざアメリカにスパイを送り込み、原子爆弾の秘密情報を収集する必要は無いはずだ。そして、アメリカに来るよりも、同盟国のドイツに行くほうが有利である。

「森山さん、話は元に戻りますが・・・」とブラウン言い、言葉を止めた。そして、言った。「例の老人が持っていた『ガン・バレル方式による原子爆弾の製造設計図』は、ドイツ語で書かれていました」

「えっ?すると、設計図はナチス・ドイツで描かれたものですか?」

「たぶん、そうでしょう」

「戦争の終結と原子爆弾の設計図との交換条件だったとしたら、どうでしょうか?」森山は、突拍子も無い考えを、控えめに口に出した。

ブラウンは森山を見ると、静かに言った。

「その可能性も、あります」

「・・・・・・」森山は、言葉を失って潜水艦の図に目を落とした。これが事実なら、日本は自国に原子爆弾を落とす為に、軍が密かにアメリカと協力した事になる。

ブラウンは少し考えていたが思い出した様に言った。

「ただ、他にも推測できることがあります・・・先ほど言った『プラトニウム』の研究資料や製造技術との交換です。日本は戦争に勝ち目が無いと分かったので、自ら終結を計画していた。原子爆弾の設計図をアメリカに与えても、まさか日本に使用されるとは考えていなかった。それよりも、彼達は将来のエネルギーとして『原子力発電』を考えていた」

「それで『柴崎電気とアメリカのウエスチングハウス(WH)』が、何か関係しているかもと考えられるわけですね」

「そうです・・・」




貨物機は死体を運ぶ


フレイト・ホワーダーのサムは、葬儀社から日本人の死体の入ったCOFFIN「コフン(棺桶)」の搬入時間の連絡を受けた。電話で「コフン」と聞き、日本語の「興奮」という文字が浮かび上がってきた。彼は、近くのデスクで働いているシェリーに視線を向けた。肩までの栗色の髪が見えた。彼女は、クライアントと電話で話しているようだ。

彼は、席を立つとマネジャーのスティーブのオフィスに行った。例の死体の貨物がエアーラインに搬入されると報告した。

「すでにエアーラインには話しておいたので、ブッキングしてAWBを作成してくれ」と、スティーブが机の上の三個もあるコンピユーター・スクリーンを見ながら指示した。

「書類は?」

「今、プリントする」彼は、コンピューターのマウスを動かした。隣の部屋のプリンター・ルームでプリンターが動き始めた。

サムは、立ち上がった。

コピー・マシンには数枚のコピーがあった。確かに葬儀社の物だ。インヴォイスを見た。日本人名があり、二つの死体は別々のインヴォイスで出来ていた。棺桶代とか手数料などが記入してある。

サムは書類を持ってスティーブの部屋に戻ると「クオート(見積もり)」を聞いた。スティーブは机の上から、インド人のセールスマンが作成した見積もりを手渡した。そして、彼は念を押すように言った。「ドライ・アイス・カーゴだからな」

「覚えてますよ。ドライアイス・カーゴ・・・DG(危険物)のラベルは大丈夫ですか?」

スティーブは少し考えて「取り合えず一つ作って持って行ってくれ」と言った。

サムが自分の机に戻り椅子に腰を落とすと、後ろからシャローが近寄ってきて、彼の手にしていた書類を取り上げて、見た。「デッド・ボディ?」

「ああ・・・厄介だ。飛行場まで行けってさ」

「私も付いていっていい?」

「止せよ。二人で行くと、スティーブに怒られる。それに、結構めんどくさいんだぜ」

シェリーは小鼻を軽く膨らませ「フッー」と、ため息を出すと自分のデスクに戻った。その時、電話が鳴った。シャローが取り上げて、相手の用件を聞きチラリとサムを見た。そして、彼女は電話を回してきた。取り上げると、相手は「葬儀屋ですが」と英語で切り出した。配達の時間とドライ・アイスの量を確認した。AWBに記載しなければならないからだ。

サムは、手早くAWBを作成するとラベルをプリントした。混載を閉めてエアーラインに持って行く書類の準備をした。そして、エアーラインのウエアハウス・マネジャーに電話で貨物のことを話した。彼は既に、その情報を持っていた。

サムは、少し早めに会社を出てエアーラインに向かった。仕事の関係上、エアーラインの貨物倉庫には何度も来ている。彼は自分の車を、駐車場のはずれに駐車した。建物の入口を入るとカウンターが有り、サムは葬儀社に代行して貨物の手続きを済ませた。特殊な貨物なのでエアーラインの担当者と再確認した。

やがて、葬儀屋の車が予定時間より、少し早く到着した。

エアーラインは、ほとんど普通の貨物のように、コフン(棺桶)をパレットに移し変えるとフォークリフトでドックに降ろした。

ウエアハウスのフォークリフトがパレットをすくい上げ、決められて場所に移した。

ウエアハウスの担当マネジャーは従業員に「頭の方がエアー・クラフト(飛行機)の鼻に向くようにするのを忘れるな」と釘を刺した。

「どうしてですか?」サムが聞くと、相手は無愛想な顔で「パイロットが足をエアー・クラフトの鼻に向けるのを嫌がってね。死体が地上に引き返したいと言うらしいよ」と言い、ニヤリと笑った。

サムは、貨物を確認する為にコフン(棺桶)の乗ったパレットの方に向かった。「ドライ・アイス」のラベルを確認し、書類を見ながら二つの棺桶につけられた番号と死体の名前を確認してAWBのラベルを貼った。その時、彼はコフン(棺桶)の横に「アンドン・クラゲ」のようなデザインを見た。彼は、このデザインには心当たりがある。サムは急いで、葬儀屋の車の停まっていた場所に引き返したが、車は既に無かった。

「アンドン・クラゲの絵」は、シェリーの陰部にもある。サムは、エアーラインの倉庫から出て、事務所に向かって車を走らせながらシェリーのことを思い出した。

彼女は、サンフランシスコから北にあるヴァレーホと言うシティーに有る海軍の病院で生まれた。父親は海軍で働く潜水士だった。

しかし、偶然にしろ、なぜ「アンドン・クラゲ」のマークが日本人の死体の入ったコーフン(棺桶)に有ったのだろう。会社のロゴ? 若しくは、誰かが意識的に描いた秘密のマークか。彼女は、サムに陰部を見られる事を好んだので、彼は念入りにデザインを眺めた事がある。小さな黒子も大陰茎付近にあった。

監獄に収監されているシェリーの亭主は、なぜ彼女の陰部に「アンドン・クラゲ」の刺青をさせたのか・・・サムは、彼女の栗色の陰毛がクラゲの繊毛のように揺れるのを思い出していた。

シェリーが言うには、彼女の陰部は呪われているのだという。だから、亭主は殺人事件を起こし監獄に収監された。

「私のセックスは、男を離さないから・・・」小さく言ったシェリーの言葉が思い起こされた。確かに彼女のセックスの中はクラゲの動きをする。

「あなた、私の亭主に殺されるわよ・・・」とも、彼女は言った。

殺人と「何かのマーク」は、猟奇事件と関係が有るのかもしれない。

十数年前、ヴァレーホからサンフランシスコ辺りにかけてソディアック・キラー(Zodiac Killer)と言う猟奇殺人事件があった。確認されているだけでも37人が犠牲になり、それ以上に殺された人がいるのではないかとも言われている。この事件は未解決で、犯人は警察をあざ笑うかのように、赤く丸い円に十字架の支柱が円をはみ出すマークを現場に残した。

サムは会社に戻ると、事務所の外に設けられている喫煙場所に一人でいたシェリーに近寄り『アンドン・クラゲ』のマークが棺桶にあったと言ってみた。

一瞬彼女の目が例の狂った目になった。小鼻がピクピクと動いた。

「亭主は監獄から出てきたのか?」

彼女は首を振った。

「後、少しは刑期があるはずよ・・・」

「面会は?」

「五年前に離婚した。私には私の人生があるから」と言い、彼女はタバコを口にすると煙を長々と吐き出した。

サムは、タバコの香りをかいだ。アンドン・クラゲの陰部の香りが彼の体内を駆け巡った。

一方、FBIのオフィスにいた森山は、ふと、殺された日本人の遺体を思い出し、ブラウンに聞いた。

「あの、突然の質問で申し訳ないのですが、先ほどのお話にあった殺害された日本人達の遺体は、どこにあるのですか?」

「彼達の遺体ですか?」ブラウンはビルを振り返った。ビルはiPhoneを少し操作した後、画面を見ながら言った。

「現在日本に送られるところです」

「日本に送られる?」

「はい。死亡解剖した後、しばらく保存してありましたが昨日葬儀社に渡しました」

「それで、何時(いつ)日本に?」

「多分、今日です」

「出来れば、彼達の遺体を見たいのですが・・・」

「無理だと思いますよ。アメリカは死体を生きている人間と同様に尊厳を持って扱いますので、既に葬儀社の手にある遺体は見れません。しかし、コフン(棺桶)は、多分見れるかもしれない」

「現在どこにありますか?」

「少し待ってください」ビルはどこかに電話を入れた。そして、言った。「葬儀社が言うには、現在NCAと言う日本の航空会社で保管されているそうです」

「見に行けますか?」森山の言葉に、FBIのブラウンは「もちろんです」と言い、親指を立てた。

FBIの車はジェシカが運転した。パロ・アルトからサンフランシスコ空港までは三十分程だ。

「ジェシカは車の上に赤青のパトライト(回転灯)を置いて、フリー・ウエイの101(ワン・オー・ワン)を猛スピードで走った。

「大丈夫です。ジェシカは、FBIでもトップクラスの運転が出来ます。彼女は国際A級ライセンスを持つF1レーサーですから」心配そうな森山にブラウンが声をかけた。

ジェシカの運転する車は、あっという間にサンフランシスコ空港近くに来ていた。GPSの指示で車は101を外れてノース・アクセスと言う通りを進んだ。そして、直ぐに数個の航空会社の名前のあるパーキングに車は入って行った。真ん中の建物に「NCA」の文字が見えた。

エアーラインの自動ドアをくぐるとカウンターがあり、貨物を運び入れるドライバーが書類の手続きをしていた。ブラウンはFBIのバッジを出してマネジャーを呼んでもらった。日系人と思われる男性が不審顔で二階の事務所から降りてきた。ブラウンは手短に説明し、彼達はTSA(セキュリティー)の手続きを取るとNCAのヴィジター・バッジをもらい、マネジャーの後について貨物の並ぶウエア・ハウスに(倉庫)に入って行った。

コフン(棺桶)は、倉庫のはずれのクーラーの中に保管されていた。

森山は、日本人遺体の入った棺桶を丁寧に見てみた。そして「クラゲの絵」を見つけた。彼は「アンドン・クラゲ」の絵を、ブラウンに示して「これを見てください。葬儀社のマークでしょうか?」と聞いた。ブラウンとジェシカは棺桶に近づくと、腰をかがめ覗き込むようにしてクラゲの絵を確認した。

「これは、変なマークですね・・・葬儀社のものではないでしょう・・・」

ジェシカが写真を撮りビルに送った。直ぐに電話がかかってきた。ビルは葬儀社のマークではないと言った。

彼達は、棺桶にあった番号やクラゲの絵を携帯のカメラに収めた。

「クラゲ」は原子力発電所とも関係が深い。原子力発電や火力発電の取水口に発生する多量のクラゲは、冷却用海水の流量が減少し、出力を落とさなければ成らなくなる。

しかし、今回の殺人事件とクラゲの絵の関係はまだハッキリしない。




ロス・アンゼルス その(一)


森山は、ロス・アンゼルスのナーシング・ホームで亡くなったと言う日本人について知りたいと思った。彼は翌日、車でロス向かった。サンノゼからルート101で南に向かい、ガーリックで有名なギルロイからルート152に入った。近くにあるガーリック工場からガーリックの匂いが車の中に生暖かい風とともにに流れ込んできた。そして、くねくねとした道や上り下りの道が続き、やがて右前方に大きな湖のような池が見えた。しばらく走ると、ルート5だとGPSが知らせた。ルート5はサクラメントとロス・アンゼルスを結んでいる。

フリーウエイの周辺は広々とした平地で農園が広がる。左の方には牛の放牧場があり、多量の牛が群れで見えた。牛糞の匂いが車の中に流れてきた。広いフリー・ウエイには大型トラックが絶え間なく走っている。

森山は運転しながら巨大で、エネルギーに満ち溢れたアメリカ大陸を感じていた。そして、第二次世界大戦で秘密裏にこの地に上陸し、機密目的を実行するには、一度アメリカに住んだことのある人間でなければ、出来ないのではないかと思った。

森山にとって、ロス・アンゼルスは慣れている外国の都市だ。二十歳代にロス・アンゼルスの大学に留学していた。

彼は車を「リトル・東京」と呼称される、かって日本人が多く住んでいた街(まち)に車を向けた。そして、古くからある「大丸ホテル」にチェックインした。翌日ドイツの『ガン・バレル方式による原子爆弾の製造設計図』を持っていた老人が居たという「日系ナーシング・ホーム」に行ってみることした。

しかし、ナーシングホームの担当者にアポイントの電話を入れると、個人情報は親族でなければ提示できない言われた。

森山は、知人で前回の事件で協力してもらったLAPD(ロス・アンゼルス市警察)のジョン・村上警部に協力を得るため、彼に電話をした。

「やあ、森山さん。お久しぶりです」日系人の村上警部は、以前よりも日本語が上手くなっていた。

「村上警部、前回の事件ではお世話になりました。今回も又、お願いしたい事がありして・・・」

「ええ、日本の警視庁と、それに、今回はFBIからも協力依頼を受けてますよ」

「相変わらず、警察は早いですね。でも、助かります」

「明日、LAPDに来ますか? 資料は既に、敬老ナーシング・ホームから取ってきてあります」と、村上警部が言った。

「えっ?本当ですか。それは、よかった。実は昨日敬老ナーシング・ホームに電話を入れて調査の為のアポイントメントを取ろうとしたのですが、やはり、断られました」

村上警部は電話の向こうで少し笑って言った。「森山さん、ここはアメリカです。プライバシーにうるさい」

「その通りです。すっかりと忘れてました」森山は、苦笑した。村上警部も、軽く笑いながら「ところで、偶然ですが変なモノも見つけましたので、明日お見せします」と、言った。

「変なもの?」

「はい。古い書類です・・・日本語の」

「そうですか。それは面白そうだ」と森山が言うと、相手は「明日、何時が良いですか?」とアポイントの時間を聞いてきた。

翌日、森山はLAPDのジョン・村上警部を訪ねた。

「森山さん。今回は、結構込み入っていますよ」と、村上警部は言った。

「老人の件ですか?」

「そうです」

彼は、机の上に風呂敷の包みを置いた。

「風呂敷包みですか・・・」

「日本的ですね」

「日本から持ってきていたのだろうか」

「ナーシング・ホームから聞いたのですが、彼、名前は・・・」と、村上警部は机の上から青いファイルを取り上げページをめくった。

「彼の名前は山村義男でextractive metallurgy・・・日本語では、分かりません鉱物などから金属を得るエンジニアです」

森山が電子辞書でしらべると「冶金学」とあった。

「そして、これが・・・」と、村上警部は机に置いてあった透明な袋を取り上げて、中から古い手帳を取り出した。

「日本語、少し分かりますが読みづらい」

森山は手帳を受け取ると開けた。最初のページに山村義男と書いてある。本人の名前なのであろう。

「ああ、それから・・・・」と、村上警部は言い電話機に手を伸ばした。

「山村義男の持ち物で放射性物質の『箱』を持つてきてくれ」と、誰かに言った。

数分後、ドアが開いて白い研究着を着た男性が「ジョン。もって来たよ」と相手は言い、手提げのボックスを机の上に置いた。ボックスの横にラジオアクティブのラベルが貼ってある。

「これは、放射能の・・・」森山の言葉に、村上警部はボックスの蓋を開き中から箱を取り出した。黒っぽい小さな金属の箱だ。

「この中に、少量の放射線物質が入っていました」

「放射能物質については、あまり知識は無いのですが、危険ではないのですか?」森山は恐る恐る、村上警部の手にある箱を手に取った。

「大丈夫です」白い研究着を着た男が言った。

「森山さん。彼はデレックで科学捜査員です」

デレックは軽く森山に挨拶し「失礼」と言いながら、森山の手から箱を受け取ると中を開いた。中には綿でくるまれた小瓶があった。小瓶の中には少量の薄い黄褐色の粉が入っている。

彼は、小瓶を持ち上げると眺められる位置で止め、下から見上げて言った。「かなり不純物を含んでいて、放射性物質は僅かですが使い物にならない程度、ですね」

「なぜこの老人が?」

森山の言葉に、村上警部はノートをめくり「多分、日本に持ち帰ろうとしたのかもしれない」と、言った。

「?」

森山の戸惑いを補おうとデレックが口を挟んだ。

「これ、1941年と書いてあります。それに、既に酸化しているし・・・不純物もかなり入っている。間違いなく現代のモノではありません」

「すると、戦時中・・・」

「U.C.バークレーの研究室のモノかもしれない」再び、デレックが言った。

「・・・・?」

「ほら、此処を見てください」彼の指差した箱の一部に「Berkeley Lab 1941」と、書いてあった。

近くにいた村上警部が「このような物もありました」と、色あせた紙片を、森山に見せた。FBIから聞いていた「ガン・バレル方式の原子爆弾」の図だ。

そして、もう一つ小さな写真のようなものがあった。しかし、放射線を浴びたのか、写真の下段辺りに微かに革靴が見られる程度しか残っていない。「西」と推測できるインク文字がある。本人の名前は山村義男なので、もし「西」が人の名前だったのであれば他人の写真か、それとも写真を取った場所の名前とも考えられる。

「実は、この人物とサンフランシスコで起こった殺人事件が関係しているのではないかと思っていたのですが・・・」森山は村上警部に話した。

「確かに、何か関係が有りそうな感じが無いでもありませんよ。実は、私も調査してみました。すると、森山さん、びっくりしました。武器商人との繋がりが出てくるのです」

「『武器商人』って、武器を売る・・・?」

「そうです」

「でも、太平洋戦争時の日本軍の潜水艦や原子力、放射性物質・・・それに加えて武器商人ですか・・・」森山は頭をかいた。

「日本から潜水艦の調査に来た科学者二人は、本物ですか?」

「『本物』とは?」森山は、思わず聞きなおしていた。殺害された二人が偽名を使っていたとは、考えもしなかった。

「殺害された二人は偽名を使っていたようです」

「・・・・・・」森山は、村上警部の質問に言葉が詰まった。警察庁の叔母かも、偽名については聞いていない。

「二人は芝崎電気の社員でした」と、村上警部は続けた。

「芝崎電気の社員が日本軍の潜水艦を・・・?」

森山は、目の前にある色あせた「ガン・バレル方式の原子爆弾」の設計図に目をやった。もしかすると、山村義男も偽名かもしれない。彼は、ふと日本軍のスパイ養成機関を思い出した。

「なぜ、芝崎電気の社員が偽名を使って日本軍の潜水艦を調査したのでしょうか?」

「現在では、アイデンティティーが尊重される分、他人にはなりにくい。彼達は多分、一時的に身分を偽装しなければならない理由があったのかもしれない」村上警部が言った。

「村上警部。ナーシングホームで亡くなられた山村義男も偽名じゃないでしょうね。FBIによると、彼の身元は分からないとのことでしたが・・・」

「山村義男の、情報は少ししかありませんが、彼は流暢に中国語、英語、そしてドイツ語を話したと、ナーシングホームでは言ってました。多分インテリだったでしょう」

「彼は又、どうしてナーシングホームに?」

「山村義男は、リトル東京付近の安アパートで暮していて、病気になり・・・誰かの紹介でホームに入居したらしですよ」

森山は、山村の持っていたと言う写真を取り上げ、科学捜査員のデレックに差し出した。

「この写真の、かすんだ部分を見えるように出来ると、何か分かるかもしれない・・・」

「これですか・・・」

デレックは、手にとって少し考えていたが「部署に専門家がいますので、聞いてみます」と言い、写真を持って村上警部の部屋から出て行った。

「村上警部。山村義男と言う人物は、日本の諜報員だったかもしれませんよ」

「諜報員?」

「はい。第二次大戦中、日本陸軍には『中野学校』と言う、諜報活動の専門員を要請する部署がありました。つまり、スパイですよ。此処で教育された人物が潜水艦でアメリカに送られたと、考えられない事もありません」

「山村義男がですか?」

「そうです。彼には、日系収容所のデーターが無いと思いますよ。多分、中国人として活動していた可能性がある」

「では、彼はなんとためにアメリカに送られたのでしょうか?」今度は、村上警部が森山に質問した。

「サンフランシスコでFBIと話したのですが、彼の持っていた原子爆弾の設計図と『プラトニュム』の製造方法との交換だった可能性があります」

「まさか・・・」村上警部は言葉を失った。彼は日系人であり「広島」と「長崎」の不幸を知っている。日本の軍部が、自国に使われるかもしれない原子爆弾の設計図を敵国のアメリカに渡すわけはない。

「あくまでも推測です」

山村義男がサンフランシスコに上陸したと考えられる1945年の5月7日、ドイツは連合軍に無条件降伏した。そのまえにドイツのUボート(U235)は、原爆用ウランU235や、ジェット戦闘機、誘導爆弾などの実物と設計図を載せて日本に向かっていたが、大西洋を航行中の5月8日にドイツ降伏の打電をうけ、艦長以下指揮系統幹部は協議の上に米軍の駆逐艦「サットン」に降伏し拿捕(だほ)された。潜水艦の貨物にガン・バレル方式による原子爆弾の製造設計図も含まれていた。この時点で、アメリカは設計図を手に入れたことになる。

退役軍人のフランクが乗船していた駆逐艦ウイラード・キースが日本軍の潜水艦を撃沈したのは、3月だった。Uボートがアメリカ軍に拿捕される僅か二ヶ月前だ。山村義男が「ガン・バレル方式の原子爆弾製造設計図」を持ってアメリカに上陸したとしても、一足先に「ガン・バレル原子爆弾の設計図」を手に入れていたアメリカとの交渉は、不成立になったはずだ。だから、彼は設計図を手元に持ったままだったのか、疑問が残った。

1945年と言えば、日本は既に戦力が後退し、敗戦に向かっていた。

山村義男は、サンフランシスコに上陸し後、バークレイ大学の研究者と接触する事を試みたに違いない。一般人が持ち運びを厳禁されている『プラトニュム』を隠し持っていた。

しかし、彼の本当のミッションは何だったのか。日本軍のスパイだったのか。彼は、フィリピンのルバング島で、終戦後も軍の作戦(任務)解除命令が届かなかった理由で、ジャングルに隠れて情報活動や諜報活動を続けていた小野田少尉のように、アメリカに留まっていたのだろうか。

森山は、山村義男の持ち物である手帳をパラパラとめくった。山村義男と冶金学(extractive metallurgy)が繋がるのであれば、彼が大学で冶金学を学び、軍に入隊し、陸軍中野学校などで情報活動の教育を受けた可能性もある。森山は、山村の手帳のカバーの裏に『アンドンクラゲ』のような絵を見つけた。彼は、村上警部から許可をもらい、手帳の重要なページをiPadに写し撮った。

「例の写真がはっきりすれば、山村義男の事がもう少し分かると思いますよ。ところで村上警部。先ほどおっしゃった彼と武器商人との関係とは何ですか?」森山は、手帳を戻しながら村上に聞いた。

「ああ、あれですか。1945年に、山村義男は『武器商人と接触したことがあるようです。サンフランシスコ警察の調べで分かりました』

「でも、1945年と言えば日本は既に敗戦に向かっていましたから、武器は必要なかったはずですけど・・・」

「『サイクロトロン』の事はどうですか?」と、村上警部が聞いた。

「『サイクロトロン』ですか? あの、物理の研究で使われる・・・」

「第二次大戦中、プラトニュムの製造に必要だった装置です」

「詳しくは知りませんけど・・・」

「その、設計図が日本の研究者からアメリカに送らたかもしれない」

「戦争中にですか?」

「はい」

「でも、誰が?」

「武器商人です」

「武器商人?当時の日本に『武器商人』と関係があった組織が有ったとは思われないのですが」「しかし、彼達は学者なども使いますから」

「学者をですか?」

「現代でも、そうですよ。学者達は世界的交流を持ってます。情報の交換と、それに、自分の学説を世界に紹介する為とも言われてます」

「しかし、山村義男は潜水艦で来たのでしょう?」

「武器商人達は、軍の潜水艦を買い取ったかもしれない。当時、消息不明になった日本軍の潜水艦が数艦あります」

「軍部の潜水艦が買われる?そんなことがありますか?」

「無いとはいえませんよ。彼達には、なんでも手に入れる財力があります」

「武器商人が、日本から『サイクロトロンの設計図』を買い取ったということですか?しかも、戦時中に」

「潜水艦には、丁度他の目的もあったのでしょう。例えば、森山さんが言ったようにスパイを送り込むとか、又、『プラトニウム』の作り方を探る為とかです」

「彼達はそれを利用したと言う事ですか。では、今回の殺人事件と、何か関係は・・・」

「原子力です。柴崎電気とWH (ウェスティングハウス)との関係はご存知でしょう? WHは例のロス・チャイルドと関係があります。ロスチャイルドは戦前からアフリカに、ウラン高山を採掘してましたから」

「『ロスチャイルド』は聞いたことがあります。最近日本では『イルミナティー』や『フリーメイソン』などの秘密結社、それに、世界的財閥の経済的『陰謀論』についてのテレビ番組が増えていますから」

「それに・・・」と、村上警部は言い、携帯を取り出すと携帯を手で操作し「この写真」と、森山に差し出した。

そこには、変な装置が写っていた。

「何ですか?これ」

「サンフランシスコ警察から送られて来たモノです。潜水艦から引き上げた装置と書いてあります」

「どうしてこれが?」

「さあ・・・殺害された芝崎電気の社員は、これを秘密裏に手に入れたかったのではないでしょうか」

「原子力と関係でも?」

「分かりません。でも、これが武器商人と関係が有るかもしれませんね」

「山村義男とは?」

「関係が有るかもしれない。それとも、この装置は潜水艦に取り付けてあった、日本の秘密兵器かもしれません」

「なるほど・・・とにかく、私は山村義男の住んでいたリトル東京に行って調べて見ます」

「彼は、合気道を教えていたらしいです」と、村上警部が付け加えた。

「合気道ですか?」

「はい。そう資料に書いてあります」

「流派は?」

村上警部は、再び机の上から資料を取り上げて「UESHIBAと書いてありますよ」と、言った。

LAPD からリトル東京は近い。



サンフランシスコの墓場(一)


フレイト・フォワダーのサムは、日本に送るコフン(棺桶)に『アンドン・クラゲ』のマークがあったとシェリーに告げた夕方、仕事が終わると彼女の家に向かった。シェリーの陰部のマークをもう一度確認する為だ。携帯からシャローにメイルを入れたら、墓場の近くで待っててと返事があった。オイスターポイントと呼ばれる道を進むとフリーウエイ101と交差する。近くにはジネンテックなどバイオの大手があるせいか、丘の中腹辺りには真新しいモダンなつくりのコンド住宅が立ち並んでいる。くねくねと上に登っている二車線の道を車で走っていると、次第に古臭いアメリカの住宅に変わった。

墓場は丘の中腹にある。日本の墓場と違い、広大な丘の斜面が芝生で覆われ、ドミノ牌(はい)のような墓石が、広々としたグリーンの中に立ち並んでいた。中にはコンクリートで出来たフランスの凱旋門のような墓もある。集団や家族で葬る場所なのだろうか。人間は、老いるまで墓石には興味を示さない。

