エピローグ 大団円

 それから更に数日後、レッジョの街はいつも通りの活気を取り戻していた。各地に避難していた人々も、レッジョに戻り街の復興も予定より早く済むとの楽観的見通しを市参事会は示すにいたる。

 そんな中、ルロイ・フェヘールは『心願の壺』の自らの分身ともいえる悪霊を倒したことで、ウェルス神の与えた使命を果たしたのか、魔法公証人としての能力は喪失。そのプレッシャーから解放され、今度は魔法の加護なくともこのレッジョでただの市井の公証人として日々過ごすことを選択する。

 ルロイをウェルスの徒である魔法公証人としたエンツォ・ディ・フィオーレも、この辞意を静かに快諾かいだくした。

「これで、しばらくはワシとも疎遠そえんになろうかの。まぁ、困ったことがあれば来ればよい。聞くだけは聞こう」

 別れ際、フィオーレは不肖の弟子にでも掛けるような邪険な言葉をルロイに送ってそれっきりであったが、ルロイは温かに笑って師と別れた。お互い真実を司る神に仕え人間として足掻あがいた身である。今更、形式的な綺麗ごとの言葉はいらないのだった。

 ルロイは穏やかで満ち足りた生活を送っていた。時折、市参事会や著名な芸術家から何度か、ルロイ自身の銅像を中央広場に建ててはどうか、という提案がルロイ自身の元へ届いたりもした。

 レッジョで生まれた英雄的冒険者の数は数多あれども、公証人が街を救ったという話はここレッジョの街でもひと際珍しい英雄譚として語り継がれるはずであった。が、ルロイ自身が全てその手の提案をやんわりと退しりぞけたのだった。

「英雄は、僕であってはいけないんです。もともと、そういう器でないものでして……」

 そう言ってほろ苦く微笑むルロイに、なんにせよ新たな時代の記念碑として新たな英雄を欲している人々は困惑した。このまま、話がうやむやになってしまうことをルロイとしては望んでいたが、参事会は次点としてエルヴィン・カウフマンを悲劇の英雄として祭り上げることにしたらしく、『魔斬まざんのエルヴィン』の二つ名を付与するに至る。サシャの愛竜フレッチャーとほぼ同じ時に天に召されたということで、エルヴィンの臨終を飛竜フレッチャーが優しく彼を見守り共に死後の救済へと旅立つ様が名の知れた彫刻家の手によりドラマチックに表現され、その偉大な彫刻はレッジョの中央広場の新たな名所となっている。

いつの世も死んだ英雄ほど、為政者いせいしゃにとって利用しやすい看板はないという現実にルロイは複雑に思うよりほかになかったが、それでもそんな人々の営みを嫌いになれず、愛惜あいおしくさえ感じている自分にルロイは気付くのだった。

数年後ルロイ・フェヘールとサシャ・ランベールは結ばれ夫婦となり、一男一女の子宝に恵まれるに至る。後に人生の晩年で、ルロイはレッジョの年代記作家として慎ましく歴史に名を残し生涯を終えることとなる。


 リーゼ・ペトラ・メルケルは『異界の扉』内部での探索において、新たな猟奇的発見をしたとやらで、またもろくでもない天啓を得てしまっていた。

ルロイなど、またフェニックスのような物騒な発明でもしてひと悶着もんちゃくを起こす光景を思い描き頭を悩ませたが、リーゼが発明しルロイに手渡したモノは魔法のテクノロジーを駆使して作られた義手であった。

自身の研究を手伝い激戦の末、左腕を失ったルロイへの彼女なりのせめてもの労りと感謝の念だった。ルロイがリーゼの嗜好しこうにつき誤解していたことを伝え彼女に謝ると、リーゼは意外性が持たれていることにまんざらでもない表情でうなずくのだった。

「私にだって、慈悲の心くらいはある。こんな形で度し難い冒険野郎の傷をいやすのも、錬金術師の務めだと今は思えるさ」

「テメェ、コラ変態猟奇女!アタシの杖をこんなにしやがって、なんだこの蛇腹式じゃばらしきマツバ杖って、杖が勝手に変形して体に絡んで……オワァ、気色悪いぜぁ!!」

 アシュリーは、レッジョを守る激戦で命こそ取り留めたものの杖なしで歩行ができない重症を負ってしまっていた。で、本職の墓守の使命はアナに任せて、自分は裏方にまわろう。という殊勝な心意気に、さしもの仲の悪かったリーゼも心打たれ彼女のために便利な歩行用杖を無償でこしらえて、という美談には当然ならなかったようである。

