16.大江戸大改革のための金儲け開始!

「ロシアとの交易にはいいと思うのです」


 平賀源内のおねだりをスルーして俺は田沼意次に言った。

 源内はなんかパソコンを勝手に弄って「ほう、なるほどねぇ」とか言っているけど……


「土岐殿が言うのであれば、やはり進めるべきか」

「そのようですな。父上」

 

 平賀源内は気になるが、まあパソコンを壊すことはないだろう。

 とにかく、俺は田沼意次との話に集中する。


 ロシア交易―― 鎖国の問題。

 このあたりは、京子と朝まで色々話をしていた部分だ。


「松前藩の扱いをどうしますか? 田沼様」

「ぬぅっ、やはりそこか――」


 松前藩は北海道に配された大名だ。

 唯一領地から米がとれないという大名。

 その代わりに、アイヌとの交易の特権を与えられている。


 松前藩は、他藩の者が、蝦夷地に入ってくるのを警戒していた。

 自分たちの権益を侵される危険性があると考えていたからだ。

 米のとれない、松前藩にとっては、アイヌ交易が命綱だ。


「松前藩をロシア交易から排除して幕府独占に動けば、彼らは反田沼派になるでしょうね」

「で、あろうな――」


 アイヌとの交易では、結構日本は酷いことをやったと伝えられている。

 それは一面事実だろう。

 しかし、その一方で、北方にやってきたロシアは、更に彼らに重圧をかけた。

 北方のアイヌたちが、松前藩の方に逃げてきたという事実もあるくらいだ。


 この時代、組織的な武力、抵抗力を持たない民族はやられたい放題なのだ。

 まさしく世界は弱肉強食―― それは、イギリスの台頭でピークを迎える。


「父上、蝦夷地はロシアに対する天然の障壁であると―― そのように説く物もおりますが」


 息子の田沼意知だ。

 七年とはいえ、父親との情報ギャップはあるようだ。


「原生林とか自然の障壁となる地形だけでは守れないでしょうね――」


 俺は言った。その時に――


「おお! これが二三〇年後の日本かい? 素っ頓狂な格好してよぉ―― 建物が城よりでけぇぞ…… すげぇ、二三〇年後かこれが…‥行きてぇ――」


「源内さん…… なにしてるの?」


「なんか、いじってたら出てきたぜ。これが二三〇年後の日本かい?」


 マジかよ……

 何をどう弄ったのか知らないが、現代日本を教えようと思って入れてあった動画を起動しやがった。

 平賀源内。ヤバすぎる。


「ちょっと、源内さん。これ使いますから」


 そう言って俺は源内からノートパソコンを取り上げる。

 ゲームを取り上げられたような中学生みたいな顔で俺を見つめる平賀源内。

 

「とにかくですね…‥ あった」


 俺は自分で入れてあった世界地図を開く。

 メルカトル図法でロシアの巨大さが強調されているのも好都合だ。


「これは? 土岐殿」

「これは、世界地図です。意知殿。これが、ロシア。で、これが日本で、これが蝦夷地」

「ぬっ、こ…… この芥子粒ようなものが蝦夷地……」


 目を丸くして見つめる田沼意知。

 ああ、真っ当な江戸人だ。一八世紀の人だと俺は安心する。

 いや、多分、この人も優秀なんだとは思うけど。


「ロシアの広大さは聞き及んでいたが…… これほどか……」


 情報で七年のアドバンテージを持っている田沼意次も呻くように言った。

 まさに、百聞は一見にしかずだ。高緯度地方が大きくなってしまうメルカトル図法だけど。


「これだけの広大な土地を東に向かって制覇してきたのが、ロシア帝国ですからね――」


 俺はヨーロッパから極東までマウスポインタを動かす。

 そして、蝦夷地の周りでクリクリポインタを動かす。

 その大きさの違いは一目瞭然だ。

 

 つまり、蝦夷地を開発しようがしまいが関係ない。

 もしロシアが侵略意図をもって大軍が攻めてきた場合、そこにいかに兵力を効率的に送り込めるかが問題だった。

 明治以降の「屯田兵」なぞまさにそれだ。


 要するに、開発した方が輸送もしやすいし、日本にとっては防衛しやすいのだ。


「ん…… 蝦夷地とオロシャは、地続きじゃねーんだ」


 平賀源内が言った。いくら天才でも知らないことは知らんのだなと思ったら――


「結局、海路をどう維持するかが、日本にとっちゃ最重要なんじゃねぇの? この地図を見た限りではよぉ」


 アンタ…… 何者だよ。

 林子平が「海国兵談」でその結論に至るまで、何年かかっていると思ってんだよ。

 どんだけチートなんだよ……


「そうなのか? 土岐殿」


 田沼意次が訊いてきた。

 

