父と娘
マイラーノ大橋を渡ってすぐの中央広場の左手前にレッジョの冒険者ギルドはある。その建物からルロイとマティスが出てくる。正直言ってルロイは肩を落としていた。
『
「済みませんね、
「別に構わん。俺一人で十分だ」
不安そうに頭を掻きむしるルロイに、マティスは平然としてた。
マティスの
「これまでだって、フレッチと俺、フレッチの助けが望めないなら一人でな、ダンジョンにも臨んできた。問題はねぇさ」
軽い準備運動のように、マティスは鎧と得物をガチャリと鳴らして見せる。
「こっちもまぁ、護身用の短剣くらいなら持って来ましたがねぇ。無用な心配であることを願いますよ」
いつも通りの仕事着の黒のケープとペンと証書、インク壺にベルトに括り付けた護身用の短剣。これから『
「心配するな、奴のところに行くまではちゃんと守ってやるさ」
素っ気なくもそう言われてしまうと、不思議と安心できてしまう。これも強者の役得なのかもしれない。二人がようやく、『
「おや?」
ルロイとマティスの目の前に、一人の少女の姿があった。
冒険者ではない。
ごく普通の町娘であった。亜麻色の長い髪をなびかせた、まだ童顔の柔らかそうな頬はヘイゼルの瞳には涙を
「やっと見つけた……」
切なく息を切らし、少女はようやくそれだけ言うと、亜麻色の髪の少女は何か言いたそうであった。それでも、土壇場で自制心が勝ったようであった。彼女はその言葉を必死に飲み下し、苦行のような悲壮な表情をだまって浮かべるのだった。
「おい、行くぞ……」
マティスがルロイの肩を叩き、忌々しく彼女から目を反らし、
「お父さん!」
「付いてくるな!」
「もう良いから、いい加減に……」
彼女は既に涙を
純然たる怒り。しかし、その語気を聞くに何か迷いに似た
「お前にとって俺はもう必要じゃねぇんだ。じゃあな……」
それからマティスは遂に一度も振り返ることなく、『
「娘さん。ですよね?」
遂に彼女がレッジョの雑踏に隠れてしまう段になって、ルロイは足早に歩みを進めるマティスに小走りで追いつき問いただした。
「ああ……だが、死んだはずだ」
「え……」
「フン、例えだよ例え」
「それはまたどんな?」
「竜騎士は究極的に自由な存在だ。俗世のしがらみに囚われてはならん……」
答えたマティスの声色は投げやりだが、どこか威圧的で厳しかった。
飛竜教と言う竜騎士たちが信仰する宗教がある。
飛竜は自由と言う無限の思想であり、竜騎士は飛竜と共に大空を神速で
それゆえに、宗教でありながら体系だった教義らしい教義は無きに等しい。竜騎士たちにとって正しい掟とは自由へ導いてくれるものだけだからだ。
だから、親子の
そんな講釈をルロイがマティスから暇つぶし代わりに聞かされている内に、とうとう二人はそれの目の前まで来てしまっていた。
ルロイが見上げると、やや灰がかった大理石のような材質の石材が恐ろしく均質に
他のダンジョン群同様、この構造物はレッジョが街としての歴史を歩み始めた時代にはすでにこの場所にあったのだ。
見る者によって
その相反した不思議な印象こそが、ダンジョンに臨む冒険者がダンジョンそのものへ魅せられ未知への憧れへ突き動かされていく力となるものである。
「着いちゃいましたね、『
マティスもまた『
「俺は、少し前まで空に居たんだ。あの無限のような……もう追放されちまったが」
自嘲気味にマティスが呟く。地上から遥かに高い空の青みが既に、それこそがマティスにとっての本来の故郷であるかのようであった。
「……ようやくだな。さっさと行こうじゃねぇか」
マティスが皮肉っぽくではあるが、初めてルロイに笑って見せた。
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