第02話:たとえ蛇足でもハッピーエンドを

 よみがえりの樹の下で歌うことがメルの日課になっていた。

 今日もセツとスノのことを想ってメルは歌う。

 ふと、メルの視界に人影がうつる。思わず歌が止まってしまう。

 慌てて逃げ出そうとする人影に向かって、メルが大きな声を上げて呼び止める。


「待って! スノさん!」


 人影がおずおずと振り向いた。赤いバケツのような帽子をかぶった女の子。


「なんで私のことを知っているの?」

「セツに聞いたから」

「セツから? お姉さん、セツの友達なの?」

「うん。私はメル・アイヴィー。よろしく、スノ」

「私、スノ・ドゥルマン。よろしくね」


 自己紹介を終えたスノがメルに近寄る。スノの背はセツよりもだいぶ小さかった。もしかしたらスノは、何年も前からタイムトラベルしてきたのかもしれない。


「ねぇ、お姉さん。またさっきの歌を聴かせてほしいな。あの春の歌、大好き!」

「うん、いいよ。だけど、その前に約束して」

「約束?」

「うん、大事な約束」


 メルはバスケットから小瓶を取り出すとスノに手渡した。


「これを、ずっと大事にして。必要になる時まで」

「これ、なに?」

「病気のお薬。スノさんと私がかかる病気のお薬」


 スノが不思議そうな顔をしながらも「うん、わかった。大事にするね」と笑顔を見せる。

 その瞬間、メルには世界が歪んだのが解った。たぶん、過去が変わったのだ。

 メルの中からセツとの思い出が消えていく。やがて全ての思い出が忘れ去れてるのだろう。セツとスノのために作ったこの歌も忘れてしまうだろう。でも、メルにはそれでよかった。それが良かった。忘れ去ったのであれば、また作ればいいのだ。思い出も、歌も。セツとスノとメルの3人で。

 だから、いまは綺麗サッパリ忘れ去ることを願い、祈り、歌う。この春の歌を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メル・アイヴィーと忘れ去る歌 ペーンネームはまだ無い @rice-steamer

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