第14話 復活! 演劇部の『ハムレット!』

 とりあえず動き出した部活に五十鈴が安堵していると、高校生にしては幼い声が耳をつんざいた。

「あ~、ごめ~ん、放送部に行ってたの~!」

 ばたばたと奈々枝がステージに駆け込んでくる。

「とりあえず、SE効果音だけ、SDカードに落としてもらってたんだ」

「ありがとう、奈々枝ちゃん!」

 なぜか、五十鈴の声は二部合唱でハモる。

 思わず小柄な身体を抱きしめたところで振り向いてみると、オフィーリア役の美浪が、クローディアス役の比嘉とポローニアス役の苗木を小突き回しているところだった。

 どうやら、どさくさに紛れて同じことをしようとしていたらしい。

 呆れていると、奈々枝が胸元で呻いていた。

「五十鈴ちゃん、苦しい……」

 胸の間に、小さな頭が息もできないほどに埋められていた。


 五十鈴は、ステージ上で円陣を組んで座った部員たちに、当面の演出プランを告げた。

「装置なし。小道具・衣装は自宅から持ち運べる範囲内に留めます」

 そこで、ハムレット役が真っ先に手を挙げた。

「はい、和泉いずみ正幸まさゆき君」

 胸板の厚い2年生の男子である。

 デンマークの王子と称するにはいささか体格が良すぎるといえばいえなくもない。しかし、キャスティングの基本は、「その人物に見える」役者ではなく、「その人物が演じられる」役者を選ぶことである。

 和泉はそれにふさわしい表現力と、判断力を持っていた。

「どの程度、リアルに作りますか?」

 期待通り、察しがいい。最低限、決闘シーンのあるハムレットとレイアーティーズには細身の剣レイピア短剣ダガーが必要なのだ。さらに、デンマークの王侯貴族たちの衣装など大真面目に作った日には、どれほどの量になるか分からない。

「まず、稽古用の小道具だけお願いします」

 とりあえず、そう言い切ったのは、稽古をやってみて見当をつけるしかないと考えたからである。

「はい!」

 部員全員が威勢よく返事をすると、そこで陽花里と奈々枝が揃って手を挙げた。

「はい、篠原さん」

 真面目な話し合いの場なので、姓で呼ぶ。陽花里はさっきの疑問を、全員の前にで明らかにする。

「舞台装置なしでやるので、照明プランがすぐには立ちません」

「稽古で少しずつ考えましょう」

 陽花里は「はい」と力なく返事をする。済まないとは思いながらも、奈々枝も手を挙げ続けているので、すぐ指名してやらないわけにはいかない。

「はい、柚木さん」

「学校ではスマホ使っちゃいけないので、稽古の音源ありません。リハでしか合わせられません」 

 答えは1つだ。

「照明・効果は公演前日のリハーサルで可能な範囲に留めます」

 逆に言えば、リハが命だということだ。 

 そこで、舞台監督の相模が手を挙げた。

「リハーサル20分しかないんで」

 そこが問題なのだ。稽古で全ての芝居の間を合わせた上で、その20分で最終調整をしなくてはならない。

 それも、音量と音質、音の方向に至るまで。

 ホレイショー役の佐伯幸恵が手を挙げた。五十鈴が指名すると、静かに一言で尋ねた。

「何シーンある?」

「稽古次第で変わるから、大雑把に」

 そこで五十鈴は台本を見ながら、一気にまくし立てた。


 1、エルシノア城

   (1)マーセラスとホレイショーがハムレットと先王の幽霊に出会う

   (2)ハムレットが先王からクローディアスによる暗殺の事実を聞かされる

   (3)ハムレットがマーセラスとホレイショーに沈黙の誓いを立てさせる

 2、クローディアスの居城

   (1)王と王妃、ポローニアスその他の噂話

      レイアーティーズの留学

      フォーティンブラスの行進

      ハムレットの狂気が噂される

   (2)ハムレットと役者たちの密談

   (3)ハムレットがオフィーリアを責める

   (4)ハムレットがポローニアスを殺す

   (5)ハムレットが追放される

 3、フォーティンブラスの行進

 4、海賊との戦闘

 5、クローディアスの居城

   (1)帰還したレイアーティーズがハムレットへの復讐を誓う

   (2)クローディアスがハムレットとの決闘をもちかける

   (3)オフィーリアの自殺が伝えられる

 6、夜中の墓地

   (1)墓掘りとハムレットが死について語り合う

   (2)オフィーリアの葬儀

   (3)ハムレットとレイアーティーズの衝突

 7、城の大広間

   (1)ハムレットがホレイショーに覚悟を語る

   (2)レイアーティーズとハムレットの決闘

   (3)フォーティンブラスの到着

 

