遺言と幽霊

いある

僕が死んだらさ

 僕が死んだら、こうしてほしいっていうのが遺言なわけだけどね。皆は何を書くんだろうね。ああいや、遺産だとかそういう形式的なものじゃなくってさ。なんて言うんだろう。そう、最後の置手紙…みたいな。生きている者、つまりは自分が残してしまった相手に対しての一方的なメッセージさ。例えば『貴方がこれを読んでいる頃には…』なんて初めても面白いし、端的に伝えるのだってそれはそれでいいものだろう。遺言書にセンスを求めるのもそれはそれでどうかと思うが、最後くらい別にいいじゃないか。ともあれ、僕は三日前に命を落とした。これは確定したこと。僕の意識があるとか無いとか、そんなことは些事でしかない。

 。誰が何と言おうとね。それで死んでからどうなったかっていうと、どうもなってないんだよ。体がなくなったってこととほかの人から気にしてもらえなかったこと以外はまるっきりすべて一緒なんだ。恐らく今の僕を形容するなら幽霊だ。他の幽霊には出会ってないし、いるかどうかも分からないんだけど、もし僕と同じように今まで死んだ人たちが全員幽霊になっていると仮定すればもはやそれは世界中のどこの場所でも心霊スポットさ。人類が誕生してから何人の人がなくなってきたと思うんだ。この一瞬にも君の目の前を実体のない得体のしれない幽霊が通り過ぎているかもしれないんだ。でもそれは恐れるべきことじゃない。そもそも身体を失っている時点で幽霊は人間に干渉できない。いやまぁ絶対にとは言いませんが。平将門さんみたいに凄まじい怨念をお持ちの方だっていらっしゃいますし。ともあれ一般的にはそういうことは在り得ない。大方祟りや呪いなんかはそれらがあると信じ込んでいる人間特有のものだ。そうでなきゃ単なる偶然。例えば僕の恨んでいる人間がたまたま事故で死んだとする。不自然な事故だ。そうすると僕とその相手の関係を知っている者の一人がこう言うんだ。「もしかしたらこれはアイツの呪いじゃないか」ってね。そうすると僕が恨んでいる他の人達はこう思うわけ。「次は俺じゃないか」って。そうすりゃ後は簡単さ。世界中の自分へのどんな些細な不利益でさえも呪いだと感じるようになり、しまいには疑心暗鬼になって何も信じられなくなる。精神を呪い殺すのはいつだって思い込みであり、どんな間接的な要素が加わったとしても最終的に自らの心に刃を振り下ろすのは自分自身だ。呪いってのはこうして生まれると思うね。いるだろう?昨今のジャーナリストや政治関連の人間にも。あんまり政治とかデリケートな話はしたくないんだけど、相手を貶めることが目的になって国を良くしようとしている人間がほとんどいないように感じるね。プライドとプライドの押し付け合いみたいな。中学生の方がまともに議論はできるっての。そのなかで気に入らない奴を貶める手段として、また自分の都合のいいように世間を操作しようとする行為が何かわかるかい?偏向報道なんて最もたる例さ。都合のいい一面だけを大々的に取り上げて大袈裟に騒ぐ。そうすると大衆はそうなんだろうなとしか認識できない。

 ま、人間ってそういうものなんだよ。幽霊としてしがらみから解き放たれた僕からすれば実に馬鹿なことをしているし、自分自身していたな、って思うよ。

 でもそうしたバカみたいなことに一喜一憂できるのは生きている間だけなんだって分かったんだ。フェイクニュースに踊らされることも、真実を追い求めることもね。だからこそ君には僕が居ないというシチュエーションで最大限人生を満喫してほしい。もちろん生きることに意味を見いだせなくなったり、死んだ方が楽だと心から思えるなら全力でそいつに復讐してから死んでもいいと思うけど。

 まぁ何にせよ生きているうちは興味のあることないことなんだってやってみるべきだ。生者に与えられた特権をみすみす投げ捨てるのは実にもったいない。楽しむのも悲しむのも、苦しむのも、喜ぶのも、嘆くのも、憤るのも、笑うのも、泣くのも、叫ぶのも囁くのもぜーんぶ生きてる奴にしかできない。

 まぁその割合は人によりけりだろうけどね。苦しいばかりの人生だってあるだろうし、一生遊んで暮らすような奴もいる。状況を変えたいと思うならできる限りの努力はするべきだ。要するに人生を少しでも幸せなものにしたいなら君は僕の事なんて忘れるべきだし、なんなら僕より本気で愛せるような人を見つけて結ばれるがいい。そうすることが君にとっての幸せだと思えるなら僕は何も文句は言わない。いや、言えないんだけど。正直そうなったら悔しいだろうけど、僕のことで百年泣かれて死なれるより何っ倍もうれしいね。好きな人は自分のものじゃなくなったって素敵で最高なんだ。

 例え数日でも、数か月でも数年でも。君と結ばれて僅かにでも君と足並みをそろえて歩けたという事実は少ない僕の人生において最高の思い出だ。そんな風に思える人が僕以外にできたのなら二人で幸せになってほしいな。

 その相手が僕みたいな男の人じゃなくたっていい。そこに愛があれば相手が男性でも女性でも、子供でも大人でも、それこそ人間以外にだって結ばれるべきだし結ばれてほしい。

 …言ってて悲しくなってきたから他の話をしようか。別に恋人を作る必要があるわけじゃないんだ。一緒にバカやれる友人でも、信頼できる上司でも、可愛い後輩でもなんでもいい。もちろん極論一人だってかまわない。それが君にとっての幸せだったらね。ゲームに明け暮れてもいいし、ギャンブルで負けたっていい。毎日が退廃的でもそれはそれで僕からしたら死ぬほど魅力的だ。もう死んでるけど。

 まぁ長々と続けたけど僕が言いたいことはただ一つ。

 最後の最後まで、極限に至るまでは『生きること』を諦めないでほしい。自殺するななんて無責任なことは言わないよ。学校の先生でもカウンセラーでもないんだから。でも、生きてなきゃできないことがある。死んだらできないことがある。それだけは忘れないで。




 …そう、こんな風に伝えたいことが山ほどあっても、僕の声は一言たりとも君の耳には届かないんだから。

 もっと君に言えばよかったね、大好きだって。幽霊にできるのは後悔だけなんだよ。

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