サムは、愛車であるイエローのサンダーバードを、墓場のパーキングに停めると辺りを見渡した。場所が場所だけに、人影が少ない。シェリーの住んでいるアパートが斜面の向こうに見えている。

十五分ほど車の中で待っていると、シェリーーの姿が現れた。黒いタイツと白いマリリン・モンローのT・シャツ、モンローの顔が膨らんだ乳房の間にある・・・栗色の髪が揺れた。彼女はサムの車に近づいた。彼はドアを開けてシェリーを待った。

「ハイ(hi)・・・」彼女は車から少し離れた位置で立ち止まった。

「やあ(hi)・・・」

「来て」と、シェリーがサムに言った。彼は車から出ると、彼女に近づき二人は軽く口を合わせた。

「見せたいモノがあるの」

「なんだい?それは・・・」彼は、シェリーの陰部を見たかった。アンドンクラゲの刺青だ。そこに何かの秘密が隠されている。

彼女は歩き始めた。サムは後を追った。なだらかな斜面に広がる墓場の芝生を丘の頂上のほうまで上って行った。そして、墓場の奥にある人目のつかない場所の小さな墓石の前で停まった。

「誰の墓だい?」サムの言葉に、シェリーは腰を屈(かが)めた。

「ねえ・・・」欲情した彼女の目が彼を見た。墓石が取り囲んでいる。

二人は人影の無い墓場の一角で重なった。シェリーの白い手が墓石を掴む。鼻腔が膨らみ、高い鼻がピンクに染まる。うなり声が低く流れる。鳥の声が聞こえていた。サムの身体は彼女の熱い愛液を覚え、シェリーの身体が痙攣(けいれん)してきた。シェリーの鼓動だけが聞こえ、再び鳥の声が聞こえた。少し状態を上げると、遠くにサンフランシスコの海が見えていた。

シェリーはセックスが終わると、はにかむ様な笑顔を見せた。彼は、彼女の濡れた栗色の陰毛のそばにアンドンクラゲの刺青を確認した。三本の蝕手が長く描かれていた。そして、陰毛が数字の6に巻きつくように張り付いていた。

「この刺青は、誰が?」

「・・・・・・」彼女は、答えずに下着を戻し、黒いタイツを引上げた。T・シャツを降ろすと、マリリン・モンローの顔が現れた。

「アンドン・クラゲの刺青・・・」

シェリーは、それでも答えず、墓石を指差した。

「動かして・・・」小さく言った。

サムは、墓石を動かした。下にはコンクリートの箱が有り、たぶん遺骨が入っているのであろうと思われた。「蓋をのけて」シェリーが言った、サムは言われるままに蓋に手をかけた。蓋を持ち上げて中を見ると、プラスチックの箱が置かれていた。

シェリーが中から箱を取り出すと、蓋を取った。中にはビニールのバックが入っていた。彼女は袋に手を入れると何かを取り出した。黒いコルトのピストルだった。

「物騒なモノがでてきたね・・・」サムが言うと、シェリーは銃口を彼に向けた。

「おいおい・・・墓場だぜ。直ぐに墓に入るのはごめんだけどね」

「弾は入ってないわ」

「でも、どうしてこれが此処に?」

「これで人を殺害したの」

「何だって?誰が?」

「元の主人」

「警察は、このピストルを知らないのか?」

彼女は何も答えず、再び袋に手を入れると別の何かを取り出した。

「なんだい?それは・・・」と、サムは言いながら、その形状がどこかで見たモノだと気がついた。組織が探していた装置の部位だ。写真で見せられていた。

貨物の中に置かれていた装置には、この肝心な部分が欠けていたのだ。「どうして、これが此処に・・・」

「ねえ、これは何?」シェリーが聞いた。どうやら、彼女はこの価値を知らないようだ。サムはとぼけた。

「ああ、これね。どれどれ・・・・」手にとって見ると、ずしりと思い。この中には、世界を支配できるような秘密がある。しかし「アンドン・クラゲ」の秘密も隠されていた。既に三人が殺害されている。

「ねえ、何?」シェリーが再び聞いた。

「多分、エンジンの一部だ。どうして、これが此処に?」

「元主人が、海から引き上げたのよ」

「君のご主人がかい?」

「そう・・・」

「だって、潜水士だったのはお父さんだろう?ほら、以前話していたよね。お父さんはUS海軍の潜水士だったって・・・それで、君は海軍基地のあるバレーホ市の海軍病院で生まれたと言ったよね」

「そ・・・でも、主人も海軍にいたことがあるの」

「それで、なぜ彼は、この部品を墓の中に隠したのだろうね?」サムは、どうしてもこの部品を手に入れる必要があった。しかし、それをシェリーーに知られてはまずい。

「隠したのは私。でも、頼まれたの」

「誰に?」

「何時か教えるわ」

「今日はだめかい?」

「だめ。あなた、私の身体を抱いたでしょう?」

変なことを聞くと思った。確かに墓場でするセックスは異常だ。しかし、相手が要求した事だった。

「確かに、抱いた。でも、それとこれと関係が有るのかな?」

「儀式を行ったのよ。私はセックスをしながら墓石を抱いたわ」

「・・・・・・」

「あなたも、これでクラゲの一つになった」

「クラゲ?」

「私の陰部の刺青を見たでしょう?」

「何度も見ている」

「私は、ある男の道具だったの・・・昔だけど」

「その男がクラゲと関係があるのかい」

「そう・・・」彼女はうなずいた。栗色の髪が揺れた。

サムは、クラゲの番号「6」を手に入れた。この番号が何を意味しているのか、今のところ組織も把握できてない。

クラゲは発電所と関係が深い。つい最近も、イスラエルのアデラ火力発電所や日本の原子力発電所の冷却水排出口に異常繁殖したクラゲが詰まり、発電所が大打撃を受けていた。

サムは、自分のアパートに戻ると組織にE・メイルを入れた。例の部品が見つかったと書いた。そして、アンドンクラゲの番号は「6」だ、とも書いた。しかし、彼自身はこの部品が何であるのか又、どうしてシェリーの刺青のアンドンクラゲに描かれてある数字を、組織が必要なのかは教えられていない。

後、数週間でシャローの元の夫が刑務所から出てくる。その前に、例の墓場から「部品」を盗み出す必要があった。

彼は、コーヒーを飲みながらシェリーの言った『あなたもクラゲの一つになった』と言う言葉を思い出していた。

『クラゲの一つ』とは・・・敵か見方か。

シェリーの陰部の刺青の秘密に触れた男は・・・『あなた、殺されるわよ』彼女の言葉が脳裏に反芻した。確かに、墓に、組織の必要としている二つ目『部品』と拳銃が隠されていた。彼女の元夫は、そのピストルで殺人をして刑務所だとシェリーは言った。元夫は元海軍の潜水士、そして『部品』の重要性を知っていて、例の潜水艦の沈んだ辺りから引き揚げていた。潜水艦を調査していたフランクは殺された。そして、日本から潜水艦の引き揚げ調査に来ていた芝浦電気の社員二人も殺害された。彼達の遺体を入れたコフン(棺桶)には、クラゲの絵が描いてあった。

サムは、片手のコーヒー・カップを、もう一方の手の指ではじいた。ピンと小さく響いた。自分の考えをまとめる時にする、彼の癖だ。

一先ず、墓の中の『部品』はそのままにしておいて、サン・フランシスコの『葬儀屋』を調べてみる事にした。

翌日フレイト・ホワーダーの事務所でシェリーを見ると例のジェリー・ビーンを、食べながらコンピューターのスクリーンに目を向けていた。そして、彼女のジーンズの後ろのポケットから半分出ている携帯が着信を知らせた。

彼女は携帯を取り上げると、スクリーンに目をやった。そして、サムの方を見た。唇の端に赤いジェリー・ビーンの色が付いている。

彼女は自分のコンピューターのキー・ボードを叩いた。直ぐに、サムにE・メイルの着信があった。シャローからだ。

「アイ・ゲブ・ユー・ア・クリイピー・メイル」(気色悪いメイルをあげるわ)と、彼女は低くサムに言葉をかけた。

メイルを見ると「元夫が刑務所から釈放された」と書いてあった。

「ほう・・・」と、彼はシェリーにうなずいて「葬儀屋を探しておく。『墓』の用意が必要かもしれない」と返信した。

すると直ぐに返信があり「クラゲに会う?」と書いていた。

「クラゲ?」

「そうよ」

「君のセックスか、それとも?」と、書いて送ると「弾、必要かしら?」サムの言葉を無視したような返事だ。

「何の弾だい?」

「ピストル」

「・・・・・」まるで、彼の動きを察しているかのような返事だ。

彼女は、単なるセックス好きのアメリカ女性だとも考えてみたが「アンドン・クラゲ」の刺青を陰部の近くにしている。普通ではない。異常繁殖し、原子力発電所の冷却水排出口を塞ぐ半透明な物言わぬ生物のクラゲは、放射能にむかう異常な生命体だ。



1945年、サンフランシスコ


日本軍の潜水艦が朝霧の中にゆっくりと浮上した。波は穏やかだった。

「みえるか?」艦長の草下中佐は、双眼鏡で陸地の方を見ている哨戒長に聞いた。

「みえます」清水大尉が短く答え、双眼鏡を艦長の草下中佐に渡した。双眼鏡には、はっきりと陸地が映し出された。アメリカ大陸だ。

「よし・・・」草下中佐は、哨戒長から地図を受け取ると地図に目を落とし、再び陸地を双眼鏡で見た。

「うん。間違いないようだ。もう少し近づいてから、潜水艇を切り離せ」

清水大尉は、無言で挙手の敬礼をした。

ハッチから艦内に降り立った彼は、艦内にいた二人の民間人に声をかけた。

そして、一時間ほど経った時、潜水艦より小型の潜水艇が切り離された。ドラム缶のようにずんぐりした潜水艇は西村式潜水艇の設計図を元に製造されていた。エンジンはバッテリーで動くモーターである。発電装置は極秘で、海水を分解し電気を発生させている。酸素の発生には植物性プランクトンが使われているらしい。

「山村技官。本艦が戻る二ヵ月後には、この海域で例の信号を発するように」草下中佐が言った。

山村は、大学で冶金学を学び静岡の島田市にあった海軍の実験場で技師として働いていた。

彼は、小さな潜水艇の中で、小さな丸い窓から羅針盤の示す陸地の方向に目を向けた。横の席には、西村式潜水艇の技師が小さな梶棒を握っている。山村は、技師の素性を知らない。潜水艦のなかでも、彼は無口で常に寝ていた。名前は、栗原と名乗った。もちろん。山村と同じ民間人だ。

山村の懐には、仁科博士と湯川博士から預かった封筒が入っていた。

「山村君。上陸後は、直ぐバークレーに行ってくれ。向こうには話してある」仁科博士が言った。博士の横には湯川博士がいた。

山村には、バークレーに親戚がいた。花屋をやっていたが現在はマンザナーの日系人強制収容所にいるはずだ。自分は中国人として振舞うしかない。彼は、日本語のほかに英語が堪能である。陸軍とは仲の悪い海軍が山村を海軍の島田研究室に西田博士を仲介として引っ張ったのは、今回の秘密計画があったからだ。元外務大臣の吉田茂を中心にした戦争終結に向けたグループは、憲兵隊に「ヨハンセン・グループ」と、暗号名で呼称されて監視下に置かれていたが海軍の中にあって親英米家の軍人達と戦争の終結に向けて活動を続けていた。今回、山村がアメリカに送られたのは、アメリカの研究者に仁科博士の「サイクロトロン」の設計図を渡し、彼と湯川秀樹博士の研究成果をアメリカの物理学会に発表することと、ドイツから手に入れた「ガンバレル方式の原子爆弾の設計図」をアメリカ政府にわたすことで、戦争の終結を図ろうとしていた。そして、アメリカが「原子爆弾」を持つ事で、本土決戦に踏み切る準備をしている陸軍を諦めらせることだった。

「山村技官、そろそろ陸地近くですよ。サン・フランシスコ湾の中に進入します。潜水艦用のネットがあるそうですが、出来るだけ、陸地につけます」栗原が狭い潜水艇の中で、海図を見ながら山村に告げた。

「サン・フランシスコ湾?」山村は、聞いていなかった。この小さな特殊潜水艇は、山村をサンフランシスコの太平洋に面した海岸に運ぶ事だ。しかし、栗原は湾の中に侵入すると言った。

「栗原君。私は、そんな事は聞いていないのだが・・・」

「大丈夫です。濃い霧がある・・・」小さな潜望鏡を覗きながら、栗原が答えた。

「君は・・・」山村が問いかけた時ドンドンドンと音が響いてきた。栗原は潜望鏡を後ろに回した。そして、言った。

「潜水艦が攻撃されているようだ・・・。アメリカ軍の駆逐艦が見える・・・」と言い、山村に潜望鏡を見るように言った。

山村が潜望鏡を覗くと、波のかなたの霧の中に黒い駆逐艦が見えた。

栗原が「此処から湾の入口ですよ。金門橋が見えるはずです」と言った。山村が潜望鏡を前方方向に回すと、丁度霧の途切れた辺りに、橋の一部が見えていた。近くに太陽の丸い影があり、周囲が虹色に見えている。

「金門橋だ・・・」山村は、思わず肌身離さず身につけていた書類に手を持って行った。その時、何かで身体を強打され意識を失った。

栗原は、潜水艇を海底ぎりぎりに動かした。海底は滑らかだ。このままサンフランシスコ湾の中に進入するか、それとも夜まで待つかだ。迂闊に動くと、敵のソーナーに発見される恐れもある。

栗原は、100メートルほどの海底に潜水艇の腹をつけて停まった。そして、当身(あてみ)を入れて気絶させた山村の身体から「書類」を取り出した。潜水艇には金塊が五個、それに、僅かな食料も積み込まれている。この潜水艇は特殊な酸素発生装置を持っていたので、一人の人間が一週間滞在できた。しかし、今回は二人なので三日ほどが限界である。

彼は、山村をロープでくくり猿ぐつわをした。山村が持っていた書類を開けた。「ガンバレル方式の原子爆弾設計図」「サイクロトロンの設計図」「放射性元素に関する論文」などが入っていた。

栗原は、陸軍の諜報活動員養成機関である中野学校で学んでいたが、密かに優秀な諜報員を探していた東郷外相に引き抜かれた。彼は、中退と言う名目で陸軍中野学校を退学し、日本政府の特務機関に配属された。

日本陸軍から重要な機密指令を受け、ソヴィエトに「原子爆弾」の機密書類を渡そうとした東北大金属研究所の助手を殺害したのも栗原だ。今回は、アメリカに向かう日本海軍潜水艦に日本政府からの機密書類を持った山村から重要な「書類」を奪い取る事だった。陸軍の首脳部は、密かに政府と海軍軍部がアメリカと和平交渉をしていることを突き止めていた。

そして、ヨハンセン・グループの和平工作提案に天皇は賛同し、密使を海軍の潜水艦でアメリカ本土に送り届ける情報を入手した陸軍は、栗原に秘密命令を出した。

栗原は天涯孤独の身である。父親が中国大陸で戦死し、母親も病死した。兄弟はいない。尋常小学校から優秀だった栗原は戦死者遺児ということで学費が免除され、陸軍の幼年学校から陸軍大学まで、陸軍の教育の中で成長した。「純粋培養機関」と「天涯孤独」又、「優秀な頭脳」は栗原を機械のような確実で無情な人間に作り上げた。彼は、最終的には陸軍の「人間兵器」になっていた。

栗原は、近くの箱から缶詰を取り出すと蓋を開けた。ミカンの缶詰である。缶に口をつけてミカン汁をすすった。甘い。ふと、彼は故郷の家を思い出した。ミカンの木があった。小さいころ、まだ青いミカンももぎって食べた。青い皮の下はオレンジ色のミカンだが味はまだすっぱく、たくさんは食べれない。母は、混ぜごはんに青いミカンを絞って味をつけた。

ふと、栗原が郷愁を覚えた時、山村が目を覚ました。

「やあ、お目覚めのようだな」栗原の以前とは違った荒い言葉に、猿轡(さるぐつわ)をさせられた山村は言葉にならない声を低く上げた。

「大声を上げないことだ。此処は、サンフランシスコ湾の中でね。潜水艦や巡洋艦も航行している。見つかるとお陀仏だぜ」

山村は、首を振って肯定した。

「すなおだな。此処は100メーターの海底だ。分かるだろう?薄暗いからな」

栗原は小さな窓から上を見上げるようにした。昼ごろだろうか、海の表面が銀色に光っていた。

「この上は金門橋だ。自殺者が飛び込むと流れてくるぜ」と彼は言い、山村を見た。山村は純粋な目を栗原に向けていた。汚れのない目だ。

栗原は何を思ったのか山村の猿轡(さるぐつわ)を取った。

「やれやれ・・・」と山村が言った。

「なかなか、度胸がいいようだな」

「故郷に戻って来たからです」

「故郷?」

「私はバークレー生まれです」

「日本じゃあないのか?」

「母と父が私を連れて日本に戻ったのです」

「じゃあ家族は日本か」

「いや、両親はなくなりました。父が憲兵に捕まり、母は病死です。それで、私は今回の秘密指令のついでに、父と母の遺骨を持参したのです。父も母も、アメリカが好きでしたから」

話し方は逆転していた。山村はまじめな話し方で、栗原は東京弁になっている。

「・・・・・・」

「私はここで死ぬのですかねえ・・・できれば、両親の遺骨をバークレーまで持って行きたいのですが・・・」

栗原は、何を思ったのか、山村を縛っていたロープを解いた。

「缶詰、食うか?」

山村がうなずくと、彼は袋からミカンの缶詰を出して蓋を切り、凶器になるような切った蓋を、手元の袋に落とした。

「食べろ」と言うと、栗原は海図を取り出して眺めた。

「バークレイか・・・」

ゴールデン・ゲイト(金門橋)をサンフランシスコ湾に進入すると、湾は右と左に分かれ右側に続く湾は最南端オサンホセで塞がる。一方左に広がる湾はサンパブロ湾になりサクラメント川に続く。

バークレーは金門橋の対岸にある町だ。バークレー大学があり、そこの研究達が1941年に60インチのサイクロトロンを使って「プルトニウム」の合成に成功していた。

「夜になって行くか・・・」栗原が言った。

「どこにです?」ミカンの缶詰を食べていた山村が尋ねた。

「何処へって?きまってるじゃねえか。あんたの両親の骨を持ってバークレーに向かうさ」

「この潜水艇で?」

「そうだ」

「危険でしょう。此処だって危ない。バークレイ辺りは軍艦だらけですよ」

「ケッ。くそくらえだ」まるで、チンピラのような言葉だ。

薄暗く狭い潜水艇の中で、若い技師と素性の分からない青年が小さな潜水艇の丸い窓に視線を向けていた。

「骨は何処だ?」

「ああ、此処です・・・」と言い、山村は首から提げていた小さな袋を取り出した。栗原が奪ったサイクロトロンとガンバレル方式の設計図に関しては何もしゃべらなかった。感ずいてはいるが諦めているのだろう。

「そうか・・・」

「ありがとうございます」山村が言った。

「不適切な言葉だ」

「助けていただいたので」

「でもよお・・・図面はもらったぜ」

「ああ、あれですか・・・アレを、どうするんです?」

「さあな・・・」栗山は黙った。

「私と一緒に、バークレイ大学に行っていただけないですか?」山村が言った。

「・・・・」

「実は、あの書類は『和平交渉』のためのものらしいです。出来るだけ早く戦争を終わらして、日本の国を平和にする」

「平和か・・・行き場がなくなるな」

「行き場?」

「戦場でしか生きていけない人間なのでね」

「まさか・・・」

「そのまさかさ。天涯孤独の身でね。こんな、潜水艇の中でも平気でいられる」

「私は、あなたが潜水艇の技師だと思っていたのですが・・・」

「そうか。じゃあ、そろそろ行くか」

「何処へですか?」

「バークレーだよ。予定は変更だ」栗原は、座席に座りなおすと、何かのレバーを操作した。潜水艇が海底を魚のハゼのように、ソロソロと動き始めた。午前十時ごろだ。サンフランシスコ湾を覆っていた霧も晴れたと見え、海底が少し明るくなってきた。潜水艇なので外が見え、海底を這うように動けた。



ロス・アンゼルス その(ニ)



敬老ナーシングホームで亡くなった山村と言う人物が持っていた「ガンバレル方式の原子爆弾の設計図」や「放射性物質の入った箱」は、極秘だったものだ。戦後に、彼が何処からか手に入れたものであるとは考えにくい。

森山はリトル東京の駐車場に車を停めると、山村がしばらく住んでいたというホテルに向かった。流石に日本人街らしく建物には日本語の看板が目に付いた。

森山も大学に留学しているころは、頻繁にこの日本人街に来て食事をしたり、日本の食料品などを買ったものである。

おぼろげながら残る記憶を頼りに、歩いていると四階建ての見覚えのある建物が見えて来た。昔は薄汚れたようなレンガつくりで、独身者の日本人が月決めで住んでいたが現在はリノベーションされていた。一階は三軒の店があり各階には五つの窓が並んでいる。二階から四回までがホテルなので、窓を数えてみると15あった。小さなホテルだ。

受付で聞くと、既に住んでいた人の名簿は無く、近くの食堂を紹介された。そこのオーナーは、長年食堂を営業しているので、知っているかもしれないと言うのが理由だった。

昼近くだったので森山は食事もしようと古めかしい小さな食堂に入った。暖簾(のれん)をくぐると、まだ昼前なのか数人の客がカウンターとテーブルに見えた。彼達は馴染み客らしく、お互いに色々な事を話し合っていた。

森山はカウンターの端に腰を落とし、メニューを取り上げた。

目の前にお茶が置かれた。高齢の叔母さんが「いらっしゃい」と言った。森山は軽く挨拶し、直ぐに山村の事を聞いてみた。

すると、彼女は「山村さんですか・・・山村、何をする人ですかねえ?」と、腰に手を当て片手をカウンターにおいて森山に聞きなおした。

「あの・・・彼は『合気道』の先生だったとか聞いてますが・・・」

「ああ、あの人」と言い、テーブルで新聞を読んでいた男の方に「加藤さん。山村さん覚えているかい?」と聞いた。

テーブルの男は、読んでいた新聞か二つに折ってテーブルに置くと「山村さん?」と聞きなおした。

「ほら、あの合気道の、良く此処に来ていた」

「ああ、ヨシさんか。覚えているよ」と言った。

森山は「山村義男さんを知っていらっしゃるんですか?」と、男に声をかけた。

「よく知っているほどでもないですがね。何分彼は無口だったから。しかし、此処に来ていたので自然に顔見知りになった、と言う事ですよ。僕だけじゃなく、みんなが顔見知りだ。ここではな。でも、あなたのような初めての方も来る。最近は日本人の旅行者も増えてきたから」

「そうですか。実は僕は昔、十年ほど前LAに住んでいたのですが今回少し用事があって来たわけです」

「山村さんを探しに?」

「いや、私はフリーのライターなので、山村さんがどの様にアメリカで生活をされていたか知りたいと思いましてね」

「山村さんねえ・・・確かに、彼は分けありのような人だったなあ・・・仕事をしていなかったし・・・『合気道』もボランティアだったらしいですよ」

「ああ、そうだったよ。ヨシさんの生活費は何処から来るんだいと皆が噂してたじゃないか」と、叔母さんが口を挟んだ。

「そうそう。僕なんか食品会社の倉庫で朝から晩まで働いていたが、ヨシさんは殆(ほとん)どホテルの部屋にいたな」

「あの人は、インテリだよ」叔母さんが言った。

「そりゃあ、そうだ。数ヶ国語の言葉をしゃべったので驚いたねえ」

「例の中国人かい?」

「そうだよ。俺たちが途方にくれていたら、ヨシさんが来て男と中国語で話したんだ」

店の人達は森山の解せない、かってここで起こったであろう事件について記憶の中のテーマで話し合っている。森山は、話に介入せず、彼達の話しを聞いた。

「噂によるとロシア語にも堪能だったらしい」

「元大学の先生だったかもしれないと俺たちは噂していたのですがね」と、男は森山に言った。

「なるほど、数ヶ国語を話せたのはすごい」

「ま、それが仕事だったのかもしれないな」と、男は言いテーブルに置かれたウドンに七味を多量にかけると食べ始めた。

森山は、焼鯖定食を注文した。

彼は定食を食べながら、山村が数ヶ国語を話せたことを疑問に思った。確かに彼はアメリカ生まれなので英語には堪能だったはずだが、中国語やロシア語が出来た事には疑問が残る。なぜなら、彼は日本の大学では冶金学を学んでいた。語学を専門に学ぶほどの時間的余裕があったとは考えにくい。資料によると、外国に留学したということは書かれていない。

森山は、警察庁の警視長である叔母にメイルを入れた。

翌日、彼女の部下から彼の問い合わせに対するメイルが届いた。

「・・・当時、冶金学を学んでいた日系人は『山村義男』と言い、東京大学理学部物理学科卒業で、数年助手として大学に残ったようです。1936年4月に、理化学研究所の西川正治研究室に研究生として入所し1938年アメリカに私費留学しています。帰国後は理研の仁科芳雄研究室でサイクロトロンを使い、ウランの質量分析装置の開発に従事しました。当時、バークレイ大学放射線研究所のローレンス教授と親交がありました。尚、ご指摘にあったように、彼は日系二世で、英語は完全に話せたが中国語とロシア語に関しては記録がありません。第二次大戦中、病死、墓石無し、と成っています。本人の写真を添付しました」警察庁、国際捜査管理官室。

ロスアンゼルスで死んだ山村芳雄が中国語とロシア語を話さなかったという確証は得られなかった。しかし、書面に「理化学研究室の西川正治研究室」と、ある。西村の所持品に「西・・・」と書いた写真があり、殆どが感光して見えなくなっていたがLAPDが修復作業そしているはずだ。添付してあった写真を広げてみると、山村芳雄が所持していたものと同じだった。文字だけが書いていない。

写真の裏づけとして「西村正治研究室研究員一同」左より西村教授、そして、5人目に山村芳雄と書いてある。

森山は写真をLAPDの村上警部と科学捜査員のデレックに送った。すると、しばらくして村上警部から森山に電話がかかってきた。

「森山さん、あの写真の人物は本当に山上義男ですか?」と、彼は聞いた。

「もちろん、日本の警察庁が手に入れた写真ですし・・・それに、私がLAPDで見た写真と同じ写真ですので、間違いないですよ・・・ああ、そうだ。他の研究員で山村義男に似た人物がいたのですか?」

森山の問いに、村上警部は「ウイアー(おかしい・・・)」と英語で言い「本人は写真の中にいませんよ」と、言った。

「なんですって? では、ナーシングホームで亡くなった人物は別人と言う事ですか?」

「ま、その可能性もあります」

森山は、山村義男が教えていたと言う合気道場に行ってみる事にした。そこには、何かしら必ず得るものが有るだろう。写真も残っているはずだ。

彼iPhoneのGPSを作動させ、サンタモニカ・ブルバード(I・10)をサンタモニカの方に向かった。二十分ほど走った後、高速道路を降りると10分ほどで目的地に着いた。

「合気道場」と日本語の看板が近くの建物に見えた。

現在のアメリカ人道場主は机から写真をとり出すと「山村先生です」と、森山に見せた。やせて小柄だが精悍そうな男の写真だ。山村は道場主ではなく、時々来ては彼達を指導したらしい。写真に他の日本人の姿があった。

