罠がある通路を穴を掘って迂回するのは許されるのか

 周囲の壁から現れたストーンゴーレムが計8体。

 身長はざっと180センチ前後で、鉱山の遺跡で見たものよりは遥かに小さく、持っている槍も室内では取り回しに難がある。

 ゆえに俺の敵ではない――と言えるのは相手が1体か2体、せいぜい3体までの話だ。


 ズシンと床が震える。

 8体のストーンゴーレムが同時に一歩踏み出したのだ。威圧感がすごい。

 ストーンゴーレムは全員が槍を腰だめに構えて、じりじりと包囲網を狭めてくる。時間はあまりなさそうだ。

 ただまあ、ひとつ幸運があったとすれば、ストーンゴーレムの包囲網の中に階段が入っていたことだろう。

 俺はツルハシを両手で握りしめ、さっき下りたばかりの階段を駆け上がる。駆け上がりながらツルハシを振りかぶり――


 ドガン ドガン ドガン ドガン


 一歩ごとに左右へツルハシを振り下ろし、階段の両端を粉砕していく。階段の残った部分はちょうど人間一人が歩ける程度の幅しかない。

 さらにドガンドガンと両端を崩し、一人分の幅しかない階段を上りきる。

 そして突き当たりで振り返ると、ストーンゴーレムは一本道になった階段に殺到しているところだった。

「作戦通り、ってやつだな」


 1対8、囲まれればまず間違いなく負けるこの状況。

 打破するにはどうするかというと、囲めなくしてやればいい。ただそれだけだ。

 つまり、こういう風に狭い一本道へ誘導してやると、俺と戦えるのは先頭の一体だけになる。1対8の戦いだったはずが1対1を8回繰り返すだけになり、数的有利が無効化されるというわけだ。


 俺の策にハマっていることに気付いているのかいないのか。ストーンゴーレムたちは律義に一列に並んで階段を上ってくる。

 俺は壁を背にして振り返り、ツルハシと棍棒状の聖剣をそれぞれ握る。一応俺の左右には逃げ道はあるが、この状況に誘い込んだ以上はここで片を付けたいところだ。


 先頭の一体が腰だめに槍を構えたままじりじりと接近してきたかと思うと、そのままコンパクトな動作で槍を突き出してきた。

「おっと」

 その側面をツルハシで逸らし、槍の穂先はギリギリで俺の体をかすめて抜けていく。

 勢いを保ったまま少しだけ軌道を変えられた槍は、ガギッと背後の壁に突き刺さった。実はここまでが俺の作戦だ。

 突き刺さった槍が壁から引き抜かれるより早く、俺はアダマンハルコン製の聖剣を振り下ろす。

 槍はバギャンとへし折れて、ストーンゴーレムは使い物にならなくなった武器をあっさりと投げ捨てた。どうやら武器は槍しかなかったらしい。

 ともあれ、これでリーチは俺の方が長くなった。

「悪いが、これで勝負ありだ」

 ツルハシを両手で握り、右から左へと振り抜く。

 徒手空拳のストーンゴーレムは腕を振り回して襲い掛かってくるが、その拳が俺に届くよりずっと早くツルハシがストーンゴーレムに命中。腕もろとも粉々に砕け、吹き飛んでいく。

 俺はさらに前進し、再度ツルハシを振る。

 2体目、3体目、4体目、5体目……。粉砕すると同時に相手がいた場所まで前進し、後続のストーンゴーレムにツルハシを叩き込む。

 今の今まで味方がいた場所に敵がいるのだ、反応が遅れないわけがない。その隙を逃さずツルハシを振る、振る、振る!

 後続に槍を構えなおす暇すら与えず、一撃一殺。俺は計8体のストーンゴーレムを残らず殲滅した。


「やれやれ。なんとかなったな」

 ため息をついて俺は階段に腰を下ろした。

 今のは相手が相手だったからなんとかなったが、ストーンゴーレムじゃなかったらやばかった可能性は高い。

 ……ちょっと慎重にいかないとな。



 そんなわけで、遺跡の残り部分を慎重に探索した俺だったが――

 鏡のようにピカピカな直径1メートル半のでかい盾が1枚と、同じく鏡のようにピカピカな金属片が大量に縫い付けられたフード付きの服――いわゆるスケイルアーマーが1着。

 ぱっと見で価値のありそうなものはそれだけだった。

 ……もうちょっとこう、見た目に分かりやすい金銀財宝とか転がってたらよかったんだが。

 とはいえ、湿度のせいで他の大半のものが錆びたり朽ちたりしている環境で、錆どころかくすみもほとんどない盾と鎧は結構すごいもののような気はする。

「さて、とりあえず持っていくか」

 どちらも見た目の割に重量はかなり軽く、アルミか何かで出来てるんじゃないかってくらいな感じだ。とはいえ、軽くてもかさばるのには変わりはない。

 とりあえずスケイルアーマーは着てしまおう。でかい円盾の方は、都合よく鎖が付いているので背負っていくとするか。



 袖は手首まで、裾は足首まであったスケイルアーマーを着て、背中には体の大半が隠れるくらいの大盾を背負って、俺は自分で掘った穴を通り抜けた。

 穴の先はもう一つの構造物、縦長の空間と横長の空間が繋がったL字型の構造物だ。ひとまずはそのL字の上の方まで掘り進んだわけだが――。

 掘り抜いた先にあったのは、予想していた井戸ではなく、地下へと続く螺旋階段。

 となると、地下にあるのは秘密の通路というより地下施設的な感じだろうか。

「こっちは期待できそうだな」

 俺は周囲に注意を払いながら螺旋階段を下りて行った。


 下りた先は、一見するとただの行き止まりだった。だがそのつもりで探すと壁の一部に不自然な亀裂があるのが分かる。隠し扉ってやつだな。

 本来なら何かしら鍵のようなものが必要なのだろうが、そんなもんは持ってないのでツルハシを叩き込んで粉砕。

 できた穴をくぐるとその先には通路がまっすぐ伸びていた。

 大理石のような滑らかで光沢のある石材――あるいは石に似た何か――でできた壁と床と天井。そんな通路が50メートルかそれ以上、ただひたすらにまっすぐ続いている。

 ……ぶっちゃけあからさまに不自然だ。

 わざわざ地下に隠したうえに隠し扉まで用意した施設が、隠し扉一枚抜けた途端にただのまっすぐな通路を置いたりするだろうか。俺の読みでは、十中八九NOだ。

 俺は真相を確かめるべく、スライム対策用に持っていた石を取り出して、それっぽいところ目掛けて放り投げた。

 石はゆるい放物線を描いて飛び、床に当たって跳ね返り――

 瞬間、ジャキンと凶悪な音を立てて床から槍衾が生えた。あれが石じゃなくて人間の足だったら、間違いなくズタズタになっている。

 つまりここは、侵入者迎撃用の罠満載通路トラップ・ロードなのだ。



 ……なんだが、まあ、どれだけ罠があろうが俺には関係のない話だったりする。

 通路に仕掛けられた罠は、通路を歩く相手を想定している。

 もしかすると飛んだり、天井を歩いたりするくらいは想定内かもしれないし、通路側から罠を壊したり無力化したりするのも想定内だったりするかもしれない。

 だが、分厚い石壁を掘り抜いて迂回する相手は想定のしようがなかったらしい。というかそんなの想定してもしょうがないし、想定したところで対策のしようがない。

「……なんか申し訳ないな」

 バガンボゴンと石壁を掘り抜きながら、思わずそんなことを呟いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る