第4章 ペアレンティング・ペンディング ④幼馴染との再会

 定休日に久しぶりに近所のスーパーに買い物に出かけると、幼馴染の翼にバッタリ会った。

「ウソ、美羽? 久しぶりぃ~」

 翼は2人の子供をつれ、買い物カートを押していた。げっそりと痩せていたので、最初は誰なのか分からず、首を傾げてしまった。

「翼……?」

 戸惑いながら聞くと、翼は一瞬、固まった。自分の容姿が変わりすぎて美羽が分からないのだと、瞬時に悟ったのだろう。

 すぐに笑顔になり、「そうだよ~、元気?」と、何気ない様子で聞いてくる。栗色の髪には白髪も交じり、一気に老けたように見える。おそらく、育児疲れだろう。

「実家に帰ってきたの? いつ?」

 翼は無邪気に聞いてくる。一人を抱っこひもで抱えて、息子一人は翼のまわりをうろちょろしている。

「先週から帰ってきたんだけど」

「そうなんだ。流君も一緒?」

「それが……」

 どう説明しようかと美羽が迷っていると、何かを察したのか、「よかったら、うちでお茶して行かない?」と誘ってくれた。

 美羽は翼の買い物袋を持ってあげた。幼い息子は少しもじっとしていることはなく、翼はしょっちゅう「こら、遠くに行かないの!」「まだ赤信号だよ!」と声を張り上げている。

 翼の腕の中には、つぶらな瞳の女の子。髪には小さなリボンをつけている。

「下の子、いくつだっけ?」

「6か月。ようやく女の子が産まれて、うちの旦那はもうメチャクチャ可愛がってんの。やっぱり、男親にとって娘は特別みたいね」

 翼は高校に通っている最中に子供ができ、高校を中退して、大学に行くことも就職することもなく、家庭に入った。翼の夫は2つ上の料理人で、将来家の近くにレストランを開くために資金を貯めているのだと聞いたことがある。生活費を抑えるため、翼の実家で一緒に暮らしているのだ。

 翼の家は、昔のままだった。

「あらあ、美羽ちゃん、久しぶりじゃない!」

 翼の母親が奥から顔を出し、顔をほころばせた。

「こんにちは、お久しぶりです」

「結婚式の時以来かしら」

「そうですね、きっと」

「実家に帰って来てるの? お母さん、喜んでるでしょ。いつも一人で気ままに暮らしてるって言ってるけど、私が髪を切りに行ったら、美羽ちゃんが全然連絡くれないって、よくぼやいてるわよ」

「そうですか」

「美羽、上に行こ」

 翼が早々に話を切り上げさせてくれた。下の子を抱っこしたまま階段を上ると、息子も後を追う。

 翼の母親が、「ママのお友達が来てるから、おばあちゃんとゲームして遊ぼ」と手招きすると、息子は階段を駆け下りていった。

「ここに来るの、すごい久しぶり」

 美羽が言うと、「二世帯にするために、ちょっといじったんだけどね。私の部屋はそのまま。将来、子供部屋にしようと思ってたんだけど、まさか3人も産まれるとは思わなくて」

 翼はドアを開けて、中を見せてくれた。

 勉強机やクローゼット、ベッドは当時のままだが、子供のおもちゃや家族の洋服が入ったクリアボックスが所狭しと積み重ねてある。物置と化しているのだろう。 

「うわあ、なつかしい」

「でしょ? アイドルのカレンダー、まだ飾ってあるし」

「ホントだ」

 その隣が翼の家族で使うリビングダイビングになり、キッチンもついていた。床にはおもちゃやぬいぐるみ、絵本などがあちこちに転がっている。いかにも小さい子供がいる家庭の風景らしい。

「散らかっててゴメン。片づけても、あっという間に散らかされるから、最近は諦めたんだ」

 翼は自虐的に笑う。

「ここでは朝ご飯ぐらいしか作らないんだけどね。もう、ちびっこが3人もいるから、料理なんてしてらんない。いつも下で一緒に食べてる」

 翼は紅茶を入れてくれた。テーブルに向かい合って座る。翼の腕の中の娘が、美羽のことをジッと見ている。

「私のこと、気になるのかな」

「初めて見る顔だからかな。ママのお友達の美羽ちゃんって言うんだよ~」

「私も、この間、レンタルベイビーで6か月児を体験したよ」

「そうなんだ。美羽のところも子供を産むんだ」

「それがねえ……」

 そのとき翼の母親が、「よかったら、これ食べて。こんなものしかないんだけど」と、クッキーの詰め合わせを持ってきてくれた。

「ありがとうございます、いただきます」

 美羽がお礼を言うと、下から「ばあばー、始まっちゃうよ」と声がかかり、「ハイハイハイ、今行くわよ」といそいそと出て行った。

「お母さん、嬉しそうだね」

「まあね。蓮が産まれるまでは『高校生で産むなんて』って猛反対してたのに、産まれた瞬間に孫ラブになっちゃったみたい。うちは親バカじゃなくて、ジジバババカだからね。悠のことも桜のことも可愛がってくれるから、助かってるけど」

 桜がクッキーに手を伸ばすのを、「これはダメ。大人の食べ物だからね」と翼はよけた。代わりに桜にはクマのにぎにぎを持たせる。

「もしかして、レンタルベイビー、うまくいかなかったとか?」

「うまくいかなかったっていうか、流があんま協力してくれなくて、2回ともC判定になっちゃったんだよね。1回目の時にもっと協力してくれるって言ってくれて講習会にも行ったのに、2回目もあんまり手伝ってくれなくて。機嫌がいい時は遊んでくれるけど、おむつも替えないし、離乳食も食べさせないし、大変なことは全部私がやってる感じ」

「うちもそんなもんだよ。っていうか、うちは帰りが遅いから、ほとんど私が一人でやってる感じ。旦那は休みの日に上の子二人を公園に連れて行ってくれるぐらいかな。まあ、仕事で疲れてるからそんなもんかなって思ってるけど。私は働いてないし。ジジババも面倒見てくれるから、何とかやっていけてるって感じ」

「翼って、確かレンタルベイビーは」

「うん、してない。最初の子を出産した時にレンタルベイビーがはじまったから、私はギリギリセーフだったんだよね」

「じゃあ、蓮君はもう小学生?」

「そ。あの後、結婚した友達から、『レンタルベイビーを経験してないなんてズルい』って散々言われた。別にこっちも、妊娠したくてしたんじゃないんだけどって感じだったけど」

「いきなり結婚して子供産むって言われたときは、ビックリしたよお」

「私も、まさかあのタイミングで妊娠するなんて思わなくてさ。親には世間体が悪いって泣かれるし、大学に行くのを諦めなきゃいけなかったし。でも、今は親からも、さっさと産んどいてよかったって言われてる。レンタルベイビーって合格するの大変だって言うからね」

「そうなんだよね」

 美羽はため息をつく。

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