「この人は?」

道場主は森山の手にある写真を覗き込み「ああ、確か・・・神田、そう、神田さんです」と、確かめるように言った。

「お弟子さん?」

「いや、四段でした。日本から来て、そうですね・・・此処では少ししか練習しませんでしたね」

「彼と、山村先生は知り合いでしたか?」

「いいえ。二人が話しているのを見たことが無いです」

「なるほど・・・知り合いではなかった」

「いや、わかりません。神田さんは、直ぐにいなくなりましたので」

「いなくなった?」

「確か、サンフランシスコに行かれたと思いますよ」

森山は道場主にお礼を言い山村達の写真をデジカメに撮らせてもらい、日本に送った。

翌日に届いた日本からのE・メイルには「第二次大戦中にあった陸軍中野学校の生徒の中に、それらしき人物がいましたが、いただいた写真からの確定は不可能です。この人物は、中野学校を中退。海軍の技官になり戦死となっています。人物の写真を添付いたします。尚、もう一人の若い男性に関しては未だ調査中です」と、書いてあった。

森山は、日本の警察庁から来た山村に似た写真をデレックに送り、人物をエイジ・プログレッション(経年人相画)技術で画像の人物像に歳をとらせて確かめることにした。



再びサンフランシスコの墓場 


サムは、日本の組織から「貨物」が届いたと連絡が入った。しかし、肝心の部位は、シェリーが墓の中に隠していた。彼女の元夫が潜水士で、サンフランシスコ湾の海底から拾い上げたモノだ。しかし、第二次世界大戦の退役軍人で、元駆逐艦ウイラード・キースの乗組員であったフランク・アンダーソンが海底に沈んでいた日本軍の潜水艦を見つけたのは、サンフランシスコ沖だった。シェリーの夫のロン(ロナルド)は、どこで「部品」を見つけたのか疑問だ。

「部品」は、日本海軍の技術開発研究所が極秘で開発した「B触媒装置」と言い、60年もの間海底にあり活動を続けていた。装置により発生する水素と酸素により、電気と呼吸用の酸素を作るらしい。

サムは、ロンが刑務所から出所する前に、墓の中にある「部品」を横取りする計画を立てた。アンドン・クラゲの組織も絡み合っている。

シェリーの外陰部横のクラゲの絵と数字は、一体何を示すのかは分からない。しかし、彼女が「やばい組織」に関与している事はうかがい知れた。陰部の栗色の陰毛の茂みの魅惑的な匂いは、男をとりこにする。それは、まるで食虫植物の捕虫器官を持つウツボカズラのように、袋の中に男を吸い込んで離さない。

サムは、引き出しの底に隠していたコルトを取り出すと弾を確認し、ポケットに入れた。横取りするなら早めのほうが良い。

アパートから出ると黄色のコルベットでルート280をサンフランシスコ空港に向かった。フリーウエイはスカイラインと呼称されるように半島の山の中腹を走っている。二十分も走ると右下段遠方に、サンフランシスコ国際空港とサンフランシスコ湾が見え始た。青く輝く海の向こうの対岸には、バークレーやオークランドの町並みが霞の向こうに見えている。高速道路の上に掲げられた道路標識に飛行機のサインとSFO INTL380と見えたので380に乗り換えた。大きく右にカーブしたフリーウエイの正面遠方に「ザ・インダストリアル・シティー」と、文字が見える。あの横の丘に墓がある。

麻薬のようなシェリーのセックスを思い出したが流石にサムは思いを断ち切った。訓練された組織の一員として、受けた命令は絶対だ。四年間も、待っていた秘密命令だった。

先ずフレイト・ホワーダーに職を得て、情報の収集に努めた。一年前にシェリーが入社していた。そして、フィリピン人の女性の輸入係がアパートのプールの中で水死体となって発見されていた。プールでの水死体は「麻薬」が絡んでいるケースが多い。

シェリーが麻薬取引と関係が有るのなら、彼達の組織は、麻薬がらみの殺人を行うはずだ。あの墓は麻薬の取引に使われているのかもしれなかった。

サムは駐車場にコルベットを停めた。近くに灰色と黒色に塗られた細長い車体の霊柩車が駐車していた。葬式があるのか駐車場には多くの車が停まっている。丘の左斜面辺りに黒っぽい服を着た集団が棺桶を囲んでいた。サムはふと、NCA(日本貨物航空)の貨物置場で見た棺桶にあった「アンドン・クラゲ」のマークを思い出した。彼は踵を返して霊柩車に近寄った。運転席の中には黒い服の女がいた。違う葬儀社のようだ。

彼は左の雑木林に沿って丘を上がって行った。かなり歩いて、頂上付近の雑木林の近くまで来た時、墓のあった丘のほうに目を向けると、緋紅の色が木々の間にチラリと見えた。この時期だから「ボケの花」が咲いているのだろうと思った。ボケはバラ科で、花言葉は「美しい、華やかな」だが、ギリシャ語の語源では「裂けたリンゴ」になる。サムは駐車場で踏み潰したリンゴを思い出したながら、最後の木々の間をくぐった。近くには例の墓があるはずだが、数歩ほどで止まった。ボケの花だと思っていたのは仰向けに寝ている女性の服の色だ。墓で寝る女がいるのだろうかと、用心しながら近寄った。墓石の前にシェリーが仰向けに倒れていた。緋色のシャツが捲り上げられ、白い巨乳が二つ静かに浮かんでいるように見えている。サムは彼女の頚動脈に手を当てた。微かに脈がある。

乳頭を見ると男が吸ったものだろうか、片方の乳首が膨らんでいた。彼は、彼女の服をおろし乳房を隠した。ジーンズがずれていて陰毛が見えている。アンドンクラゲの刺青と数字の「6」が見えた。誰かがシェリーを襲って、この数字を確認したにちがいない。同じ目的を持つ者がいるようだ。

彼は、彼女を抱き起こすと武術的な蘇生を行った。「活を入れる」とウッと小さく言葉を発してシェリーが目を覚ました。

「昼寝か?」サムが声をかけると、相手はキョトンとした顔で彼を見た。仕事場で男勝りの言葉を上げている彼女の姿は微塵も無い。

「ああ・・・どうしたのかしら・・・」とつぶやくように言った。

「いや、此処に来て見たら君が気持ちよさそうに寝ていたのでね」

「男は?」

「男?」

「襲われたの。私」と、シェリーが言った。どうやら、彼女が男を連れて此処に来た訳では無いようだ。ドラック(麻薬)の取引かもしれない。

「どうして?」

「用事で、ここに・・・」と彼女は言い、自分の服装が乱れているのに気づきサムを見た。

「俺じゃないぜ」と彼は言い、シェリーが服装を直している間は反対方向の海に視線を当てていた。

「無い!」彼女の声が彼の背後に聞こえた。

サムは、シェリーが覗いている墓穴に近寄った。彼女は空っぽの箱を持ち上げて墓穴から外に出した。

墓石が倒れていて、サムは墓石に赤いマジックで落書きされている事に気づいた。

「罰当たりな奴だ。墓石に落書きしやがった・・・」

シェリーが彼のそばに来て落書きを見、アッ!と悲鳴のような声を上げた。

「どうした?」

彼女は小刻みに震えていた。

「一体どうしたんだい?」

「組織だわ。組織」

「えっ?組織?」サムは改めて落書きを見た。

赤く丸い円に十字架の支柱が円をはみ出すマークだ。ソディアック・キラー(Zodiac Killer)と言う猟奇殺人事件と同じだ。彼女は歯を抜かれ、セックスの奴隷になるように作られた。

「多分、落書きだろう・・・」サムはシェリーに言った。「部品」を持ち去った人物を探さなければならない。

「でも・・・」

「アンドン・クラゲは、俺がいただいているよ。どちらかと言うと、俺の方が危険だ」

その時、誰かが「フリーズ!(動くな)と低く声をかけた。サムは手を上げて、ゆっくりと声のした方向に目を受けた。

「ロン!」シェリーが声を上げた。サムは、この名前をシェリーから聞いたことがある。もとの旦那だ。

「このやろう。俺を刑務所に入れやがって」相手は、怒りに満ちた目をシェリーに向けた。

「私じゃないわよ」

「黙れ!『部品』をだせ」

「無いわ。盗まれた」

「そこをどけ」彼は銃口を振って示した。サムとシェリーは墓石から離れた。ロンは、墓穴に近づくと中を覗き込み「クソ!」と、短く言った。

「オメェ、この男と寝たな」突然、話が変わった。

「・・・」シェリーは何も言わずにサムを見た。

「馬鹿な質問だ」彼の言葉にロンが銃を向けた瞬間、サムはスーッと相手の懐にはいり、相手の手首を逆に取った。ピストルが手から落ちた。

サムは、銃を拾い上げるとロンに向けた。

「おい。どうして『部品』を探している?」

「か、金だ。アレは、金に成る部品だ」と、ロンが言った。

「なるほど・・・じゃあ『部品』が何か知っているのか」

「ああ、だいたいわかる・・・」ロンは、起き上がると服についていたごみを払いのけ、諦めたように答えた。

「誰に売るつもりだった?」

「誰に?決まっているじゃあねえか。『アンドン・クラゲの組織』だ」

「『アンドン・クラゲの組織』だって?」

「この女と寝たら、知ってるだろう。陰部の刺青、あれだ」

サムは、ロンの言葉にシェリーを見た。

「・・・・・・」彼女は無言で墓石を見ていた。

「取引をしようじゃないか。実は俺も『部品』を探している。盗まれた『部品』探しに協力してくれたら、それなりに謝礼を出すがどうだ」

「いくらだ」

「前払いでキヤッシュ(現金)、1万ドル(約110万円)。後は、金塊のありかを教えてやる。山分けだ」

「悪くはねえな。あんた、名前は?」

「サムだ。俺を深くは調べるな。やばくなるぞ」

「わかった。俺は、金がほしいだけさ。サンフランシスコは物価が高くてね。人生をやり直すには金が要る」

「心配するな。金塊は5本ほどある」

「本物か?」

「日本軍のものだ。間違いない」

「よし。乗る」

「シャローには手を出すな」

「デボース(離婚)してる。他人だ。この女も仲間か?」

「さあね・・・」サムはシェリーを振り返った。彼女は、墓石を抱えていた。ソディアック・キラー(Zodiac Killer)の「マーク」が墓石にある。

「リップ・スティック(口紅)で、書いたようだな・・・」

「賊は、女だろう?」ロンが言った。

サムは、シェリーの吸われて膨らんだ乳頭を思い出していた。女が女の乳首を吸うことがありえるのか。丸く大きい象牙色のような巨乳が墓にささげられているようだった。一つの乳首が唾液に濡れて膨らんでいた。

「シェリー。君を襲ったのはだれだ?」

「知らない。後ろから、襲われた・・・」彼女の言動には落ち着きが無かった。

「後ろから?それで、君は気絶したのか?」

「・・・」

シェリーは答えなかった。元亭主の前では本当のことが言いづらいのだろう。「まあ、怪我が無くてよかった。ところで、銃は盗まれて無いだろうね」

その時、少しはずれの墓石の陰から男が現れた。とっさにサムは二人を押しのけて腰のコルトを引き出した。

男が発砲した。消音器をつけているのかピストルの発砲音ではなく弾がうなりを上げて彼のソバを過ぎた。男が逃げ始めた。

サムは狙いを男に定めたが葬儀をしている集団が視覚に入ってきて、引き金を引けなかった。

「追うぜ」ロンが言った。

「シェリーはどうする?」「ほっとけ。値打ちの無い腐った女だ」

二人は男の後を追った。

男が駐車場に止めてあった霊柩車に乗るところが見えた。

「奴は、霊柩車に乗った!」ロンが言った。

「霊柩車にか」理解できなかった。

サムは、ロンを黄色いコルベットに乗せ、霊柩車を追った。腕の良いドラバーだ。かなりのスピードで他の車の間を走って行く。

「まるで、カー・レーサーだぜ」

車はフリーウエイ101を猛スピードで南に走っている。コルベットはかなり近寄ったが相手は斜線を変えながら他の車を追い越して離れた。

「この辺で、止めてくれ。ナンバープレートは控えた」ロンが言った。

「諦めるのか?」

「ああ、刑務所から出たばかりだからな。あんたがポリスに捕まると、俺も危険だ。豪華なコンクリート部屋には戻りたくないんでね」

「なるほど・・・良かろう」サムは霊柩車を追いかけるのを止めて、フリーウエイの出口に向かった。

「心配するな。奴に見覚えがある」ロンが言った。

「奴は殺し屋か?」

「いや。ポリスだ」

「なんだって?」

「もと、ポリスだ」

「なんてこった。多分、ギャングに金でももらって、警察を首になった奴だろう」

「その通りだ。しかし、ギャングではなく、もっと手ごわい奴らだけどな」

「手ごわい奴ら?」

「トゥム(墓)だ」

「?」

「『スカル・アンド・ボーンズ』と言えば、分かるだろう?」

「ハーバードやエール大学のお坊ちゃんたちの秘密権力組織・・・社会に出てからもつながりを持っている」

「あんた、シェリーとセックスしたか?」ロンが突然聞いてきた。

「・・・」

「しただろうな。あの女はセックスなしでは生きていけない下種(げす)だ」

「・・・」

「政治家や経済人は色ぐるいだからな。金が出来れば、次は女ってとこさ。シリコンバレーなぞ、コールガール(高級売春婦)の巣だぜ」

「『アンドン・クラゲ』のマークは?」

「ああ、アレか。10人の女が刺青をされたらしい。暗号のような数字も刺青されている」

「意味はなんだ?」

「『ボーン(骨)』対『ゼラチン』」

「ウイット(とんち)のように聞こえるが・・・」

「原子力発電所の排水溝がクラゲの大群に襲われるニュースを聞いたことがあるだろう?」

「ああ、ある」

「あんな構図だな」

「ふむ・・・」

「つまりだ。原子力に対抗する組織と言う事だ」

「なるほど・・・分かるような気もする」

「分かってほしいぜ」

その日、サムはロンに一万ドルを与え、アパートも借りてやった。探している『部品』を見つけ出すには、ロンの協力が不可欠だったからだ。又、金塊を手に入れたりサンフランシスコ湾の海底に通じているロンの力が必要だった。

翌日、シェリーは会社を休んでいた。辞めたのかもしれない。俺も此処には用がない。

サムは昼休みに自分の車に向かっていた。駐車場のアスファルトの上に何か虹色に光るものがある。彼は目を凝らして見直した。大きな木の下なので、木の葉の影がチラチラとアスファルトの面を飛び跳ねている。

「CDか・・・」どうやら、コンピューターのディスクだ。CDは、虹色に光っている。近づいて拾い上げた。

CDの表面には「Navigator V/ATP-DVD/Maintenance Library/Revision Date March 11, 2016」と、書いてあった。

「ふむ・・・」彼は、直感でCDを自分の車に持って行き、ノートブック・コンピューターにセットした。

画面に地図が出て来て、移動方向を指示した。彼は車を発進させた。会社は既に必要なくなっていた。彼は、そのままナビゲーターの指示に従った。

ナビゲーターは、フリーウエイ101を南に向かうよう指示した。パロアルトまで来ると、オレゴン・エキスプレスを降りてスタンフォード大学の方角に進んだ。

そして、エヴァ・グリーンと言う墓のある簡素な地域に入って行った。目の前に「葬儀社」と小さく書いた看板のある建物が見えて来た。白い頑丈そうな建物だ。463カレッジ・アヴェニュー、パロアルトと画面が住所を示していた。

サムは車を停めると、用心深く周囲を見渡した。人の姿は見えない。建物の近くから見えるグリーンのエリアには墓石が並んでいる。シェリーが欲情しそうな光景だ。人は、一般的に死に関係した物などには恐怖を覚える。しかし、彼女は違っていた。小鼻をピクピクし、次第に欲情していく。

シェリーはセックスの奴隷にさせられていたと言ったが、いまだに彼女の奥深くに残るのは、麻薬のような悦楽の叫びである。

この辺りは、シリコンヴァレーのど真ん中だ。コンピューターに毒された男たちが、性の快楽のために女性を奴隷化することも有り得た。

その時、再びナビゲーターが動くように指示してきた。目的地に着いたのに、誰かがコントロールしているような動きである。

サムは指示通り車を動かし始めた。

82号線のエルカミノ通りを再び北に向かい、スタンフォード通りを左に向かった。道はスタンフォードのキャンパスに通じている。

しばらく走るとスタンフォード大学の付属病院が見えてきて、チルドレン・ホスピタルの裏に出た。

病院の裏側には貨物専用のドックがあり配達の車が並んでいた。

サムは、駐車場の一角に無断で車を停めると知らぬ顔でドックに向かった。だれも彼を疑わない。ノート型のコンピューターを持っているので、セールスマンだと思っているに違いない。ドックの左にあった階段を上がると、ナビゲーターの指示で左に進み階段を上がって行った。三階のドアを開けると病院のロビーだった。患者や、その家族なのかたくさんの人がいた。レストランや店が並んでいる。

その時、彼の携帯が鳴った。耳に当てると「ヘイ(おい)。サム」ロンだ。

「誰の携帯だ?」

「俺のさ。先ず、必需品だろ?」

「まぁな・・・ところで、用件は何んだ?」

「潜水の準備ができたぞ。まあまあの潜水艇を借りれる」

「グッ(ド)・ジョブ!」よくやったと言うと、相手は支払いは頼むぜと返した。

「ああ、大丈夫だ。何時(いつ)潜る」

「何時でもいい。サンフランシスコ湾の海底は、俺の庭のようなものさ」

「よし。後で知らせる」

「わかった。ところで、あんたは今、何処にいるんだ?」

「スタンフォード・ホスピタル」

「腹でも痛いのか?」

「いや・・・」

「ふむ。ま、いいや。やばいことがあったら知らせろ」相手は物騒な事を言った。

「やばい事・・・か。先ほど葬儀屋にも行ってきた」

「葬儀屋?スタンフォード近くのか?」

「そうだ。拾ったナビゲーターに指示されてね。遠足だよ」

「そりゃ、やべぇな。例の霊柩車は、あの辺りのだ。サウス・サンフランシスコにパロアルトの霊柩車は来ない。知らべて見ると『部品』を盗みに来た連中だった。その近くにはフリーメイソンのロッジもある」

「葬儀屋とフリーメイソン?」

「あれは、仮の姿だ。奴らが『スカル&ボーンズ』だよ。動いているのは手下の連中だけどね」

「なるほど・・・」

「スタンフォード大学には『SKULL&BONES』(スカル・アンド・ボーンズ)の支部がある。創立者のスタンフォードも関係している。

奴らは敵対している国に資金援助してでも戦争を起こさせ金を稼ぐ連中だ」

「じゃあ、クラゲはどんな組織だ?」

「サム。俺が純粋なアメリカの白人に見えるか?」

「ルックス(外見)は、白人だ」

「ま、あんたのような日本人には見分けはつかないだろうぜ。俺はインデアンの混血さ」

「アメリカン・インディアンなのか」

「そうだ」

「ほう・・・何族だい?」

「シャイアン族」

「あの、女性子供が陸軍騎兵部隊に殺戮された部族か・・・」

「そういうことだ・・・それに、スー族の血も混ざっている」

「すると、例の4人組と言われる資産家に恨みがあるわけだ。もちろんスタンフォード大学の創設者であるスタンフォードにも、と言う事になるのだろうね」

「そういうことになる」

「このナヴィゲーターを作ったのは君か?」

「俺には暇が無いさ。多分、シェリーが組織に頼まれてやったに違いない」

「彼女の組織はなんだ」

「武器密輸組織だ。元ダイアナ妃を暗殺するぐらいだから、な。糞野郎達さ」

「・・・」

「あの女の陰部にある刺青の数字は魔法数だ。合わせると何か分かるかもしれないが他の女が『アンドン・クラゲ』の刺青をしているのは見たことが無い。まったくクレイジー(気違い)な話だぜ」

「ところで、次は何処に動けば良いか知ってるか?」

「ナビゲーターは何と言っているんだ」

「今のところ指示はない」

「よし。では、これから俺が案内する。先ず、地下二階に行け」

「この建物の地下か?」

「そうだ。言われたように動くんだぜ。さもないと、危険だ」

「面白そうだな・・・」

「スリルが味わえるかもナ・・ウヘッへ」と、ロンは変な笑い声を付け加えた。

サムは、裏階段を使い地下二階に降り立った。コンクリートに囲まれた踊り場の一方に頑丈そうなドアがある。手をかけてノブを回したがドアは、びくともしない、

「ドアがあるが開かない」サムがロンに言うと「横にドアの認証装置がある」と、彼は自信ありげに言った。

「何だ、君は此処に来た事があるのか」

「一度だけな」

「まあ、何度も来る必要は無いような場所だ」

「1884を押せ」

「ほう・・・」サムが言われた数字を打ち込むと、ロックが外れる音がした。ノブに手をかけてドアを開いた。

「開いた。大したものだ。どうやってIDナンバーを知ったんだい?」

「簡単だ。スタンフォードの一人息子が死んだ年だ」

「そうか・・・すると、此処には息子の遺体でも保存されているのじゃあないだろうね」

「図星さ。まっすぐ進んで左に曲がり最後のドアで俺の指示を待て」

サムは、音を立てないようにゆっくりと廊下を歩んだ。微かな化学薬品のニオイとか何かの装置の音が感じ取れた。近くには不気味な静けさを持ったルーム(部屋)が並んでいた。病院の遺体置場は地下一階にあったので、この地下二階は、特別な場所のようだ。

彼はロンの言ったルームの前に来た。清潔な色に塗られている。壁には花々まで描かれていた。

「言われた場所に来た。次はどうする?携帯が使えなくなるのではないか?」

「心配するな、その場所は繋がるようにしてある。携帯のスクリーンを認証スクリーンに付けろ」

サムは言われたままにした。

すると、ロックの音が外れる音がした。

携帯を耳に当てると「開いただろう。中に入れ」と、相手は命令口調だ。サムは従った。

部屋に入ると、巨大な装置が低くうなり声を上げて動いていた。彼は一歩右に回って装置を見ると、船の窓のような丸いガラス窓があり、中に人間がいた。

「な、なんだこれは」サムは低く携帯の向こうのロンに聞いた。

「スタンフォードの息子だ」

「これがか・・・」

「スタンフォードは、息子を再び蘇(よみがえ)らすために私財を投げ打って大学を作った。例の装置も、この男の再生の為に必要らしい」

「あの、部品が・・・」

「そうだ」

「一体あれは何なのだ?」サムは、部品を手に入れる指示を受けてはいたが部品が何であるのかは組織から聞いていなかった。命令されない事には立ち入れない。

「細胞を再生できるエネルギーをもつ」

「なんだって?特殊な電池ではないのか?」

「そんなものだったら、何処にでもあるぜ。では、勉強が終わったらそこから出ろ。指紋を残すな」ロンが言った。




ロス・アンゼルス その(三)


LAPDの科学捜査員のデレックから森山に電話があったのは、翌日の午後だった。

「森山さん、エイジ・プログレッションで現れたのは例の老人でした」と、彼は開口一番に言った。

「『例の老人』って、ナーシングホームで亡くなった方ですか?」

「そうです」

森山はデレックに言って、E・メイルに添付して送ってもらう事にした。ナーシング・ホームで亡くなった人物は間違いなく「陸軍中野学校」の出身者のようである。

では、どうして彼は「西村義男」と入れ替わったのだろう?何のために・・・。

デレックはE・メイルに、人物の写真と例の色あせた部分を修整した写真の両方を添付して送ってきた。森山は、警察庁に二つの写真を送った。

翌日、警察庁からのE・メイルには、写真は「西川正治(1884-1952) 研究室 」で取られたモノでしたと書いてあった。五人の研究員が写っていて、西川博士を筆頭に銘々の名前が書き加えてある。5番目の研究員の下には「山村義男」と書いてあった。

すると、実際の山村義男は理化学研究所に研究生として入所して、西村博士の下で働いていたに違いない。そして、彼は何かの事件で陸軍中野学校出身のスパイに取って代わられた。スパイの男は第二次大戦中に、何の為にアメリカに送られたのだろうか。他人の山村義男に成りすまし、アメリカに住んだ理由は何だろう。大戦中、ほとんどの日系アメリカ人は強制収容所に送られた。日本人がアメリカ本土にスパイ活動のために秘密裏に上陸しても活動できないはずである。ただ、中国人や朝鮮人、そして東南アジアの人種に成り代わるのであれば可能かもしれない。日系ナーシングホームで亡くなった山村義男は中国語を流暢にしゃべったと言われている。

森山は、警察庁に「山村義男」についての調査を依頼し「陸軍中野学校」の人物の捜査以来を再度お願いした。

同じE・メイルの中で、警察庁は今回の件ではSFPD(サンフランシスコ警察)に協力を依頼しているがアメリカのFBIに協力の要請はしていないと書き添えてあった。

妙な話である。森山がサンフランシスコに来て、HPの創業地に来た時にFBIのブラウンに声をかけられた。国際犯罪の捜査には、外国の治安機関の協力が不可欠で、今回の事件も当然警察庁がICPOを通じてFBIに捜査協力を依頼していると思っていた。FBIのブラウンも「日本から依頼を受けた」と言って、森山に日本の警察庁からの依頼文を見せた。手紙の文面は、サンフランシスコで殺害された二名の日本人の事故調査依頼で、一般的な依頼書だった。

しかし、森山の捜査路線はずれていた。彼は、ロスアンゼルスに元日本軍のスパイだったかもしれないと思われる男を捜査しに来ていた。確かに、今回の捜査と関係しているが意図的な迷路に誘われているようでもある。

森山は、ノートパソコンの画面から顔を上げた。滞在している「大丸ホテル」は、リトル東京にある。彼は、コーヒーを飲みたくなってホテルの外に出た。

アメリカは先月から「デイライト・セーヴィング・タイム」(夏時間)に変わっていたので、通常の時間より一時間遅くなっている。午後の五時なのに、西の空には太陽が輝いている。

「リトル東京」と呼ばれている日本人街は、日本人の姿よりもアメリカ人の姿の方が多く目に付いた。通りを歩きながら、森山はサンフランシスコのFBIの事務所を思い出していた。

ブラウンと言うFBIの捜査官は、どうして自分が犯罪の捜査の為に日本から来た事を知っていたのだろうか。

彼は、森山に日本の警察庁からの依頼文を見せた。手紙の文面は、サンフランシスコで殺害された二名の日本人の事故調査依頼だった。

森山の叔母、織田奈緒子は警察庁の「刑事指導室」課長で国際刑事警察機構(ICPO)とも関係が深く、森山太郎は自然と警察に依頼されて国際犯罪捜査に係わってきたので、ブラウンがFBIだと名乗った時に、森山は彼を疑わなかった。



サブマリン


「どうだい?なかなかのモノだろう?」とロンは、サンフランシスコの波止場の一角にある倉庫の中で「サブマリン(潜水艇)」を、サムに見せた。

黒と銀色の宇宙船のようなサブマリンが船舶用のシッピング・コンテナーの中に置かれていた。

「これで潜るのか?」

「ああ、そうだ。サンフランシスコの海底を馬鹿にするんじゃあネェぞ」

「馬鹿にはしてないがどうしてサブマリンがいるんだい?」

「先ず、オメェの見せてくれた海底の地図では金塊のありかは特定出来ないぜ。あの辺は、少し荒っぽい海流が流れていてね。先ず、こいつで潜ってみる」

「なるほど。」サムは流石に元海軍の潜水士だと感心した。

「作業用のアームも取り付けられる」

「潜水可能な深さは?」

「1500フート(450メートル)」

「十分だ・・・」サムは、金塊の沈んでいる海底を想像した。

「一番深いところで、360フィート(約100メーター)ある。しかも、海流が速い」

「作業用アームは必要だな。海底の岩陰に穴を掘って隠したと書いてある」

「五本のゴールド・インゴット(金塊)をかい?大げさな野郎だ」

「いや。2、30本ほどあるかもしれないな・・・」

「なんだって?俺が、本気を出すような事を言わないでくれ」

「プラトニウムを買うためだったようだ」

「金塊でか?」

「戦時中だ。日本がドルなど持っているわけが無い」

「くそッ。たまらんな。必ず引き揚げてやる」ロンの潜水士としての血が騒いだようだ。

「長い刑務所生活で潜水の腕が鈍っていない事を祈るよ」

「心配するな。俺の頭の中は潜水技術だけだ。ところで、金の価格はいくらだ」

「オンス(約 28.35g)$946程度だ」

「金塊一本でいくらになる?」

ロンの言葉に、サムはiPhoneで調べてみると$378,704(4,177万円)だった。

「約38万ドルだな」

「サブ(サブマリン、潜水艇)のレンタル代金も払える」

「で、何時(いつ)潜る?」

「いつでも良いぜ。この季節は、案外と海流も強くない」

「よし、今週に潜ってみよう」

「よかろう。大体の位置は目星を付けてある」

サンフランシスコ湾の海底は、海流の流れが一日に何度も変わる。海底も隆起と陥没を繰り返しているので、海底の地図を使っても金塊が隠された場所を見つけるのは難しい。日本軍の軍人が潜水艇で金塊を隠したのなら、海底の岩場に穴を掘って隠し込んだはずだ。