「確かに源内殿が言うように、海軍―― つまり海上で侵攻の意図をもった者を阻止する力。それを持つのは重要です」

「水軍か…… これまた、金のかかりそうな……」


 田沼意次が「ぬぅっ」という表情で腕を組んで考え出した。


「そいつは、オレと土岐殿がなんとかするさ。なあ、土岐殿」

「え…… まあ、そうですね。その準備は必要でしょう」


 田沼意次はジッと考え込む。そして口を開いた。


「ロシアとの交易は出来る。そして、蝦夷地の開発がロシアの防壁を壊すという話は論外。そもそも防壁にはならぬか……」


「そうですね」


 田沼意次は口に出すことで、自分の考えをまとめ、誤りがないかどうか確認しているようだった。


「本気で守りを考えるなら、水軍が必要となるか――」

「効率的な防衛をするならですね。最終的にはそれが一番、お金がかからないでしょう」

「で、あるか――」


 そう言って沈思する。田沼意次。

 

「更に、ロシア交易のためには松前藩を取り込む必要があるということか」


「敵は作らない方がいいということですよ。これ以上」


「そうだな。ワシはちぃと、敵を作りすぎた……」

「父上……」


 田沼意知が絞り出すような言葉を吐いた。

 彼は七年後に、その「敵」に暗殺されてしまうからだ。


「松前藩はともかく、水軍の整備が必須か…… これもまた難儀よ――」


 江戸幕府は船の大きさを制限して巨大な船を造らないようにしている。

 かといって、造船技術が停滞したわけでもない。

 国内の輸送に最適化された「和船」が大量に造られる。

 これは、沿岸航行で、国内輸送を担うという面からみれば、かなり最適化された船なのだ。


(しかし、海軍の整備か…… 一朝一夕にはいかんだろそれは――)


 俺の頭の中には近代の船舶の知識もある。 

 しかし、現時点の江戸の社会資本では造れたとしても、維持が大変だ。

 国防体制の構築は難問だ。

 このあたりは、京子ではなく俺の専門に近い……

 

 幕府の財政が安定し、通商国家として、日本が世界の覇権を握るなら、それに見合った海軍力は必須になる。

 将来の話ではあるが――


「ま、オロシャとの交易―― それも突き詰めれば金がないから。しかし、始めるには金が必要―― 事業ってのはそんなもんですぜ。田沼殿」

「山を掘るのと同じか」

「オレが大山師なら、田沼様は大々山師ってことになりやすぜ。国を変えちまう大々山師だ」

「いつも、ソチは面白いことをいうのぉ、源内」


 田沼意次は、口元に笑みを浮かべながら言った。 

 

「まあ、その辺りは、田沼殿の力量次第。こっちはこっちでやることをやると―― ねぇ、ワタル殿」

「へッ?」


 いきなり話を振られた。


「だからよ、金儲け―― 事業だ。どでかい仕事やりあいいんだよ。俺らでな」


 それは言われなくともそのつもりだ。

 金は稼ぐ、でもってそれで田沼政権を支えるつもりだ。

 田沼政権以降は、日本を変えるチャンスは幕末の強制開国まで無いわけだから。


 ロシア交易が成功すれば、その後の日本は大きく変わる可能性大だ。

 要するに、開国が五〇年以上は早くなるってことになる。


 田沼意次は工藤平助の「赤蝦夷風説考」読んで、蝦夷開発、ロシア交易を計画したといわれる。

 本当は天明元年(1781年)に完成する本であり、安永八(1779年)時点では影も形もない。

 失脚寸前の未来からやってきた田沼意次だからそれを知っているのだ。

 

 田沼意次が目指した日本改革プランはいくいかある。


・印旛沼、手賀沼の開拓

・幕府中央銀行「貸金会所」の設立

・蝦夷地開拓

・ロシア交易


 俺の地元である千葉県の「印旛沼」、「手賀沼」は暴風雨でとん挫。

 飢饉対策として考えられた「貸金会所」は発展すれば中央銀行として様々な産業への投資が可能になる機関だった。

 蝦夷開拓とロシア交易はワンセット。

 蝦夷で取れるモノで、ロシアと交易して国富を増やす。


 しかし、どの問題も根本的には「資金調達」の問題に行きつく。


 京子の話よると「当時の幕府の政務予算はだいたい13万両」だそうだ。

 徳川家とか、直参に払う人件費を除き、実際に政権が使用できる予算だ。

 たったこれだけの話を聞きだすのに京子は「キスして先輩ぃ~ ああん、ベロチュウしてくれるともっと教えちゃいます。先輩、京子のことも色々教えちゃいます♥」と言った。

 当然、丸めた雑誌で頭を叩(はた)いたが。


 とにかく、金が無くては身動きではできない。

 印旛沼の干拓事業も三谷三九郎という豪商に資金面で依存していた。

 二〇万両が用意されたといわれている。


 そして、蝦夷開拓ともなると、費用だけでもその数倍はかかるだろう。


 松前藩をどう扱うか、対ロシア抑止力の抑止力をどうするのか?


