未来に繋ぐ

 秋晴れの朝、澄んだ綺麗な空気のなかに、騒がしい少女たちの声が響いていた。

 公園の近く、切り株のテーブルセットのある煉瓦の家の前にトラックが停まっている。

 煉瓦の壁に這い回っていた蔦は綺麗に撤去されて、外壁も屋根も綺麗になっていた。裏庭の雑草も綺麗にされて、花壇は新たな花が植えられるのを待っているかのようだった。

 トラックから、引っ越し屋の制服姿の青年たちが、大きな家具を下ろして、家のなかに運び込んでいる。

「それは、二階ですね。それは、一階です」

 テキパキと、メモを持った志穂が指示を出している。

 一階には萌花と心菜がいて、さらに細かい場所を案内している。

 二階では結人と凛子が、メモを片手に右往左往していた。

「じーちゃんとばーちゃんは、とりあえずここでゆっくりしてて!」

 サナが切り株のテーブルセットにおじいさんとおばあさんを座らせて、楽しそうに言った。

「したって、サナ、お友達さ全部やらへでいいなだぎゃ?」

「いーんだよ、ばーちゃん。大丈夫! みんな張り切ってるし、結人はばーちゃんの孫息子なんだかんね!」

「あやあ、へば、お友達さお礼さねばねんだなぁ、じっちゃ」

 割烹着姿のおばあさんは、困ったようにおじいさんを見た。頭にタオルを巻いた、日に焼けた肌のおじいさんは、おろおろしているおばあさんに、優しく「いいんだで」と言った。

「わげ(※若い)者さ任せでおげばいいなだ。大変だどこだば業者さんやってけるべし。だども、お礼だばさねばな。あどで何か出前で取るべった。サナ、父さんさ電話してけれな」

「解った!」

 サナが嬉しそうに頷くと、二階の窓が開いて、萌花が顔を出した。

「おーい、サナっぺ手伝って! 早く一段落さして、マリア様行くよ!」

 続いて心菜が顔を出す。

「そうそう! リオっちの手術始まっちゃうしね!」

「オッケー!」

 サナはそう答えると、窓を開けて一階のリビングに入っていった。


 その頃、関東のとある大きな病院で、小さな少女がベッドの上でしゅくるの音楽を聴いていた。

理緒りお、大丈夫かい?」

 病室のカーテンを遠慮がちに開いて、中年の男性が顔を覗かせた。

「大丈夫です、おとうさん」

 イヤホンを外して、にっこり笑って答えた理緒の隣に座っていた、中年の女性がそっと理緒の手を握った。

「ずっと着いてるからね」

「ありがとう、おかあさん」

 理緒は、スマホを手にとって、先日萌花から送られてきた、虹の写真を見た。左にフリックすると、五人の少女と一人の少年が、虹がうっすら見える空をバックに並んでいる写真が映る。

 最近できた、大切な友人たちだ。

 理緒は、その写真に勇気をもらうように胸に抱き締めると、両親の顔を交互に見た。

「おとうさん、おかあさん。あの、ずっと言わなくてはと思っていたことがあるんです」

「なんだい?」

 父は、柔らかく微笑んでベッドの横にしゃがみこみ、理緒と視線を合わせてくれた。

「あの、特別養子縁組で、私を引き取ったこと、その、後悔していませんか? こんな病気でマトモに学校にもいけないような、子供……」

「理緒……」

「理緒。そんなことないのよ。あなたが、どれほど私を救ってくれたと思っているの」

 絶句する父の前で、母はそう言って、理緒をぎゅっと抱き締めた。

「ごめんなさいね、不安にさせてしまったのね。私はね、おかあさんはね、あなたがいなかったら、今こうして笑ってはいないわ。きっと毎日、いろんな人たちを妬んで、恨んで、おとうさんともケンカばかりしていたわ。けど、理緒が私たちの子供になってくれたから、こうして家族になれたのよ」

