第5章 リ・チャレンジ ⑫二人で乗り越える

 その日のうちにマスコミは流の勤め先を探し出し、ビルの外に群がっていたらしい。事情を知った社長が裏口から逃がしてくれたので、なんとか家にたどり着いたのだと、その日の夜に帰って来た流から聞いた。

「ここにも押しかけてくるかもな。しばらくホテルに泊まったほうがいいかも」

 二人で話し合い、隣の駅にあるウィークリーマンションにしばらく滞在することにした。それぞれ着替えをスーツケースに詰め、空のお世話に必要なものも用意し、家を出た。

 空はベビーカーで眠っている。美羽がベビーカーを押しながら二人で並んで歩いていると、「あの後、兄貴から電話があった」と、ポツリと流が言った。

「やっぱ兄貴が通報したんだって。兄貴は告発したから罪には問われないみたいだけど。『まあ、お袋もやりすぎたよね』って他人事のように言うからさ、親を売るなんて人でなしかと思ったよ」

 美羽は何て返したらいいのか分からず、流の顔を見つめていた。

「オレさ、ブラホワの連帯保証人になれって母さんに言われてたんだよね」

「えっ、いつ!?」

「1年ぐらい前。急に呼び出されて行ったら、『銀行でお金を借りたいから、連帯保証人になれ』って言われてさ。会社がうまくいってないって分かってたから、なる気はなかったんだけど、拒んでも無理やり書類にサインさせようとするから、ブチ切れて、二度と連絡するなって言ってやったんだよね。あのままサインしてたら、うちも大変なことになってたよ。本当に銀行から借りる気だったのかも分からないし。消費者金融かもしれないしね」

「そんな話、聞いてないよ……」

「美羽に心配かけたくなくて。うちの家族のゴタゴタだしさ」

「私達だって家族じゃない。そういう大切な話はしてほしかった」

 流は大きなため息をついた。耳をしきりにいじる。

「そうなんだけどさ。あんま話したくないんだよ。ホント、あの家のことについては」

「うん……」

 しばらく無言で歩き、美羽は思いきって切り出した。

「流は、どうしてそこまで家のことを嫌うの? 普通とは違う家庭だってことは分かるけど。詳しい話聞いたことないから、どうしてなのかなって思って。私には話しづらいの?」

 流はしばらく話そうかどうしようか、ためらっているようだった。

「……オレさ、子供のころはブラホワの服しか着させてもらえなかったんだよ。でも、小学校にあんな気取った服を着て行ったら、どう考えても目立つでしょ? 女子は『カッコいい』って褒めてたけど、男子にはいじめられたんだよ。体育から戻ってきたら、服を隠されてたり。泥をぶつけられたりして、服をしょっちゅう汚されたし。オレはみんなと同じ普通の服を着たくて、何回も頼んだんだけど、母さんに拒否られてさ。もう最悪だったよ、小学校は。中学は制服があったからよかったけど。で、高校に入ってからはバイトして、自分で服を買うようになったんだけど。そしたら、たまに勝手に服を捨てちゃうから、もう何度も大ゲンカしてさ。大学でとっとと家を出ることにしたのはそのせいだよ。だから、あの家は嫌いなんだよ。子供を守ろうとしない親だから」

「そうなんだ……」

「あの人は、子供のことも宣伝塔ぐらいにしか考えてないんだよね。兄貴と一緒によく写真撮られて、会社のホームページに載せられてたんだけど。あれも嫌だったんだよね。学校でよく、『流君、ネットに写真載ってるね。カッコいい』って言われてさ、また男子に目をつけられるし。兄貴は喜んでたみたいだけど、オレは嫌だった。父さんは家では何にも言わないし、家に全然帰って来ないし。母さんは家のことを何もしないからお手伝いさんを頼んでたんだけど、母さんがわがままだから、しょっちゅう代わってたし。オレさ、美羽と暮らし始めて、やっと普通の家庭ってこんなものなのかなって感じるようになったんだよね。家族のありがたみが分かったって言うか」

 流は堰を切ったように話し出した。美羽は頷きながら聞いていた。

 ――そういえば、親がブラホワやってるって流が話してくれたの、結婚する直前だったよね。それまでは家族のことを全然話してなかったし。あれはもしかして、ブラホワって聞いても態度を変えない人間なのかどうかを見極めてたのかな。

 美羽は流の横顔を仰ぎ見た。

 ――流は私には想像できないほどの苦労をしてきたんだろうな。支えよう。私にどこまでできるか分からないけれど。流のそばにいよう。

 流がベビーカーの持ち手に手をかけた。手を重ねあわせて、二人でベビーカーを押した。夜道にベビーカーの車輪の音が響き渡る。

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