決意の夜と波乱の朝

 結局、今日はここまでで解散となった。

 萌花は、LIOに協力していろいろ調べてみると言っていた。

 自分に、何かできることはあるだろうか。

「ねえ、お母さん」

 凛子は、夕飯のおかずを摘まみながら、上目遣いで母を見た。

「なあに?」

「あのね、私がね、小さい頃、家出みたいなことしたこと、あったでしょ? 幼稚園の頃……」

「あったわねえ。お母さん本当に心配したのよ、泣いちゃったんだから」

 母は子供がすねるような口調で言った。

「う、うん、ごめん。あの、それで、あの時一緒にいた子のこと、何か覚えてる?」

「え? ああ、見つかった時の公園で?」

「うん」

 母は困ったような顔をした。

「うーん、すごい雨で、よく見えなかったし、親御さんとも話せなかったしね。りんちゃんに、お友達かって聞いたら、初めて会った子だって言うし」

「そっか……」

「急にどうしたの?」

「ううん、ちょっとあの、もしかしたら、また会えたかもしれなくて……」

「あらあ! また会えたら素敵ね! りんちゃん、あの後、毎日毎日公園にいきたがって。あの子がいるかもしれないって、約束したんだもんって泣いてねえ」

 明るく話す母に「その子、行方不明なんだけどね」とは言えず、凛子は笑顔を作って「うん」とだけ答えた。



 部屋に戻った凛子は、ため息をつきながらスマホを見た。

 やはり、サナへのメッセージに「既読」はつかない。


「サナ」


 声に出したら、涙がこぼれてきた。

 自分は何をしていたんだろう。

 凛子は、今ほど自分が嫌になったことはなかった。

 いや、日頃から好きにはなれなかったけれど。

 だって、凛子は自分のことばっかり考えていたのだ。

 サナに嫌われたくない。

 サナに会いたい。

 どうしてメッセージ、読んでくれないの?

 どうして?

 嫌いにならないで。


 そんなことばっかり考えていたのだ。


 きっとスマホが壊れたんだ。

 また、あの家の、切り株のテーブルセットの所で会えたら、元通りなんだ。

 そうなってほしい。

 そればっかり考えていたのだ。

 まさか行方不明だったなんて。

 お母さんが亡くなってから、おじいさんとおばあさんのところで育てられて、お父さんが再婚するからって、今更呼び戻される……そんな辛い状況だったなんて。


 サナはいつだって凛子に優しかった。

 凛子を応援してくれた。

 なのに自分は。

 貰うばっかりで、欲しがるばっかりで、サナが今どこかで泣いてるかもしれないなんて、思いつきもしない。


「サナ、ごめんね。ごめんね」


 凛子はボタボタと涙を流しながら、スマホを握って、サナへのメッセージを入力した。

 届かないかもしれないけれど。

 サナが読むことはないかもしれないけれど。


『サナ、だいすき』


 もっと伝えたい言葉がある。けれどそれは、絶対に再会して、直接言葉で伝えるんだ。

 泣いてばかりではいられない。涙が止まらないなら、泣きながらだっていいから歩き出すんだ。




 翌日、凛子は志穂といつも通り登校していた。

「なんだかいろいろ起こってるはずなのに、私たちはふつうに登校してるって、ヘンな感じだね」

 志穂が力なく笑って言った。

「君!」

 凛子が「そうだね」と答えようとした時、突然、男の声が割って入った。

「君が、月沢凛子さんだね」

「へっ?」

 驚いて前を見ると、スーツ姿の中年の男性が二人の目前に立っていた。

 反射的に首をすぼめた凛子の肩を、男は両手でガシッと掴んで、大声を出した。

「サナを、サナを探しているんだ! 知っていることを教えて貰えないか?」

「へっ? えっと? え?」





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