日比野相木は、自分の胸に手を置いた。

 ここに刻まれ描かれているのは、トリカブトの花だ。トリカブト。毒を持つことで有名な花。

 

 すっかり夜になった。田舎の盆地なので、夏と言えど夜はかなり冷え込む。日比野相木はフードを深くかぶって街をうろつき始める。本人が気に入っている趣味、『夜の散歩』だ。すたすたと薄暗い街の中を歩いていく。商店街。廃工場。その他もろもろのパッとしない風景が過ぎていく。すると、呼び止める声がする。

「おい、君」

 警察官だ。暗闇でもわかる青い服。

「ん? なんすか?」

「見たところ一人だけど、高校生?」

「あ、はい」

「ダメじゃないか、こんな時間に出歩いちゃッ、家に帰りなさ……」

 すかさず、日比野は能力を発動するッ。胸にあるトリカブトの柄が、薄く光る。

「アイゼンルフトッ」

 警官の周りの空気を圧縮、硬化させる。そして、光を屈折させるようにして、自身の後ろに風を起こす。警察官に受けごたえするのは面倒なのだ。ここは逃げるに限る。こうすることで、警官からは一瞬自分の姿が消え、自分は風に乗って体力を使わずに長距離にわたって走ることができる。

 空気を圧縮するときに低気圧、高気圧の原理で風を起こすことも出来るのだ。

「あッ!?」

 あまりの奇妙な現象に、警官は奇声を発する。たじろいでいるすきに日比野は、すぐに反対方向に走っていった。


 はぁ……はぁ……。と、息をする日比野。しかし。すぐにアクシデントがやってきた。どう見ても不良、と言う感じの若者が、前をうろついているのだ。日比野は直感的にわかった。今回は『こいつら』がニャルラトホテプの刺客だと。記憶がフラッシュバックする。


「僕はね、いろんな人たちの潜在意識に働きかけることができるんだ! だから、君には不良やヤクザたちとの戦闘を、これから楽しんでもらうよ! 次の『花の日』までねッ!」


(全部彼女が、僕を襲うように仕向けているんだ。嫌がらせも甚だしい。俺は、『平穏』な人生を送りたい。『安定した』人生を送りたい。それだけなのに。……なのにッ! あの、『自称神』のやっていることで、全部自分の人生が狂いそうだ。ヤクザの抗争に巻き込まれるような人生。繁華街を通るたびにカツアゲに会うような人生などはまっぴらッ。……まあ、『敗けること』なんてないから、面倒くさいだけだ)

 すると、一人の不良がこちらへ近づいてきた。

「おい、そこの兄ちゃん。俺たちに金を恵んでくれねぇか?」

 やることは決まっている。日比野が最も嫌う人種。『安定しない人間』だ。ルールを無いものとみなし、大きな流れから外れ、頭が悪い。社会のゴミ、クズ、カス、害悪ッ。すくなくとも日比野がそう思っている存在ッ。

「財布にあるだけでいいからよ」

「断る」

 日比野は、即座に応答した。そして、あらかた何が起こるかも予想が付いている。

「おいおいッ!? ちょっとぐらいいいじゃねぇかよッ!」

 笑いながら、絵にかいたような不良たちが、近づいてくる。そして。

 ドカッ。

 日比野は、不良をけり倒した。早く、早く、体重をかけて、憎しみをぶつけるように。

「グハッ!?」

 不良はたじろぐ。

「おい。テメェッ! 覚悟はできてんだろうなァッ!」

 所詮はこいつら、『相手を攻撃する意思』がないのだ。正確に言えば、『相手に対しての純粋な敵意』がないのだ。そう日比野は考える。

 ……相手を殺す意志が、微塵も見当たらない。

 当然だ。ただカツアゲをしようとしているだけなのだから、相手を殴るにしても、殺すまでしなくてもいいのは当然ッ。

 しかし、日比野はやる。『徹底的に相手を叩きのめす』。歯向かおうとする意志まで奪わないと反撃されるかもしれないから、実質相手を殺すのと同等のところまでおいつめる。不良ならまだしも、ヤクザは今まで殺したこともある。

「アイゼンルフトォオオオオオオッ!」

 大気圧を、大きな拳状にする。そして、遠心力を利用してぶつける、ただそれだけだ。それだけで、相手の顔面に強烈な衝撃を食らわせることができ、脳震盪を起こさせることができる。

 不良たちは、一分もしないうちに路上に倒れ伏した。痛みと脳への衝撃で立ち上がれないのだ。しかし、日比野は、そんな不良たちを蹴り続ける。抵抗できない者たちへの一方的な暴力、しかし必要な暴力。こうやって体に、『自分へ抵抗しないように』教えないと、この馬鹿どもは自分へ復讐しに来るかもしれない。そう考えているのだ。

「オラッ、……おらッ!」

 何度も、何度も、何度も何度も、不良たちが死なない程度に、……しかし、自分へ二度と抵抗できないように、恐怖と痛みを植え付けていく。そんなことができるのは、彼が現実のみを直視して、効率以外を度外視する『ニヒリスト』だからだ。不良たちが攻撃してきた。だから反撃した。そして、これからの被害を最小限にとどめるために、今現在暴力を振るっている、それだけなのだ。


 しかし、それを見逃さない人物がいた。


「空気圧……あの……少年……?」

 日向夜見が呟く。日向月夜が頷いた。

 日向兄弟。そして十六夜照子。数時間前、伏見と一緒に出歩いたところを、居合わせ、出歩いていたのだ。もちろん。日向太陽はこのことを知らない。

「やっぱりさ、……ちょっと情報を聞き出しておく必要があるかもね……、ここはおねぇさんに任せなさいッ!」

 十六夜は、路地裏へ向かう。

 

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