 マーセラス役の須藤真一が青い顔をさらに青くして頭を抱えた。

 ふらふらと手を挙げたところを五十鈴に指名されて、溜息と共に答えた。

「途中から考えるのイヤになったんですけど」

 それでも五十鈴はきっぱりと言い切る。 

「19シーンです。幕開きと幕切れ入れたら21シーン」

 相模がぼやいた。

サス凸レンズのスポットライトバミ立ち位置の印付けと同時にやっても1分切るのか、1シーンあたり」

 そこは部長の並木が場を引き締めるところだった。

「一瞬でやるのさ、そこは精密な場面転換で」

 だが、奈々枝が明るい声で、さらに恐ろしいことを告げた。

「でも、1シーンでいくつもSE効果音入れたりしますから、決闘シーンとか。たぶん、もっと短くなりますよ、転換」

 全員が考え込んだ。五十鈴も、実をいうとそこまでやりきれる自信がない。だが、弱音を吐くわけにはいかなかった。

 やるしかない。

 ふと、そこで沙が気になった。 

 入部前は結構、大きなことを言っていたのが、この場では押し黙っている。

 なんのことはない、そこまでかと思ったが、ここで何も言わないのが残念だった。

 並木は沙のことをずいぶんと買っているようだが、今はどう思っているのだろうか。

 横顔をちらっと眺めてみた。誰かに視線を注いでいる。その方向へ目を遣ると、そこにはやはり、沙がいた。

 まっすぐな目をして、さっと手を挙げる。

「はい、翁さん」

 五十鈴は胸が高鳴るのが何故かはよくわからないまま、指名した。


 沙の提案は、単純だった。「できるところをやってみましょう」ということだ。

 部長の並木が一も二もなく賛成したのは面白くなかったが、舞台監督の相模も乗り気になり、キャストが勝手に自分の出番を主張し始めては、五十鈴ひとりが感情的に拒むわけにもいかない。

「じゃあ、エルシノア城のシーンから」

 ホレイショー役の幸恵と、マーセラス役の須藤がステージの対角線上に立つ。何の指図もしないのにこんな立ち方ができるのは、普段の稽古が育んだ勘によるものだと、五十鈴は部員として自負している。

 ぱん、と手を叩くと、最初のシーンが始まった。

 

 ひそひそと話し込んでいたマーセラスとホレイショーが、何かに気付く。

 幽霊役が2人の後ろをゆっくりと歩きはじめると、マーセラスがうろたえ気味に客席を指差した。 

《落ち着こう。無駄話はよせ。あれが……また出た、話しかけろ、学者だろうに》

 ホレイショーは恐怖を振り払おうとでもするかのように、乱暴な口を利く。

《何者だ、亡き先王の戦装束で夜の静寂を掻き乱すとは! 天にかけて答えよ!》

 その間に、幽霊は反対側の袖に去ってしまう。

 マーセラスは呆然とつぶやく。

《行ってしまった……返事もしないぞ》

 そう言っている間に、幽霊はまた登場する。

 ホレイショーが吼えた。

《何か伝えたいことがあるなら言ってみろ!》

 

 そこで雄鶏の声が高らかに響き渡る。

「こけ~こ~!」

 見ている部員が大爆笑する中、沙だけが目を丸くしてきょろきょろしている。

 奈々枝が、口の先に手を両手を当てていた。

 お得意の声帯模写だ。

 五十鈴が手を叩いて尋ねた。

「舞監! 何秒?」

「30秒!」

 まだ長い。これから効果音はもっと増えるはずだ。

「最後のマーセラスとホレイショーの台詞から合わせます」

 五十鈴が言い切ると、沙も含めた全員が返事をした。

「はい!」

 これだ。この感覚である。

 部室が閉められて沈みこんだ部活が、また立ち上がってきた。

 五十鈴は沙を見つめた。

「ありがとう」

「え……あ、いえ……」

 沙はおろおろしたが、すぐに居住まいを正すと、しゃちほこ張って「どういたしまして」とだけ答えた。

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