ふわふわの中身

「サナと、海に行ったの。その時のサナ、なんだか寂しそうだった」

 ぽつりと呟くと、萌花が顔を上げた。

「さびしそうだった?」

「うん」

 凛子は、サナの顔を思い出した。眩しいけど、寂しそうな笑顔。

「行ったことのない、堤防って言うのかな? 海水浴場みたいな砂浜じゃないとこに行って、二人で海を見たの。ぼーっと見てただけだけど。ヒミツの場所だって。トクベツに教えてくれたって言ってた」

 凛子が話した内容を、萌花がスマホに入力・送信して、LIOにも共有してくれている。

「ヒミツの場所! アヤシーイ!」 

 心菜が嬉しそうに言った。

「そこでタイムスリップしてるんじゃない?」

「いや、普通に駅でバイバイしたから。ほら、海沿い通ってる電車あるでしょ? 南の方にいくヤツ。あれに乗るみたいだった」

 凛子の言葉に、志穂が冷静に「海沿いに住んでるっぽいね」と言った。

「市内にお父さんとお母さんとのヒミツの場所……なんてのがあるんだから、市内に住んでんじゃねえの?」

 萌花が言うと、うーんと志穂がうなった。

「でもそっちの海沿いの路線に乗ったら、すぐ市内から出ちゃうんじゃない?」

「うーん……」

 数秒の沈黙。それを破ったのは心菜だった。

「あー!! 電車時間ヤバイ!」

 心菜は悔しそうに「帰んなきゃ」と言った。

「じゃあひとまずここまでだね」

 そう言いながら、萌花がLIOにいったん解散することを伝える。

「ね。駅行くなら私も行くわ。弦とか買っときたいし」

「ほんとー? やったー!」

 スマホを操作しながら萌花が言うと、心菜は嬉しそうにぴょんとはねた。


 四人は心菜と萌花、凛子と志穂に別れて解散した。

 凛子と志穂はゆっくりと公園を出て歩き出す。

 志穂の家はここからだと結構離れているのだが、志穂は歩くのが好きだと言って、高校にも一時間近く歩いて通っている。

「ねえリンちゃん」

 公園を出てすぐ、志穂がそっと声をかけてきた。

「なあに?」

「サナさんのこと。何か無駄に大騒ぎしちゃってるけど、大丈夫?」

「え? 大丈夫って?」

 凛子はきょとんとした。直後、サナがこの騒ぎを知ったら怒るのではないかという考えが沸き上がってきて、血の気が引いた。

「あ……や、ヤバイかな? サナ、怒るかな?」

 あわあわとうろたえる凛子を見て、今度は志穂がきょとんとした。

「あ、サナさん? サナさんはそっか。サナさんのことは考えてなかった。私は、リンちゃんが大切な人のことで大騒ぎされて、おもしろがられてるみたいで、嫌じゃないかなって心配してたの」

「あ、私は大丈夫! 全然気にしてないけど」

「そう?」

 志穂が凛子の顔を覗きこんできた。

「う……うん」

 志穂は悩ましげに凛子の顔を見つめた。

「リンちゃんが、本当にいいんならいいんだけど」

 志穂はそう言ったあと、意を決したように、すうっと息を吸った。

「あのね、私、ちょっと前まで、自分で自分の気持ちが解らなかったの」

「え?」

「中学の時、好きな子ができて、でも告白もできなくてうじうじしてたの。それで、仲良かった女子のグループの皆に気付かれて、その男子のことが好きだけど、告白する勇気がないって打ち明けたの。そしたら、その女子グループの中の一人が、応援するって盛り上がっちゃって。でも私、本当に勇気もなかったし、うまくいかなかったり、フラれたりしたら、友達にも戻れないんじゃないかって思ってたから、何もしてほしくなかったんだ」

「う、うん。解る気がする」

 正直なところ、凛子は本気で誰かを好きになったことがなく、恋愛の話は自信がなかったが、サナに嫌われたくない気持ちに近いような気がした。

「でもね、応援するって言ったその子、私が彼のこと好きだって、クラスの別の男子に話しちゃったの」

「へっ?」

「すごく口の軽い男子に話したから、もうひどいことになって。ある日学校に行ったら、大声で『お前アイツのこと好きなんだろ!』って言われて『付き合っちゃえよー』って大騒ぎされたの。

