第7話 悲しい交渉

 やはり、チハルにはバレていた。完璧に、女性の姿に変化しているのに、短時間の観察のみで、自分がヒデオと同一の個体であることを見抜かれてしまった。あるいは、監視者から報告が行っているのか。ヒデオは、思案した。どちらにしても、ここで否定をしても仕方がない。もう少し、チハルの話を聞く必要がある。

「はい。私は、高山ヒデオです」

 悲しそうな顔のまま、女性の声でヒデオが言った。

 ある意味、想定通りの返答だったが、チハルにとっては、やはり想定外の出来事であった。

 ヒデオは、問う。

「何故、私がヒデオだと分かったんですか?」

 チハルは、答えに困った。何故、と問われても、ちゃんと説明するのは難しい。後ろに、同じ女性の霊を連れていることと、人間とは思えない違和感を発していることの二点だが、面と向かって、あなた人間じゃないでしょ、とは言いづらい。

 姿形だけでなく、声まで女性になった上で、ヒデオを名乗っているこの存在が、人間ではないことは、今やほぼ確定であったが、それを指摘するのは、やはり怖かった。

「あの、あなたの後ろに、ヒデオさんに憑いていたのと同じ女性が見えたので」

 ヒデオにとって、この返答は想定内のものであった。やはり、チハルには監視者が見えているのか。もう少し、追及する必要がある。

「それだけじゃないでしょう?」

 チハルは、答えに窮した。

 考えあぐねるチハルに対して、ヒデオは畳み掛ける。 

「この女性を、私に付けたのは、あなたなのでしょう?」

「は?」

 これまた想定外の問いに、チハルの思考は、さらにかき乱される。

 何故、こんな質問を? 人を呪術師みたいに。

「違いますよ」

 この返答も、ヒデオにとっては想定内であった。

 やはり、しらを切るつもりか。確かに、詐欺の首謀者であるなら、簡単に認めることはないだろう。こちらが、全て知っているということを表明してみるか。

「あなた、ヨッシーさんとグルなんでしょう?」

「は? ヨッシーさん?」

「ファントムバスターのヨッシーさんです」

「あの、モーゼの孫の?」

「いえ、釈迦の末裔です」

 う、なんか、私が間違えたみたいに言われている。そうか。ミキの情報が間違ってたのか。さすがに、ゴータマなら釈迦だよね。

 一人合点していたチハルに、ヒデオは続ける。

「ヨッシーさんとグルで、チハルさんが、私からお金を騙し取ろうとしてるんでしょう?」

「は!? なんで私が!?」

 なんで、私が、インチキ霊媒師とグルだって話になってるの? そして、それを、こんな正体不明なやつに、悲しそうな顔で、問い詰められなきゃいけないの?

 チハルの胸中で、恐怖と驚きは急速に小さくなっていき、代わりに、苛立ちが膨らんできた。自分でも気付かないままに、その口調からは丁寧さが消えていった。

「ひとつ、言えることがある」

「何ですか?」

「ヨッシーは嘘をついてる。あんた、騙されてるんだよ」

 ヒデオは思案する。騙されている、か。チハルが首謀者だと思ったが、計画が露呈しそうになって、急遽、仲間を売ったのか。もう少し、深く聞く必要がある

「どんな嘘ですか?」

「あんた、後ろに侍が居るとか言われたんでしょ?」

「はい。侍がボスで、部下の女性に指示を出していると言われました」

「まず、それが嘘。あんたの後ろに侍なんて居ない」

 三百年前云々の話は嘘ということか。それなら、データにも無いわけだ。上司の言った通りだ。

 チハルは続けた。

「もうひとつ。百万円を払っても、ヨッシーは何もしてくれない。ヨッシーには、その力が無い」

 これは、詐欺の自白か、とヒデオは思った。

「つまり、ヨッシーさんは、チハルさんの手先なのでそのような権限が無く、その権限を持つのは、ボスであるチハルさんだということですか?」

「なんで、そうなるのよ!」

 一体、どんな理由があって、こいつは、私のことを、これほどまでに疑っているのか。チハルの苛立ちが、一層、強くなる。

 ヒデオは冷静に考えた。チハルは、飽くまで否定する気か。それならそれで構わない。詐欺なのかどうかは、この際、重要ではないのだ。重要なことは、監視を外すこと。しかも、無料で。

 ヒデオは、要求を切り出した。

「とにかく、私には、そんなお金はありません。なんとか、許していただけませんか?」

「許すって何よ」

 なんで、私が苛めてるみたいになってんの?

 ヒデオは、正直に、自分の思いを伝える。

「このまま、この女性に付かれていては、とても困るのです」

 終始、ヒデオが、とても悲しそうな顔をしているので、チハルは、つい聞いてしまった。

「あんた、そんなに困ってるの?」

「はい。そのせいで、私は、帰ることもできないんです」

 家に帰ると、それほど恐ろしいことが起きるというのか。

「そんなに怖いの?」

「はい」

 チハルから見て、その女性の霊は、それほど恐ろしい霊だとは思えなかった。しかし、霊を恐ろしいと思うかどうかは、霊そのものの危険性とはあまり関係が無く、霊に接する側の問題であることを、チハルは理解していた。

「ああ、もう分かったわよ」

「と、言いますと?」

「その女、私が、どうにかしてあげるわよ」

 ヒデオは、すかさず確認を取る。

「百万円は払えませんよ?」

「要らないわよ! そりゃ、くれるなら欲しいけどさ」

「無料で良いんですか?」

「無料で良いわよ」

 もう後に引けなくなったチハルだったが、ひとつだけ、言っておきたいことがあった。

「これだけは言わせて。私はインチキじゃないし、ヨッシーとグルでもないから!」

 少しだけ冷静さを取り戻したチハルは、肝心なことを聞いていないことを思い出した。

「あのさ、あんた、何もんなの? だって、その姿……絶対おかしいでしょ」

 やはり、この問が来たか。

 ヒデオは思った。

 人間でないことがバレた場合、まず間違いなく聞かれる。お前は、何者なのかと。

 地球人は、我々ニーウ星人の存在は認識していない。なので、人間でないことがバレたとしても、それが、即ニーウ星人であることの露見には繋がらない。

 通常は、人間でないことがバレた時点で、調査を終了して、即時帰還する。それは、人間としての、潜入調査の続行が難しくなるからだ。

 しかし、今回のような特殊なケースの場合、自ら、人間でないことを認める術があるということを、上司が教えてくれた。多少、実験的な手段ではあるようだが。

 覚悟を決めて、ヒデオは、言った。

「私は、人間ではありません」

 チハルは、自分で思っていたよりも、ショックを受けていた。人間ではないと、前々から勘付いていたが、面と向かって明言されると、やはり動揺する。

「じゃあ……何なの?」

 ヒデオが、ゆっくりとその口を開く。

「話すよりも、見ていただいたほうが良いと思います」

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