「ところで、あの地図は何処で手に入れた?」倉庫のドアを閉めていたロンが突然サムに聞いた。

「ああ、あれか・・・ロス(ロス・アンゼルス)だ」

「ロス? あんた、あんなとこにも居たのか?」

「まあな」

「何か、訳がありそうだな。まあ、いいさ。俺は、金塊が欲しいだけだ。協力するぜ」

「無理するな」

「ありがとよ。俺は、無理するタイプでね」ロンが腕の刺青を見せて言った。「無」と漢字で書いてあった。本人に漢字の意味が分かっているかどうかは知らない。

三日後、ロンからサムに電話が入った。

「サム。海流の流れが落ち着いた。潜水のチャンスだ」

「よかろう。例の場所か?」

「いや、サウス・ビーチ・ハーバーに来てくれ。ボートを買ったので、あそこに停めている」

「いやに景気が良いじゃあないか」

「隠していたドルが少しあったので、ね。好きなように使うさ」

「やばい金じゃあないだろうね」

「もちろん、やばい金だ。刑務所に入るには、それなりの理由があったというわけだ。しかし、今回は金塊が手に入る。その金が俺の年金だ」

「そうか。では、金塊十本は約束しよう」

「そうしてくれ」

サムは、支度をするとサンフランシスコに向かった。GPSをセットしているから、場所を見つけるのは簡単だ。それに、このハーバーは1986年に設立されていてまだ新しく、ピア40とAT&Tパーク(野球スタジアム)の間にあった。AT&Tパークは、野球スタジアムでサンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地である。スタジアム外野の一面は海に面している。野球の試合のあるときはホームラン・ボールを拾う為にたくさんのボートが海面に並ぶ。

101フリーウエイをゴールデン・ゲートに向かって走った後、キング・ストリートに入りAT&Tパークの方に走ると右前方にスタジアムが見えてきた。キング・ストリートは海岸に沿って左にカーブしている。直ぐ右側にサウス・ベイ・ハーバーのピア40のパーキング・ロットがあった。

サムは車の中から周囲を注意深く点検し、車から降りた。海の匂いが鼻を突いた。風が頬をなでた。海が目の前にある。ヨットが並んでいる。

彼は、電話でロンを呼び出して彼の位置を聞いた。

ロンは、中型のボートに住んでいた。4、5万ドル(600万円)ほどするだろう。

「なんだ。アパートを借りたはずなのに」

「これが性にあっている。さあ、金塊探しに行こうぜ」

「サブ(サブマリン)は?」

「ここだ」ロンが指差した船尾付近にサブらしき物が見える。

「かなりの資産家のようにみえるが・・・」

彼は動かしていた手を止め、サングラスの顔を上げた。

「汚ネェ銭が化けただけだ。刑務所の五六年なぞ、どうってことないぜ。避暑地に住んでいたような気分だ」

彼達は、ピアを離れサンフランシスコ湾に向かった。

サムは、ボートの席でポケットから紙片を取り出した。それは、栗原(山村義男)からの「指令」のようなモノだ。

栗原は、日本陸軍の工作員の一人だった。彼は、陸軍の工作員養成機関である中野学校でも抜群に優秀な生徒で、陸軍は彼を特殊な工作員として秘密裏に軍部直属に置いた。そして、吉田茂のヨハンセングループ(日本とアメリカを結ぶ秘密結社)の監視や、ソヴィエト共産主義と関係のある科学者などの動きを抑制させていた。

大東亜戦争時に、理研の仁科義男博士の甥で、同じ仁科姓の東北帝大教授が勤める金属研究室の助手が山形で殺害された事件がある。この助手は、原子爆弾に関する極秘文書を米国のフリーメイソンに売り渡そうとした疑いが持たれていた。彼を殺害したのは、栗原かもしれないと陰口を叩かれた事もある。助手の死が、あまりにも上手く作られていたからだ。

1945年、栗原は日本のスパイとして潜水艇の操縦者に成り代わり、山村義男をバークレイ大学に送り届けた。山村義男は理研の研究員で西村研究室の研究員だった。西村は陸軍の顧問だったが、海軍のために研究を行っていた。

日本政府は、アメリカとの戦争終結工作を始めていたが上手く進んでいなかった。そこで、最後の切り札として「原子爆弾とサイクロトロン製造の設計図」をアメリカに渡すことで、戦争終結の糸口を図ろうとした。アメリカは、ソヴィエト共産主義国家に対して優位に立つ為、出来るだけ早く原子爆弾を製造したかったのである。

政府は秘密裏に穏健な海軍首脳陣を使い、西村研究室で働いていたアメリカ生まれの山村義男を秘密裏に潜水艦でアメリカの西海岸に送り、理研の仁科義男や湯川秀樹などと親しいバークレー大学の研究室を通じてアメリカ政府と交渉する計画を立てた。

この情報を察知した陸軍は、栗原を使い彼を潜水艇の操作員として海軍に採用させ、秘密工作を阻止しようとしたのである。

しかし、サンフランシスコのゴールデン・ゲートの100メーター海底で、栗原は命令に背き、山村義男をバークレイまで無事届けた。山村と栗原がバークレイ大学にたどり着いた後、警察の追手が迫ってきた。途中山村がバークレイの実家を訪ねたからだ。花屋を営んでいた両親は、既にマンザナーの日系人強制収容所に送られていた。住んでいたアメリカ人に無意識に話した流暢な英語が疑われたのである。

彼達は、何とかバークレー大学の裏山を抜けてオークランドの中国人街に逃げ込んだ。潜水艇は、バークレイの港の外れに隠してある。夜になるまで待って潜水艇まで戻り、若し潜水艦が撃沈されず彼達を待っているなら、潜水艦に帰還するつもりだった。

しかし、逃げる途中に山村が警官に撃たれて負傷した。山村は自分の致命傷を悟り山村に自分と入れ替わってくれるよう頼んだ。

「何を弱気な事を言っている。俺が潜水艇まで運んでやる」

栗原の言葉に山村は、小さく「Thank you(ありがとう)」と英語で言い、自分は多分もうだめです。私を捨てて逃げてください。そして、私と入れ替わってください。私は、生まれ故郷に戻れて幸せですと言った後、息絶えた。この意味は、栗原をまともな社会に出させる為だっのか、それともマンザナーに強制収容されている両親に迷惑を与えない為の配慮からかは分からない。

栗原は、日本で作らせたアメリカの偽の未分証名書を自分のモノと取替え、山村の持っていた鞄を掴むと、走り出した。

栗原は、母艦の潜水艦が撃沈された可能性があると考えて、ロス・アンゼルスまで潜水艇で行く事にした。彼は、潜水艇を軽くする為、サンフランシスコ湾の海底に積んでいた金塊のすべてを隠した。



サムとロンの乗ったボートは、左にサンフランシスコの街を遠方に見ながらベイ・ブリッジの一つであるサンフランシスコ・オークランド・ベイ・ブリッジの下を超えた。

左前方に街の外れにゴールデン・ゲート・ブリッジが見え始めている。黒く長い穏やかな曲線が橋げたから橋げたにつるされワイヤーが弓状に緩やかなリズムのような線を描いていた。

「きれいな景色だぜ」ロンが言った。

「・・・」

「思わないのかい?」

「景色は何処も同じだ」

「おメェ、感情もってるのか?」

「刑務所とは違う」丁度、斜め前方に旧刑務所のあったアルカトラズ島が見えていた。

「ファック(くそ)」

「怒るな」

「怒っていネェよ。刑務所を思い出しただけだ。夢を壊しやがって」

「夢など持たないのが良い人生かもしれない」

「ま、そういうことかも知れネェな」

「完全に、サンフランシスコか・・・」サムは、辺りを見渡しながら言い腕を広げて深呼吸した。

「おメェは日本人だろう?」

「ジャップと言わないところは、親切心からだろうね」

「東京にはかなわないからな」

「意味不明だ」

「飲屋の数だよ」

「なるほど・・・」

「水兵だったもんでね」

「カモメの水兵さん・・・」

「なんだい、そりゃ?」

「歌」

「ほう・・・?。さて、そろそろ潜水場所だ」ロンはボートを入江の方に向けた。まだ目的地のゴールデンゲートまでは距離がある。

「まだ、距離があるようだが」

「いや、このくらいだ。あの入江の近くにボートを置いて潜水する」

「ボートに誰もいなくて大丈夫なのか?」

ロンはボートの舵を軽く回し、オート・パイロットだ。GPS機能で動く。それに、潜水艇からも動かせるシステムだと説明した。

ボートが適当な入り江の場所に止まると、ロンはオートパイロットをセットした。彼達はボートが引っ張っていた潜水艇に移動した。

「さて、観光だ」ロンは潜水艇のハッチを開けた。キャビン(乗員室)の中には、操縦席とシートが二席ある。丸いガラス窓(舷窓)の外には青い海が見え、海面が銀色に波打っていた。身体に波の起伏の動きが小刻みに伝わってくる。

ロンが先に潜水艇のなかに降りた。キャビンの高さは丁度頭が当たる程度だ。

サムが降りると、ロンがハッチを閉めた。彼達は、席に着いて安全ベルトを締めた。まるでヘリコブターの操縦席のようだ。金魚鉢の中から、外を見ているようなものである。海底が青黒く斜め下にある。魚が群れを成して通り過ぎて行く。

ロンは、チェック・シートを使い色々な装置を点検しながら指先で一つ一つ確認した。そして、エンジンを起動した。軽いモーター音が響いた。つぎに、操縦蛇を確認し「よし・・・」とうなずくと、タブレットを取り出した。

「これで、ボートを操縦する。いざとなったら助けが必要だからな」と物騒な事も付け加えた。

すべての点検が終わると「よし、行くぞ」と彼は言い、近くの赤いレバーを引いた。ガクンと振動があり潜水艇は遅いスピードで前方に緩やかに沈んでいく。

「取り合えず海底に下りてみようぜ。へへへ・・・」不気味に笑った。

「大丈夫か」サムは少し不安を覚えた。海中は、神秘的だったが初めての潜水艇だ。

「まかせろ。それより、おめェは、宝の場所に集中しろ」

サムは地図を取り出して、あたりを見渡したが分るはずがない。

「この方角か?」ロンが聞いた。

「分るはずがないだろう」

「心配するな。冗談だ。ゴールデンゲートの近くに行ったら分るはずだ」

「・・・」

海底は直ぐに薄暗くなってきた。60フィート(約20メートル)程潜水した。

「どうだい?」ロンがサムに聞いた。

「どうだいって?」

「海底は、好きか?」

「俺に、似合っている」

「そうか。俺と同じだ。暗くて静か。恐怖と感激とが溶け込んでいる海水だ。生きて、波の上に出れば、神様のおかげに違いないぜ」

「ロマンチストのようだな」

「ずっと潜ってきたからなあ・・・刑務所に入った時は辛かったぜ」

「洗面器の中に顔を突っ込んで海を想像したらよかったじゃないか」

「やったよ。毎日だ」

「そうか・・・」

「ところで、おめェは、一体何者なんだい?ヤクザか警察、それともスパイ」

「前にも釘をさしたように、聞くな。やばくなるぞ」「そうかい。なら聞かねェ。しかし、あのクラゲどもは、どうする?」

「『クラゲ?』」サムはクラゲのマークを思い返した。棺桶にあったし、ロンの前妻のシャローの陰部の横に描いてあった。

「さて、戦闘かな?」ロンの言葉に目を凝らして遠方の水中を見ると、白い潜水艇がゆっくりと近づいているのが確認できた。

「何だ、あれは?」

「クラゲだ」とロンが言った。

「敵か?」

「敵だ」

サムは腰からピストルを引き抜いた。

「おいおい、冷静になれ。水中だぜ。ピストルで潜水艇をぶち抜いて沈める気か」

「・・・どうする?」

「先ず、おめェのやることは、俺の金塊の取り分を増やす事さ。へっへっへ」とロンは、ニヤリと笑った。

「お前の差し金か、ロン」

「いや。誤解してはもらっちゃいけねェな。奴らは、俺の敵でもある」

「なんだって?」

「日本軍潜水艦の部品を盗み出したのも奴らだ。しかし、まだ部品は足らない」

「まだ?」

「そうだ。もう一つ必要らしいが俺が見つけたのは一つだけだった」

「それで、奴らは俺たちを見張っていたと言う訳か」

「かも、な・・・ここで遣(や)られるわけには行かないぜ」

「分った。金塊十本だ」

「よし・・・」ロンは、何かを操作した。長いアームが潜水艇より伸びた。ズワイガニの足ような形だ。彼は、操縦席のスクリーンをパチパチと叩いた。先ず、防御だ。

「防御?奴らは襲ってくるのか?」

「来る」

先ほどから、クラゲのマークを持った潜水艦が二隻に増えている。

サムは、スパイ映画の場面を思い出した。水中での戦いは、水中銛とか小型の魚雷のようなモノで攻撃される。

「そら、来た」ロンの言葉に、目を凝らして前方を見ると、何かしら黒い物が白いあぶくを噴いて向かってきている。

ロンが赤いボタンを押した。青いビームが物体に向かって走った。そして「ボン!ボン!」と音が聞こえて破裂した。

「馬鹿な奴らだ」ロンの潜水艇はスピードを上げて相手の潜水艇に近づいた。そして、異様に長いズワイガニの足のような作業用のマジック・ハンドを振り上げると、相手の潜水艇を掴んだ。

丸いガラス窓の舷窓(げんそう)越しに潜水艇の中の人物が見えた。二人いた。ロンがマジックハンドを動かしたので、彼達は椅子につかまりながら必死に逃げようとした。よく見ると、相手の二人はアジア人だ。ロンは、もう一つのマジックハンドで、相手の六個のスラスターと呼ばれる姿勢制御と推進装置を壊し始めた。

そこに、もう一つのクラゲのマークを付けた潜水艇が近づいてきた。ロンはすかさず、三本目のマジックハンドを動かした。相手の潜水艇が姿勢制御を失って右斜め方向の砂の中の転がった。

「どうしたんだい?」

「あの潜水艇の弱点を狙った」ロンが言った。

「でも、これは・・・」サムがロンのマジックハンドで押さえられている潜水艇を指差した。

「良く、見ろ」

「えっ?」

サムはロンに言われたように改めて敵の潜水艇を見ると、二人のアジア人が潜水具を付け始めていた。

「奴らを知っているか?」

「いや・・・知らない」

「シェリーが言ったぜ。おめェ、二人の日本人の遺体を日本に送ったらしいじゃねえか」

「送った。二人の技師が銃で打たれて亡くなったヤツだ・・・『クラゲのマーク』がコフン(棺桶)に描いてあった」

「奴らの幽霊だ」

「幽霊だって?」

「奴らが死んだ本人達さ」

「彼達は死んでいなかったのか?じゃあ、俺が日本に送ったコフン(棺桶)の中の死体は誰だ」

「知らねェ。そらそらそら!ウッハッハ!」と、ロンは潜水艇を揺さぶり続けた。日本人達は、潜水具を装着し非常用のハッチを開けたようだ。潜水艇の下から外に出て、レギュレーターから泡を出しながら海面の方に逃げて行った。

まだ30メーターほどの海底で、スクーバダイビングの潜水でも大丈夫の範囲だ。

「さて、金塊さがしだ」サムは地図を広げた。先ず、ゴールデン・ブリッジ(金門橋)の下に向かってくれ。橋桁の下の海底には殆ど垂直な岩礁があり、手前に砂の丘、入り組んだ一番深い場所に岩石が三個並ぶ・・・か。ややこしいナ。でも、硬い岩石の地形だから、あまり変わっていないだろう。

ロンとサムの潜水艇は、あまり広くない大陸棚の上をゆっくり進んだ。下方には砂が放射状に広がった地形があった。ゆっくりとに大陸棚に沿って潜水していくと、あたりは次第に薄暗くなっていく。大陸棚からの斜面はなだらかだ。海草や魚を見る余裕があった。潜水艇はさらに降下を続けた。前方の下方に溝のような地形がある。

「あれは、ブリッジの下か」サムがロンに聞くと「あれは、まだ手前だ。橋の下あたりはかなり深い」と、答えた。そこの方はまだ40メーターほどの深度だった。両側はこんもりと盛り上がった小さな海底の峰だ。岩石がでこぼこと続いている。

しばらく進むと、前方に暗い穴のような深みが見えてきた。

「あれだ」ロンが顎で示した。

「ブリッジの下の海底か・・・」

「ヴァレー(Valley)で、100メーター程だ」

海底谷(かいていこく)の地形は、両側が急な斜面をなしている。潜水艇が暗い穴の上まで来ると、ロンは滑らすように潜水艇を下降させて行った。薄暗くなってきて、潜水艇のライトを点灯した。二つのライトから光が伸びた。やがて潜水艇は降下速度を落とした。感覚として、宙ぶらりんのような錯覚だ。ライトからの光が捕らえるものは、プランクトンだと思われる小生物の輝きや、群れを成して泳ぎ去る魚だった。

「地獄の穴、か・・・」ロンがポツリと口にした。

「こんなところに隠れたのか」サムは、山村義男こと栗原を思い出していた。彼は、サンショウウオのように、静かに隠れていたと話した。

海谷の中で、ゴールデンゲートの少し手前に砂の盛り上がった丘があると言う。そして右に切り込んだように少し深い谷があり、その真ん中あたりに黒っぽい石が五個並んでいるらしい。三番目の石の袂に祠ほこら(ほこら)のようなくぼみがある。金塊は、その穴に隠された。

栗原の合気道の動きは、空気のようだった。飛び掛っても彼の身体は、ミリ単位で攻撃を避けた。サムは、若さに任せてがむしゃらに師の動きを封じようとしたが自分がいつの間にか床に投げ飛ばされている。師の射るような視線を感じながら、サムは練習に励んだ。そして、ある日、師の体に触り投げを仕掛けた。師は大きく宙に舞い彼の背後に着地した。その時、背後に感じた威圧感は、今も身体に焼きついている。

投げた後でも、相手に気を許すなと師は彼を諭した。武術には、初めも終わりも無い事を知った。

「さあ・・・近づいたぞ」ロンの声が低く潜水艇の中に響いた。前方に起伏の窪(くぼ)んだ谷がある。丁度、地図にある砂の丘を越えたあたりだった。窪みの谷は一段と深くなっている。潜水艇の腹が砂地にあたり、軽く砂を巻き上げた。「おっと、やべェ」ロンがサムを見てにやりと笑った。

彼は直ぐに真剣な表情に戻ると、このあたりは海流が渦巻いているようだ。潜水艇の速度を落とし体勢を整えた。潜水艇は、鼻っ柱をく窪みの底に向けて、ゆっくりと降下して行く。次第にゴールデンゲート・ブリッジの下方の岩肌が姿を現してきた。

「なるほど・・・こんな場所もあったのか・・・」ロンが言った。

「何度も、この辺りに潜っていたのだろう?知らなかったのか?」

「こんなとこには、来る必要が無い」

「まあね・・・」サムは地図を見ながら前方を注視した。岩の並びが見え始めている。

「五つの岩か。あれだな」ロンは潜水艇を止め、例のマジックハンドを潜水艇から伸ばした。

「三番目だ」

「左からか、右からか?」

「ふむ・・・当時の日本人だ。右から三番目だろうね」

「よし・・・」ロンが三番目の石の下にマジックハンドを伸ばして行った。

石には、貝や海草などは付いていない。海流が速いのと、深いからだろう。ロンは、マジックハンドの先で、岩の下のくぼみにあった砂を少しかき出した。すると、何か文字のようなモノが見えた。

「日本語か?」ロンが聞いた。

「どれ・・・」サムは、潜水艇の窓に少し身を出して岩に描いてある文字らしきモノを見た。カタカナの「タ」と読めた。そして、ロンがマジックハンドでさらに砂をかき出すと「カ」がでてきて「ラ」が出た。

「タ・カ・ラ・・・」思った以上に単純な言葉である。

「なんて書いてあるんだ」再びロンが聞いた。

「トレジャー(たから)と、日本語で書いてある」

「『トレジャー』か」とロンは言い、笑った。

「単純明解だ」栗原はバークレイから逃げた後、此処にしばらく潜んでいた。そして、静かに宝を隠した。そして、マジックハンドで目印を付けた。「タカラ」と、書いたのは、彼の冗談に違いない。潜水艇の栗原は、一人で100メーターの海底に潜んでいた。彼は、並外れた精神力で困難を克服した。当時は、頻繁にアメリカ海軍の艦船がこの湾を航行していたことだろう。「タカラ」と岩に書き、金属の箱に入った金塊を埋めたのである。サムは、その時の場面と栗原を想像した。彼は、多分、微笑んでいたはずだ。

ロンは、マジックハンドを動かしていたが「何か、ある・・・」と言い、サムを見た。

砂の下に金属製の箱らしきモノが見えていた。

「金塊の入った箱だ・・・」サムが言った。

「宝か?」

サムは栗原から聞いた言葉を思い返した。金塊と「部品」は、海軍の技術研究室が開発した腐食しない金属の箱に入っている。

「金塊の入った箱に間違いないだろう」

「よし・・・」ロンは、慎重にマジックハンドを動かし始めた。そして、箱を持ち上げると潜水艇に持ってきた。

「これで言い。結構、大きい箱だ。ま、海の中だから比重が軽くなる。そっと、持ち帰ろうぜ」彼は、嬉しそうに潜水艇を操作した。

「さて、帰るぞ」

サムは無意識に海面を眺めた。はるか上の方に銀色の海面が見えた。

潜水艇が海面に近づくにつれ次第に明るくなり、周囲が海の景色を持ってくる。ロンは、ゆっくりゆっくり潜水艇を浮上させて行く。時間の動きが遅く感じられる。

「ゆっくり浮上するのが潜屋(もぐりや)の常識だぜ・・・」ロンが自分に言い聞かせるように言った。彼は、コンピュターの画面を見ながら、海面に浮かんでいた彼のボートを操作した。

今、ボートは真上にいる、ぶつからないように少し動かしたと彼は言った。

「ところで・・・」と、ロンは言い「箱に入っているらしい『部品』だが。少し借りたい奴がいる」と続けた。

「どうして、箱の中身を知っているの?」

「聞いた」

「だれにだ?」サムは、無意識に闘争的な態度になった。

「何も、変な事に使うわけじゃあねェよ」

「じゃあ、何に使うのだ?」

「見ただろう?死体を」

「死体?」

「スタンフォードだ」スタンフォード大学か、それとも、大学創設者の名前か分りかねた。

「スタンフォードの息子さ」要するにスタンフォード大学病院の地下で見た、若くして死んだというスタンフォード氏の息子の事のようだった。

「どう使うんだ?」

「学者がね、必要だと言っている」

「何のために?」

「蘇生と言っていたぜ。詳しい事はしらねェ」

「金(カネ)で、誘われたのか、ロン」

「怒るなって。確かに、金が欲しかった。しかし、金塊が手に入った。もう金はいらねェ」

「それで?」

「いや、相手は貸してくれと言っているだけだ」

「・・・」

「だめか?」

「良かろう・・・蘇生を見てみたい」

「約束が守れる」

「墓に隠す前に、相手に与えなかったのか」

「そのつもりだったが、あの『部品』ではなかった。それに、警察に追われていたのでね。だから、隠したんだ」

「どうして、シェリーに教えた?」サムは、墓を抱きながらセックスの声を上げる女の喜悦した顔を思い浮かべた。

「教えたわけじゃねェ。勝手に探したようだ。死人と墓が好きな女だ」

「・・・」「陰部の横の刺青を見たかもしらねェが、アレは俺と知り合う前からあった。あの女は、秘密組織の回し者だ。俺に近づいて、パーツをサンフランシスコ湾の海底から引き揚げさせたと言うわけだ」

「しかし、子供までいるそうじゃないか」

「そこだ。奴らは、完全に相手を安心させるまで待ち、行動に移す」

「相手の組織は、一体なんだ」

「しらねェ」

「アンドンクラゲのマークは、何を表す?」

「残念だが、教えられない。シェリーを死なせたくないのでね」

「・・・」

「さて、海面だ」

潜水艇は、頭を海面上に出した。波が潜水艇を揺さぶった。波が軽く砕けて白いしぶきを上げた。前面の窓から対岸の景色が見える。

ボートは、まるで申し合わせたようにマ直ぐ近くに浮かんでいた。ロンは潜水艇を、慎重にボートに近づけると、潜水艇をボートから出ているジョイント(つなぎ)に、ガチャリと潜水艇を繋いだ。

「さて、出るぞ」ロンがハッチを空けた。波音が響いた。海の匂いが感じられた。彼達はハッチから出ると、ボートから出ている細い橋桁のプラットフォームからボートに移った。

「よし、金塊を引き揚げよう」ロンが言った。

「シュノーケルで潜るか?」

「おいおい、非近代的ではないことを言うじゃあねェか。アームを操作するんだ。ま、見てろ」ロンは、操作用の装置を用意すると潜水艇に延長コードを持って行き繋いだ。

「さて、用意は万端だ。金塊が目の前だ」

「そうでもない。お客様だ」サムはサンフランシスコを背景にした海上に、白波を立てて近づいてくる三艇のボートを見た。

「なに?」ロンが操作装置から顔を上げて海を見た。ボートが近づいてくる。

「警察ではない。すると、多分敵だな」

「多分じゃあねェよ。秘密組織様のお出迎えだ。くそ、金塊が目当てか」

「いや、『部品』の方だろう」サムは腰の拳銃を引き出した。

「オイオイ、拳銃なぞ使うんじゃあねェ」ロンが言った。

「じゃあ、どうする」

「船室だ」彼はサムと船室に入った。

「さて・・・何発で、終わりかな?」ロンがコンピューターの画面を操作した。

三艇のボートは彼達のボートを取り囲んだ。

そして、拡声器で「『部品』をよこせ。さもないと、海に沈めるぞ」と言ってきた。

「ほう・・・再び海に潜っても面白くない」

ロンは、相手に中指をたてて答えた。「ファック!」と、言葉を付け加える事も忘れなかった。敵のボートが近づき始めた。

「おい・・・」サムは、ロンが裏切ったのではないかと思った。

「ま、見てろ」ロンが言った

「パン!パン!パン!」音がした、サムは身を伏せた。

ピストルの弾がボートの風防ガラスに当たってボッボッボッと音が上がった。ロンは、高笑いした。

「心配するな。防弾ガラスを使ってある。このボートは、特殊でね。スタンフォードの連中が作った」

「特殊?」

「『武器商人』の特注品だ。ま、見てろ」ロンは、同じ言葉を繰り返した。そして、彼のコンピューターが「準備できました」と言った。

彼は、赤いボタンを押した。コンピューターの画面に数発の赤い点が線を描いて相手の三艇のボートに一斉に走って行った。

直ぐに相手のボートが勝手に舵を切ったように陸地に向けて全速で動き始めた。ボートに乗った男達が慌てふためいて自分のボートの舵を動かしているのが見える。操作不能になっているようだ。

