3.キョーコさんと雪夜のパーティ

「……さぶい」

 マサルがぼそっとつぶやいた。

「マサル……お前、ついこの間まで『暑い』って文句言ってなかったか?」

「だったらユウタは寒くないのかよ! もう十二月なんだぞ!!」

 そうなのだ。

 あんなに暑かった夏休みはあっという間に終わり、秋の大運動会も遠足もとっくの昔に過ぎ去って、街はクリスマスのツリーやリースで派手に盛り上がっている。二学期も残りあと少し。今僕らは、夜中に家を抜け出して、キョーコさんに会いに学校へと向かっているところだった。

「オレは暑いのも寒いのも嫌いなんだよぉ~」

「お前、文句多すぎ。なあタカカズ」

 賛成してもらおうと話を振ったのだけれど、

「もーが。もがががもがががもがが」

「タカカズ、何言ってるかわかんない……」

 僕は、ため息をつきながら振り返った。何せタカカズは毛糸の帽子をかぶり、さらにコートの上からグルグルにマフラーを巻いているもんだから、顔がほとんど毛糸に埋もれてしまっているのだ。

 タカカズは、手袋をはめた手でマフラーを引っ張って、埋まっていた口を表に出した。

「『そーだ。お前は寒がりすぎだ』って言ったんだよ」

「タカカズに言われる筋合いはねーって」

 言い返すマサル。僕も、その気持ちはわかる気がする。

「オレはマサルと違って、文句は言ってな……っくしょんっ!」

 タカカズが盛大にくしゃみをし、僕とマサルは慌てて飛びのいた。

「汚ねーなタカカズ、鼻水飛ばすなよ!!」

「仕方ないだろ、オレはマサルと違ってカゼをひくんだから」

「どーいう意味だよ」

 それは多分、○○はカゼをひかない、とかいうヤツのことだと思ったけれど、マサル本人がわかっていないので、僕は言わないことにした。


「……なあんか、見るたびにエスカレートしてくわね、タカカズの格好」

 六年二組の教室で、呆れたようにキョーコさんは言った。

「ほっといてください」

 鼻水をすすりながらタカカズが言う。さすがにマフラーグルグルは外したけれど、コートも帽子も手袋もつけたままだ。それもそのはず、ただ〝室内に入った〟というだけで、温度は外と同じなのだから。〝風が吹いてないだけ外よりマシ〟、という程度でしかなかったりする。

「何で小学校にはストーブがないんだよー。幼稚園にはあったぞ」

 両手をこすり合わせながら文句を言うマサルに、すかさずタカカズがツッコむ。

「それは違うぞ。教室にないだけだ。職員室にはちゃんとある」

「ずりぃよなぁ、先生たちだけ」

「……あのさ、マサル、タカカズ」

 二人が大事なことを忘れているようなので、僕は口をはさんでみた。

「もし教室にストーブあったとしても、夜中につけたら僕らが忍びこんでるのバレるよ……」

「バレてもいい。寒いよりマシ」

 マサルがむちゃくちゃなことを言う。

「だいたい、何でユウタはこの寒さガマンできるんだよぉ」

「そーいやユウタって、寒いの平気だよな。夏は死にかけてたのに」とタカカズ。

「平気ってわけでもないんだけど……」

 単に、文句の多いマサルとグルグル巻きのタカカズを前にしてると、僕なんかが寒いと言っても仕方がないような気がするだけだったりする。

「でもさ、どうせ寒いんだったら、いっそのこと雪が降るくらいまで寒くなればいいのにな」

「あーそれ、すごくわかる!」

 僕の言葉に、キョーコさんがぱぁっと顔を輝かせた。

「ただ寒いだけだと、何かこう損したような気がするんだけど、雪が降ってると『まあいいかな』って思っちゃうのよね」

「そーか?」

 あんまり納得していないマサル。

「降るだけなら、年に何回もあるじゃん。どーせなら、積もるトコまで行かないとなぁ」

「……うーん、それは結構キツいんじゃ」

 マサルの言うとおり、僕らの街に雪が降ること自体はそんなに珍しくはないのだ。しかし、せっかく空から降ってきても、地面につくが早いか溶けてしまうので、積もるのなんていったら、

