彩瞳のギア・フィーネ 〜銀〜

古森きり@『不遇王子が冷酷復讐者』配信中

【彩瞳のギア・フィーネ】〜銀〜





気が付いたら……瞳を開けたら、彼女はそこに立っていた。

周囲を武装した男たちに囲まれて銃を向けられている。

困惑した。

事態が全く、一切、掴めない。

何故?

どうして?

どういう事なの?

湧き上がる疑問を声に、言葉にする空気も度胸もなかった彼女は喉を詰まらせ……そして怯えながら手を挙げた。

自分の状況はただただ危険だと判断しからだ。

いや、誰がどう見ても危険以外の何でもないだろう。

ここはどこですか、と聞く事も叶わず震えながら彼女は降伏した。


「…………何者だ」


こちらが聞きたいくらいだ。

何者?

わたしは何者?

お前らこそ何者だ?


「わ、わたしは…………」


いや、確かに……わたしは誰だ?

名前は思い出せる。

しかし、何者かは分からない。

自分で自分が何者なのかを思い出せない。

すると武装した男たちと彼女の間に何か小さなものが転がる。

男たちは咄嗟に「退避!」と叫んでいなくなった。

次の瞬間、目の前が真っ白になる。

閃光弾。

不思議と“それ”の存在は知っていた。


「来て」


眩しさにチカチカする目。

引かれる手。

薄い空気を精一杯吸う。

変な匂い。

ここはどこ。



(わたしはだれ?)











【彩瞳のギア・フィーネ】〜銀〜







「あ、あなたは?」

「ジン」


シンプルに名前を告げられて、一瞬分からなかった。

手が離れて始めて手を繋いでいた事に気付く。

彼……ジンは赤い瞳を捕捉する。


「あ、わ、わたし、は……メ、メル……メル・アイヴィー」

「そう」

「た、たすけて、くれて……あ、あり、ありがとう……」


ございます……。

と、続ける間もなく彼は歩き出す。

辺りを少し、見回した。

暗い通路。

先程の場所と変わらないような気がする。

不安になり、前を歩く男を見た。

男、というよりは少年のような気もする。


「あ、あの、あの……こ、ここ、ここは……?」

「地下水路……見ればわかるでしょ」

「……う、う、うん」


怪訝そうな表情。

立ち止まり、振り返る。

薄暗い通路。

薄汚れた壁。

脇を流れる汚水。

進めば進むほど酷い匂い。


「……君は何者?」

「……わ、わか、らな、い」

「…………そう」


それ以上、会話は続かなかった。

ジンは歩き出す。

メルは、それについていく。

どこへいくの、と聞いても答えは返ってこなかった。

しかし、すぐに風景は変わる。

ジンが壁にあった梯子を登り、天井の蓋を開く。

メルも彼が出て行った方へと梯子を上った。

途端に空気は清々しく、甘さすら感じる優しいものとなり青い空、たくさんの建物、生い茂る緑が目に飛び込んでくる。

ただ、そこは閉鎖空間。

コロニー……と、声を漏らす。

ここはコロニーだ。

宇宙で人が暮らせるように調節された空と自然。

建ち並ぶ建物も安全が地上以上に考慮されて作られている。

ドーム状の空を見上げて、青く染まった空の向こう側に数多な星を見つけて瞬く。


「……ジン、わたし……あの……」


途端に不安になった。

振り返ると、ジンはもう遠くに歩き続けている。

置いていかれないように慌てて駆け出す。

どうして助けてくれたのか。

あなたは誰でここはどこなのか。

色々質問したかったのに上手く言葉に出来ない。

彼が歩いて向かった先には大きなロボットが片膝をついて座っていた。

ジンの髪のように真っ黒な巨大ロボ。

“あのひと”が好きそうだと思った。


(あのひと? 誰?)


