第4章 ペアレンティング・ペンディング ⑧母の寂しさ
その日の夜は、4人で家の近くの蕎麦屋で夕食を取ることにした。軽く日本酒も飲む。疲れきっていたので、お酒は体中にすぐ回った。
みどりはしきりに、「お酒を飲むのを止めればよかった」と悔やんでいる。美羽と朝陽が家を出てから、お酒を飲む量が増えていたらしい。
「朝お店に行ったら、お酒臭い息で起きてきたこともあったの。さすがに、『それで髪を切れるんですか?』って言ったら、『大丈夫よお』って感じで。お客様が嫌がりますよって言って、ちょっとケンカになったことがあるのよね。それで、私がしばらく店に行かなかったら、お酒は控えるからって謝って来て。今は休日の前日だけ飲んでるって言ってたけど。居酒屋で酔いつぶれて、私が迎えに行ったこともあるのよね」
初耳だった。
みどりにそんな迷惑をかけているとは知らなかったので、朝陽と一緒に何度も謝る。
「いいのいいの、二人は私にとっても子供みたいなもんだしね。二人がいなくなった後の萌さんの寂しさが分かるのよね」
4人でしんみりとお酒を飲んだ。
お店を出てみどりと別れてから、3人は家に戻った。
「姉ちゃん、あんま寝てないんでしょ? 今日はもう寝れば? これからのことは明日話そうよ」
朝陽がそんな気遣いができるようになったことに、美羽は内心驚いていた。
――昔は自分のことしか考えてなかったのに。結婚して大人になったんだねえ。
お風呂から上がって、麦茶を飲もうとキッチンに行くと、朝陽がビールを冷蔵庫から出していた。
「冷蔵庫の中、ビールと日本酒ばっかだわ。母さん、ホント酒ばっか飲んでたんだね」
プルタブを開けて直接ビールを飲んでいる。
「そういや、姉ちゃんのとこ、レンタルベイビーしたんでしょ? どうだった?」
「んー、2回目までやったところ。もうボロボロ」
「そうらしいね。オレのまわりでレンタルベイビーやったやつ、みんなボロボロになってる。寝不足で倒れたやつもいるし、嫁さんとケンカして、別居してるやつもいるし」
「そうなんだ」
「普通の人間の子育てで苦労するってんなら分かるんだけど、ロボットでしょ? 合格するためにあれやれ、これやれって言われて、ボロボロになるまでやるなんて、おかしくない? それが引っ掛かるから、オレ達はやりたいって気にならないんだよね」
「子供は欲しくないの?」
「欲しいよ。でも、そのためにそこまでしなきゃいけないってのが、なんだかなあって。だから、海外に行くかも」
「えっ、海外!?」
「そっ。自由に子供を産める国に行った方がよくない? こんな制度があるの、日本だけだし」
「それって、向こうに住むってこと?」
「そうなるね」
「でも、そうしたら」
――お母さんはどうなるの?
その一言はグッと飲み込んだ。朝陽には朝陽なりの事情があり、生活がある。萌のために日本にいてほしいなんて、それこそ身勝手なお願いだろう。
「母さんを海外に連れて行ってもいいけど、それは母さんが嫌がりそうだよね。一人でやってくのがムリそうなら、ホームに入ってもらうしかないかなあ」
「ホームって、集団生活ホーム?」
「そっ。老人ホームに入るのには早いからね。一人暮らしの中高年が集まって暮らしてる集団生活ホームなら、やってけるんじゃないかな。それも寂しいけどさ、仕方がないっていうか。姉ちゃんだって、東京で働いてたいんでしょ?」
「そうだけど……」
「あ、七緒だ。もしもし」
妻から電話がかかってきて、朝陽はビールを片手にリビングに行った。美羽はスッキリしない思いを抱えたまま、しばらくキッチンに佇んでいた。
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