第2章 ペアレンティング・スタート ③ベイビーの名前

「やっと寝た……」


 時計を見ると、12時を過ぎている。ベビーベッドですやすやと寝息を立てるレンタルベイビーに、美羽はタオルケットをかけた。


 リビングのベットから寝室に移そうとした時、レンタルベイビーはまた泣き出した。それをなだめるために、あれこれ試して、ようやく泣き止んだのだ。


 ダブルベッドにもぐりこむと、隣では流がイヤホンをつけてタブレットでバラエティ番組を観ている。大声で泣き続けたレンタルベイビーに対してまったく関心を示さず、完全に自分の世界に入り込んでいる。


「やっと泣き止んだよ」


 声をかけると、「お疲れ~」と流は画面から目を離さないまま答える。


 ――何なんだろ、ここまで無関心なんて。


 美羽は心がざわついたが、眠る前のケンカはしないと結婚した時に二人でルールを決めたのでグッとガマンした。


 ――明日は早番だっけ。ミーティングはなかったよね。仕事に出かけている間に、レンタルベイビーが起動しないように設定をしておかないと……。


「あっ、忘れてた!」


 美羽は飛び起きた。


「何?」


 流がイヤホンを外す。


「名前。赤ちゃんの名前、登録しないと」


「ああ~、そういうの、あるんだっけ」


 流は動画を消した。


「どうすっか。男の子だよね」


「私、決めてた名前があるんだけど」


「何?」


「『空』ってどうかな。青空の空。シンプルでよくない?」


「そうだなあ。もっとカッコいい名前がよくない? セルシオとか、ルキアとか」


「いや、外国人じゃないし」


「だから、漢字を当てるんだよ」


「それって、昔流行ってたキラキラネームってやつ? 聞いたことあるけど」


「本物の子供にはつけられないけど、ロボットだったらよくない?」


「え~、外で呼ぶ時に恥ずかしいよお。セル君とか呼ぶの? そんなの呼べな~い」


「まあ、何でもいいけどさ。空でいいんじゃね?」


 流が軽くため息をもらしたのを見逃さなかった。


「なんか投げやりだね」


「そんなことないけど。空がいいんでしょ? それで登録すれば?」


 ――やっぱ投げやりじゃん。


 ケンカになるので、その言葉は何とか飲み込んだ。


「じゃあ、空で登録するから」


 スマフォでグッド・ペアレンティング支援機構のサイトにログインし、「レンタルベイビーの名前の登録」のボタンを押す。


「ベイビーの名前は?」の次の欄に、「空」と入力して登録する。これで、レンタルベイビーの名前は秋津空になった。


 さらに、「お休みタイム」も登録する。お休みタイムは、誰も面倒を見ることのできない時間帯を登録しておけば、その間レンタルベイビーは起動しないように設定できる時間だ。レンタルベイビーのために保育園をつくるわけにはいかず、かといって誰もいない家に放置して泣きっぱなしだと警察に通報されるかもしれないので、不在の時は起動しないように設定できることになっている。家に帰ってきて、人の気配を感じたら動きはじめるのだと、講習会で習った。


 登録を終えるころには、流はすでに寝息を立てていた。流は寝つきがよくて、布団に入って数分で眠っていることもある。 


 美羽も再び布団にもぐりこんで、ようやく目を閉じた。心身ともに疲れきっていて、すぐにすとんと眠りに落ちた。


 しかし、その安眠は、30分後にはもろくも破られたのだった。

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