「おかあさん」

「そうだよ、理緒」

 父も、真剣な目で理緒の目を覗きこんだ。

「理緒がいなかったら、私たちはとっくに家族ではなくなっていたに違いない。おとうさんとおかあさんは、理緒に感謝しているんだよ。ありがとう、理緒」

 理緒は、すうっと肩の力を抜いて、涙目で微笑んだ。

「ありがとう」

 にっこり笑った理緒を見て、父は「そうだ!」と言って手を叩いた。

「この手術が終わって、理緒が元気になったら、どこかへゆっくり旅行へいこうか! どこか、行ってみたいところはないかい?」

「本当ですかっ?」

 理緒は、目をキラキラさせて身を乗り出した。

 その様子に、少し驚いた両親だったが、すぐに嬉しそうに微笑むと「どこでも言ってごらん」と付け足した。

「だったら、その」

 もじもじしながら、理緒は、一度ちらりと手元のスマホの写真を見た。

「東北の方に行きたいところがあるんです……」



「ほえー、もう十月だってのに、今日は暑いね~」

 心菜が切り株の椅子に座ってアイスをかじりながら言った。

「いい運動したしね。本当に晴れてよかったね」

 志穂が微笑んで言う。

「これからはサナっぺとも遊び放題だね」

 萌花が「はずれ」とかかれたアイスの棒をもてあそびながら言った。

 サナは嬉しそうに微笑んで、凛子が作ってきたクッキーをかじった。

「サナ、バイト見つかった?」

 凛子が聞くと、サナはキリッとポーズを決めて見せた。

「うん、じーちゃんの知り合いの人がやってる料亭さん」

「あ、あのさ」

 結人がおずおずと声をかけると、サナがその口に凛子の作ったクッキーを放り込んだ。

「美味しい? 美味しい? どう? いいお嫁さんになりそうでしょ? 凛子と付き合いなよ!」

「サナったら、まだ言ってるの?」

 凛子が顔を真っ赤にすると、サナは、結人の肩に腕を回して、引き寄せた。

「凛子もどうよ? なかなか家族想いの優しいヤツよ! 顔もそこそこだと思うよ!」

「そこそこなの?」

 志穂がにこやかに突っ込んだ。

「いや、だから、姉さん離して!」

 結人がサナをなんとか引き剥がすと、萌花と心菜が並んで目を細めた。

「いやあすっかり家族になって。よかったですなあ、モカさんや」

「そうな。姉さんって自然に呼べてて感動だわ」

「もう! いいからさ! 父さん、もうすぐ着くって! 母さんが作ったサンドイッチも持ってくるって言ってたからさ」

 結人が顔を真っ赤にして叫ぶと、サナが「マジだ! やったー!」と歓喜の声を上げた。

「かあちゃんのサンドイッチ最高だぜ? アタシ、ツナサンドとっぴー♪」

「えっずるい! じゃあアタシたまごサンドー!」

 心菜がなぜか対抗するが、言ってから結人に向かって「たまごサンドある?」と聞いていた。結人は楽しそうに笑って「あるよ!」答えた。

 凛子は、楽しくて楽しくて、思いっきり息を吸って、思いっきり笑った。


「よし! じゃあ、奇跡のマリア様にリオっちの手術成功を祈願しにいこー!」

「おー!」

 心菜が先導して、家の前に到着したサナと結人の父が運転する大きなワゴン車に乗り込む。

 サナは凛子の手を繋いで、にっこり微笑んだ。

 凛子も、嬉しくて微笑んだ。


 空は一面の水色で、いっぺんの曇りもない。

 次の目標は、全員でお正月までにお金を貯めて、関東の理緒に会いに行くことだ。


 少女たちは、命がけで笑って、今日も全力で未来を目指す。

 繋いだ小指の魔法の有効期間は、永遠なんだ。

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キミと雨上がりを探して 祥之るう子 @sho-no-roo

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