ACT3

『おい!乾!グズグズするな!』

 同僚たちは俺の方を見て、

(奴も気の毒に)というような、憐みとも嘲りともつかぬ嗤いを浮かべていた。

 平山先輩はいつもこの調子で新人をしごく。

 俺は聞こえぬふりをして、黙って飯をかっ込むと、食堂の椅子を蹴って立ち上がった。

その三日前、俺は入社以来初めて拳銃を持つことを許された。

探偵社に所属している時は、無論自分の拳銃なんかじゃない。

『業務用拳銃』(正式にはこう呼ぶ)は会社のもので、上役からカタログのようなものを見せられ、その中から自由に選んでいい。

無論、まだ研修の段階で何丁かを試し撃ちさせては貰える。

そうして自分に合ったものをチョイス出来るというわけだ。

平山先輩は俺に『拳銃はリヴォルヴァーを使え』と五月蠅うるさいほど繰り返した。

しかし何度言われても、俺は『自分はオートマティックでいいです』と答えた。

別にレンコン(俺はリヴォルヴァーをこう呼んでいた)が嫌いなわけじゃない。

ただ、陸自に居た頃はずっとオートしか扱ってなかった。

御存じだろうが、我が国の自衛隊の制式は『9ミリ拳銃』で、SIG220オートのライセンス品だ。


今時、警官でもなけりゃ、レンコンを持って歩いている奴なんざいやしない。

その筋や与太者、テロリストだってオートだけだ。

会社の同僚たちも殆どがそうである。

だが、平山先輩は頑なだった。

他人から何を言われようと、レンコン一本やり、それも最新式じゃない。

S&WM1917という骨とう品、それも銃身5インチだ。

理由を聞いても、

『見かけよりも中身だ』としか言わない。

 それが不思議でならなかった。

 結局、俺が選んだのが、コルト.32オートである。小型だが使いやすい、いい拳銃だと思った。

 で、その日俺は平山先輩の尻にくっついて拳銃をぶら下げて外に出たってわけだ。

 季節は12月、朝から殆ど間段なく冷たい雨が降り続いていた。

 依頼の内容?

 俺だってまだ現役だぜ。

幾ら過去の事件だからって、そう詳しくは喋れない。

 まあ、ある金融業者が命をつけ狙われているから調べて欲しい・・・・そういう筋だったとだけ言っておこう。

 で、俺と平山先輩は、篠付く雨の中、つけ狙っている男をつきとめ、彼のアパートを張っていた。

 俺は裏口、先輩は表側を見張った。

 相手はどうやら狂犬のような男で、確実に飛び道具を持っているという情報を得ていた。

 俺は雨合羽の襟を開け、懐に手をいれると、いつでも銃を抜けるように安全装置を外した。

(この雨だってのに、確か平山さん、傘も合羽も着ちゃいなかったな)俺はそう思った。

 俺は自衛隊時代、どしゃ降りの雨の中を自分の体重より重い装備を身に着けて、百キロ近い道のりを殆ど不眠不休で歩き続けるなんて訓練、当たり前のようにやってきた。

だから、今思えば自信過剰になり過ぎていたんだな。

 俺はアパートの階段を見た。

 端の部屋のドアが開く音が聞こえた。

 痩せた、人相の悪い男が、ビニール傘を持って出てきた。

 奴だ。

 と、俺の携帯が震えた。

『乾、奴だ。見逃すんじゃねぇぞ』そこから平山さんの声が響く。

俺はゆっくりと、しかし確実にアパートに近づいた。

 しかし、俺の着ていた合羽が、アパートとの境目にあるフェンスの破れ目に引っかかった。無理やり引っ張ったので、派手な音がした。

 男ははっきりとその音にきづいてこっちを凝視する。

『野郎!』

 奴は拳銃を抜いて、こっちに銃口を向けた。

 俺も応戦の為、銃を抜く。

 だが、なんとしたことだろう。

 一発目は発射した。 

 しかし二発目は‥‥発射しなかったのだ。薬きょうが遊底の間に挟まった。作動不良、ジャムというやつだ。

(しまった!)そう思った瞬間、銃声と共に俺は右の方に火のついた鉄棒を、思い切りねじ込まれたような、そんな感覚を覚え、膝をついた。

 当然、俺は自分の命の覚悟を決めた。

 やがて、二発目の銃声が耳元で聞こえた後、俺は目の前が真っ暗になっていた。


俺が目を覚ましたのはそれからまる1日後、病院のベッドの上だった。

会社の人間によれば、あの男は警察によって連行されたという。

男は腰を先輩の銃で撃ち抜かれていた。

で、俺はと言うと、右肩を撃たれてそのまま意識を失っていたそうだ。

幸い、俺もその男も命に別状はなく、その点は良かったのだが・・・・・問題は私立探偵が街中で銃撃戦をやらかしたこと、それが警察のカンに触ったらしい。

ウチの社の重役連中は警察に呼び出しを喰らい、長々と説教をされるわ、山のように始末書を書かされるわと、大わらわだったという。

しかし・・・・しかしである。

俺と組んでいた平山先輩は、何故か俺のドジを一切口にしなかったという。

(自分の責任です。)

 それしか言わず、他の一切の言い訳をしなかった。

 結局、先輩は減俸半年と社員証(探偵社に所属している時には、社員証が免許代わりになる)の停止、一時的な内勤への移動だけで済んだ。

俺はというと・・・・上司に一度だけ呼び出され、

(君もまだ駆け出しだから仕方ないが・・・・今度だけは気を付けるように、二度目はないからな)

 それでおしまいだった。

 平山先輩は、俺がまだ入院している時、一度見舞いに来てくれたし、その後職場でも何度か顔を合わせた。

 ペナルティが解けてからも、何度か組むこともあった。

 しかし『あの時』のことについてはまったく触れなかったし、訓戒がましい物言いもしなかった。

俺はその会社に7年いて、国家試験を受けて個人ライセンスを取り、独立した。

その時も先輩は

『お前は一匹狼の方が性に合ってるかもな』

『拳銃を使うなら、リヴォルヴァーにしとけよ』

と、この二言を餞(はなむけ)として送ってくれ、最後にこのおっさんの銃砲店を紹介してくれた。

平山先輩は俺と前後して退職し、田舎に引きこもって暮らしているという。今でも年賀状くらいは来るがね・・・・。

さ、俺の思い出話はここまでだ。

やだねぇ・・・・こんな話、俺もジジイになったもんだ。

しかし、まだまだ現役でいくぜ。

おっと、電話だ。

多分仕事だろう。そうあってほしいもんだ。

じゃ、な。

今日の依頼もいささか厄介だ。

俺は街に出てゆく。

古びた相棒、S&WM1917を携えて・・・・。

                           終わり

*)この物語はフィクションであり、登場人物、設定その他全ては作者の想像の産物であります。



 


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俺の拳銃(あいぼう) 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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