第38話 新術の閃き、贅沢な時間 6/7
そんなこんなで食べ終わってから煙草で一服していると一つ気になる事が出てきた。先程の霊気の操作だが上手くやれば風の輪を飛ばしたり出来ないだろうか。
追いかけっこをしていた時は周りに輪が浮かんでいるとイメージしただけで飛ばした訳ではない、もし飛ばせるとしたら狙いを付けられるからイメージだけの時より数段足場を作りやすくなるはずだ。
最初から浮かばせてあるとミーナに軌道を読まれ簡単に避けられてしまうので追いつけない。
だがこの方法なら欲しい所に好きなタイミングで足場を作れるから予め浮かせておく必要がなくなり追いつける可能性がグンと上がる筈だ。
こっそりやってみよう。先ずは打ち出すイメージだ、複雑にすると分かりにくいし即効性が無いのでデコピンで打ち出す事にした。デコピンは瞬時に撃てるし、私の貧弱なデコピンなら怪我を招く事は無いだろう。
次は打ち出す物、つまり弾をどうするかだがペラペラの輪ではデコピンで飛ばせるイメージが無い、なので輪を何個か重ねてボール状にした。例えるならバスケットボールの柄である。
それを十円玉程にして、デコピンにセットする、ここまでは問題なく進んだ。
さあここからが本題だ、目標地点を一メートル先にして放つ……!
初めてにしては上手くいったのではないだろうか。おおよそ一メートル先で風の球は止まっている。
「ミーナ、これはどうだろう? イメージしてやってみたんだ」
と、隣の部屋にいたミーナにコレを見せてみた。ミーナから見て上手く言っている方なのだろうか?
「これは中々凄いですね。ルカワさんの霊術だから全行程はイメージ……どんなイメージでこれを?」
そう聞かれたので先程の工程を全て伝えた。すると、
「なるほど、そうきましたか。この霊術は確かに良いですね」
と、返ってきた。どうやら上々の出来らしい。試行錯誤の末、というのも良いものだが一発で上手くいくのも嬉しいというものだ。
そういえばこの風の球、ある意味風の弾でもあるコレはどれ程の威力があるのだろうか。デコピン程度だと思ってやってみたが直撃すると危ないというのであれば調整しなくてはいけない。
これをミーナに聞くと威力を測れる様で測定の準備をしてくれた。
測定方法はシンプルでミーナが作っている霊気の盾(水と風の混合らしく万一水を弾く様な威力が出ても風が受け止めるので濡れない)にこの風弾を打ち込むだけだ。
「こっちは大丈夫です、いつでもいけますよ。全力で打ち込んで下さい」
と、ミーナから声がかかったので、
「こっちも行けそうだ。せーの!」
と、言って全力で風弾を打ち込んだ。
風弾は直線でしっかりと飛び、ヘナヘナという訳ではない物だったが霊気の盾に触れた瞬間静かに消えた。不思議な事もあるものだ、鋭く飛んだストレートがバッター手前で直角に落ちると言ったところか。
とにかくミーナに威力を聞いてみるとどうやら本当にデコピン程度の威力なようだ。全力でこれなら怪我の心配はあるまい、少々残念な気持ちもあったが安心の方が大きい。これでオーケーか、と思っていると、
「次は力を抜いて撃ってみて下さい。ほぼ力が入っていない状態でお願いします」
と、何やら不思議な要求が飛んできた。まあミーナが測定に必要だと思うのならやるべきだろう、この後も条件を変えて威力の測定をした。
多くの威力テストを終えて、一息つくとミーナから測定結果が言い渡された。
「これは面白い弾です。どの条件でも威力は全く変わりませんでした」
意外な結果だ。更に詳しく聞いてみるとこの風弾はどの距離でも、どんな力の込め方でも、どんな角度からでも、「デコピン程度の威力が出る」のだそうだ。
それは増えもしなければ減りもしない威力の弾という事になる。更に安心したといえば安心した。
「威力の変わらない弾、か。とにかく危険ではないって事だな。測ってくれてありがとう。安心して使えるよ」
「いえいえ、でもコレって何に使うんですか? 発想は面白いですけど」
「良いことを思いついたんでね、明日になったら教えるよ」
「むむ、もったいつけますね~では明日に期待しましょう」
ミーナは何だか嬉しそうだ。
測定でかなり時間を費やしたのか時計は二一時を指している。風呂に入って寝るのが最善だろう。人混みを歩いたせいかいつにも増して私は疲れた様で、ミーナもそうらしい。
私は風呂の準備をするとして、ミーナは朝食の仕込みをするとの事だ。ミーナは家事力の化身な気がしてきたので私も力になれるよう早急に風呂の準備を終わらせる事にした。
風呂の準備をしていてふと思ったのだが私は今、こちらに来て「色々あるが何でも無い日」を過ごしていると感じた。
これはかなり矛盾した言葉だし、現に自分も「何を言っているんだ」と思うのだが何故かこう、この様にしか表現出来ないのである。
誰かに説明する必要も無いし分からない事が多いのがこの世の人の心の内側、とココは向こうで言うところのこの世ではないから向こうの基準を持ち出すのは野暮か。
まあでもどこの世へ行ってもどうせ似たようなものだろう、愚かな考えだと言われればそうだが。
そんな考えをしている内に風呂の準備が終わり、ミーナも朝食の仕込みが終わった様だ。今日はミーナに先に風呂に入って貰い、その間私は玄関先で煙草を呑んでいた。
外は涼しいながら風もわずかで空を見上げると星々が輝いている。向こうではあまり綺麗な星空を見た覚えがない。ここの星空が美し過ぎて向こうのソレが霞んでいるのかもしれぬ。
一つ言えることはこんなに贅沢な煙草の時間はないという事だ。そう言えばあの夜もこんな空だったか。そう思いながら暫く煙を天に吐いていると風呂が開いた様でミーナから声がかかった。
私は天に小さな星雲を作り、すぐにそれは消えた。
それにしても風呂は良いものだ。足が伸ばせる風呂は尚更である。頭と体を洗い、ゆっくり湯船に浸かってから風呂から上がった。
風呂の湯は落としておこう、カビの原因になる。カビ掃除はとても面倒くさいのだ、予防するに越したことはない。
風呂から上がって脱衣場で着替えていると、風呂の換気扇がない事に気がついた。湿気を換気しなければ湯を落とした所であまり意味が無い、気になったので脱衣場から出た後ミーナに聞くと面白い事に風霊術で作ったダクトの様な物が風呂の入口から勝手口に伸びているのだという。
意識すれば見えるらしいのでやってみると見事な風のパイプが出来ていた。何でもオーグスが家を建てた時に風呂に換気口を付け忘れる大失敗をやらかした様で、それを解決するためにミーナがコレを作ったとの事である。
「ルカワさんは風属性ですからこういう物も作れると思いますよ」
とはミーナの談だ。確かに出来ない事もなさそうだったので今度試してみることにした。
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