届いた音

 駅前のバスターミナルに着くと、志穂がもう来ていて、バスの時刻表を確認していた。

 バスの本数も決して多くない。逃したら一日の予定が大きく狂ってしまう。

「おはよう、リンちゃん」

 志穂がにっこり笑って声をかけてきた。学校と違って髪を下ろしていて、ストレートのロングヘアが大人びて見えた。

 白いキャミソールと、黒に大振りな花柄のワイドパンツ、上に五分袖の透ける素材の白いガウンを羽織っている。服装も大人っぽかった。

 いつもと変わらないのは、眼鏡だけか。

「おはよう」

 弱々しく笑って返事をすると、すぐに志穂が駅舎の方を見た。つられてそちらを見ると、駅から心菜が手を振って駆けてきた。

 心菜はブラッドオレンジ色のシャーリングが入ったティーシャツに、ウエストからタッセルがぶら下がった、ネイティブアメリカンを思わせるマルチボーダーのショートパンツで、しっかりとメイクもしてあった。

 凛子には二人が眩しく見えた。


「おはよ! 学生証持ってきた?」

 合流するなり心菜が言った。

 小高い山の上にある動物園は、高校生以下は無料で入園できるのだ。ただし、中学生と高校生は、入り口で学生証を提示しなくてはいけない。

「持ってきたよ」

 志穂がにっこり笑って答える。凛子は頷いた。

「私、動物園、久しぶり」

 志穂が微笑んだ。心菜も明るい声で「私も!」と答えた。

 凛子も、サナと行った時は小学生以来だった。

「どんなだっけ? 忘れちゃった」

 志穂が凛子を見て言った。

「思ったより楽しかったよ」

 答えながら、凛子は「サナと一緒だったからかもしれないけど」心の中で付け足す。

「動物パレードとかやってた」

「えー、ナニソレ!見た~い」

 心菜が目を輝かせる。

 そうこうしているうちにバスが来て、三人は揃って乗り込んだ。


 バスは少し混雑していたが、なんとか二人は座ることができた。

 一列に並んだ一人掛けの椅子の前側に志穂、後ろに心菜が座り、二人の横に凛子が立つ形だ。

 バスが発車するなり、心菜が口を開く。

「シホ、昨日のライブ聴いた?」

「うん。モカちゃんのでしょ?」

 志穂の言葉に凛子は目を見開いた。

 心菜だけではなく、志穂も萌花のライブ配信を聞いていたというのか。

「シホも、モカのライブ聴いてたの?」

「うん。アカウント作ってないから、コメントとかできないけど、聴いてたよ」

 LANE LIVEはLANEのアカウントと連携するか、新しくLIVE用のアカウントを作るかしないと、コメントを送信したり、自分の映像を配信したりはできない。ただし、聴くだけ、見るだけはできるのだ。

「えっえ……あの……どうして?」

 戸惑う凛子に、心菜は目をキラキラさせて答えた。


「アタシ実はさ、ライブ配信興味あったんだ! 『歌ってみた』ってヤツ! やってみたいけど、勇気もないしなーって思ってたんだよ!」


「へっ?」

 思いもよらない心菜の解答に、凛子は驚いた。同時にバスが大きく曲がり、凛子は少しふらついた。その凛子の右手を、心菜が両手で掴んだ。


「ね、今日さ、この後さ、モカチャン呼べないかな?」

「えっええっ?」

「ギター超カッコよかった! あんなスゴいことできるコ、同じクラスにいたなんて、マジカンドー! いろいろ聞きたいし、仲良くなりたいし、あわよくば一緒に配信したいじゃん! あ、これはナイショね!」

 混乱する凛子を尻目に、心菜は百面相で楽しそうに話している。志穂もにこにこと微笑んでいる。

「ほ、ほんとに?」

「え? 何が?」

「ほんとに、その、モカのライブ、気に入ったの?」

 凛子の胸はドキドキとうるさく鳴いた。

「気に入ったも何も、超カッコよかった! さっきも言ったけど、もっと早く知りたかったよう!」

 そう言って、口を尖らせる心菜を見て、凛子はほうっと大きく安堵のため息をついた。

「――よかった。嬉しい!」

 凛子はひとつの不安から解放されて、涙が出そうなほどほっとしていた。

 同時に、楽しそうに笑い合っている心菜と志穂に、一瞬でも疑ったことを心の中でこっそり謝った。

「じゃあ、モカにLANEしておくね!」

「ありがと~凛子~!」

 心菜がおおげさな身振りで喜んだが、凛子は萌花に送るLANEの文章をどうするか悩んでいた。

 昨日の萌花の冷たい視線を思い出すと、誤解や不安を与えずに、心菜と志穂の気持ちを上手に伝える自信がなかった。

 悩んだ末に、凛子は『今日の午後、家の近くの公園で会えないかな?』とだけ送信した。

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