彼達のボート三艇は、繋ぎ合わさったようになっている。白波をけって猛スピードで陸の岸壁に向かって走り始めた。

「アディオス!」ロンがスペイン語で言って、高笑いした。

サムは、拳銃を腰に戻した。

彼達はデッキに出ると、ボートの走り去る方向に目をやった。陸地の手前で、男達は海に飛び込んだがボートは三艇がそろって砂浜に乗り上げた。

「欠陥品だな。敵を助けやがった。さて、金塊だ」彼は、再び操作装置を手にすると、動かした。

ボートのマジックハンドが金塊の箱を持ち上げてきた。ロンは、アームを慎重に持ち上げた。金属の箱が海面から上がって、海風がこぼれた海水を散らして虹がかかった。

マジックアームがゆっくりと箱をボートのデッキに近づけてくる。

やがて、箱はデッキの上に置かれた。

「さて、開けようぜ」ロンが言った。

彼達は箱に近づいたが箱は溶接されていた。

「てェしたもんだ。五、六十年も海のそこにあった金属の箱が腐食してない。それに、完全に溶接されているぜ」

「どうする?」

「切るしかないな」

「バーナーは、使わないでくれ」

「どうしてだ?」

「何か書類が入っているかもしれない」

「なるほど・・・良いだろう」

ロンは、流石に慣れていた。最新式の金属用電気鋸を持ってきた。鋸と言っても、普通の工具とは少し違うようだ。彼は、先ず特殊な装置でステンレスの厚みを計測した。10ミリほどあった。そして、工具の数値を10ミリに合わせスイッチを入れると、ステンレスの箱の上面の金属板に付けた。キーンと音が高く上がった。ロンは、金属の上面に工具を当てると動かし始めた。やがて、切り口は結び合った。切った内側の金属板が下に少し落ちた。彼は、マイナスのドライバーを隙間に差し込んで金属板を少し上げると、グローブをした手で金属板をはがした。中の金塊が太陽の光を受けて光った。

「こりゃあ、すげェ!」

二人は、箱を覗き込んで驚きの言葉を口にした。予想以上の金塊の量だ。眠りから覚めたように黄金の光りを放っていた。日本軍が最後に賭けた、アメリカとの交渉に使われようとした金塊だった。

日本がアメリカに無条件降伏した後も、金塊は、今まで誰にも見つけられずに、サンフランシスコのゴールデン・ゲート下の海底100メートルに眠っていたのだ。

「何かあるぞ。『部品』だな・・・」ロンが金塊の箱から袋を取り出して、サムに渡した。袋には「大日本帝国海軍」と書いてあった。サムは、袋の中身を検(あらた)めず、手提げバックの中に入れた。

「金塊は何本だ?」まるで、話をそらすようにサムがロンに聞いた。

「どれどれ・・・三十本あるぜ」

「三十本か。じゃあ、山分けだな」

「俺に、十五本もの金塊をくれるのか?」

「少ないか?」

「多すぎる」

「心配するな。潜水艇の代金と、例の部品の回収代金だ」

「そうか・・・これで、人生が変わるな」

「どの様に変わるんだ」

「少しは、女にもてるようになる」

「そうなるかもしれない。祈ってるよ。ところで、スタンフォードの学者は、この部品をどの様に使うのだろう」

「蘇生装置にはめ込むだけだと聞いている」と、ロンは言った。



第二の男


ロスアンゼルスにいた森山は、日本からのE-メイルを待っていた。

前回のE-メイルには、ロスアンゼルスのナーシング・ホームで亡くなった人物に対して「第二次大戦中にあった陸軍中野学校の生徒の中に、それらしき人物がいましたが、いただいた写真からの確定は不可能です。この人物は、中野学校を中退。海軍の技官になり戦死となっています。人物の写真を添付いたします。尚、もう一人の若い男性に関しては未だ調査中です」と、書いてあった。

「LAPDの科学捜査員のデレックに依頼したエイジ・プログレッション(経年人相画)技術で、写真の人物が何かの都合で山村義男に入れ替わったことが分った。しかし、もう1人の「若い男性」については、まだ情報が無い。この人物は、現在も生存しているはずだ。そして、山村義男を良く知る人物のようだ。

森山は、山村が合気道を教えていた「合気道場」での会話を思い起こした。

山村は道場主ではなく、時々来ては彼達を指導していた。写真には若い日本人の姿もあった。

その男の名は「神田」だと、道場主は確かめるように言った。そして、神田という男はサンフランシスコに移住していた。

森山は「神田」と言う若い男性を追う事にした。小さな古いホテルのベッドから起き上がると、ふと、若い男は合気道の有段者であることを、思いついた。道場で、確か有段者の札がかかっていた。

すると、この合気道の協会に問い合わせれば彼の素性が少し解明するかも知れない。彼は、近くの小さなテーブルに置いていたノート・パソコンに向かった。そして、警察庁の国際捜査管理官室に合気道協会の名前「Ueshiba」と「神田」という名前を確かめて欲しいとE-メイルを入れた。

返事は意外に早く戻ってきた。

午後六時、リトル東京のホテルのベットでコンピュターのスクリーンに今回の捜査の経緯を書いていた時、コンピューターがE-メイルの着信を知らせた。

画面を開くと、直ぐに経歴が現れた。


神田 進 36歳

出身地、静岡県島田市。高校卒業後アメリカ留学、ストレイヤー大学卒

PMC(Private Military Company)(民間軍事会社)のブラックウォーターUSAからUSグリーン・ベレー特殊部隊訓練終了、PMCブラックウォーター社日本人初の士官になったが退社。モンサント入社後数年後に退社、サンフランシスコのベクテル社に採用された (移動?)。

モンサント社とは、アメリカのミズーリ州にある多国籍バイオ化学メーカーである。不可解なのは、彼は現在日本に住んでいるのかのように思われることだ。

神田と言う男性は、特殊な知能と数百人の兵士に相当する総合的な戦闘能力を持っている。

森山はウエブサイトで、簡単にアメリカの民間軍事会社の事を調べてみた。

神田の在籍していた民間軍事会社PMCは、民兵 (コントラクター) がバクダットで民間人を無意味に殺戮したとして米国政府との契約が半減し、経営が悪化した。社名をXeサービシズと変更したが経営は改善できず、アメリカの企業モンサント社に買収されたようだ。

モンサント社は、ベトナム戦争ではアメリカ軍のために枯葉剤を製造した。この人権を無視した薬剤散布で、多くのベトナム人たちが現在でも被害を被っている。日本に落とされた原爆と同じだ。

現在では、食用作物に対する除草剤や遺伝子組み換えの種子の販売をおこなっている。ビルゲイツ財団が筆頭株主である。

神田は、モンサントから日本に送られた後、再びアメリカに渡米したに違いない。そして、何かの目的から「べクテル社」に採用された。べクテル社は、年間の売上げが4兆円を越す個人企業のゼネコンである。本社をサンフランシスコに置いており、創設者の家族が代々最高経営責任者を務める。ベクトルの株は創業者一族と80人の幹部が株式を分割して持ち、上場していない。幹部達は、各自が各国の政府と密接な関係を保つ。サムは、ロスアンゼルスで栗原と接触し、何かの情報を得た。そして、彼は「何かを調査するために」フレイト・ホワーダー(物流会社)で、一時的に職を得た。

森山は、神田と言う男を探す為にサンフランシスコに戻ることにした。




死者は蘇る



サムは、ロンとスタンフォ-ド大学の病院にある食堂にいた。食堂といってもかなり広い。病院の待合室なのに、色々な店が出店している。まるで、繁華街だ。

食堂は「ソデクソ・マリオット」の経営なので「レストラン」と呼称した方がよいだろう。

「腹ごしらえだ」サムは、コーヒーを飲みながら言った。

「そうだな。十時か・・・教授は、十一時に来る」ロンは、少しあたりを見渡して答えた。部品の入っているカバンは、彼が抱えている。

「ロン。スシは、どうだ?」

「悪くないね」

「そうか・・・」サムは、カウンターの方に行くとスシ・パックが並んでいるショウ・ケースから「カリフォルニア・ロール」の裏巻パックを二つ買い、テーブルに戻った。一パック約6ドル(600円)のスシだ。

「大金持ちの味覚に合うかどうか・・・」

「まだ、ブラン・ニュー(真新しい)の金持ちだぜ」

ロンは、数日前に金塊を5本ほど売り、そのまま貯金したらしい。「ツー・ミリオンぐらいだ」と、言ったので約二億円だろう。

彼は、スシのパックを開けると箸でスシを口に運んだ。

「・・・」「ソーイ・ソース(醤油)は、かけないのか?」

「わすれてたよ。死体が動くのを想像していたからな」ロンは、スシ・パックに付いていた醤油と山葵(わさび)のパックを破りカリフォルニア・ロールに垂らした。サムも、スシを口に運びながら「死体」の事を想像していた。上手く保存してあると言っても、百年以上も経つ死体だ。本当に再生できるのだろうか。スタンフォード大学を作った創立者は、愛する息子をこの世に引き戻す為に未来の科学に期待した。そのために、大学が必要だった。

「リーランド・スタンフォード・ジュニア・ユニバーシティー」と言うのがスタンフォド大学の正式名称である。

アメリカが南北戦争時代、スタンフォードはゴールドラッシュで財を成した仲間四人と資金を出し合い鉄道会社「セントラル・パシフィック」を設立した。線路の拡張には、数千人以上の中国人労働者の犠牲があったと言われている。

鉄道王となったリーランド・スタンフォ-ドは、さらに莫大な富を手に入れたが突然ヨーロッパに留学させていた十五歳の一人息子を腸チフスで亡くした。才能豊かで温厚な性格だった息子のために、当時カリフォルニア州知事を務めていたスタンフォードは、大学を設立することを決めた。表向きは「息子の代わりに多くの子供たちに最高の教育を当てがう為」とした。しかし、彼と婦人は息子の遺体を永久保存して、いつか科学が十二分に進歩した時に、科学の力で息子を再生したいと願っていた。

現在スタンフォード大学は、理系の大学院レベルでは世界のトップに位置している。コンピューター・サイエンス、生命工学、物理学、機械工学、電子工学、航空力学、環境力学などのコースがあり、特に生命工学の分野における「再生医療」には力を入れていた。人間の身体の組織や臓器を、医学と工学を融合させた創生の技術である。

ようやくスタンフォードの待ちに待った、彼の息子を「再生」できる「時」が来たのかもしれない。そして、彼の息子の再生には日本軍の開発した「ある部品」が必要だった。部品は、ロンの肘の上にあるカバンに入っている。どうして、ロンがスタンフォード大学の研究室と関係があるのか不思議だ。刑務所から出てきたばかりのロンが高級な個人潜水艇や最新の装置を持つヨットを使えたのは、スタンフォード大学と関わりがあったからだろう。

経歴の分らないサムが「部品」を気安く貸すことを了承したのも不可解だった。

サムは、ポケットから彼のスマート・ホーン(携帯)を取り上げた。{ON}にすると、スクリーンに写真が現れた。女性の陰部だ。濡れた陰部のそばに数字の刺青がある。女性が性的に興奮することで浮き上がる刺青である。複数の陰部から「9,8,6,3」と読み取れた。彼は、数字を暗唱してスマート・ホーンを閉じた。

スシを食べ終わると、二人は無言で立ち上がった。内心「死者が蘇る」ことには畏怖の念がある。キリストの蘇生、復活は奇跡だと論じられていが医療技術の進歩した今日「死体の蘇生」は、ありえない話ではない。

「ステインバーグ教授とは、連絡がついたのか?」サムは歩きながらロンに聞いた。

「すでに、例のところに来ているらしいぜ」例のところとは、地下にある「リーランド・スタンフォードの息子」の遺体のある場所である。

彼達は、裏口の階段から階下に降りて行った。この階段は、貨物の搬入に使われている。

「サム。ところで手にしているバックはなんだ?」ロンが聞いた。サムは日ごろバックなど持ち歩かない。

「ああ、これか・・・スシのパックが入っている。遺体が息を吹き返したら食べらせてやろうと思ってね」

「そうかい。又、爆弾でも入っているかと思ったぜ」

「余計な心配はするな・・・」

「心配はしてねェよ。死んでも、ここで再生してくれるからな」

「・・・?」

「大金持ちになったんだ。金を使い果たすまでは死なねえ」

「意外と、欲が深いじゃないか」

「当たり前だ」とロンが言った時、黒い服を着た男がカートで等身大のバックに入った遺体を運んでいるのに気づいた。

「病院だな、毎日人が死んでいる・・・」サムの言葉に、ロンが言った。「サム。奴は例の葬儀屋だ・・・」

二人は身を隠した。葬儀屋は病院から遺体を運び出しているのではなく、運び入れていた。

「どういうことだ?」

「しらねえ・・・」ロンも、首をかしげている。

葬儀屋はカートに乗せた死体を、彼達が向かっている秘密の部屋に向かっているようだ。

「そうか・・・奴らが墓から盗んだ人間の「部位」と、俺たちが持っている部品で死体の再生が出来ると言うわけか・・・それにしても、どうして他の死体がいるんだい?」ロンが言った。

サムは、改めて葬儀屋の運ぶ死体のバックに視点を当てた。アンドンクラゲのマークがあった。

「アンドンクラゲのマークだ・・・」

「何だ?それは?」

サムはロンを見た。奴は、シャローとセックスをしなかったのだろうか?シャローの陰部にあるアンドンクラゲの刺青を知らないわけが無い。金髪の陰毛のそばに絡みつくように浮き出る刺青は、女性の体液に濡れて海中の中を想像させられた。

「『アンドンクラゲ』知っているか?」と、サムは思い切ってロンに聞いてみた。

「しらねえ。しかし、クラゲは知ってるぜ」

「ふむ・・・」彼はシャローの愛液の中にくねくね動くアンドンクラゲの刺青を見たことが無いようだ。すると・・・あのサンフランシスコの墓で会ったロンは誰だ。奴はシャローの陰部にあるアンドンクラゲの刺青も知っていたし「アンドンクラゲの組織」も、知っていた。

彼達は、葬儀屋が遺体を置いて出て行くのを待つことにした。そして、葬儀屋が秘密の部屋から出て行くのに時間はかからなかった。男は、早足で階段を上がってきて貨物搬入場所の近くにある駐車場に歩いて行った。

「よし、では行くか」

「うむ・・・」ロンはバックを持ち直した。彼のバックの中からは部品の動くジーと言う音が聞こえている。

彼達は例のドアの前で暗証番号を打ち込んだ。

「再生医療」の技術は、最近速いテンポで進んでいるが「フランケンシュタイン」の創造した「怪物」のように、死体が再生できることには半信半疑だった。しかし「天地創造の力」を持つ「プロメーテウスの火」を日本軍の潜水艦は保持していた。

スタンフォードの研究室には、二つのセキュリティー・ドアがある。一つ目は、ナンバー・コード、もう一つは指紋によるものだ。

サムが前回来た時、ロンは携帯のスクリーンを認証スクリーンに当てらせてが今回も同じような事をした。次にセキュリティー・カメラに向かって合図をした。すると、第二のドアが音を立てて開いた。彼は「よし・・・」と、軽くつぶやき中に入った。サムも後に続いた。

「巨大な装置」が動いている。五六人の白衣を着た研究者と助手達が忙しそうに動いていた。

その中の一人がロンに近寄って来た。「持ってきたか?」と彼は聞いた。若い研究者だ。

「もちろんだよ。ネザットさん(博士)。ステインバーグ教授は、どこだい?」

「教授は直ぐ来る。ところで、此の方は?」彼は、ロンの後ろにいたサムを見た。

「彼は、サム。この部品の持主で、ね」とロンは語尾を強めて言い、サムを振り返ると博士を紹介した。

「カムラだ」

「はじめまして。サムです」

彼は言いロンに小切手を渡し、部品の入った袋を受け取ると忙しそうにコンピューターのほうに行った。サムがロンの手にある小切手を覗き込むと「$10,000(約百万円)」だ。彼は現在二億の金を持っている。、まだ金が必要なのか、とサムは一瞬考えた。

ガラスで仕切られた部屋の遺体からは、多くの配線がコンピューターに繋がっている。リーランド・スタンフォードJr(ジュニア)は、静かに仰向けに寝ていた。両手を胸の上で組んでいた。蘇るのか・・・。

「早速、例の部品をつなげてみよう」カムラ・ネザット博士の声がした。彼達は、日本軍の潜水艦の持っていた部品を、カートに載せて遺体の前に移動した。研究者達は小さな部品に配線を繋げた。

「よし。では、はじめよう」ネザット博士が言った。

最新の「再生医療」の総合的な実験が始まった。人体の組織や臓器を再生させる、医学に工学を融合させた臨床的な実験だ。

日本軍の潜水艦が持っていた小さな部品が音を上げ始めた。オーロラのような色が部品を取り巻いた。コンピューターのスクリーンが超スピードで動き始めた。

「すべての細胞の再生が始まったようだ・・・」ネザット博士が彼のスタッフに言いながら、コンピュータのキーボードに手を当てた。

スクリーンがパスワードの記入を要求していた。

博士は何度も「パスワード」らしき数字をタイプしたが動かなかった。

「ロン。パスワードを知らないか?」博士が聞いた。

「しらねえなあ・・・」

「9.8.6.3」と、サムが言った。ロンがチラリとサムを見た。しかし、日本軍の部品が暗号化された認証番号を持っていたとは思われない。誰かがハッカーして、仕掛けたに違いない。

「動かない・・・」

サムは、シェリー(6)を先にして、オリビア(3)、ナタリー(9)、エミリー(8)と組み合わせを変更した。確か「アンドンクラゲの刺青」は、右回りをしていた。女達の陰部にあるクラゲの刺青の位置を右回りに数字を並べてみた。

「6398はどうだ・・・」サムの教えたナンバーがタイプされた。コンピューターのスクリーンが動き始めた。

「うごいたぞ」ネザット博士が興奮気味に言った。ロンがガラス窓に近寄って中の死体を覗き込んだ。コンピューターのスクリーンは、次第に動きが速くなっている。次から次と、色々な数字やコンピューター用語と思われる文字が飛び跳ねているように見える。

別の大きいスクリーンには「人体図」が映し出されていた。やがて、人体図の一部に赤色が見え始めた。

「細胞が再生し始めたようだ」博士が声を上げた。彼の助手達が彼の背後に来てスクリーンを覗き込んだ。他のスクリーンは、データーをアップロードする時のようにパーセントで動きを知らせている。現在は16パーセントだった。

まるで、フランケンシュタインの再生場面だ。天才科学者ヴィクター・フランケンシュタインが人造人間を創造した小説だ。

今、スタンフォード大学の地下研究室で、一度死んだ人間が蘇りつつある。近代の生命科学の最先端技術とロボット工学により「死者」が蘇る。リーランド・スタンフォードJrの死体に、複数のロボットの手が忙しく動いていた。

「なるほど・・・メスを握るのはロボット・アームだったのか」とサムは日本語でつぶやいていた。

彼、スタンフォードJrの父母が彼に残した莫大な財産は、学閥の手に委ねられ再生医療を加速化させた。息子の再生のためにインデアンの土地を奪い取り、中国人労働者(クーリー)を犠牲にさせて、鉄道網を毛細血管のようにアメリカと言う巨人の上に敷き詰めた。

「よし・・・上手く行っている」ネザット博士がつぶやいた。

コンピューター・スクリーンの示す人体図は「再生」49パーセントを示している。突然、人体図の脳の辺りに緑っぽい光りが揺れ動き始めた。

「脳が再生を始めた。本物の脳細胞が蘇りはじめた」ネザット博士は興奮を隠しきれないように言った。

ロンが呆然と死体に目をやっている。

「脳細胞」が再生できたとしても「リーランド・ウタンフォードJr」の記憶は残っているのだろうか。

記憶とは、神経細胞が神経線維で連結し、ネットワーク化されて記憶と言うメカニズムが構成されている。ネットーワークが壊れている死者の脳細胞が再生されたとしても「記憶」は既に無く、自分が誰だか分らないはずだ。感情や痛みはどうか、人間の有する五感が同時に再生できるとは常識では考えられなかった。

サムは、組織から与えられた命令を繰り返した。万が一「リーランド・スタンフォードJr」が再生したら殺害しろと言う命令だ。理由は分らない。では、どういう殺害の仕方だと聞いた彼に、組織は返事を返さなかった。記憶の無いに蘇った人間に、同情する必要も無いが理由も分らなかった。推測できる事は「スクル&ボーンズ」が再生医療で優位に立つことを阻止する狙いがあるようだ。

ここでも、ロスチャイルドの野望が渦を巻いている。

人体図が「再生」87パーセントを示し、脳の神経細胞全体が輝き始めたと同時に、白髪の紳士が実験室に現れた。

「ステインバーグ教授だ・・・」ロンが紳士の名前を声にした。ステインバーグ教授は、ネザット博士の机に真直ぐ歩いてきた。教授のこわばった表情に部屋の空気が一変した。

「実験は、終わりだ」と教授は言った。

「なんですって?」ネザット博士が声を上げた。

「理事会から、実験をやめるように指示された」

「あと少しで、再生できます。続行させて下さい」

「いや、中止だ」

「再生」は、92パーセントに達していた。

「お願いです」

「駄目だ。君も、私もスタンフォードにおられなくなるぞ」教授がコンピューターのOFF操作ボタンに手を書けた時、ネザット博士の手に拳銃があった。

「教授。コンピユーターに触らないで下さい」

「ネザット君。冷静になりなさい」

「いえ。もう少しで『再生』出来るのです。私の研究結果が証明されるのです」

「君は『モンスター』を創生するのか」

「いえ。私の『理論』を証明したいのです」

「止し給え。死体が再生したとしてもFBIに、我々が葬儀社に運び込まれた『遺体』を利用してきたことを知られてしまった。いずれ手が回る。今のうちに処理をしてしまおう」

やはり、エヴァグリーン墓地にあるアンドンクラゲのマークを持つ「葬儀社」は、再生実験のために「死体」や「人体のパーツ」を秘密裏に実験のために補給していたようだ。

「動くな!」ネザット博士は教授にピストルを向けた。そして、皆に向こうの壁まで下がるように指示した。

「よし。皆、床の上に座り両手を頭の上で組め」

人体図の「再生」は96パーセントを示している。

ネザット博士は狂気の表情だ。

彼は、カプセルの中の「リーランド・スタンフォードJr」に向かい「さあ、生き返ろ。さあ、生き返ろ」と、繰り返した。

サムは冷静だった。もちろん、訓練を受けている。ピストルなどの銃口をむけられても、動揺することは無い。いつでもネザット博士の手にある拳銃を奪える。しかし、彼はしばらく事の成り行きを静観視することにした。まだ、ほかに何か別のことが起こりそうに思えたからである。

コンピューターの「再生」スクリーンが「100パーセント」を示した。瞬時、死体の脳の緑が陽炎のようにゆれ、脈打つように動き始めた。

「生きた・・・」ネザット博士が言葉を漏らした。ピストルは机の上に置かれた。ステインバーグ教授や助手たちも、この結果を確かめようとガラス窓の方に近寄った。彼達は、カプセルの中にいるリーランド・スタンフォードJrを見た。

ロボットーアームは、まだ動いていた。そして、アームがJrの頭の上に何かを当てて直ぐに、先ず「目」が開いた。研究者達は、静かに状況を観察しているようだ。

「お早う。リーランド」と言ったのはステインバーグ教授だ。

スタンフォ-ドJrが静かに博士の方を向いた。

その時、すばやくロンがピストルを取り上げて皆に向けた。「動くな!」彼は、全員を一塊にさせて部屋の隅に移動させた。

「どうするつもりだ!」ネザット博士が叫んだ。

「この怪物の命をもらう」と、ロンは答えた。

「どういう意味だ」

「陸軍騎兵部隊が殺戮したインデアンの中に、俺の祖先がいてね・・・シャイアン族だ」

彼の言葉に、皆ピンと来た。1868年11月28日にチヴィントン大佐の率いる800人の騎兵部隊が無抵抗のシャイアン族の女性、子供を虐殺した「サンド・クリークの虐殺」だ。

「俺のファミリーネームはベントだ・・・ローバート・ベントの遺志でね。『ドッグ・ソリジャー(犬の戦死)』は、今日でも繋がっている」

「サンド・クリークの虐殺」は、アメリカの歴史の中の汚点の一つとして残っていた。

「リーランドとは関係が無いだろう。彼を、目覚めらせてやってくれ」ステインバーグ教授が言った。

「黙れ・・・」ロンは、ピストルをスタンフォードJrのカプセルに向けた。「パンパン」と、弾が二発発射された。しかし、何事も起こらない。ロンはさらに引き金を引いた。不発だった。

「ロン、残念だな」サムが言った。

「お前が、か・・・」

「しっかり、ピストルは代えておいた。礼をいいな」

「くそ・・・」

「もう一度ジェイル(監獄)に戻りたいのか?」

「む・・・」ロンは、口をもごもご動かしたが言葉にならなかった。

「気持ちは分るが二十一世紀だ。恨みは無しだ。教授、博士、そして助手諸君。君達は何も見なかった。それでいいですね?」

皆、無言だった。

「では、皆さん。動かないで下さい」彼は懐からピストルを取り出して皆に向けた。

「残念ながら。これは本物のピストルです。生憎だが音が出ないように消音機が付いています。うるさいのは嫌いでね」

サムはガラス窓に向けて引き金を引いた。「シュ!」と言うような音がして硝子窓に穴が開き、周りがひび割れた。

「このように、これは物騒な道具でね。さて、ネザット博士。このCDにデーターをコピーしてもらいましょうか」

「・・・・」

サムはもう一発、窓に向かってピストルを撃った。窓ガラスの大半が割れて砕けた。

「や、やめろ・・・」博士は、急いでCDをセットしてキーボードに手を伸ばした。

コンピューターがデーターの「ダウン・ロード」を始めた。

「皆さん、動かないで下さいね。私は、意外なことに殺戮に慣れていてね。危ない人間です」

ロンが中指を立てた。[Fuck You(くそったれ)]とサインを出した。サムはロンの股の間を狙って「シュ!」と撃った。弾は見事にロンの両足の間を抜けて背後の壁に穴を開けた。

「挨拶は、挨拶でお返しだ。小便を漏らさなかったのは立派だ」彼は、にやりと笑いロンを見た。

コンピューターが「ダウン・ロード」を終了した。

「では、いただこうか」サムはネザット博士から「CD」を受け取ると、鞄から大きな写真を取り出してスタンフォr-ドJrに見せた。彼は、マイクを手にするとJrに話した。

「リーランド。聞こえるか。君は、生き返った。今は2017年だ。この写真を見ろ。君の父親と母親だ。君は、両親の遺志により、蘇ってしまった」

リーランド・スタンフォードJrは動かなかった。コンピユーターは「蘇生」を示し彼の脳波が動いている事を示していた。

「私は、君を再びあの世に送り戻す指名を受けている。その前に、写真の両親を見ろ」

Jrの頭が心なしか写真のほうを向いた。やがて、彼の目から涙がこぼれた。

サムは銃をJrに向けた。

「まて。待ってくれ」ステインバーグ教授が悲痛な声を上げた。

「頼む。待ってくれ。この若者に罪はない。罪があるのは研究者の私達だ。再生医学を加速し完成させる為にリーランドを利用した。頼む。彼を殺さないでくれ。彼は、永い眠りから覚めただけだ。罪は無い」と、博士は言いサムの銃口の前に体を置いた。