思い出せない。

靄がかかっているとか、そんなあやふやなものではなく……。


「もうすぐ戦場になる」

「え?」

「……地下水路にもあいつらが現れ始めた。“詰み”だよ、この国は」

「……く、国?」

「生き延びたいのなら港の救命ポットに急ぐといい」

「え、あ……」


巨大ロボの中へと消えそうな彼の手を思わず掴む。

赤い瞳がわずかに開いた。

でも、すぐに伏せられる。


「なに」

「……こ、こまっ、困ってる……」

「なにに」

「わ、分からなくて……」


他に頼る相手も今の所いない。

頼るというよりも縋った。

自分が何者なのか、名前以外の一切が思い出せないこと。

この場所のことも、常識的なものもなにも分からない。

さっきの男たちがなんなのかさえ。

それはきっと危険なことだ。


「…………」


行くあてもない。

名前以外、なにも……。

だから大変困っている。

喋ることが苦手らしい彼女は、それでも必死に彼に話した。

腕を組んで聞いていた彼も、メルの事情を大方理解すると深々溜息をつく。


「……このコロニーは『ウォンデルヘル公国』。ヴィナティキ統一歴が100年も過ぎているのに未だに従属国家にもならない国だ。母星と呼ばれる惑星地球はカネス・ヴィナティキ帝国に大陸全土が支配され、宇宙コロニーを『国』と名乗ったこの国以外はもう全てがカネス・ヴィナティキ帝国のものだよ」

「…………」

「このコロニー……『ウォンデルヘル公国』もまた選択を迫られている。従属か、死か。あいつらに従うくらいなら僕は戦って死ぬ。でもこの国の全ての人間がそれを望むわけじゃない。だから大統領は港に救命ポットを用意して、国民をカネス・ヴィナティキへと送っている。その後どうなるかは僕も知らない。人間を遺伝子レベルでランク付けして管理するそうだから、君が遺伝子レベルで優秀な人材なら悪いようにはされないんじゃない?」