「……僕らが幼稚園のときだったっけ? 積もったのって」

「ウソ、そんなに前?」

 キョーコさんが驚く。「あんたたち、今三年生でしょ?」

「そーだそーだ、幼稚園のときだ」

 マサルがうんうんとうなずいた。「休み時間にがんばって雪ダルマ作ったのに、教室に持って入ったらすぐ溶けちゃって。あのときは泣いたなー」

「……溶けるよそりゃ。ストーブあるんだから」

 あきれている僕の横で、タカカズがぼそりとつぶやいた。

「オレがインフルエンザにかかって、半月くらい幼稚園休んだ年だな……」

 僕が何て応えたらいいかわからず困っているところへ、キョーコさんがしみじみと言う。

「うわー、もう三年も前なわけ? 毎年ユーレイやってると、そこらへんの時間の感覚もなくなっちゃうのよねー」

 ……これも、どう応えたらいいのかわかんないんだけど。

「何年かに一回、積もる年があるのよね。うん、あのときはすごかった」

 キョーコさんが、教室の窓から外に目をやる。下には、真っ暗なグラウンド。

「一晩中雪が降ってて、夜が明けたら一面まっしろ。朝っぱらからグラウンドのあちこちでみんなが雪ダルマ作っててさ、いいなー、あたしもやりたいなーって思ってたのよね」

「作ればよかったじゃん」

とマサルが言うと、キョーコさんはぱたぱたと手を振った。

「そういう器用なポルターガイストはできないんだってば。ま、木を揺すって人の頭の上に雪落とすくらいのイタズラはやったけど」

「やってるじゃないですかポルターガイスト」

 すかさずタカカズがツッコんだ。

「あとね、雪合戦に勝手に参加したり」

「『勝手に参加』って……まさか、キョーコさんが雪玉投げるの?」

「そんくらいの重さの雪なら何とかなるのよねー」

 参加者の誰も知らないところから飛んでくる雪玉――めちゃくちゃ怖い雪合戦のような気がする。

「んーでもやっぱ、雪ダルマよ雪ダルマ。あれこそ冬の醍醐味ってヤツよ」

 寒い教室の中で、こぶしを握ってキョーコさんは力説していた。


「タカカズ、今日も来なかったなー」

「そうだねー」

 どうも、夜中の教室に長い時間いたせいで、もともとひいていたカゼがひどくなったらしい。あれから何日も、タカカズは学校を休んでいた。

「ちぇー。明日土曜で休みだし、ちょっと早いけど今夜クリスマスやろうと思ってたのになー」

 今日の授業も終わって、帰り道。一緒に歩きながら、マサルが残念がった。六年二組の教室で、僕らとキョーコさんの四人でクリスマスパーティをしよう。おとといくらいからマサルはずっとそう言っていたのだけれど、とにかくタカカズが学校に出てこないので、相談ができないままだったのだ。

「全員そろわないと、意味がないよね」

 僕もため息をつく。吐いた息が、顔の目の前でまっしろになる。

「さっむー。今日、いつもより寒くない?」

「寒い寒い。死ぬほど寒い」

 相変わらずマサルはオーバーだ。「オレ、家に帰ったらコタツで寝る!」

「……ネコじゃないんだから」

 イヌが喜ぶ、あの歌が頭の中をよぎったとき。

 僕は、それに気がついた。

「――雪。降ってる」

「あ。マジだ」

 二人で立ち止まって空を見上げる。天からちらちら舞い降りてくる、白いモノ。

 雪は、僕がマサルと別れて家に帰っても、夜になっても降りやまなかった。テレビでも、天気予報のお姉さんが「明日は銀世界でしょう」みたいなことを言っていた。

 今頃キョーコさんは、教室の窓から外を見ているのかな。降りつづける雪を、一人で一晩中眺めていて――


 夜中、僕は家を抜け出して学校に行くことにした。

 いつもはマサルやタカカズと途中で待ち合わせているのだけれど、今日は約束をしていないから僕一人。雪が積もりかけている街の中は何だかしんとしてて、実はちょっと心細い。

「――くしゅんっ! ……あーあ、やっぱ寒いな」

 一人で、意味のないことをつぶやいてみる。

 積もっていると言っても二センチくらいなので、踏むとすぐに下のアスファルトが出てきてしまう。懐中電灯で地面を照らしながら歩いていると、そんな足跡が僕の前にも伸びていた。しかも、どうも学校のほうへと向かっているような……。

「あれ、ユウタじゃん」

 いきなり後ろから声をかけられて、僕はびっくりして振り返った。

「へっへー、やっぱ考えるコトは一緒だな」

「マサル。……ってことは、これはマサルじゃないの?」

「これって何だよ」

「もががも」

 聞き覚えのある何言ってるかわからない声に、僕とマサルは声を合わせて叫んだ。

「タカカズ!」

「もがもがもが」

 ミイラ男並にグルグル巻きのタカカズが、そこに立っていた。言ってることはわからないけど、ジェスチャーで「静かにしろ」と言っているらしいことはわかる。

「カゼ、大丈夫なの?」

 僕が声をひそめてたずねると、タカカズはマフラーを引っ張り下ろして答える。

「今日はもう治ってたんだけど、親がもう一日休めってうるさくて。――それよりさ、ユウタもマサルも行くんだろ、学校」

「もちろん」うなずく僕とマサル。

 学校のグラウンドから、校舎に向かって三人で手を振る。窓に人影が見えたかと思うとすぐにキョーコさんが外に出てきて、不思議そうにたずねる。

「何やってんのよこんなトコで」

「雪ダルマ作ろう、キョーコさん」

「え?」

 僕の言葉に、キョーコさんは目を丸くした。

「みんなで作れば怖くない」

「マサル。それは赤信号」

 カゼ治ったばかりだろうと何だろうと、ツッコむタカカズ。

「『雪ダルマは冬のダイゴミ』なんでしょ? 一緒に作ればできるよ」

 ――目を丸くしていたキョーコさんの顔が、ゆっくりゆっくりと、笑顔に変わっていく。

「よぉし! そうと決まればグレートなヤツを作るわよ!!」

 それから、僕らとキョーコさんはグラウンド中の雪を――といっても、地面に積もった雪は砂や土がついて汚くなるので、滑り台とか平均台とかの上に積もった雪をかき集めてきた。

 できあがった雪ダルマはあんまりグレートな大きさじゃなかったけれど、キョーコさんはものすごく楽しそうだった。


 次の日、今度は僕がカゼをひいてしまって、結局その年のクリスマスパーティはできなかったのだけれど――

 あの雪の夜のことを、僕らは〝雪ダルマパーティ〟と呼んでいる。

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僕らとキョーコさんの日々 卯月 @auduki

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