「私もです」ザネット博士も教授に従いJrを庇(かば)った。

「・・・」サムは、銃口を彼達に向けたままだった。

「サム。俺からも頼む」壁の方からロンが言った。

「ロン。アメリカン・インディアンの復讐は何処に行った?」

「俺も間違っていた。リーランドに罪は無い。蘇ったんだぜ。永い眠りの旅から戻ってきたんだ。スシを食わしてやりてェ」

「ふむ・・・」

サムは、ピストルをおろしベルトに挟むとCDをポケットに入れ、潜水艦の「部品」を手持ちのバックに入れた。研究者達は彼の動向を動かずに見守っていた。「動くな」と言われていた。

「よし。では、此処であった事をすべて忘れろ。スタンフォードJrの再生の成功を世間に発表するな。したら、ここにいる全ての者の命を奪うぞ」と彼は言い、ピストルを取り出して的確に各人の一インチ手前の床を狙い打った。

「これが挨拶だ。では、皆さん、お体をお大切に」彼は、悠然と研究室から出て行った。



サンフランシスコの物流会社(フレイト・ホワーダー)


森山はロスアンゼルスからサンフランシスコに戻ると、サンフランシスコ国際空港周辺にあるフレイト・ホワーダー(物流会社)に「神田 進」が働いているかどうか調査した。

そして、RRNと言われる会社に「サム」と呼ばれていた神田進がいることを突き止めたが一ヶ月前に仕事を辞めていた。

アイリーンと言うジェネラル・マネージャーは、神田進はある貨物を日本に送った後に突然と仕事に来なくなったと言った。

「ほう・・どんな貨物だったのですか?」と言う森山の問いにアイリーンは「死体です」と言い「彼にとってはショックだったようねえ・・・日本人の死体だったらしいから。しかも、二体だとスティーヴが言ってました。彼は、エアー・エキスポートのマネージャーですけどね。それから、もう一人、シェリーも辞めたから」と、付け加えた。

「シェリーとは?」

「ああ、彼女もサムと同じ部署で働いたのだけど・・・他に仕事が見つかったと言って昨日に辞めたの・・・これでいいですか?」

「良かったら、サムの住んでいた場所教えていただけますか?」

「・・・」

「私は、探偵です。日本で頼まれたものですから」

「ああ、そう。プライバシーの事はあまり話せないけど、彼はサンホセから通っていたようね」

「そうですか・・・ではシェリーさんは、何処ですか?」

「彼女はサウス・サンフランシスコ」

「この近くですか?」

「そう、此処から15分ほどとか聞いてますけど」

「場所、分りませんか?」

「申し訳ないですけど。でも、お墓の近くのアパートらしいですよ」

「お墓の近く。有難う。それだけで結構です」

森山は携帯の電話を切った。

サムはサンホセに住んでいたようだ。しかし、既にサンホセを引き払ったに違いない。彼の少し後で仕事をやめた「シェリー」と呼ばれる女性は、今回の事件と関係が有るのだろうか。同じ場所で働いていて、同じ時期に仕事を辞めたと言っても単に偶然とも考えられる。

森山は、ウエブサイトでサウス・サンフランシスコの墓を探した。数多くの点在する墓の中で、丘の中腹にある墓は一つだった。彼は、マップ・クエストで地図をプリントし、車を走らせた。

フリーウエイ101号線をサンフランシスコに向かい、オイスター・ポイントと言う出口でフリーウエイを降りると左に曲がり、さらに左に曲がって101を通り越すと道は丘のほうに上がっていく。かなり勾配のあるのぼりの道を行くと周囲は住宅街になった。坂を上り切ると急に下り坂で、丘に沿った道が続いていた。右手の斜面は荒地になっている。やがて、右方向に墓が見え始めた。左側の方には墓関係の店が点々とある。

森山は、車を墓の駐車場に入れて停めた。

斜面に広がる墓は、日本と違い墓と呼称するより墓の公園と言った景観だ。日本車のミニバンのサイズ程もあるコンクリートの墓、小さな十字架や石碑の墓がグリーンの芝生の中に見える。

シェリーと言う女性は、墓の近くのアパートに住んでいるらしい。確かに数個のアパートが墓の近くにある。

森山は車から外に出た。しばらく墓を眺めていたが思い切ってFBIのブラウンに電話を入れてみた。しかし、電話は通じなかった。

彼は、シェリーの住んでいるアパートに向かって歩いた。彼女にサム(神田 進)のことを聞きたかった。

アパートで住人らしき人物にシェリーを尋ねると、彼女は既に引っ越していた。

「大金が入って、コンドを買ったと言ってたね。元亭主の墓は、あの丘の上の方に残っているらしいよ」太った尻の大きい女性は、投げやりに言った。そして、足を引きずるようにして二階の階段を上がって行った。同じ生活レベルだと思っていたシェリーの突然の幸福に、面白いわけは無い。

「シェリーさんは、金持ちのボーイフレンドでも出来たのですか?」

尻の太い女は階下から見上げている森山を見下ろし「女だよ」と言った。(女・・・?)森山は、その言葉を反芻した。

彼は墓に引き返すと、墓石を見て回った。必ず目印があるはずだ。潜水艦から引き揚げられたなぞの「部品」や「金塊」、そして「アンドンクラゲのマーク」は、繋がっている。

夕方近くだが夏の日は、まだ陰(かげ)りを見せていない。一時間ほど探した時、日本の島津氏の家紋のような変なマークのある墓を見つけた。墓石は芝生の上に倒れていた。赤い丸のなかに十字架がはみ出して描いてある。森山の追っている「アンドンクラゲ」のマークでは無い。誰かが悪戯(いたずら)に書いたのかもしれない。この辺りは丘の頂上付近で、雑木林もあり訪れる人も少ない場所だ。指で赤い文字を触り、鼻に持って来て匂いをかいで見ると微かにリップ・スティック(口紅)の匂いがした。書いたのは、女か・・・しかし、常識から墓の持主のシェリーと言う女性が書いたとは思われない。

サンフランシスコの殺人事件の中に、異常な連続殺人事件がある。「ソディアック事件」(Zodiac Killer)と云われ、1968年から1974年に起こった猟奇殺人事件だ。五人が殺傷され、犯人自ら三十七名を殺害しているとメディアに通報した。犯人は、まだ捕まっていない。この殺人鬼が使っていたのが赤い丸に十字架のはみ出したマークである。

森山は、斜めになっている石碑を起こして見た。ロン・サンダース「1959-」と書いてある。シャローの元亭主は生存しているようだ。

彼は、立ち上がってサンフランシスコ湾を見た。太陽に光がまだ十二分にあるので、海はまだ青く見える。ゴールデンゲート・ブリッジ(金門橋)の一部が見えた。

森山は、FBIの事務所に行きブラウンに協力してもらおうと思った。



サンフランシスコの葬儀社


サムは日本軍潜水艦の「部品」を入れたバッグを持ち、リーランド・スタンフォードJrの再生したスタンフォードの秘密研究室を出ると、真直ぐエヴァ・グリーンと言う墓のなかにある「葬儀社」に向かった。丘の上の墓から盗まれた、もう一つの「部品」を回収しなければならない。

組織が彼に命令した事は「ランク『1』」である。最も重要なミッション(使命、任務)に出される。そして、この命令で動く人物は、特に優れた「エージェント(工作員)」である。軍隊の一部隊や複数の秘密工作員を打ち負かす能力が備わっている人物だ。

サムは忍者の「草」のように、ロス・アンゼルスやサンフランシスコで暮していた。そして、サンフランシスコに来ると情報で得ていた「シェリー」に近づくために、彼女が働いていたフレイト・ホワーダー(物流会社)に職を得て働いた。彼女の陰部にある刺青を確認する為にセックスをした。「アンドンクラゲ」が波打つ陰部にくねくねと動く。実に込み入った異常な暗号の作り方だ。数字が現れるのはエクスタシー直前である。理由は分らない。

サムは、車を葬儀社の建物から少し離れた場所に停めた。気づかれないように近づくためだ。杉の木々の向こうにグリーンの芝生があり墓石が立ち並んでいる。車を降りて少し歩くと墓を取り囲む塀がある。辺りは静かで人通りも少ない。

サムは、ゆっくりと葬儀社の建物に向かった。静かだ。白い大きな門をくぐり、白い壁の建物に近づいた。建物の後方には二つ他の小さな目な建物がある。霊柩車のガレージと、倉庫のような建物だ。

霊柩車はあるようだ。葬儀がなかったのだろう。後ろの方から静かにメインの建物に近づいた。潜水艦の「部品」は、サウス・サンフランシスコの墓の丘の上にあったシェリーの元夫であるロンの墓から持ち去られた。

サムは、奇妙な事にフレイト・ホワーダー(物流会社)の駐車場で見つけたCDに入っていた情報で、この「葬儀社」を見つけた。誰かの策略の予感がした。

しかし、危険はチャンスである。彼は行動を起こした。

窓に近づいて中を見てみた。棺桶が葬儀台の上にある。サムは動こうとして立ち止まった。誰かが室内に入ってきた。女だ・・・見たことがある。墓から「部品」を盗み逃げた女だ。

サムは、ベルトに挟んでいたピストルを取り握った。女はつかつかと棺桶に近寄ると蓋をずらした。そして中を覗き込み死人の口にキスをした。否、死人は生身の人間だった。栗色の髪である。サムは静かに呼吸を整えた。シェリーは棺桶の中から起き上がり、相手の首に手を回してキスを続けた。

彼は、墓場で倒れていたシェリーの乳房があらわになり乳頭が大きく膨らんでいた意味が分った。棺桶にはアンドンクラゲのマークが見えた。

しかし、突然女はシェリーを棺桶に押し込めると蓋を押し付けベルトで閉めた。中からシェリーの棺桶の蓋をたたく音が聞こえている。

サムは慎重に動き始めた。他に仲間がいるかもしれない、用心しながら葬儀が行われる室内に静かに入って行った。

金髪で体格のいい女がいる。彼女は鞄からスプレー缶を取り出して、棺桶の一方にある故人を見る小窓を開けた。

「助けて!」とシェリーの声が上がった。

「残念だわね。アンタにもう、用はないよ。組織のために死人になってモノを運ぶんだね」と言った。彼女の手に持っているものは何かのスプレーだ。

サムは、すばやく頭全体に被るマスクをした。彼の秘密組織が開発した防護マスクである。あらゆる毒ガスを防ぎ水中でも数時間ほど潜る事が出来るものだ。

女は、長いシェリーとの抱擁でエンドフィン(脳内麻薬)が動きドーパミンで快楽を得ているのだろう。サムに気づいていない。

サムは間合いを縮めた。「それまでだ」彼の言葉に、女はくるりと後ろを振り向くとスプレーを彼にかけた。

「おあいにく様だ」

「ダム(くそ)・・・」女は身構えた。彼女はスプレーを持ち棺桶に駆け寄ろうとした。サムの一歩踏み込んだ横蹴りが彼女のわき腹に食い込んだ。わき腹を折らないように適度に調整した余裕のある蹴りだった。「ウッ!」と声を上げて女は倒れた。

「ジェシカ!どうしたの?ねえ、助けて。ここから出して、ねえ、ジェシカ・・・」シェリーの声が棺桶の中から聞こえてくる。

サムは、棺桶の小窓にちかよると中を覗きこんだ。シェリーが「アッ」と声を出し、恐怖におびえた顔になった。覆面しているので例の猟奇事件の「ソディアック事件」と混同したに違いない。

サムは覆面を取った。

「死んでいたのか?」彼の問いかけに、棺桶の中のシェリーは「・・・」しばらく黙って彼を見上げていた。そして言った。「此処から、出して・・・」

「残念だが忙しいんだ。『部品』を探しているのでね。君も、天国で幸福になることだ。では、ご冥福を祈ります」

彼は小窓を閉めた。

「ま、まって!」シェリーは棺桶をたたいた。

「棺桶は太鼓ではない。あまり叩くと神様の罰が当たりますよ」

「何よ!冗談じゃあないわよ。出してよ」本来のシェリーの声だ。

彼は、倒れている女に近寄ると猿轡(さるぐつわ)をして手を縛り上げた。そして、彼女の服を脱がすと白人女性特有の見事な巨乳が現れた。次に女のズボンをづらして歩けなくさせた。陰毛は無く短い切れ目の横に「アンドン・クラゲ」の刺青を見た。組織から、この女の事は聞いていない。秘密の番号もスタンフォード大学の秘密の再生医療現場で確認した。

すると、この女は、他の「部品」を動かす為の番号を持つに違いない。彼は、カツを入れて女を蘇生させた。太り目の金髪女は、自分が裸に近い状態にされていることに気づいた。

サムは媚薬を取り出した。

「少し、天国に行ってもらう」

「ウッ・・・」

彼は指につけた媚薬を女の陰部に塗りこんだ。この媚薬も組織の開発したもので、女性に秘密を吐かせる為に使われた。

猿轡(さるぐつわ)をされた口から「ウ、ウ・・・」と吐いていた言葉は弱くなり次第に快楽の声を上げ始めた。女性の鼻先がピンクになり、体が動き始めた。サムは女の陰部を見た。すると髑髏(ドクロ)と二つの大腿骨が交差した「スカル・アンド・ボーンズ」の刺青が「U234」の番号共に現れた。

「これは・・・」思わず声に出していた。アンドン・クラゲとスカル・アンド・ボーンズの刺青が重なっている。そして「U234」と言うのは、ドイツの潜水艦で1945年の5月14日にアメリカ軍に投降して拿捕された。その積荷にはナチス・ドイツの開発した「ガン・バレル方式の原子爆弾」の設計図が含まれていたと言われている。

「ねえ・・・どうしたの?ねえ・・・」棺桶の中からシェリーの声が聞こえた。低く艶かしい声を上げる女に不安を感じたようだ。

サムは、うごめいている女の服装を元に戻した。そして、棺桶に近づいて小窓をあけ「例の部品はどこだ?」とシェリーに聞いた。

「・・・」何も答えない。彼は小窓を閉め始めた。すると、シェリーが「待って。教える。ここに入っているわ」と言った。

「棺桶にか?」

「そう・・・・」

サムは棺桶の留金を外し、蓋を開けた。シェリーが横たわっている。彼女の太腿の付け根の間にバックがあった。

「変なところに置いているじゃないか」

「私が置いたわけじゃないわよ。ここから出してよ」

シェリーは、サムの手を借りて「棺桶」から這い出ると、服装と髪を直し横たわっているジェシカと呼ばれる女を見た。横たわっている女の横にはスプレーの缶が転がっている。

「多分、特殊な催眠スプレーだろう、君を眠らせて殺し、外国に部品を送る計画だったようだ」

彼達は近寄ると棺桶に張ってある「ラベル」を見た。二人ともフレイト・ホワーダーで貨物を送っていた。

「イラン?」二人で同時に声を出した。イランは、アメリカからは「エンバーゴー」Embergo 通商禁止の国である。

「なるほど・・・だから『死体』で『部品』を運ぼうとしていたわけか」

「多分、協力関係にあるパキスタンの大使館から許可を貰ってでしょう。でも『部品』って何?」シェリーが聞いた。

「君の股に挟んでいたモノだ・・・君の股の部分を見せてくれないか?」

「何、言ってるの?」青い目が、サムを睨んだ。

「いや、変な意味ではない。怪我していたらいけないのでね」

「痛みなど、ないわよ」

「とにかく、見せてくれ」

サムはシェリーに近寄って彼女のジーンズを、無理やり下ろした。下着から栗色の陰毛が出ている。その斜め下あたりの内股が赤くなっているのが見えた。

「ほら・・・」

「・・・」彼女も体を前に曲げて内股を見た。

「ドクロの様な形だ・・・」

「どうしてかしら?」

「部品から放射線が出ているのかもしれない・・・人体に害の無い程度だと思うけどね。とにかく、此処から出よう」

サムは「部品」の入った袋を手にするとシェリーの手を引っ張った。彼女はチラリと床に倒れている女を見た。そして、床の転がっているスプレー缶を取り上げると彼女に吹きかけた。「お返しよ」

「そのくらいにしておけ。長居は無用だ」

彼達が玄関の方に動いた時、霊柩車が戻って来た。葬儀があるようだ。二人の男が「棺桶」を車から降ろし始めた。

「他の出口から出よう」サムは、シェリーに動くように手で促したが彼女は動かない。棺桶を見ている。例の、シェリーの異常な性癖である。マインド・コントロールされているようだ。

サムは平手でシェリーを叩いた。

「痛い!何するのよ!」シェリーの言葉に、二人に気づいた男達が腰からピストルを取り出した。葬儀屋が腰にピストルを挟んでいる。

「殺して、葬儀代を稼ぐつもりのようだ」

「冗談は止してよ」

シェリーと葬られたら大変だ。サムは、彼女の狂気のセックスを思い出していた。

「ね、逃げましょう」シェリーがサムの手を引っ張った。

彼達は元の部屋に戻り、サムはシェリーを再び棺桶の中に入れた。

「死んでたら、殺されないからな」

「この中、居心地はあまりよくないのよ」

「墓の中より良いだろう?」サムは蓋を閉めた。

男達が部屋の入口に現れた。彼はピストルを前に出して構えていた最初の男の手を取り前に投げつけ、後方にいた男には横蹴りを入れて倒した。そして、床に転がっていた催眠スプレーを彼達の顔に噴き掛けると、男達は直ぐに動かなくなった。

念のために男達のピストルを取り上げIDを調べた。偽のFBI手帳を持っていた。

「偽のFBIか・・・『スカル・アンド・ボーンズ』と関係しているのはCIAのはずだが・・・何かありそうだ」サムは、男達をの手足を縛り霊柩車に行った。

男達がカートに乗せていた棺桶がポツリと置かれている。棺桶を良く見ると、小さくだが「アンドン・クラゲ」のマークがあった。

「金塊でも・・・」

棺桶を開けてみた。しかし、それは普通の死体だった。匂いから防腐処理がしてあるようだ。ドライ・アイスの気化ガスが湯気のように上がっている。

サムはシェリーの棺桶に引き返すと彼女を引き出した。

髪と服装を直しながら「最悪だわ」とシェリーは言った。

「コフン(棺桶)の居心地は最高だろう?」

「冗談?」

「本気だ」

「ここで、新たな殺人が起こるかもね」

「おいおい、俺は君を助けたんだぜ」

「でも、組織が許さない・・・」いつの間にかシェリーの手にはピストルがあった。

「ほう・・・これは、これは。現れましたか」

「?」

「スカル・アンド・ボーンズの手先、いや、なかなか上手い演技だった。まず、駐車場で俺にCDを拾わせて、この場所を知らせた。レスビアンのジェシカと組んで、俺の手にある『部品』を取り戻す・・・」

「あら、良く分ったわねえ。死ぬ前にセックスしてあげても良いけど、時間が無いわ。運のよい人だこと。コフンが用意してある」とシェリーが言った時「スー」とサムの体は相手に移動していて、ピストルを取り上げていた。

「お疲れ様・・・ピストルは、女には不向きな道具だ」

シェリーの顔が青白くなった。

「どうして、ばれたのかしら・・・私のセックスで彼方を狂わしていたはずなのに・・・」

「セックスで? 心配するな。セックスをコントロールする訓練を受けている」

「・・・じゃあ、私が組織の人間だって、どうして知ったの?」

「君の陰部に浮き出る刺青の番号だ。それに、此処に倒れている女の陰部には、アンドン・クラゲの上にスカル・アンド・ボーンズのドクロが浮かび出た」

シェリーの目が怒りを秘めた。

「ジェシカとセックスしたのね」

「いや、ある方法で調べさせてもらった」

「最低」

「いや、俺は最高だ。では、お休み」サムは催眠のスプレーをシェリーに吹きかけた。彼女は少し咳をしたが直ぐに床に崩れた。

「良く効く催眠スプレーだ・・・」サムは、スプレー缶を『部品』と一緒にバックに入れた。そして、注意深く外に出て行くと、再び死人の入っている棺桶に近づいた。スプレー缶を出すと、棺桶の上にある模様の付いた部位にスプレーを吹きかけた。「ゴホン、ゴホン」と咳がして、しばらくすると静かになった。

彼は、カートの上にある棺桶を駐車場のコンクリートの上に突き落とした。中から、欠片(かけら)で残っていたドライアイスが白煙を上げながら落ちた後に、区切りになっていた石綿のようなカバーが外れて男が転がり出た。呼吸する為に上手く工夫された呼吸口が棺桶に取り付けてあったようだ。催眠スプレーで意識を失っている。アラブ系の男だ。

彼の足元には、透明なビニール袋には言った白い粉が詰まっていた。ヘロインだ。「『アンドン・クラゲ』の実態は白い粉『ヘロイン』か・・・スカル・アンド・ボーンズ・・・」女の陰部の刺青はスカル・アンド・ボーンズだった。しかし、アンドン・クラゲの刺青も隠されていた。

「アンドン・クラゲ」が何を意味するのか。サムは、組織から何も聞いていない。「麻薬」が絡んでくると面倒な事になる。

彼は何を思ったのか、死人に化けていた男にを棺桶に戻し、蓋が開かないようにした。そして、再び葬儀社の部屋に戻ると床に倒れている男二人と女、シェリーを棺桶に入れ、外で拾ったヘロインの袋を一個づつ彼達の手に持たせた。棺桶の蓋をして開かないように紐で括ると、殺さない為に空気口として小窓を少し開けた。皆、催眠スプレイーで安らかに眠っている。スプレー缶には八時間持続すると書いてある。

「では、皆さん。良き天国の夢をご覧下さい。アーメン・・・」と、サムは四個の棺桶に十字を切って外に出た。空を見上げると、カリフォルニアの青い空に太陽がまぶしい。木々が周囲を覆っていて、太陽が高い木々の梢(こずえ)に止まる様にして輝きを放っている。彼は、再び「部品」の入ったバックを手にすると愛車の方に歩いた。




FBIの事務所から葬儀社


森山は、パロアルトのFBIオフィスに着いた。しかし、以前あったFBIのオフィスのドアは閉ざされていた。窓から覗き込むと空になっている。

彼は、LAPD(ロスアンゼルス市警)の村上警部に電話を入れた。村上警部は森山にとってアメリカで一番信頼の置ける警察官である。

村上警部が電話に出ると、パロアルトのFBIとブラウンというFBI捜査官について聞いて見た。

「そうですか。では、調べて直ぐに電話しますよ」と村上警部は言った。

森山は、携帯を懐に戻すと建物の周りを調べてみた。以前来た時に見た「リース」と書いた看板は、このFBI事務所が引っ越すからだったに違いない。

森山は、もう一度ブラウンの携帯に電話を入れてみた。しかし、繋がらなかった。その時、ガーディナー(庭師)の車が駐車場に入ってきた。荷台に掃除用の道具が盛りだくさんに積まれている。

メキシカンが三人車から降りてきた。

森山は彼達のほうに歩くとFBI事務所の移転先を聞いて見た。

「アミーゴ(ともだち)。そいつは変だぜ。FBI事務所なんぞ聞いた事ない」と、ボス(上司)のような太った男は言い、他のメキシカンに声をかけた。

「オイ、ホセ。おメェ知ってるか。FBIの事務所」

相手はペッとつばを吐き「思い出したくもネェ。しらねぇな」と言い、車の二台から道具を取り出した。FBIに恨みがあるのかもしれない。

「間違いなく以前、この建物の中にFBI事務所があったのですが・・・」

森山の言葉に、三人目のメキシカンが「変な奴は見たことがあるぜ」と、言った。

「変な?」

「葬儀屋だ」

「葬儀屋?」

「車が、な。あの辺から出て来た」彼は、FBIの事務所のあった場所を手で示した。

「ああ、あの車か・・・」ホセと呼ばれた男が言った。

「葬儀社のですか?」森山の問いに、相手は「女のドライバーさ」と軽く流した。

「この辺りの葬儀社は何処にあるんですか?」

「墓のある辺りだ。一杯あるからな・・・スタンフォードの近くにもある?」太ったメキシカンが言った。日本人なので、スタンフォード大学なら分るだろうと思ったようだ。

森山は、彼達に礼を言って車に戻ると「葬儀社のウエブサイト」をPCで探した。画面にたくさんの葬儀社が現れたが確かにスタンフォード大学の近くにもある。

彼はGPS(カーナビ)をセットすると車を発信した。

葬儀社を見つけるのは、難しくは無かった。GPSは本当に便利だと思う。知らない町並みを指示通りに進むと、間違いなくセットした目的地だった。

白い建物がある。周囲は墓地だ。メキシカンが言ったようにスタンフォード大学に近い。

森山は、車を敷地のパーキングに入れて停めた。

静かである。人の気配はない。その時、懐の携帯に着信音がした。LAPDの村上警部だ。

「森山さん。分りました。ブラウンと言うのは元CIAの捜査官です」

「CIA? でも、FBIと言ってましたしIDも持っていましたけど・・・」

「にせのIDなら、誰でも作れますよ。それに、彼は元CIAですので、そのような事は朝飯前です。余談ですが、この『あさめしまえ』って言葉は、死んだおじいちゃんから習ったのですが合ってますか?」

「えっ?ああ、ドンピシャですね。合ってます」

「そうですか。よかった」と村上警部は軽く笑い「ブラウンは麻薬の取引に関係してるようです。気をつけてください」と、付け加えた。

「麻薬ですか?」

「そう。彼は、CIAを『隠れ蓑(みの)』として麻薬をカリフォルニアに運び込む仕事をしていました。この『隠れ蓑(みの)』も習ったのですが・・・」

「合ってますよ」

「有難う。それから、麻薬関連の捜査は止めたほどいいですよ。あれは、危ないです。私どもも、何人もの捜査員を失ってます」

「分りました。深入りはしません」

「それが良いです。何かあったら電話ください」

偽のFBIのブラウンは、どの様な目的の為に森山に近づいてきたのだろうか。森山自身もFBI捜査官のブラウンに疑いを持ち始めていた。

もう一度考えてみると「彼は、森山に日本の警察庁からの依頼文を見せた。手紙の文面は、サンフランシスコで殺害された二名の日本人の事故調査依頼だった。

森山の叔母、織田奈緒子は警察庁の「刑事指導室」課長で国際刑事警察機構(ICPO)とも関係が深く、森山太郎は自然と警察に依頼されて国際犯罪捜査に係わってきたので、ブラウンがFBIだと名乗った時に、森山は彼を疑わなかった」と言うことになる。

アメリカに来る前にひとつのE・メイルを受け取っていたが、それには「パロアルトのHPガレージに行け」と「アンドンクラゲの絵」とともに指示されていた。すべてのE・メイルは送信者のアドレスを運ぶ。IPアドレスを逆引きしながら捜査すると、送信者は中東辺りに住んでいると断定できた。トルコ語の文字が現れ、アラブ人と今回の犯罪が繋がっている可能性を暗示していた。

森山は電話を懐に戻すと、自分の視線の中に「棺桶」を捕らえた。建物の奥の薄暗い場所なので最初は良く分らなかった。葬儀社なので、余分な棺桶が置かれているのだろうと思った。しかし、棺桶なら「アンドンクラゲ」のマークが付いているのではないかと思い棺桶の元に歩んだ。飛行場で見た「棺桶」には、確かに「アンドンクラゲ」のマークがあり、偶然にこの棺桶にも付いていたなら関連性が出てくる。

彼の予測は当たった。小さくアンドン・クラゲのマークが棺桶についていた。そして、彼は小窓から棺桶の中を覗き込み、思わずアッと声を上げた。中に、死体があった。

「まさか・・・」森山は、周囲を見渡した。葬儀があるのかもしれないと思ったからだ。周囲は静かで、彼が「誰かいませんか」と声を上げても返事は無かった。

一つの部屋のドアが開いている。「葬儀室」と書いたプレートが貼ってある。開いたドアから室内を見ると四個の棺桶が見えた。

合同葬儀かもしれないと思ったが棺桶は、きちんと並んでいない。合同葬儀であれば棺桶はきちんと並んではずである。それに、なぜか棺桶は紐で括られていた。

森山は入口で手を合わせて拝み、棺桶のある室内に入って行った。そして、最初の棺桶の中を覗き再びアッと声を上げた。偽のFBIのブラウンだ。次の棺桶にはビルがいた。もう一つには、F1レーサのライセンス(免許)を持っているとジェシカだった。そして、残りの一つには見知らぬ女がいた。