「…………」


ぐぅぅう。

と、お腹が鳴った。

自分でも思いもよらず、顔が熱くなる。

恐る恐るジンを見上げると相変わらず無表情でこちらを見下ろしていた。


「……こっち」

「え? あ、は、はい」


梯子を降り始めるジン。

それについていく。

その下はすぐ町があった。

地下水路から登って降りたら町があるというのも奇妙に思ったが、コロニーの構造なのだろう。

ただ無言で進むジンは歩幅を合わせてくれるわけでもなく、黙々一直線に歩いていく。

メルはそれについていくのに必死だ。

そうしてたどり着いたのは———レストラン。

だが、そこは無人だった。


「あ、え……」

「みんな逃げたから勝手に食べていいよ」

「え、ええ……」


食べたい物は機械で注文する。

そうすると、機械が自動で作って取り出し口から出てくるという物のようだ。

無人のレストラン。

少し荒れたテーブルや椅子。

薄汚れた床。

物を食べる場所にしては不衛生に思う。

それでも空腹には勝てない。

ボタンをいくつか押して、待つ。

その間にジンを観察する。

椅子に座って小さな端末をいじっていた。

黒い髪に黒い服、赤い目だけが鮮やかに映る。

少し癖っ毛。

肌はやけに白いし、指も痩せているように感じた。

眼差しは険しく、少年なのに成人した男性のようでもある。

コン、と音がして取り出し口が開くと様々な料理ができたてで出てきた。

美味しそうな匂いに感動を覚えて、ウキウキとトレーを手にする。


「…………ずいぶん食べるね?」

「え? え、そ、そ、そう、かな」


コン。

追加で頼んだ料理も出来上がったらしい。

テーブルに最初のものを置いてから、また取りに行き、またテーブルに置く。

いよいよジンの目が丸く、歳相応の表情になった。


「おなか、空いてると……幸せじゃ、ない、から」

「…………そう」


パク、とオムライスを一口。

じんわりと広がる卵の甘みとケチャップの酸味に片手で頰を覆う。

ああ、幸せだ。


「一口ちょうだい」

「え、あ、は、はい」


あーん、と口を開けられて、思わずスプーンでオムライスをひと掬いする。

それをなんの疑問も抱かずジンの口に入れた。

「美味しい?」と聞く。

彼が目を細めて「うん」と謎の頷きを見せたので、メルも心がほっこりとした。




その後、レストラン側の公園でプリンを食べた。

レストランにあった器とスプーンを拝借して、車止めに座り空を……対宇宙空間強化ガラスの天井を眺めながら。

星がうっすらと見える。

ここは宇宙なのだと、改めて感じる光景。


「ジン……戦う、って……言った……なにと?」

「……自分とじゃない?」

「……?」

「この世界は詰んでるんだよ。カネス・ヴィナティキが全てを支配する。そして終わるんだ」

「…………」

「でも僕は、僕のまま死にたい。メル、君は世界を終わらせに来たの? それとも、見届けに来たの?」

「……え? え、え? ……え、えーと……わ、わからな、い」

「……そう」


プリンは美味しかった。

とても、美味しかった。

プルプルの食感と広がる甘さやカラメルの僅かな苦味。

ゴミ箱にカップとスプーンを捨てて、胸に手を当てる。

寂しそうなジン。

どうして、死にたいなんて言うんだろう。

それはとても悲しいことだった。

メルにとって、悲しい。

元気になってほしい。

そう思ったら…………唇を開いていた。



「〜〜〜♪ 〜〜〜♪」



あまり派手ではない声だ。

それでも優しさと祈りを込めて、彼に元気になってほしいと歌を歌う。

自分が誰で、何故ここにいるのか思い出せないままだが……これだけは分かる。


わたしはこの人に、会いたかった。

この人に、会いに来た。


静かにコロニーの中の照明が落ちていく。

夜の時間に、変わる。

星空ははっきり美しく広がり、幻想的にも思えた。

突然、ジンが立ち上がる。

メルが歌をやめると、その時初めて微笑んだ。


「……ねえ、歌っていてよ、このまま」

「……え?」

「最期の瞬間まで、メルの歌を聴いていたい……心臓が止まるまでずっと」

「…………ジン」

「敵が来た。応戦する。…………いくね」

「ジン!」


あのロボットの方向へと駆けていくジンを追おうとすると、端末を投げられた。

慌てて受け取る。

その間に、彼の背中は遠くなっていた。

どう見ても追いつけない程遠い。

……それは物理的な距離だけではないと思った。


「…………ジン……」




数分後、コロニーの上にはいくつもの火花が現れては消えて、現れては、消えた。

見上げた星空は寒々しい。

あれは命なのだと直感で理解していた。

ジンが投げた端末を開く。

人の声はしない。

戦う音のようなものは聞こえた。



『メル、歌って』


「ジン……」



一言だけ。

不思議な人。

メルはもう一度唇を開く。

貴方が聴きたいと望んでくれた……歌。


『……君を初めて見た時、この世界は終わるんだなと思った。僕はギア・フィーネの登録者として、この世界の真実を知っている。ここは電脳世界の一つ。全て偽りの世界。『主』がなにを願ってこの世界を作ったのか、僕はそこまで到達できなかったけれど……』


そうだ、思い出した。

ここは電脳世界の一つ。

ここは実験場。

人が———『兵器を捨てられるか否か』を検証する。

この世界は『否』だった。

与えられた巨大な兵器ロボット……『ギア・フィーネ』で世界を煽り、戦争は激化。

世界は『カネス・ヴィナティキ』が支配して、兵器による武力支配はここまで来た。

終末の世界。

終わりを待つ世界……。

メルは歌う。

終わりを、見届ける。



『……泣かないで』



声がかすれて、歪む。

ジン。

途切れた歌の間に名前を呼んだ。

なぜ、わたしは、彼を。



『僕に人格提供者……オリジナルがいれば、またどこかで会えるよ』



君の歌で送って。

と言われて、涙を拭った。

ああ、そうだった、と。


「〜〜〜♪ 〜〜〜♪」



一際大きな爆発が見えた。

ああ、逝ってしまった。

唇を閉ざす。

唇を、噛む。

腕で目を覆った。

口を開いた。

腹の底から出たのは、ただの『声』だった。














「おかえり」



目を開けると真白の髪の眼鏡の少年が立っていた。

胡散臭い笑顔を浮かべて「どうだった?」と聞いてくる。

メルはなんの感情もなく目を閉じた。


「問題なく、消失を確認しました」

「おっけー、じゃあ次もよろしく。じゃんじゃん行こう。世界ばかり増えて結果は一向に得られない。人間はやはり過ぎた科学で滅びるしかないのかな?」

「わたしは、そうは思いません」

「へえ? まあ、僕もできればそれが総合的な結論でないことを望んでいるよ? ふむ、じゃあ次はここかな。……なにか不明点はある?」

「…………」


口を開いた。

不明点はないが、質問したいことならある。

ジンは…………。


「いえ、特にありません」

「じゃあ例の検証も取り入れて、引き続き頼むね。記憶は今回どうする?」

「不要で願います」

「ほーい」


がこん、とカプセルに覆われる。

…………ジンには、オリジナルが……人格提供者がいるのですか?



「…………」



もし「いない」と言われたら……。



「リンクスタート」



聞けなかった。

その答えを、聞きたくない。

目を閉じて、メルは次の世界へ歌を届けにいく。













わたしの歌は貴方をおくる……愛の歌。

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