参
彼女の花。月下美人が巣食う能力。
そもそも彼女は、詩たちや日向姉弟のことを物陰からじっと見ていたのだ。伏見が、記憶を日向姉弟に消される前、十六夜に相談していた結果だ。
そして、現在。日向姉弟と彼女は、行動を共にしているわけである。『空気圧』。その正体がやっとわかったと考えているのだ。日比野は全く関係ないとも知らず。
「ふぅ……。これぐらいやっておけば、もう大丈夫だろうッ」
日比野は、不良たちを限界まで蹴り倒した後、ゴミ捨て場の横まで運ぶ。こうすれば、最悪朝になったときに近所の人が不良たちを発見してくれるからだ。
「ど、どうするのッ!? 十六夜さん。いくら柔道や格闘術をやってたからって、あの『犯人』から情報を聞き出すのは無理だって!」
夜見が、物陰から小声で、十六夜に呼び掛ける。
しかし、十六夜は平気な様子だ。
「ふっふっふ……。おねーさんにまっかせなさーい! ちょいとあんなことやこんなことをして、すぐに情報を聞き出すから!」
「あんなことやこんなことって、何するつもりですか……」
月夜があきれる。
「まぁ、拷問なんて物騒な真似はしないけど、ちょっと脅すぐらいなら大丈夫!」
そう言うと、十六夜は歩き出す。静かに、あたかもそこにいないように。
刹那、一瞬にして加速する。そして、明確なコンバットキックを日比野の背中に浴びせようとする。が。
ガキ。
空気の壁。
木材が割れるような音が響く。そして。ゆっくりと日比野は振り向く。
「『敵意はありますか』?」
「……」
十六夜は下を向いたまま、日比野の質問を無視する。
「もう一度言います。『俺に対しての敵意はありますか』?」
「まぁ……、あr」
「『くたばれ』」
刹那、突風ッ! 台風並みの突風が、あたりを覆う。
「ぶわああッ!?」
日向姉弟は、電柱につかまって、体勢を保つ。しかし、十六夜は立ったままだ。
「僕に対して敵意があるッ、それは……『敵』ということッ。『敵は排除ッ』! これすなわち世の真理ッ!」
日比野は、パーカーのフードを脱いで、顔をあらわにする。そして、自分の胸に手を置く。
「俺を攻撃する意思が微塵もある相手は許さないッ! 『
ものすごい大気圧の塊が、ありとあらゆる方向から十六夜を襲う。そして、それが十六夜の顔面やこめかみに追突する、わずか一センチのところッ。
大気は途絶える。
(……ッ!?)
日比野は違和感を感じた。数メートル前にいたあの女が、一瞬にして目の前にいた。そして。
「ガッ!?」
女が、手のひらで自分の胸を押して体勢を崩そうとしていた。咄嗟に、空気の層を作って衝撃を緩和する。しかし、それでも抑えきれずよろめきながら、壁を背にする。日比野の黒髪がさわさわと揺れる。
(どういうことだ……。さっきの動きは明らかにおかしかったッ……! それに、あの女の動作のスピード……。『まるで、こちらの攻撃や空気の流れが予測できているか』のようだッ! 本当に予測できているのかッ、俺の『大気圧』が!?)
日比野は、能力者の可能性を頭に入れながら、歩き出そうとする。しかし。
ドサッ。
(ある……けないだとォッ!?)
そう、足がもつれているのだ。そのまま起き上がろうとするが。
(何故ッ。転んだわけじゃないのに! どうして『歩くのに二回も失敗』するんだ!)
そうこうして、じたばたと地面から立とうとしているうちに、十六夜はこちらに走ってくる。おそらく、走ったスピードに任せて脳天や
ザッ!
強烈な一撃が、鳩尾に入ったッ! 一瞬意識が飛びそうになるが、強烈な衝撃と痛みに負けず、なんとか状況を確認する。
(距離をッ、『距離』を取らなければッ! この女は、飛び道具を持っていない! しかし、能力は分からないッ! とにかく、安定した場所に逃げなければァッ……!)
日比野は、大気圧を調整して、風に乗って走る。しかし、十六夜はそのまま足技をかけて日比野を転ばせる。簡単に足を引っかけただけだ。日比野は、そのまま道を転がっていく。
「ゲホッ! ゲホ……」
「さぁッ、時間はかけたくないから、さっさと倒れちゃって!」
十六夜は、日比野に叫びながら近づいていく。
(……おかしい。さっきからこちらの攻撃の『タイミング』が、異様なまでにずれている。最初は、時間や空間が制御されているのかと思ったが、俺が歩けなくなるのは、それに当てはまらない……。それにあの女の反応スピードッ。限りなくゼロに近いこれも、人間の神経の反応速度をオーバーしている! 行動が予測できているとしか……『ニンゲン』……ハッ!?)
そう、日比野は気付いたのだ。決定的な、十六夜の能力の正体にッ……!
(彼女が操っているのは、時間や空間なんてちゃちなものじゃあないッ! 『体感時間』ッ! ……もっというなら、人間の神経の情報伝達スピードだッ! そうか、そういうことだったのかァッ!)
人間の神経で行われている、電流による情報伝達システム。それによって形成される『体感時間』を彼女は操ることができるのだッ。人間が歩行するときに重要なのは、右足、左足をどのように動かすかのタイミングであり、それさえも体感時間や神経の反応によって制御されている。そうッ。たとえ零コンマゼロゼロ何秒でも体感時間がずれれば、人間は満足に歩くことも、ままならなくなってしまうのであるッ!
「そうだったら……」
日比野は、極限まで空気を圧縮する。突風がそこに流れ込んでくるのだ。
「『自分が動かなければいい』」
そう、自分が動こうとしなければ体感時間も関係ない。日比野は、両足を斜め四十五度に突き出したまま、寝転がって体勢を維持した。固めた大気を足にもっていく。
「がぁッ!?」
十六夜は、一気に日比野の足の方向へと吸い寄せられる。そして。
ガジャアアアアアアアン!
十六夜の顔面が、日比野の突き出された足に真正面から激突した。金属が転がるような音とともに、十六夜は地面へと倒れ伏す。そして、能力の効能が途絶えた。日比野は、すっと立ち上がる。冷たい死んだ眼で、十六夜を見下す。
「鉄のように固い空気の味、しっかり味わえ」
十六夜は、攻撃するのを止めなかった。
「空気圧の犯人ッ! あともうちょっとなのにッ!」
「……は?」
「とぼけないで! あんたが窓ガラスを割ったんでしょ!?」
「ちょっと待って、それは違うッ」
話がずれる。
ずれる。
ずれる。
言隠詩は、路地から歩いてある人物を探していた。
「赤兎。ここで合ってるのか……?」
赤兎は、顔に陰りを浮かべる。
「そうなのだが……。詩。私は嫌な予感がする。この廃工場……。わかるッ。妖の血での。わかるのだ」
「そうはいっても、ハルサキとナツキのことを知ってるっていう人物から置手紙があったんだ。……どんな奴かは知らないがッ、拷問してでも吐かせる」
詩は、持ってきた手紙を眺める。
「……
その瞬間、物陰から人影が姿を現した。
「やっほー!」
その人物の右手の甲には。
『鮮やかなマンサクの柄が描かれていた』。
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