これは一体どういうことだろうか。ブラウンも部下のビルもジェントルマン(紳士)で、親切だった。

彼は、原子力発電における柴崎電気とアメリカのウエスチングハウス(WH)の関係を示唆していた。

森山は、この状況では迂闊な動きは出来ないと思った。彼は、サンフランシスコにいる知人のサルベージ会社の技師であるミラーに電話を入れた。

状況を聞いたミラーは、現場に来ると言った。そして、警察には電話を入れないようにしてくれと付け加えた。

森山は、今更ながら込入った事件に頭を抱えた。自分の書く推理小説をはるかに超えた、深い社会の闇の部分を見る思いがしている。

半時間ほどした時、外の駐車場に車が入ってくる音がした。外に出てみるとビルだ。

「やあ、森山さん。久しぶりです」と、彼は挨拶した。

彼の無骨な手が伸びてきて森山の手を握った。

「ご多忙のところ、すみません」森山の言葉に、ミラーは「私が森山さんの応援を頼んだのですから、当たり前です。それよりも、棺桶と一緒にいた気持ちはどうでした?」と聞いた。

「初めての経験ですが、中にいる人物達は生きているようなのです。しかも、一人を除いては私の知り合いです」

「なるほど・・・変な話ですねえ・・・」

実は森山は、ミラーには内緒でSFPDのリチャード大島警部に連絡を取っていた。大島警部も、前回の事件で協力を得た人物だ。彼は、日系の四世で日本語が上手い。

ミラーは、森山と一緒に室内に入った。

そして、棺桶を覗き込むと再び「なるほど・・・」と、低く言い棺桶をくくってある紐を解いて蓋を開けた。中にはブラウンが眠っている。

ミラーは、懐から何かの小瓶を取り出して蓋を開けブラウンの鼻に持って言った。気付け薬なのだろう。

「ウッ」とブラウンは声を上げて目を覚ました。

ミラーは、棺桶のブラウンを冷ややかな目で見ている。「しくじりやがって・・・」

「・・・」ブラウンは答え返さなかった。

「ヘロインは何処だ」

「外の棺桶の中に・・・」

ミラーは棺桶の蓋を閉めた。そして再び紐でくくり小窓を閉めた。

「あの、空気が入らないので死にますよ」森山はミラーの背後に向かって言った。すると、ミラーが彼を振り向いた。手にはピストルが握られている。

「森山さん。知りすぎましたね。我々の計画は、大幅に変更された。死んでもらう」と、彼は森山にピストルを向けて撃とうとした。その時、部屋に大島警部と部下が組み込んだ。「フリーズ!(うごくな!)」大島警部のピストルと部下のピストルがミラーに向けられている。

ミラーは、観念してピストルを床に落とし手を上げた。

「森山さん。大丈夫でしたか?」大島警部が自分のピストルを胸のホルダーに戻しながら言った。

「もう、駄目かと思いました」

「間に合ってよかった」

「一体、彼達は何者ですか?」

「イルミナティーと関係があるといわれています」と、村上警部は言った。

悪魔「ルシファー(堕天使)」を神として崇めるイルミナティーは、麻薬とマインド・コントロールを道具にしている。女性を『マインド・コントロール』で支配するスカル・アンド・ボーンズの人体実験は、自爆テロなどに現れていた。

「イルミナティーは実在するんですねえ・・・」

大島警部は棺桶に近寄ると一つ一つ確認し、再び最初の棺桶に近づくと蓋を開けた。

「テッド。終わったよ」と、彼はブラウンの棺桶を覗き込んで言った。

すると、中の人物が「やれやれ・・・」と言いながら、棺桶の端に手を掛けて起き上がった。ブラウンだ。

そして、大島警部はもう一つの棺桶の蓋を開けた。ビルが起き上がってきた。

「・・・」森山は、呆然と見ていた。

「やあ、森山さん・・・」ブラウンは棺桶から出て、腰を伸ばしながら森山を見て言った。

「一体これは、どうなっているのでしょうか?」

「話せば、長くなりますよ」と、彼は顔を両手でこすりながら「リッチ(リチャード・村上)、女性二人は逮捕したか?」村上警部に問いかけた。

「いや、まだだ。お嬢さん達は、まだ棺桶の中で眠ったままだ」

「そうか・・・しかし、きわどかった。棺桶の中でビクビクしてたよ」

「お二人はお知り合いですか?」森山の言葉に、村上警部が「森山さん。彼らはDEA(麻薬取締局)です」

「えっ?」

「私はDEAの取締官で、ビルはCIAです」ブラウンが言った。

「DEAの取締官?」

「すみません。重要な捜査のために、少しだけ協力をお願い致しました。もちろん、日本の警察庁のICPOには話しておきました・・・」

彼達は森山の情報を持っているようだ。

「ああ・・・それで・・・」森山は、今回の事件に関して叔母からの指示を受けていなかった。

森山の叔母、織田奈緒子は警察庁の「刑事指導室」課長で国際刑事警察機構(ICPO)とも関係が深く、森山太郎は自然と警察に依頼されて国際犯罪捜査に係わってきたので、ブラウンが最初FBIだと名乗った時に、彼を疑わなかった。

テッド・ブラウンは、DEA(US麻薬取締局)の捜査官だった。

「森山さん、ご存知ですか?アメリカ社会の病んだ部分を」と、村上警部が言った。

「いえ、知りません、アメリカは法秩序の整った国だとおもいますが・・・」

「表向きは、そうです。しかし、アメリカはドラッグ(麻薬)で汚染されています。しかも、ドラッグなどの違法薬物の使用者は増え続けている。ドラッグ汚染国家と言われているのです」

「私も、前回の『捜査』の時は、麻薬捜査でした・・・」

「そうです。その時に、ミラーとドラッグ密売ルートとの関係が発覚したのです。それで、DEA捜査官のテッド(ブラウン)が捜査を始めたわけです」

「非常に複雑でした。又、どうして、日本人がドラッグ(麻薬)と関係した事件を追っているのだろうかと日本に連絡しましたところ、ICPOの織田警視長の協力を得られたのです」ブラウンが日本語で言った。

「アメリカに来る前に『HPのガレージに行け』と、E-メイルを受け取ったのですが、あれはブラウンさんからですか?」

「あれは最初ミラー達の組織が仕組んだ事でした。あの時に運転した女性を覚えていますか?」

「ええ、ジェシカ」

「森山さん。こちらに来てください」ブラウンは、森山を一つの棺桶に連れて行った。

彼は、棺桶の小窓を開けて「ほら、見てください」と、言った。

森山は、小窓から中を覗き込み「アッ」と、声を上げた。棺桶の中にいたのは、紛れも無いF1レーサーの資格を持つと言う「ジェシカ」だった。

「どうして、彼女がこの中に?彼女もDEAの捜査員ですか?」

「いえ、彼女はミラーの仲間です」

「ミラーの?」

「そうです」

「では、ドラッグ(麻薬)の密売員ですか」

「その通りです、森山さん」今度は、村上警部が答えた。

「では、もう一つの棺桶に入っているのは誰ですか?」

「ジェシカの仲間で名前は『シェリー』と、言います」

「彼女が?」

「はい」

「ところで、ブラウンさんは、麻薬とは関係のない日本軍の潜水艦とかナチスドイツのガン・バレル方式の原子爆弾、そして日本の芝崎電気と外資ファウンドのブラックロックとの関係などを私に話されましたが・・・」

「ああ、それはCIAのビルが情報を仕入れて来たのです。先ず、森山さんを信用させる為に、使いました。ミラーの組織の手の込んだ動きに、良い手を打てなかった」

「私に近づかれたのは、何かの理由からですか?」

「そうです。ミラーの組織の命令ですよ。私とビルは、捜査のために彼達の組織に潜入していたのです。彼達は、前回のあなたの捜査が彼達の麻薬密売ルートを暴いたので、アメリカに呼んで殺害しようとしていました」

「では『アンドンクラゲ』のマークは、ミラーの組織と言うわけですか」

「その通りです」

「麻薬販売組織ですか」

「森山さん。危なかったですね」村上警部が言った。

「・・・」森山は、声に出せなかった。

「あなたの捜査していた、サンフランシスコで殺害された二名の日本人の件ですが彼達は生存していますよ」

「えっ?」

「日本に送られた死体は、ミラーの用意した死体ですよ。アレは、誰でもない。ダミー(替え玉)ということになります」

「でも、潜水艦の発見者である『フランク』と言う人物は殺害されたのでしょう?」

「はい。その件はかなり複雑でした」

「日本軍の潜水艦に関してですか?」

「いえ、やはり麻薬です」

「麻薬?」

「フランクは、たまたま探していた日本軍の潜水艦のほかに麻薬取引のカプセルも探し当ててしまったわけです。それで、彼はミラーに取引を持ちかけた。カプセルと引き換えに多額の金を要求したのです。しかし、相手が悪かった」

「マフィアとか?」

「いえ、もっと巨大な組織です」

「巨大な組織?」

「そうです。世界の麻薬市場の取引は年間3300億ドル(約32兆円)ほどですから『アンドンクラゲ』などの組織が動いて当然ですよ」

「一体『アンドンクラゲ』の組織とは何ですか?」

「ま、世界マフィアみたいなモノです」ブラウンの言葉は短かった。2016年の現在でもロスチャイルド、イルミナティー、スカル&ボーンズなど、色々な秘密組織が入り乱れて暗躍している。

「とにかく、棺桶の中に眠る白雪姫を起こしましょう。私は残念ながらプリンス(王子)様ではありませんので、少し手荒いかもしれない」

ブラウンは、ジェシカの棺桶を開けると、彼女の体を起こしバシッと頬をたたいた。「ウッ」とジェシカが目を覚ました。

近くにいた村上警部が「地獄へようこそ。しっかり裁きを受けるんだな」と言うと、彼は部下に命じて手錠をかけた。

もう一人のシェリーも起こされた。

森山はシェリーにサムの行方を聞いた。

彼女は開き直っていたが棺桶から出たいようで「知らないわよ。ロンに聞けば」と言った。

「ロンとは?」

「元亭主よ」

「で、何処にいるんだ」村上警部が強制的に聞いた。

「マリーナに決まっているわ。あの男、海しか知らないもの」

「何処のマリーナだ」

「知らないわよ」

「墓に、行きたいのかな?」彼は、シェリーの入っている棺桶を閉めようとした。

「やめてよ。ポリスでしょう」

村上警部は、彼女の言葉を無視して棺桶の蓋を閉めた。

「わ、分った。言う・・・」棺桶の中からシェリーの声が響いた。小窓を開けると「サウス・ビーチ・ハーバー」と、言った。

「よし。出ろ。しかし、後は刑務所がお待ちだ。墓穴よりましだぞ」

村上警部は、棺桶の蓋を開けると部下にシェリーを連れて行くようにと指示した。

「ヨットの名前は?」ヨット・ハーバーにはたくさんのヨットが停泊しているはずだ。

シェリーは、二人の警察官に連れて行かれながら振り向くと「馬鹿みたい。決まっているじゃない。自分の名前よ。いつもそうだから」と甲高い声で言った。

「森山さん。私がご案内しますよ」ブラウンが言った。

「今からですか?」

「早い方がいいでしょう。ただ、天気が良いから波止場にいるかどうか分りませんけど」

森山はブラウンと一緒にサウス・ビーチ・ハーバーに向かった。

ハイウエイ101号線を北にサンフランシスコの方に走ると、右手にサンフランシスコ空港がある。此処から海は見えないが右斜め前方に小高い丘が見え始め、丘に書いてサウス・サンフランシスコのシンボル・マークの文字が「インダストリアル・シティー」と見えている。

「あの、丘の近くに墓があるのですよ。近くにシェリーの住んでいたアパートがあります。彼女は、今回の事件と関係していると思われる日本人のサムと言う人物を良く知っているようです。彼は、シェリーと同じフレイト・ホワーダー(物流会社)に働いていたと聞きました」

「ああ、なるほど。それで、私と森山さんが日本人の死体を入れた棺桶をNCA(日本貨物航空)に確認しに行った時、棺桶に貼ってあったラベルがそうだったのですか。確か、RRNグローバル・ロジスティクスという会社だった」

「ええ、そうです。会社の方に電話を入れてみたのですが二人は既に辞めていました。しかし、どうやらこの会社は潜水艦から引き揚げられた『装置」を日本に送ったらしいです、配送先は静岡だったそうです。面白いのは『ジャパン・モンサント』の静岡支店とかで、検察庁に調べてもらっているのですが未だ返答が来ていません」

「モンサント?」

「サムと言う日本人は、アメリカでモンサントに雇用されています。ただ、社員ではなく傭兵ですよ。優秀だったようで幹部の身分でした」

「なるほど・・・モンサントねえ・・・ロック・フェラー財団と関係ありか・・・」

「あの有名なロックフェラー財団ですか」

「闇の取引で儲けた組織は、だいたい免税権利を持つ財団などを作ります。まあ、大学や病院などの施設も作りますね。一種の隠れ蓑かな」

「大学もですか?」

「森山さん。なぜ『アンドンクラゲ』の葬儀社がスタンフォード大学の近くにあったと思いますか?」

「立地条件ですか?」

「それならば、正常です。しかし、スタンフォード大学の創設者の意図したことは、やはり『教育』と言う名を借りた隠れ蓑だったかもしれませんよ」

「すると、スタンフォード氏は悪い事で金をもうけた人物なのですか?」

「・・・」ブラウンは森山の質問には答えなかった。

車はAT&Tパーク(野球スタジアム)の近くのキング・ストリートを走っている。AT&Tパークは野球スタジアムでサンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地であり、森山も何度か此処で野球の観戦をしたことがある。球場の外野席辺りの後方部が直ぐ海に面しているので、ホームランボールを得るために多くのボートが海に浮かぶ。

「さあ、着きました」とブラウンが言い、彼は駐車場の一角に車を停めた。「サウス・ビーチ・ハーバー」と、建物に書いてあった。

二人はシェリーが言った「ロン」と言う名前をつけたボートを探してピア(桟橋)に歩いた。午後三時ごろだったので、日差しは強い。涼しい海からの風が無ければ思わず日陰に入りたいと思うほどだ。平日の為かピア(浅橋)には人影が少ない。ボートを係留してある場所でブラウンが立ち止まりピアの管理会社にロンのボートの位置を聞いた。

「33らしい・・・」彼は、早足で歩き始めた。

そして、そんなに遠くない場所に豪華なボートが見えた。「RON」と船体に文字が見える。ロンは、未だ航海に出ていないようである。ボートの船上に人影は無い。

その時、後方から車の異常に高いエンジン音が聞こえた。森山は後ろ振り返った。黄色いムスタングがすごいスピードで後方の駐車場に進入してくるとスピンして止まった。見事な運転だが海に突っ込んだら一巻の終わりだろう。

森山は、まっぐボートに向かって歩いていくブラウンの後を追った。

「ロン!」ブラウンが船の上の男に声をかけた。返事は無かった。

ブラウンがもう一度声をかけると、男と若い青年が現れた。彼達の後ろにも男がいた。

「ロン・・・」

「ヘイ、テッド(ブラウン)。久しぶりだ」

「どうしたんだ。後ろにいる人物は侍従か?」

「雇い入れるつもりは無かったのだが・・・勝手に来たんだ」

「給料の高そうな男だ」

「ようこそ。ブラウンさん」後ろの男が現れた。手には拳銃を握っている。葬儀社にブラウンといたビルである。

「ビル。やはり、君か」

「その通り」

「どうやって、ここに来たのだ」

「頭の出来の違いですよ」

「同じ程度の頭脳だと思うが・・・CIAも手の込んだことをするものだ」

「奴は、ボートで来たんだ。突然だぜ。『部品』をだせとさ。船のスクリューかと思ったぜ」

「冗談は止めろ。『部品』は誰が持っているのだ」

「しらねーよ」

「あの・・・部品とは何ですか?」森山が隣のブラウンに聞いた。

「日本軍の潜水艦から引き揚げられたモノです」

「例の潜水艦ですか?だって、アレは既に日本に送られたのでは?」

「そうです。しかし、もう一つ重要な『部品』があります。でも、何で奴が『部品』を探しているのだろう」

「言わないなら、この息子に聞いてみようか?」ビルがロンの横の青年に銃を向けた。

「ま、まて。それは止めろ。俺は、本当に知らないのだ」ロンが言った。

その時、一人の男が口笛をを吹きながらゆっくりとこちらに歩いてきた。彼は、彼達の近くに来ると「物騒なシーンだが映画の撮影ではないようだな」と、軽く言った。こんな時に、変な人が現れたと森山は思いながら男を見た。引き締まった体に引き締まった顔、そして目が鋭かった。

「君の探しているのはこれかな?」男は手のバックを開けてビルに見せた。

「お前は誰だ?」ビルが聞いた。

「ロンの、友達さ」

「サム。登場シーンが良くないぜ」とロンが言った。

「配役が悪い」相手が答えた。

「この人がサムですか?」森山がブラウンに聞いた。

「そうです」

「皆、静かにしろ。その部品をよこせ」ビルが言った。

「生憎、船酔いには弱い方でね。君がこちらに取りにきたらどうだ」サムが言った。

「よし・・・そのバックを下において離れろ」

サムは言われたままバッグを置くと、ゆっくりと後ろに下がった。ブラウンと森山も同じように後ろに移動した。

ビルがピストルを構えたまま船から下りてきた。射撃に自信があるのだろう。ロンと彼の息子は船の上に残した。

彼はサムのバックを持ち上げると銃を彼達に向けたまま、自分が乗ってきたボートの向かった。

「『部品』を取られたぞ」ロンが申し訳なさそうに男に言った。

「仕方ないさ」

ビルのボートが白波を立てて湾のなかに進んでいくのが見える。

「ところでロン、その美男子の青年は誰だ?」サムが聞いた。

ロンは船の上で軽く笑った。背後の青い海がきらきらと光っている。青年は、金髪を手で掻き揚げて、はにかんだ。

ロンは青年の肩に手を回し「息子の、リーランドだ」と、言った。

「そうか・・・」彼は、軽く片手を挙げた。そして、車の方に引き返そうとした。

「サム」ロンが船上から声をかけた。

男は振り返って「何だ?」と言った。

「サンクス(ありがとう)」

「息子を大切にしろ」と相手は答え、再び歩き始めた。一度、リーランドを殺害しようとして銃を向けた男がロンとリーランドを守る為に、重要な『部品』をCIAの手先のビルにくれてやった。

「すみません。ちょっと聞きたいことがあります」森山は、サムを追いかけた。

相手は立ち止まって森山を見た。

「私は日本の警察庁から、サンフランシスコで殺害された二名の日本人の事故調査依頼を受けて日本から来ました」森山は、手短に彼の捜査状況をサムに説明した。

「・・・」

「殺害された「日本海洋大学」海洋電子工学科教授と「北洋大学」原子力工学科の安部保治助教授は別人だったようなのです。それで、ロスアンゼルスに山村義男と言う人物に行き当たりました。この人が日本軍の潜水艦と関係しているようなのですが・・・ただ、どのように関係しているか分りません。この人物をご存知でしょうか?」

「山村・・・知らんな・・・」とサムは言った。知ってても、言わないだろう。

森山は、話を変えた。

「原子力の主要メーカー柴崎電気が最近1,500億円にも及ぶ粉飾決済で歴代三代の所長が辞任に追い込まれたニュースは知っていますか?」

「知らない」相手は答えた。

「日本の柴崎電気は、アメリカのウエスチングハウス(WH)を買収して傘下においていますが最近大幅に下落した柴崎電気の株を、ブラックロックと言う外資ファンド(資産運用会社)の傘下であるブラックロック・ジャパンが買い、株価が安定した。国の原子力政策を失墜させまいとする組織が動いたと言われています」

「ビルは、知ってるか?」サムが森山の話を無視して聞いた。

「はい。ブラウンさんの事務所で会ってます」

「ビルは、べクテルと関係している。俺は『部品』を取り返しに行く。連れてやってもいいが危険だぜ」

「・・・お願いします」森山は少し考えた後、サムと行く事にした。べクテルとは、サンフランシスコにあるベクテル社のことだ。年間の売り上げが3兆円ほどもある総合建設会社である。サウジアラビアとの関係が強く、1975年にされた暗殺されたファイサル国王時代に、国王の信頼を得て急成長した。

森山派サムの車に同乗した。彼の車はサンフランシスコに向かった。森山がパーソナル・コンピューターでベクテル社の場所を調べると、驚いたことに野球スタジアムのAT&Tパークから遠くない場所である。サムの車は、キング・ストリートを湾に沿って北に走っている。しかし、フリーウエイ80に入ってサンフランシスコ・オークランド・ベイ・ブリッジに向かった。

「あの・・・『ベクトル社』はサンフランシスコのビール・ストリートのはずですが・・・」

サムは、チラリと森山に一瞥をくれると「海を見ろ」と言った。

森山は言われるまま車の外を見た。橋は、長さが3キロメートル高さは160メートルほどだ。広い湾が一望できる。オークランド湾方面に一艇のボートが走っているのが見えた。

「ビルだ」

「奴はオークランドからローレンス・リバモア(国立研究所)に向かう」

ローレンス・リバモア国立研究所は、アメリカ合衆国エネルギー省(DOE)に所属している。1952年に核エネルギー研究施設として設立されたが現在は、多面的な研究が行われていた。そして、施設の建設に携わったのはベクテル社だった。

「ビルは、どうしてDOEに向かうのですか?」

「さあな・・・」

「部品とエネルギー研究所との関係は何でしょうか・・・興味あります」

「重力場と磁場の普遍的生成原理に基づいたシステムによる推進技術と言われている」

「?」

「UFOだよ」とサムは言い、初めて笑った。

「UFOですか・・」森山は突拍子も無い言葉に、少し戸惑いを覚えた。殺人事件と日本海軍の潜水艦、なぞの部品、そしてUFOと繋がるものではない。冗談としか思えない。

「ほんとうですかねえ・・・」森山の訝(いぶ)しそうな態度にサムは「核融合だ」と、短く答えた。

「核融合?UFOと同じようなものじゃないですか。どちらも、現実味が無い」

「あと、一歩らしいぜ」

「まさか・・・それで、あの『部品』が使われるわけですか」

「そんなとこだ」

「なるほど・・・それで、ビルがあなたから『部品』を奪い取ったわけですか。ビルはCIAでしょう?」

「・・・」サムは答えなかった。

「ところで、あなたはモンサントの社員ですか?」

「・・・」サムは、チラリと森山を見た。

それから、フリーウエイ580を東に向かいプレゼントン市を過ぎてリバモア近くまで会話は無かった。 やがて車は(S.Vasco Road)サウス・バァスコ・ロードに入って行った。しばらく走り交差した鉄道の線路を過ぎるとヴァスコ・ロードは、ゆるやかに左に曲がっている。右手にスポーツ・パークがあり、そこを過ぎると左手は幅広い空地になった。短い雑草が覆っている。空き地の向こうには木々が弊(へい)のように立ち並んでいて、その向こうがローレンス・リバモア(国立研究所)のようだ。ベクトル社がアメリカ政府から請け負って建設された広大な研究施設だ。

サムの車はウエストゲート・ドライヴで左に曲がった。この道は空き地を横切り国立研究所の広大に敷地に繋がっていた。途中で車は右に曲がった。全ての訪問者は「ウエストゲート・バッジ事務所で手続きをし、IDバッジを取らなければならない。森山は日本の警視庁から送られてきたサムの経歴を思い出した。

当然サムなどのような身元のはっきりしていない人物は、間違いなくIDバッジを取れないはずだ。ゾーン管理が行われているので、見学者は別そして機密レベルの高い人物でないと研究所内には入れない。

それでもサムの車は止まらずにどんどんとゲートの方に進んでいく。

「やばいですよ。多分、セキュリティー(警備員)が中には入れてくれませんよ」森山は、それとなくサムに言ってみた。

サムは何も答えなかった。車を「ウエストゲイト・バッジ・オフィス(事務所)」の駐車場に入れて止めた。

「さ、行こう」とサムは森山に言い、車から降りるとバッジ・オフィスに向かって歩き始めた。森山もあわてて彼の後を追った。

バッジ・オフィスのドアを開いて中に入ると、驚いたことにビルがサムを待っていた。二人の日本人が一緒だ。一体、どういうことだろう。ボート「ロン」の停泊していたマリーナに突然と現れたビルは、ロンにピストルを突きつけて、偶然のように現れたサムから「部品」を奪った。確かに、どうしてサムがロンのボートに来たのか不思議だったが彼はビルに「部品」を渡した。そして、彼はここに「部品」を取り返しに来たはずだがビルは、サムを待っていたようだ。

ビルが近寄って来た。

サムは軽く右手を上げて答えた。

「手の込んだ演技をさせて申し訳ない」ビルが言った。

「いや、上からの指示だ」

「日本人の研究者も参加する」ビルが背後の二人の日本人を紹介した。

二人は「日本海洋大学の立石力蔵」、そして「北洋大学」の安部保治と、自分達を紹介した。

森山は内心で(アッ)と声を出していた。

この二人こそ、森山が警察庁から依頼を受けてサンフランシスコに捜査に来た人物達だった。二人とも殺害されて日本に送り戻されたはずだ。サムの働いていたフォワーダー(物流)の会社が彼達の死体の入った棺桶をNCA(日本貨物航空)でシップ(出荷)した。

ビルとサムは、森山に平然と二人を紹介した。

日本語で挨拶を交わし、森山は二人の名刺を受け取った。

名刺には、間違いなく「日本海洋大学」海洋電子工学科教授、立石力蔵、そして他の名刺には「北洋大学」原子力工学科助教授、安部保治と書いてある。

(本物だろうか?)森山は疑った。

サムは、ローレンス・リバモア(国立研究所)に協力しているようだ。ビルは、ロンのボートで強盗のような事をして「部品」を奪った。疑問に残るのは、彼達がDEA(US麻薬取締局)の捜査官、テッド・ブラウンを欺いている事だ。

そこに、一人の学者風の男性が現れた。

日本人の学者二人が挨拶をした。高名な学者なのかもしれない。

彼は、ビルと少し立ち話をしサムに近づくと親しそうに挨拶をした。

森山の耳には「モンサント・・・」と言う言葉が聞こえた。

ビルが手に持っていたバッグを学者に手渡した。

森山と日本人学者二人は、網膜、指紋、音声検証のための登録をさせられた。又、どういう経緯か森山のバックグラウンド・チェック(身元確認)は、日本の警察庁に問い合わされていた。他のメンバーは、既に登録されているようだ。

森山が手続きを終わると「では、行きますか」学者が先にたって歩き始めた。彼達も後に従った。外には、大き目のバンが待っていた。運転席と助手席にはセキュリティー・ユニフォーム姿の男が座っている。車はゆっくりと走り始めた。ウエスト・ゲート・ドライヴを進みウエスト・インナー・ループを右に曲がった。そして、カーブした道はサウス・インナー・ループに進み、左に曲がり、そして再び右に曲がって、現在の位置が分らなくなったころで、バンは大きな白い飾りけの無いビルの前で止まった。「LLNL(ローレンス・リバモア国立研究所)」と建物には書いてある。他の建物には各研究所の名称が書いてあったがここには無い。そして、辺りに人影も無い。

セキュリティーが二人先に降りて、ドアの両側に立った。

学者がドアに近づくと、セキュリティーカメラの前に立ち、どこかと連絡を取った。すると、しばらくしてビーと言う音がすると、ドアがゆっくりと開いた。中に入ると、再び箱のような空間になっていた。

