青空と動物パレード

 萌花との待ち合わせ時間は、萌花から返信が来てから考えようということになったところで、バスは動物園のエントランスに到着した。

「さっ! こっからどうしたの?」

 学生証を提示して、エントランスを通りすぎると、心菜がピョンと跳ねてそう言った。

「へっ?」

「未来人と来たときだよ! おーんなじよーうに見て回ったら未来人の目的が解るかもしれないでしょ!」

「ココちゃん……もう未来人決定なの? てゆーか、動物園に来る目的って、動物を見るためでしょ……」

 心菜がぷーっとほっぺを膨らませる横で、志穂が苦笑いを浮かべた。

「えっとね……最初に動物パレードを見たよ」

「それだー! 早速見に行こう!」

  そう言った心菜が適当に前方を指さした時、頭上のスピーカーからチャイムが鳴って「まもなく動物パレードが始まります」というアナウンスが流れた。

 志穂が目の前にあった案内板を見て、パレードが行われる場所を確認する。

 動物園の敷地は山の斜面をそのまま活用したような作りになっており、エントランスが一番高い位置にある。

 凛子たちの眼前には大きな階段と、スロープが広がっていて、それらを下りた先にはいろんな動物たちの展示スペースが待ち構えている。

 凛子はあの日、サナと手を繋いで駆け下りた階段に、そっと踏み出した。


 動物パレードは、前回凛子が見たものと同じだった。

 最初に動物園のキャラクターの着ぐるみが歩いてきて、その後ろにヨチヨチ歩きのペンギン、ミニホース、ラクダに、フクロウや鷹などの猛禽類、オウムなどの鳥や大きな白いヘビも、飼育員さんたちと一緒に百メートルほどの短い道のりをゆっくり歩いていった。

 ゴール地点の小さな野外ステージの周辺で、動物たちと記念撮影ができる。

「行こう~!アタシ、フクロウとヘビと写真とりたーい!」

 心菜はパレードの最中終始楽しそうにはしゃいでいたが、記念撮影ができると知ると、大喜びで駆け出した。

「ココちゃん、もう普通に楽しんでるね」

「アハハ……でも楽しそうなココって、いいよね。元気が貰えるって言うか」

 凛子が微笑むと、志穂は小首を傾げて少し心配そうな顔をした。

「リンちゃんも、楽しい? 明日も法事なんでしょ? 無理してない?」

「えっ? 大丈夫、楽しいよ」

 凛子は慌てて両手を振って否定した志穂は数秒間、凛子の顔を見つめてからふう、と息を吐いた。

「それならいいけど」

 志穂はそう言うと前をみ見た。

「無理はしないでね?」

 小さな声で呟いて、志穂は心菜のもとへ走っていった。

 凛子は、嘘をついたつもりはなかった。本心でそう言ったつもりだった。

 なのになぜか、少し息が苦しくなった。

「凛子ー! 早くー!」

 心菜がフクロウと写真を撮る人たちの列の一番後ろで、満面の笑みで手を振っている。志穂も。隣でにこにこしている。いつも通りの笑顔だった。

 凛子は少しほっとして、駆け出した。


 三人はフクロウやミニホースなどと写真を撮って、のんびり椅子に腰かけてソフトクリームを食べていた。

「ココちゃん、蛇怖くなかったの?」

 志穂が、スマートフォンの中の、大きな白蛇を首にまいた心菜の写真を見ながら言った。

「かわいいじゃん! お腹とかふくふくだったよ~。触れば良かったのに!」

 心菜が目をキラキラさせてこちらを向いたので、凛子はたじろいだ。

「ふ、フクロウも可愛かったじゃん、ね」

 凛子はフクロウと撮影した画像をスマホに表示した。スマホを操作する自分の、肌色の爪を見て、サナがぬっていくれたネイルを思い出した。

 あの日青空に映えるビビッドイエローのネイルで、二人で手を繋いでいた。

 凛子は祖母の葬儀のお通夜のときに、母にいわれてあのイエローのネイルを洗い落としてしまった。葬儀にこのネイルではダメだと言われた。それは何となく解る。

 解るが本当は嫌だった。

 サナが分けてくれた色が落ちてしまった自分の手を見ていると、無性に寂しくなった。

「ところで、リンちゃん、このパレードやってるって前から知ってたの?」

 志穂に聞かれて、凛子は慌てて顔を上げた。

「あ、ううん。私もサナも知らなかったけど、来たらちょうどやってて……」

「あ、じゃあ、サナさんもパレード見るために動物園来たってわけじゃないんだね」

 志穂がそう言うと、心菜はハッとして自分の膝をぺしぺしと叩いた。

「忘れてた! そう! 未来人よ!」

 大声でそう言った心菜は、勢いよく立ち上がると、凛子の正面に立って、凛子の肩を両手で掴んだ。

「次は? パレードの次はどうしたの?」

「あ、あの、えっとね、サナ、オオカミが見たかったんだって」

「オオカミ?」

 心菜はいぶかしげな顔になって、志穂の方へ向き直ると「オオカミいる?」と聞いた。

 志穂は、首を傾げて「さあ」と答えた。

「うん、いるの。白いオオカミ」

 凛子が、オオカミのコーナーがある方を指差しながら言うと、心菜は急に嬉しそうな顔になった。

「白いオオカミ? カッコイイ! 行こ行こ!」

 心菜は志穂と凛子の手を引いてはしゃいだ。

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