 戦争するためではなく、しないための抑止力は必須だ。


 世界は弱肉強食の食うか食われるかの時代なのだ。


「金―― 要は金か――」


 結局、結論はそこに行きつく。


「ま、そういうことだな。オレもそれで大分苦しんだしよぉ。本業の研究費稼ぎのため、片手間だった戯作が忙しくなったりとかな。そんなに当るとは思ってなかったが、やっぱ、天才すぎたなぁ、オレは――」


 現代のネットで言えば炎上確実なことを源内さんが言っている。

 ワナビの怨念を集めそうなことをサラリと言ってのける。素敵すぎる。惚れそうだ。

 まあ、それだけの天才だけど。


「田沼殿――」

「土岐殿」


 政治には金がかかる。事業にも金がかかる。

 日本を改造するのは、莫大な金がかかる。

 原資が絶対に必要なんだ。

 そして、俺はそれを作りだすことができる。


「田沼殿の改革事業の全てを支える金は俺が作ってみせますよ」


 それくらい出来ないんじゃ、日本の近代化促進。

 そして「パックス・ジャパーナ」の世界を創るなど、夢のまた夢になる。

 二三〇年のアドバンテージがこっちにはあるのだ。

 絶対に出来る。

  

 そして、これはほんの序盤だ。


「やりますよ―― 絶対に」


 俺は再び小さくつぶやいたのだった。


        ◇◇◇◇◇◇


「結構、重ぇもんだなぁ」


 平賀源内がリヤカーを引きながら呟く。

 俺は後ろから押しているのだ。

 リヤカーには、一〇〇円ライターと腕時計、そしてパソコンとプリンター、発電機と燃料が積んである。


 田沼様の江戸屋敷に部屋をとってもらい、そこで泊まることも考えた。


 しかし―― 

 平賀源内が「ワタル殿、すぐに商売始めるぜ。なーに、これだけの宝の山だ。いくらでも金になるぜ」と言って俺を連れだしたのだ。

 すでに陽は落ち暗くなっている。

 現代の人間ではちょっと想像できないくらいの夜の暗さだった。


 ただ、見あげると、降ってくるような星空。そして月――

 夜天光の光は、俺が今まで見たことのないモノだった。

 日本の夜空には、こんな星が見えていたのだ。


「オレも最近、引っ越ししてよ。結構広えぇ屋敷だぜぇ。買ったんだがよぉ、それも格安!」


「そうですか……」


 知ってますよ。それ――


 高利貸しを副業にしていた浪人の家。

 でもって、その浪人は切腹して自殺。

 その後に、正式な本業の高利貸しが住んで、これが幕府に捕縛される。

 首つり続出のあまりにアコギな取り立てをしたためだ。

 で、金貸しは流刑先で死ぬ。その息子は井戸に身を投げて死んだという物件。

 

 隠した金を求める金貸しの幽霊が夜な夜な出現する評判の物件。


 現代であれば「〇島てる」にバーンと掲載されるような事故物件なのだ。

 

 それを格安で買って住んでいるのだよ。この源内さんは。

 二一世紀人のとして俺が「幽霊」を信じているわけがない。

 ただ、科学万能の思考に囚われれば「現在の俺の状況はどうなのよ?」って話にはなる。

 とりあえず、それは心の棚に置くのだ。つまり「俺は幽霊」は信じない。

 

 しかし――

 不吉な家になったのは事実なのだ。 


 俺はここまで平賀源内に黙っていることがあるのだ。

 今年の冬――

 十一月か…… 

 この源内はその屋敷で刃傷沙汰を起こす。

 で、自首して入牢。

 そして翌年早々に死んでしまう。自殺説もある。


 刃傷沙汰の原因は、色々な説があるのでここでうかつな事もいえない。

 また、アゲアゲになっている気分を害するのも良くないような気がする。

 まだ数か月ある。もう少し見極めてから、きちんと言った方がいいと思うのだ。


 それでも夏の内には言っておくべく気だろうけど。


「ん~ この懐中電灯もいいぜぇ。こりゃ、オレ、作れそうな気がする――」

 

 懐中電灯を握りこんでリヤカー引く源内さん。


「ところで、一〇〇円ライターと腕時計、どうやって売ります? 源内さん」


 俺は自分で「前を引きたい」と言ってきかなった源内さんに言った。


「ああ、明日よ、蔦重のとこ行くぜ」


「つたじゅう?」


「蔦屋重三郎だよ。なんだ、チンケな野郎だ。二三〇年後には名は残ってねぇのか」


「ツタヤ…… ですか?」


「ほう、知ってるのかい? なーんだ、あの野郎も歴史に名を残したかぁ。意外に簡単なんだなぁ、歴史に名を残すってのは」


 蔦谷重三郎を知っている現代人は少ないかもしれない。

 あの「TUTAYA」のネーミングの元になった人物だ。

  

 版元――

 今でいう出版社の社長だ。


「なんで、版元のところに?」

「ああ、俺に考えがある、ドーンとよぉ、この未来の道具を旦那衆に買わせる手段がな――」


 江戸の夏夜――

 源内は威勢よく、自信たっぷりに言い切ったのだった。

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