「やはり、この世界は楽しいモノだね。研究対象がある限り私は猟奇的に生きてゆけるぞ」

「るせぃ、この猟奇ボケ!」

蛇のようにくねる杖がリーゼの頭に激突する。お互いに敵意に満ちた視線を飛ばし合うリーゼとアシュリー、そしてその両者をなだめようと割って入るモリーとアナ。これもまたレッジョの日常である。

後世、リーゼは天才と変態を兼ね備えた偉大なる錬金術師として末永くレッジョの歴史に名を残したという。


「クンクン……今日も情報屋としては書入かきいれ時なのニャ」

ディエゴは、サンチェスの孤児院を手伝いつつも情報屋として相も変わらず自由気ままに生きている。

「こちとら、しょせんは風来坊ふうらいぼう。死ぬときゃ野垂れ死に~宵越よいごしの銭は持たん主義なのニャ」

 鼻歌交じりに何かを食べ歩いているところに、小石が後頭部にぶつかる。

「誰だニャ!」

「見つけたぞ、そこの豚骨ドロボー」

堪忍かんにんしてくれなのニャ~」

 毎度、肉屋の親父に追いかけられては孤児院に逃れて姿をくらましているらしい。

が、ついに庇いきれなくなったサンチェスがディエゴに暗殺者に伝わりし秘伝の関節技を決め、ディエゴの悶絶もんぜつが今日もレッジョの裏路地界隈かいわい木霊こだまするのであった。


 サシャ・ランベールは、ルロイと夫婦となり姓を改めサシャ・フェヘールとなった後も、竜使いであり続けた。

愛竜であり幼馴染であるフレッチャーの死によって心に穿うがたれた大きな喪失感も、同じく幼馴染の冒険者仲間であるエルヴィンを失ったルロイと共に同じ大いなる喪失を経験し、過去を乗り来ようとする者同士、やがて乗り越えて見せたのだった。

件のフレッチャーの活躍と悲劇によって、人々は忘れかけていた蒼天マティスの武勇伝を再び思い出した。加えて短い時期とは言え、竜使いとして活躍したサシャの名声までもレッジョの外の世界にまで届いていた。サシャは冒険者ギルドにおいて数少ない飛竜の専門家兼、竜騎士や竜使いを目指す若者の良き指導役として、それなりの地位と給与を得ることに成功する。

結果、サシャ本人が竜使いとして歴史に名を残すことはなかったが、後に彼女の後に続きその薫陶くんとうを受けた竜騎士、竜使いが蒼天マティス以上の偉人として世に名を残す事となる。が、それはまた別の物語。

 そんな将来のことなどつゆ知ることもなく、サシャは今日もルロイの事務所で健気けなげ甲斐甲斐かいがいしく働いている。

 サシャの目にはいつも通り、執務机に向かって仕事をしているルロイの姿が見える。

 そろそろ、彼が仕事の合間に紅茶をすするため休憩をとる時間だ。

サシャがティーポットに茶を入れて執務机に近づくと、珍しく夫である彼はまだ、意気揚々いきようようと書類に向かいペンを走らせていた。よくよくみると、彼が一心不乱に書き込んでいるその書類は登記簿でも遺言書でも誰かに手紙書いているでもないようだった。

ルロイが仕事の合間に、読書で暇を持て余すことはこれまでにもよくあったが、サシャにとってこれは初めて見る光景。

 思わず興味をそそられ、サシャはティーカップを置きがてら執務机に身を乗り出す。


「それ、どうしたのロイ?」

「この時代のレッジョにおける……僕らの物語を書き残しておきたくってね」

「へぇ、年代記みたいな?」

「まぁ、チェーザレの『レッジョ史』には遠く及ばないだろうけどね。個人の日記というか、たんなる覚え書き程度のものだよ」

「題名はもう決めてるの?」

「ええ、『魔法公証人ルロイ・フェヘールの事件簿』とかね」

 口元は冗談交じりだが、ルロイは会心の笑みを浮かべていた。




              「魔法公証人 ルロイ・フェヘールの事件簿」 完

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魔法公証人 ルロイ・フェヘールの事件簿 紫仙 @sisen55

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