第七章 その3 ゆるゆるミュージアム
どうやら電話の相手は、ご当地キャラの相当なマニアらしい。
「テレビ放映されてから、ご当地キャラファンの間でえんでんおじさんが一気に拡散されて。SNSじゃすごい話題になってるんですよ」
「あ、本当ですね」
受話器を耳に当て、片手でスマホを開きながら『えんでんおじさん』を打ち込むと、ネットの検索候補がずらっと表示される。特に盛り上がっているのは短文投稿のSNSだった。
えんでんおじさんwwwwww
ご本人登場
船出市は今すぐ観光大使に任命しろ
SNSに貼りつけられたニュースの映像をほんの15秒ほど切り取っただけの動画が、放送から2時間足らずで1万回近く再生されている。驚異的なペースここまで船出市郷土博物館が広く話題に上ったのは、当然ながら初めてのことだ。
他の職員も各自でスマホの画面を開き、リアルタイムで投稿されるメッセージに茫然とする。電子機器に疎い館長も池田さんのスマホを横から覗き込んでいた。
最初は驚いて、思考の追いつかないような顔をしていた館長だったが、やがてうんと小さく頷くと好奇の目を池田さんに向け、そして両掌を合わせて頼み込む。
「池田くん、土日はずっとその格好で仕事できる!?」
「早速ぅ!?」
ぎょっと目を剥く池田さん。しかしその表情はまんざらでもない様子だった。
「はい、それではこれから収蔵庫ツアーに向かいます。みなさん床のテープからはみ出さないよう、2列になって移動してくださいね」
えんでんおじさんこと法被姿の池田さんが、小旗片手にロビーで声を上げる。そんな池田さんの前には、スマホやデジカメを池田さんに向けて、カシャカシャと連写する人だかりができていた。いずれもえんでんおじさんの登場を知って駆けつけた、熱心なご当地キャラファンの皆さんだ。若い女性からは「かわいいー」なんて黄色い声も上がっている。
「えんでんおじさん、すごい影響力ですね」
池田さんの後にずらずらと続いて、博物館の収蔵庫に消えていくお客さんたち。まだ夏休みも始まってすらいないのに、SNSの拡散力は恐ろしい。ガイドの正体を知っている私たちにとっては彼はただの35歳の独身小太り男性なのだが、お客さんにとっては船出市公認マスコットのえんでんおじさんなのだ。
「駐車場見ると本州のナンバーも停まっていました。ここからさらに話題になったら、うまくいけば全国デビューですよ」
受付の私は後ろに立つシュウヤさんに声をかける。しかし振り返った私の目に飛び込んできたのは、腑に落ちないと言いたげなシュウヤさんだった。
「ああ、来館者が増えるのは嬉しい。だけど……」
「だけど、何ですか?」
「マスコットキャラの人気で人を呼ぶのは、博物館の本来の趣旨と比べると、少し違う気もするんだよな」
こんなセリフが、子どもでも直感的に理解できるような楽しい展示を考えてきた人の口から出てくるとは意外だった。
たしかに、博物館のメインは展示物であってマスコットキャラではない。それは私も理解している。
「まあいいじゃないですか、お客さん来ないと閉鎖しちゃうんですし、来るか来ないかなら来てくれる方がよっぽどいいじゃないですか。気にし過ぎですよ」
だがしかし、私たちに課されたミッションはお客さんを1年で5万人呼び込むこと。短期間で成果を上げるためには、追い風になる材料は何でもかんでも取り込まねばなるまい。
「そう……なのかな」
いまひとつ収まりの付かない顔を浮かべながらも、シュウヤさんは無理矢理納得するように呟く。彼自身、まずは結果を出さなくてはならないことは重々承知しているのだ。
「私はそうは思わない」
だがそんな空気を一刀両断したのは、ロビーの椅子に座っていた悠里乃ちゃんだった。
「博物館はテーマパークじゃない、ここはあくまで歴史資料に触れる場所。マスコット目当てで来られるのは、心外」
私たちは言葉を失っていた。悠里乃ちゃんがこうもズバッと断言しているのを見たのは初めてだ。どちらかと言うと自己主張の弱い性格だと思っていたのに。
「悠里乃ちゃんの気持ちもわかるよ。でもお客さんが増えないことには、この博物館も潰れちゃうから」
私は慌てて悠里乃ちゃんを宥める。今日はえんでんおじさん目当てのお客さんが大半、聞こえていないとしても真っ向から否定するのは気が引けたのだ。
「でも、なんかいやだ」
そう言って悠里乃ちゃんは頬を膨らませていた。
頭ではお客を呼ぶのにえんでんおじさんが有効であることはわかっている。しかしそうなれば本当に勉強したいと思っている、いわゆる「コアな」層は満足できない。そのジレンマを悠里乃ちゃんは感じているのだろう。
シュウヤさんが複雑な表情を崩せないのも、悠里乃ちゃんと同じ気持ちだからかもしれない。
「レストランは開店準備中かぁ」
そんな中、お客さんのひとりが準備中と看板のかけられた食堂を前に立ち尽くす。悠里乃ちゃんの傍に妙な居心地の悪さを感じた私は、気分を変えるべくさっとそのお客さんの近くまで移動した。
「はい、来週にはオープンする予定です。東京のホテルで修行したシェフが、地元の食材を美味しく振る舞ってくれますよ」
「それは美味しそうだ、期待できるなぁ」
そう笑いながらお客さんはスマホを看板に向けた。描かれていた店舗のイメージ画像を撮影するためだ。
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