錬金術師の秘密遺言

プロローグ 天才錬金術師の晩年

幾本かの蝋燭ろうそくが部屋を灯している。

ほのかな光が部屋に乱雑に置かれたるつぼやフラスコ、

乳鉢にゅうばちといった機材を照らし出す。

薄暗い中、机に鎮座ちんざした奇妙な鳥に一人の老人が何かを話し聞かせている。


鳥は鈍く光る鉱石の目に、

ややくたびれた骨ばった体格に人工の羽根で覆われていた。


公示鳥という魔法石と木の骨組みと外を覆う羽毛でできた魔法生物である。


この公示鳥は、このレッジョにおいてあらゆる行政上、

法律上の公示のため空を飛び回り触れて回る。

そして、

何を隠そう今公示鳥に話しかけている老人はその発明者でもあった。


「ワ……ワシの」


老人の重々しいかすれた声に続いて公示鳥が続けて同じ声を繰り返す。

公示鳥は人間の声を録音することもできる。

老人は憔悴しょうすいしきった風に、

一言一言を噛みしめ公示鳥に己が言葉を投げかける。


「ワシの言いたいことはこれですべてだ。そう……何もかも、これでおしまいだ」


老人は深いため息をついた。

同時に公示鳥の尖ったくちばしを人差し指で押した。

自分が録音しておきたいことはこれで全てだと録音機能のスイッチを切ったのだ。その所作まで終えてしまうと、

それまで辛うじて老人に残っていたであろう力が、

そのおごそかなかすれたつぶやきと共に老人の体から抜け出てしまったように老人は寝台へと腰を下ろし、

倒れこむように上半身をそのまま寝台へ横たえた。


それが何かの合図だったのか、

公示鳥は機械じみた独特の唸り声をあげ、

人工の骨格をギチギチいわせながら、

窓の外から夜のレッジョへと飛び立っていった。


「さよなら。御師おし様……」


部屋の入り口で一連の光景を見ていた観察者は、

公示鳥が街の闇に消えてゆくのを確認するや、

自らに言い聞かせるように呟いた。

同時にその観察者には、

これからレッジョで起こる光景が脳裏に鮮明に想像できるのだった。

危うく声を上げて笑い出しそうになるのをどうにかこたえるほどにである。つまりは、最後に笑うのはどうにも自分になるのだと。


その三日後、老人は死んだ。


享年七六歳。

ダンジョンと冒険者の街レッジョにおいて、稀代きだいの天才錬金術師と謳われたヘルマン・ツヴァイクの死は街中の公示鳥によって知らされた。

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