第5章 リ・チャレンジ ⑥衝撃の事実

 駅員室を出て、「これから、どうしよっか」と流は手をつないできた。

「流は仕事に戻らなくていいの?」

「うん。先輩に事情を話したら、今日は有休をとっていいって言われた」

「そっか。私も、今日は休んでいいって言われた」

「それじゃ、どっかに行こっか。映画でも観る?」

「映画かあ。今、何やってるんだろう」

 ホームのベンチに座ってスマフォで上映中の映画を調べたが、これといって観たいものはない。

「そうだ。渋谷のプラネタリウム、行ってみようか」

「プラネタリウム? 渋谷にあるんだ」

「うん。前、先輩が観に行って、すごくよかったって言ってたんだよね。実際に宇宙に行ってるような迫力だったって」

「へー、なんかすごそう」

 渋谷から歩いて5分ほどのところにある文化センターの一角に、プラネタリウムはあった。チケットを買って中に入ると、平日なので人影はまばらだった。

 二人で最前列に座り、途中で買ったコーヒーを飲んでいると、場内は暗くなった。

「ようこそ、ユニバースプラネタリウムへ」

 女性の声のアナウンスが流れ、簡単なテーマの説明の後、椅子の背もたれがゆっくり倒れた。場内は真っ暗になった。

「真っ暗ね」

「ホント、何も見えない。なあんにも」

「あれ、あれは何? あの、赤い星」

「あれは……太陽だ。ああ、よかった。太陽が見えた!」

 子供の声で会話が交わされ、遠くに赤い星がポツンと見え、グングン近寄っていく。

 宇宙旅行に出かけた家族が宇宙船の事故で軌道を外れてしまい、いかに地球にたどり着くかというストーリーになっていた。宇宙船が揺れるときは座席も揺れるので、美羽は思わず悲鳴を上げて流にしがみついた。本当に宇宙船に乗っているかのような迫力があった。

 1時間の上映が終わって、明かりがついたときは、しばらく二人とも動けなかった。

「……すごかったね」

「うん。すっげえリアルだった」


 二人で腕を組んで建物を出て、近くのカフェでランチを食べることにした。

「たまにはプラネタリウムもいいね。小学校の時に観て以来かも」

「オレも。最近のプラネタリウムはすごいことになってんだな。大人でも十分楽しめるよ」

 ランチプレートを注文して、二人で感想を言い合う。

 ――そういえば、こんな風に二人で過ごすのって、久しぶりかも。休みの日がなかなか合わないし、お正月もお母さんのお見舞いに行ってたし。

 美羽がほっこりした気持ちになっていた時、流がポツリと「子供と一緒に観に来たいな」とつぶやいた。

「えっ、何?」

「子供が産まれたら、プラネタリウムに一緒に来たいなって」

 美羽は驚いて、しばらく言葉が出なかった。

「――ビックリした。流がそんなことを言うとは思わなかった」

「うん、オレも思わなかった。オレもビックリしてる」

 流は軽く笑った。

「最近、空と遊んでて、楽しいなって思ってる自分がいてさ。やっぱ、子供欲しいかもって思えてきた」

 流はちょっと照れながら、アイスコーヒーを飲んだ。

「今になってこんなこと言うなんて、わがままかもしんないけど」

「ううん、そんなことない。嬉しいよ」

 美羽は思わず涙声になった。その時、ランチプレートが運ばれてきた。二人で、「おいしいね」「カフェで食べるなんて久しぶりだな」と言いながら食べた。

 デザートを食べていると、流のスマフォが鳴った。

「あ、警察かも」

 流はスマフォを手に、外に出た。話しながら、流の表情がだんだん険しくなっていくのを、ガラス越しに見ていた。

 ――何だろ。何かあったのかな。


 電話を終えて、流は席に戻ってきた。

「どうだった?」

「うん……」

 流はアイスコーヒーを2、3口飲んだ。何から話せばいいのか、迷っているようだった。

「例の女の人、もううちのマンションの住人ではないらしいんだよね。半年前に引っ越したみたいで。でも、うちのマンションにたまに通ってきてるみたいで……もう離婚して、一人で暮らしてるみたいなんだよね」

「えっ、そうなんだ」

「うん。旦那さんは、『僕はもう何も関係ないから、そっちで何とか対処してほしい』って言ったらしくて。その時に、『レンタルベイビーはもう終わってるはずだ』って言ってたらしいんだよね。それで、警察の人が支援機構に問い合わせたら」

 流はそこで言葉を切り、耳をいじった。美羽は次の言葉を待った。

「その人は、レンタルベイビーを返さなかったんだって」

「えっ、どういうこと?」

「レンタル期間は1年ぐらい前に終わってて、不合格だったんだって。それで、本当はレンタルベイビーを返さなきゃいけないでしょ? その人は、そのまま持って逃げちゃったらしい」

「持って逃げたって……」

「半年ぐらい音信不通で、旦那さんも連絡が取れなかったんだって。それで、帰って来た段階で離婚して、二人とも家を出たらしいんだけど。旦那さんにはレンタルベイビーは返したって言ってたらしくて」

「え、それって、レンタルベイビーを隠し持ってたってこと?」

「そうみたいだね。でも、レンタルベイビーって、レンタル期間が終わったら、自動的にスイッチが切れる設定になってるんでしょ? だから、動かない赤ちゃんロボットをずっと可愛がってるってことで」

 美羽の脳裏に、今までの女性とのやり取りが浮かんだ。確か、女性は初めて会った時から、レンタルベイビーを見せないようにしていた。あれは動いてなかったからなのか……。

「……それ、ヤバくない? 怖いんだけど」

「ヤバいよね」

「だって、電車では、ブラホワの服を着せたら、この子をもっと可愛がれるかもって言ってたよ? 合格できるかもって。あれって何だったの?」

「妄想だろうね」

 美羽は絶句した。

「で、うちのマンションの周辺を捜索したけど、今のところは見当たらないって。今はパトロールしてくれてるみたいだから、帰ろっか」

 流の言葉に、小さく頷いた。

「うん……空に……空に会いたい」

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