 一応、その男子に話した言い訳はね、私の恋を邪魔しないように他の男子たちに話しとくべきだと思ったって言うの。信じられないでしょ」

「うん。信じられない。てゆーか意味わかんない」

 凛子はあぜんとした。仲良しの友達のヒミツを暴露するなんて、凛子にとっては自殺行為にしか見えない。

「で、結局、私が好きだった男子はすごく怒った。勝手に騒いでんじゃねえって。もう口も聞いてもらえなくなって、そのまま卒業しちゃった」

「そんな……高校は別々なの?」

「そう、違うの! でもね、もっと信じられないのはこっからなの!」

 志穂は普段のおっとりした雰囲気とは打って変わって、大きく腕を振って熱弁している。

「私の片想いを暴露した女子、その子、私が好きだった男子と同じ高校に行って、付き合ってるの!」

「……え?」

 凛子の頭は全くついていけなかった。

「だから、付き合ってるの! 私の片想いをぶち壊したヤツが、私の片想いの相手と! しかも、毎日にようにラブラブ画像送ってきたの!」

「えええええ?」

 サイテーだ。

 凛子はそう思った。なのでそのまま「サイテー」と呟いた。

 まさかそんなマンガの中の悪役みたいな女子が自分の暮らすこの街にいるとは、凛子は思ってもみなかった。

「サイテーでしょ! でも私もバカで、毎日毎日その画像受け取って、何も返信できないまま、悶々としてたの。それで、ゴールデンウィークくらいにお腹痛くなって、ストレス性の胃腸炎だって言われて」

「ああ! そう言えば、志穂一週間くらい休んだことあったよね。あの時の?」

 五月のゴールデンウィーク明けに、志穂も休んで、萌花も休みがちで、お昼に一人になることがあった。その時、心菜が声をかけてくれたのだ。

「そう。その時ね、通ってた病院のロビーでココちゃんに会ったの」

「え? ココに?」

「うん。ココちゃんの妹が足のケガで同じ病院に通院してるんだって。ココちゃんの妹、まだ小学生で、お姉ちゃんと一緒じゃなきゃ行かないって泣いたんだって」

「へえ」

 凛子は心菜に妹がいることは知っていたが、普段の破天荒な姿を見ていると、「おねえちゃん」をしている心菜を想像しにくかった。

「でね、その、ココちゃんに会った時、私、ちょうどそのイチャイチャあてつけ画像見てたとこだったんだよね」

「ええっ! 病気してる時まで送ってきたの?」

 恐ろしい嫌がらせだと凛子は戦慄した。

「うん。そうなの。そんでそれを律儀に見てる私も私なんだけど。そこで、ココちゃんに何見てんの? って声かけられて。で、説明しようとしたら、まだ何も言ってないのに、涙が出てきて止まらなくなっちゃったんだ」

 凛子は、志穂が泣いているところを見たことがなかった。だが、その姿を想像したら胸が締め付けられるような感じがして、同時にその嫌がらせ女子に対するものすごい怒りが込み上げてきた。

「ナニその子! ホント信じられない! 許せない!」

 思わず凛子が声を荒らげると、志穂はちょっと驚いた顔をしてから、にっこりと微笑んだ。

「ありがとう。ココちゃんも、そうやって怒ってくれたんだ。それで『そのオンナのせいでストレスたまって病気までなってんじゃん! 今ここで絶縁すべきだよ!』って言い出して」

「ぜつえん?」

 さすが心菜は過激派だ。だが、凛子もそんなヤツとずっと仲良くするなんて、地獄だと思う。

「そう言われてさ、私ね、ようやく自分が嫌がらせされてて、それでストレスたまってたんだって、気付いたの。本当に自分でもバカだと思うくらい、遅いけど」

 力なく笑う志穂は、それでもどこか明るい声で言った。

「それで、ココちゃんが今すぐ電話だって言い出して。強引にその子に電話させられちゃって。そんで、電話が繋がるなり『もしもし? 志穂のトモダチだけど!』って、もうすごい勢いで」

「ああー」

 凛子は怒って捲し立てる心菜が目に浮かぶようだった。以前、クラスの男子に激怒した心菜を見たことがあったが、それはもう、相手を小バカにしたような嫌味と、罵倒をうまく混ぜ合わせ、相手を煽っては叩き潰すような苛烈なもの言いだった。

「アンタ、自分がブスで志穂に勝てないからって、ズルいことして奪ってさあ、挙げ句に毎日見せびらかすとか、何なワケ? どんだけブスなワケ? ブスってのは、心だからね! 内面ブス! ……って感じで」

 志穂が心菜のマネをした。そっくりだったので、思わず笑ってしまった。

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