天上にある半円の球体は監視カメラだ。一人づつ指紋検証をして、次の部屋に入るとセキュリティーがいて、彼達は網膜検証と音声認証を求められた。終わると、セキュリティーに導かれて「NIF」と書かれた室内に入った。階下の中央に巨大なマシンが微かな高音を立てて動いていた。色とりどりの電気が点滅している。かなりの人数の学者や技術者が機械の周りにいた。

「キートン!」白衣を着た男が近寄って来た。

「ジョージ」学者の男は、白衣の男と挨拶をし、彼達にジョージ・ハリマン博士だと紹介した。ハリマン博士は、映画「バック・ツー・ザ・フユーチャー」に出てくる変な天才学者に似ている。

「あの・・・一体何の研究ですか?」森山は、近くにいた日本人の学者に聞いてみた。

「低エネルギー核反応です」彼は、低い日本語で言った。

森山は「核反応」と聞くと、日本の福島原発事故を思い出した。

「やばそうですね・・・」と、彼がつぶやくように言うと、日本の学者が耳に捕らえて「いや、まったく安全です。それに、原子力発電のように核廃棄物も出ない」と付け加えた。

「本当ですか?」

「ええ、原子力発電は核分裂で起こすエネルギーですが核融合は重水素を使います。だから簡単に言えば「水素」のエネルギーです」

「あの高校生の時に科学で習った、水素、ヘリウム、リチウウムという類ですか?」

「それですよ。殆ど、そのの三つで核融合が説明できるのですよ。ま、付け加えるなら中性子です・・・」

「ところで、なぜ日本軍の使っていた『部品』がひつようなのですか?ここには、最新の設備があるのでしょう?」

それを聞いていた日本海洋大学の海洋電子工学科教授、立石力蔵と名乗った人物が「海です」と、自分の専門分野を口にした。

「海」

「そうです。海水には無尽蔵に『重水素』がある」

「では『部品』は何のために?」

「『核融合』の点火に使われます」

「第二次大戦時代の部品がですか?」

「日本海軍が偶然に作たのですよ」

「えっ?」

「静岡県の島田市に海軍の秘密実験場がありましてね、そこで「殺人光線」と呼ばれる

兵器を研究していたのですが強力な電磁場を発生させる「マグネトロン」と言う兵器を作り上げた。その時に、偶然にできた『部品』が「核融合」の引き金に使われる訳です。もしかしたら、今日世界で始めて核融合エネルギーが作られるかもしれない」

「偶然に作られた『部品』ですか・・・」森山は、サムの経歴を思い出した。

本名 渡瀬 進 36歳 偽名 神田 進

出身地、静岡県島田市。高校卒業後アメリカ留学、ミシガン・ステイツ大学卒

PMC(Private Military Company)(民間軍事会社)のブラックウォーターUSAからUSグリーン・ベレー特殊部隊訓練終了、PMCブラックウォーター社で日本人初の士官になったが退社。

偶然かもしれないが「渡瀬」と言う彼の本名は、阪大の菊池研究室に所属して、島田市の海軍技術研究所電波研究部島田分室で高出力の「マグネトロン」開発を研究していた阪大助手に「渡瀬」と言う人物がいた。

「マグネトロン」は、マイクロ波を効率よく作るのでレーダーとか電子レンジなどに利用されているが旧海軍の潜水艦に利用されたり又、今回は「部品」が「核融合」の引き金に使われると言う。すると「部品」は、単純に「マグネトロン」とはあまり関係のない、現在の科学力では理解の出来ない「エネルギー」を作る装置なのかもしれない。

技術者達が「部品」を、巨大な装置のある部分に装着した。直ぐに、装置が唸りをあげ始めた。地響きのような音だ。

研究者達が驚きの表情で装置を見上げている。

キートンとジョージと呼ばれる両博士がコンピューターに駆け寄った。装置のスクリーンを眺めていた技師達の数個のスクリーンに巨大ねエネルギーを示す図が示され、エネルギーはなおも蓄積されつつある。

「こ、これは・・・」彼達は、驚きの表情を隠さなかった。

「どうした?」

ビルの言葉に「巨大なエネルギーが潜んでいた・・・」ジョージが言った。

「潜んでいた?」

「そうだ・・・この『部品』は、既に核融合の域にある。我々の装置にエネルギーが伝達すると「巨大なプラズマ」の発生を促し、研究所・・・いや世界が飲み込まれ地球さえも「太陽」のように核融合を始めるかもしれない」

博士は、忙しそうにコンピューターのキーを叩いている。

「どうするのだ?」

「暴走事故は無いのだろう?」

「日本軍の、核兵器のようなものだな」

「やばいな・・・アメリカは日本軍に攻撃された」

「冗談は止したまえ」

「プラズマの暴走だ」

言葉が飛び交った。

しかし、実験主任のジョージと物理学者のキートンは技師達に指図しながら冷静に対処を始めた。

「プラズマの加熱が急速に進んでいる。既に、連続燃焼の段階の少し手前だ」

「とにかく、加熱装置を止めよう・・・キートン、コンピユーターのR-Cに、電源の供給をストップしてくれ」

「よし、わかった」キートンは近くのコンピュータに向かい、キーを打ち始めた。地鳴りのような音は前にも増して高くなってきていた。

コンピューターのスクリーンには、プラズマのエネルギーの量が示されていたが69パーセントだった。

「キートン、電源の加熱装置への供給をストップしたか?」

「もちろんだ」

「ふむ・・・プラズマが消えない」ジョージはスクリーンを見ながら考え込んだ。

スクリーンにはプラズマの動きがアンドロメダ星雲のように映しだされている。

「連続燃焼が始まったのか?電源の供給を断っても、プラズマの勢いが止まらない」

「いや、そんなはずは無い。燃料の供給もストップした。重水素とトリチウムの両方ともだ」

「不思議だ・・・すると、プラズマを加熱する為に使っている日本軍の『部品』が巨大なエネルギーを出していることになるの・・・か」ジョージが釈然としないまま言った。

「その通りだ」二階の実験装置を取り巻いている階段あたりで声がした。

皆声の方を振り返った。二人の人物が銃を構えている。セキュリティーは、どうしたのだろうか?

「セ、セキュリティー!」誰かが声を上げた。銃が音を立てた。1人の男性が崩れるように倒れた。

「動かないように。それに、セキュリティーを呼んでも無駄だ。彼達は幸福そうに熟睡している。しっかりと薬を与えた」

男を良く見るとブラウンだ。

サムとビルは、DEA(US麻薬取締局)の捜査官、テッド・ブラウンを欺いて「部品」をロンの船からここに持って来た。

「テッド・ブラウンことルイス・スミス・・・」ビルが相手に言った。

「FBIの劣等生に、私の素顔が分っているのかね?」ブラウンがビルにピストルを向けた。もう1人はジェシカだ。彼女は自動小銃を持っていた。

「イルミナティーの回し者には、ドラッグ(麻薬)がお似合いだろうね」

ブラウンの銃が音を立てた。コンピューターを置いているテーブルの縁が砕け飛んだ。(イルミナティー?)と、森山は思った。

「とにかく『部品』を渡してもらおうか」ジェシカが自動小銃を構えなおした。

ブラウンことスミスが階段を降りてきて一人の技師にピストルを突きつけ「さあ、部品を装置から外せ」と命令した。

技師が「部品」を外し、スミスに手渡した。

「よし、お前達は手を頭の上で組み、あちらの隅に動け」スミスが銃で示した。森山は、サムとビルの後に従った。

スミスは、自動小銃を構えているジェシカの場所に戻り、彼女から自動小銃を受け取った。

「さて・・・」と、スミスが言って黙った。

彼の視線の方向を見るとサムが舌を出して「アッカンベー」の顔をしている。

ビルの顔が一変した。彼の顔が怒りで赤くなり、そして彼の手の自動小銃がサムに向いた。その時、サムの手がすばやく動いた。スミスがウッ!と声を出し倒れた。近くにいたジェシカが振り向くと、サムの手が動き彼女は階段から転げ落ちた。そして、小さなモノがカタタタンと階段にあたり跳ねて、森山の近くに転がってきた。森山が腰を屈めて拾い上げると親指ほどのネジに取り付けるナットだった。

「これは・・・」森山がサムを見ると、彼はにやりと笑い「ネジを閉め忘れるのは良くない。そこの、工具入れにおいてあったので、使わせてもらった」と言い、森山の手からナットを取り上げると、数メートル先の工具箱にポイと投げ入れた。

「さて・・・」サムはゆっくりとジェシカとスミスの方に歩き彼達の手から武器を取り上げた。

その武器を近くの技師に無造作に手渡すと、ふたたび「さて・・・」と言い、スミスの倒れた近くにあった部品の入ったバックを拾い上げた。

「では、失礼しましょう」サムの言葉に日本海洋大学」海洋電子工学科教授、立石力蔵、そし「北洋大学」原子力工学科助教授、安部保治が彼の後に続いた。

入口近くでサムは森山を振り向き「君も、帰らないか?」と顎で外を指し示した。呆然と彼達の動きを見ていた森山は、ふと我に返ったように彼達の後を追った。スミスが言ったように、入口のセキュリティー達は、床に倒れていた。

「・・・」サムがIDバッジを使い入口のドアを開けた。

彼達は、足早に実験室の外に出ると外に倒れていたバンの運転手から車のキーを取り上げバンに乗り込んで発車した。

バンは車に取り付けてあるゲートのキーで難なくLLNL(ローレンス・リバモア国立研究)から外に出てウエストゲート・バッジ事務所で、サムの黄色い車に乗り換えた。

会話は無かった。

森山は内心、どうして二人の日本人学者がサムと一緒に行動しているのだろうと不審に思った。

サムの車はフリーウエイ580に入り、少し西に走るとイザベル・アヴェニューでフリーウエイから出ると左に曲がりフリーウエイの下をくぐった。上空には軽飛行機が数機飛んでいる。右前方に空港の施設が見えた。ターミナル・サークルを右にまわると前方に滑走路が見え始めた。

「リヴァモア・ミュニシパル・エアーポート」だ。

二つの滑走路はメイン・ランウエイが5,250ft(1,600m)ある。森山は、以前サンフランシスコに滞在した時に、自家用飛行機のライセンスを維持するため、セスナ72でこのエアポートに数度ほど降りたことがあったがいずれも短いランウエイ2,700ft(820m)だった。

サムの車は、空港の外れにある格納庫の前で止まった。

「さて、連絡していたので用意は出来ているだろう」

サムの言葉に彼達は、ハンガー(格納庫)の横にある小さなオフィスに歩いた。中には二人のつなぎの整備服を着たアメリカ人がいた。

「ヘイ!サム」と言いながら椅子から親しげに立ち上がりサムの方に来た。サムが「燃料タンクは増設したか?」と聞いた。

「もちろんだよ。上手く出来た。ナリタまでダイレクト(直接)で飛べる」

「そうか。飛行手続きは終わっているだろうね」

「それも、している。機体を見てくれ」整備員の後に従って格納庫に入った。

「あれだ」と、整備員が言った。

「M2か・・・」

「セスナ・シテュエーション M2。乗り心地は悪くないぜ。ただし、日の丸は描いてない」

「そうか・・・とにかく、ハワイ経由で日本に向かう」

「全然問題ない」

「で、例の武器は」

「てこづったが、装着した」

「よし・・・格納庫から引っ張り出してくれ」

もう1人の整備士が牽引車を運転してM2を格納庫の前に出した。

タラップが降りると「君も日本に帰るだろう?」と森山を振り向いてサムが言った。

「えっ?」

「どうする?」

「帰ります」森山は、反射的に考えもせず言っていた。

サムと、「北洋大学」原子力工学科助教授、安部保治が操縦席に着いた。

森山と「日本海洋大学」海洋電子工学科教授、立石力蔵は乗客用の席に向かい合って座った。

「あの・・・彼達は本当に操縦できるのですか?」

森山が立石に聞くと「大丈夫です。それに、安部二等海佐は現役の海上自衛隊パイロットです」と、言った。

「えっ?彼は北洋大学の助教授ではないのですか?」

「ああ、例の名刺ですね。アレは、今回の秘密命令の上での偽名ですよ。あなたのことは、警察庁から聞いていました」

「・・・」

サムと安部の操縦は上手かった。数時間飛行した後、計器飛行から有視界飛行に切り替えると、飛行機は一旦進路を北方向に向けた。森山もプライベート・パイロットライセンスを持っている。飛行機の飛び方は感で分る。

「少し進路がかわりましたね・・・」森山は窓に顔を近づけて、それとなく向かい席の安部に言った。

「たぶん、攻撃されるかもしれませんよ。安全ベルトを外さないことです」

「攻撃される? 誰にですか? これは、民間機ですよ」

森山の記憶に、ビルが研究所内で言った言葉『「イルミナティーの回し者には、ドラッグ(麻薬)がお似合いだろうね』が蘇った。

「『イルミナティー』に、攻撃されるのですか?」

立石力蔵は、窓の外に向けていた顔をゆっくりと森山の方に向けた。

「少し違います。アレは、かなり古い組織です。でも、その流れを含んでいて、彼達にとって低コストで作られるエネルギーは、彼達の利益に繋がらないと判断したようです」

「ベルトを締めろ」サムが機内アナウンスした。

「現れたのでしょう」

「えっ?何がです?」と森山は言いながら、両サイドの椅子の肘掛けを掴んだ。飛行機は、急降下を始めた。森山は飛行方向を向いて座っていたので、さらに深い角度に感じる。

「それで、原子力産業には利権が絡んでいるのですよ」と、立石は飛行機が急降下中しているにもかかわらず平然と続けた。

「理研? スタップ細胞でもめた研究施設ですか?」

立石は平然と笑い「あの『理研』ではなく金銭の『利権』です」と言い、チラリと窓の外を見た。

森山も窓から外を覗くと、二機の黒い飛行機が近づいていた。

「少し荒れるぞ」サムが室内アナウンスをした。

「既に、ひどい飛行だ」森山が少し怒って言うと、立石は再び笑い「いや、モットすごい」と、いかにも慣れているような態度だ。

「セスナ・シテュエーション M2」は、急降下した後、かなり低い高度で水兵飛行に移った。一隻の船が見えた。すると、船からミサイルが発射された。

「ミサイルだ」サムが言った

「了解」安部二等海佐が答えた。

飛行機は数度機体をドリル回転『スナップロール』して、再び右方向に急上昇すると二機の機体が正面に見え始めた。

絶体絶命だった。しかし、ミサイルは的を外し、二機の飛行機が失速に入っている。

「?」森山が窓を眺めていると立石が「EMP電磁パルスの照射です」と言った。

「それは、日本軍の電波兵器で、旧式兵器でしょう?聞いたことがありますよ」

「その通りです。しかし、最近良いモノが出来て、この飛行機に取り付けてある。船からのミサイルも避けたでしょう?敵のミサイルの電子機器を狂わせたからですよ」

窓の外を見ると二つのパラシュートが開いていた。

「攻撃をせず、防御しただけです。この飛行機は効率的にパルスが照射できる体制をとった。アクロバットみたいでしたけど。これで。一先ず無事に日本に帰れます」立石は再び笑った。

しかし、誰が攻撃を仕掛けたのだろうか。森山は、立石に聞いた。

「さあ・・・」彼は答えなかった。

セスナ・シテュエーション M2は、ハワイに向かい給油をした。直ぐに飛び立って順調な飛行を続けた後、突然サムはグアムに着陸するとアナウンスした。

「グアム?」

「アンダーセン空軍基地に着陸します」

「米軍基地にですか?」

窓から見ると半島の舳先(へさき)の上に、かんなで削ったような広大なグリーンが見え、二本の滑走路が走っていた。

「グアムの米軍基地に着陸して大丈夫ですかね?」

立石は窓の外を見ていた。

サムが米軍の管制官と交信を始めた。機内放送のスイッチが入っているので、コックピットの交信音はすべて聞こえてくる。

管制官は、既に了解しているようだ。機体は滑走路に進入をはじめた。半島の断崖絶壁の海岸には白い波が半島の舳先を取巻いている。アンダーセン空軍基地は、まるで航空母艦のように見えた。飛行機は次第に高度を下げ、滑走路が大きく見え始めた。

着陸した後は、地上管制の誘導に従って、ゆっくりと誘導路を進んだ。そして、エプロン(駐機場)で止まった。

「一体、これはどういうことでしょうか・・・」森山は、心細そうに向かいの席の立石に聞いてみた。ミリタリーポリス(憲兵)が来て、拘束されるのではないかと思った。

「警察庁からは・・・何も聞いてないようですね」立石は、含みのある言葉で切り出した。

「警察庁とは常に連絡を取って動いていましたけど・・・」

「国益に関することだからでしょう」

「国益ですか?」

「そうです」

「今回の件が、どの様に国益に関係しているのですか?私には、さっぱり分りません。振り回されて、飛ばされた感じですよ。叔母(織田警視長)も、何も言ってくれなかった・・・」

「では、少しお話しいたしましょう。第二次大戦中、日本はドイツとイタリアと三国同盟を締結しましたよね。これは、あくまでもドイツの戦略でした。一部の政治家や軍人、特に海軍は、この同盟に反対したのですが結局、親独派といわれる派閥に押し切られてしまった。分るでしょう? どうして、例の潜水艦がサンフランシスコまで来たか・・・」

「あの、ドイツのナチが開発した『ガン・バレル方式の原子爆弾』の設計図を、運んできた」

「真実は、その設計図を取り返しに来たわけです」

「取り返しに?」

「そうです。日本は、ドイツから原子爆弾の設計図を譲られていたのですが『紛失』しました。ある研究者の甥が共産主義のイデオロギーに翻弄されて、ソ連に持ち運ぼうとしたのをフリーメイソン系の日本人がアメリカに手渡した・・・実はアリューシャン列島を経由したスパイ網でアメリカに運び込まれたようです」

「でも、そうであれば設計図は厳重に軍の施設に保管されるはずですよ」

「その通り、しかし「ガン・バレル方式」の設計図はバークレーの研究室に保管されていたのです。でも、コピーはとられていたでしょうね」

「それを日本のスパイが取り返したわけですか?」

「スパイではなく、冶金(やきん)学者です。バークレイ大学で学んだ事のある日系人の学者ですよ。彼の目指したのは、仁科芳雄博士のサイクロトロンの設計図とプラトニウムの研究資料との交換です」

森山は、偽のFBI捜査官だったブラウンの言葉を思い出した。

日本は戦争に勝ち目が無いと分かったので、自ら終結を計画していた。原子爆弾の設計図をアメリカに与えても、まさか日本に使用されるとは考えていなかった。それよりも、彼達は将来のエネルギーとして『原子力発電』を考えていた。

「それで『ガン・バレル方式』の原爆の図は必要なかったのですね・・・」

「ま、そういうことになりますね。でも、アメリカはドイツのU―235ユーボート潜水艦を捕獲してジェット戦闘機とか、ドイツの作り上げた最新兵器の設計図も手に入れてましたよ。この事実は極秘扱いですけどね」

立石は、ここまで話すと窓から外を見た。

森山も何気なく窓のの外に視線を向けた。一台のジープが走ってきた。サムが操縦席から現れて、搭乗口のドアを開けた。ドアはゆっくりと開いて飛行場の面に着地し、乗り降りの階段が出来た。

ジープが近くで止まった。男が運転手の兵士に軽く敬礼のような事をし、こちらに歩いてくる。

「ブラウンだ!」森山は、声を上げた。

彼は、リバモアのローレンス・リバモア国立研究所にいたはずだ。研究所を襲って『部品』を盗もうとした。

サムは飛行機から降りると、ブラウンの到着を待った。

「やあ、どうだい?」と、ブラウンがサムに言った。

「上手く行った。やはり、攻撃してきたよ」

「そうか。ま、当然だろうな。彼達の利益になる原子力がこの世から消える運命にあるからね」と、ブラウンはサムに言い、チラリと窓のほうを見上げて森山達に軽く手を上げた。そして、サムの後について飛行機に搭乗してきた。

「お元気でしたか?」日本語で言った。

「・・・」

彼は軽く笑い「下手な芝居をしたから、軽蔑されたかな?」と、冗談ぽく言った。

「でも、あなたは私達をリバモア国立研究所で襲い『部品』を奪おうとした」

「ああ、あれ。中々上手く行った」

「確かに・・・」立石も同調した。

「立石さん。私もビルも、アレは冷や汗モノでしたよ」

どうやら立石力蔵とブラウンは知り合いのようだ。

「しかし・・・警備員を眠らして、ピストルを構えていたではありませんか」

「森山さん。不可能ですよ。警備員を全員眠らすのは」

「では、アレは?」

「そうです。彼達も演技していたのです」

「サムが投げたナットがあなたの眉間に当たって・・・」

「ああ、アレはきわどい演技でした」

確かに階段を転げ落ちたナットは一個だ。すると、本物のナットはジェシカに当たったものだったようだ。

その時、外で米軍人と話していたサムが飛行機に戻ってきた。

「さて、行くぞ」と彼は言い、登場口を閉めるとコックピットに行った。

セスナ・シテュエーション M2が動き始めた。管制官とのやり取りが聞こえてくる。

M2は航空母艦から海に向かって飛び上がるように、グアムの半島から青い空に上昇した。後方に島影や青い海原が遠退(とうの)いて行き、機体は31,000フィートで日本に向かった。

約二時間ほどして、コックピットから横田の管制官との交信が聞こえ始めた。

「横田に下りるのですか?」森山が聞いた。

「横田ですよ」ブラウンが答えた。

「しかし、どうして羽田に降りないのですかねえ」

「民間の飛行場に降りると、少しめんどくさく成りますので。この飛行機は武器をもってますから」立石が言った。

「ここで降りて、何処に向かうのですか?」

「先ず、東京入国管理局の立川出張所で上陸審査を受け、岐阜の土岐市に向かいます」

「岐阜ですか・・・」

「森山さんも行かれますか?」

「え?私ですか。若しよければ、ご一緒したいと思いますが」

「構いませんよ。そこで『部品』を、取付けるだけですから」

「どうして岐阜の土岐市なんですか?」

「核融合科学研究所がありますので、あそこで実験をしてみようと言う事です」

「でも、実験はローレンス・リバモア国立研究所で行ったのではなかったのですか?」

「あれは、アメリカ合衆国エネルギー省(DOE)の実験でしたが、我々が行うのは実際に日本軍が使っていた装置がどの様に動くかと言う実験です。森山さん、歴史が見えますよ」

「ところで、岐阜の装置は詳しくは知らないのですが新聞でドーナツ状の実験装置を見た覚えがあります」

「そうですね。幾何学のトーラス(ドーナツの表面の形)のドーナツ状の形は、温度が一億度のプラズマ粒子を閉じ込める為に最適な形状です。日本では、磁石の配列をドーナツ状にしてコイルを捻った中に閉じ込める実験もなされるのですが、日本が海軍の為に作った装置がまさにドーナツの形です。磁石は日本のお家芸でした。そこに偶然プラズマを閉じこめることが出来たようですね。理論的には解決されていなかったのですが海軍が潜水艦に実験的に使った、と言う事ですよ」


横田から岐阜


森山は、横田基地から警察庁の警視長である叔母に電話を入れた。

「叔母さん。日本人殺害の件、決着付きましたよ」

「そう。今何処にいるの?」

「横田基地です」

「まあ、米軍の横田基地にいるの」

「そうです。殺害された二人の日本人は生存されていました。そのお二人も私と一緒です」

「あら、良かった。太郎君にお二人の生存を確認して欲しかったものだから」

「お二人を知っていたのですか?」

「極秘扱いだったのよ。麻薬犯罪の組織を撲滅させる為に計画していたことが、たまたま政府の極秘事項と重なったようね。とにかく、お疲れ様」

「色々な体験をさせてもらいました。太平洋戦争中にも、日本人とアメリカ人の連絡ルートが存在していたのは意外でした」

「旧日本軍の潜水艦の貨物は、知ってる?」叔母の織田警視長が森山に聞いた。

「つい最近知ったばかりです。それに、その装置に取付ける『部品』をめぐって、テレビドラマのようなシーンを経験することが出来ました。ついでに、岐阜まで行って実験を見てきます」

「実験?」

「はい、プラズマを発生させ『フリー・エネルギー』を作る実験と聞きました」

「面白そうね」

「この後は、しばらく休むつもりです」

「太郎君。休む暇なんて無いわよ。又新たな事件が発生しているの。今度はメキシコとアメリカの国境付近だけど。よろしくね」

「えっ? でも、大統領選挙に勝利したトランプ氏が、国境には壁と鉄条網を設置して、不法移民を失くすといっていますよ」

「でも、事件があって、日本人が関係しているのよ。一息ついたら、私の事務所に来て頂戴」

織田警視長は、森山に命令するように言って電話を切った。

「・・・・」森山は叔母に、自分のアメリカ留学を母親に説得してもらった手前、頭が上がらない。

「メキシコとアメリカのボーダー(国境)か・・・」と、つぶやいていた。

彼達は、麻薬調査のために別行動をするブラウンを横田基地において、新幹線で岐阜に向かった。

名古屋駅からJR中央線で多治見駅で下車し、タクシーを拾うと「核融合科学研究所」まで行った。

研究所のゲートには、既に数人の職員が待っていて彼達を「総合工学実験棟に連れて行った。

学者の数人が彼達の持ってきた「部品」を、興味深そうに手に取った。

「これか・・・」誰かが確認するように言った。

研究者達の後に従って実験室に歩くと、そこには日本軍の潜水艦に設置されていたと言う装置が音を上げていた。配線がいたろところから装置に繋がっている。

ローレンス・リバモア国立研究所で見た装置よりも十分の一ほどの大きさだ。装置は確かにドーナツの形に近い。

「最初は『殺人光線』呼ばれる兵器の開発をしていたそうですが偶然にプラズマを閉じ込める事に成功したようです」学者の1人が言った。

彼達は、慎重に部品をサムのバックから取り出すと、一旦台の上において状態を確認しようとした。サムが装置を少し動かした。その時、部品は勝手に反応を始めた。それにあわせて実験室に設置してある装置が音を上げ始めた。

「皆、離れろ」サムが注意した。

彼達は慌てて装置から離れて実験場の外に出た。一条の閃光が反対方向に向かって部品から放たれた。

コンクリートの厚い壁に、一瞬で野球ボールほどの穴が開いた。

「殺人光線だ!」学者が言った。

若し、光線がこちらに向かって発射していたら、誰かが犠牲になったことだろう。しかし、サムが光線の出口を反対方向に向けたので、事なきを得た。

学者達は再び部品のほうに引き返した。そして、部品を取り上げると装置に装着した。

装置が呻り声を上げ、一部から青白い閃光が見えた。

コンピユーターのスクリーンを見ていた学者の一人が「プラズマが発生しました」と、言った。装置は次第に音が一定になり、全体が青白く光っているように思えた。

「すごいぞ。完全にプラズマを閉じ込めている」「すごいエネルギーだ」

皆が装置の動きに目をとられていた時、森山はサムの姿が消えているのに気づいた。

「サムは何処に行きました?」近くにいた立石や安部に聞いたが二人とも知らなかった。サムは、忽然と消えた。やはり、スパイだったのだろうか。この実験の結果を知らせるため、モンサントやベクトル社に向かったのかも知れない。

森山は実験場から外に出てサムの姿を探したが何処にも彼の姿は無かった。

「夢のエネルギー発生装置」は、偶然に作られたにせよ力強く動いている。日本軍は、装置の重要性に気づかず、原子爆弾の投下に負けた。

森山はサムが「無駄だったな」と、言った言葉を思い出した。

 

了 11月13日、2016年 午後09:16

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貨物 三崎伸太郎 @ss55

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