第23話 アホ淫魔、初めての労働!#1

「ク、クレア先生……」

 学校に忍び込んだルフィーナを帰そうとしていたら、クレア先生に見つかった。

 どうすんだ。真面目なクレア先生だぞ。間違いなく職員室で報告される。そうなったらもう、洗いざらいすべて話すしかない。

「あ、あなた……」

 しかしクレア先生は俺ではなく、ルフィーナを見て言った。


「何であなたがここにいるのよ!?」


「は?」

「え?」

 驚く俺と玲緒奈はルフィーナを見つめる。

「あ、あなたは!」

 ルフィーナも驚いたようにクレア先生を見て――。

「……誰だったかしら?」

「知らねぇのかよ!」

 思い切りツッコんでしまった。

「……すみません、人違いでした」

 何故かルフィーナに謝罪したクレア先生は、厳しい視線を俺と玲緒奈に向けた。

「それより2人とも、これはどういうこと? 何故部外者が生徒会室に?」

「そ、それは……」

 玲緒奈がうろたえ、言い淀む。

「全部俺の責任です。玲緒奈は俺が協力させました」

「京也さん!」

 元凶はルフィーナだが、次点で悪いのは玲緒奈を巻き込んだ俺だろう。

「川崎君、説明してくれる?」

「……はい、クレア先生」

 クソ、全部話すしかねぇか。俺も男だ。潔く諦め、腹を決めて――。


「あーっ!」


 突然、ルフィーナが大声を上げた。

「思い出したわ、あなたクレアね!」

 今度はクレア先生がうろたえる番だった。

「な、何を言っているんですか? 人違いですよ」

「そんなわけないわ。その紅い髪、青い目。それに今、キョーヤがクレア先生って呼んでたじゃない」


 そう言われ、クレア先生は諦めたようにため息をついた。

「……誤魔化せそうと思ったのに。久しぶり、ルフィーナ。相変わらず自由に過ごしてるみたいね」

「2年ぶりくらいかしら。こんなところで何してるの?」

 おいおい待て待て。

「ルフィーナ、どういうことだ? 何でクレア先生と知り合いなんだよ?」

「友達だからよ」

 彼女は当たり前のように答えた。それからクレア先生が、

「ルフィーナとは高校からの友達なのよ」

 と補足した。

「大学まで一緒だったのに、あなたって人は……っ! 何でもう忘れてるのよ!?」

「2年も離れてれば忘れるわよ!」

「その前に7年も一緒だったじゃない!」

「ま、待ってくださいまし!」

 やいのやいのと騒ぎ出すルフィーナとクレア先生の間に、玲緒奈が割って入った。

「ということは、先生もその……悪魔なんですの?」

「えぇ、そうよ」

 クレア先生は認めると、そっと目を閉じる。すると両耳の上あたりから白いもやが出て、やがてルフィーナと同じ黒い角が現れた。

「姫城さんの言うとおり、私はサキュバスよ。イギリスから帰化したのは嘘。でも、住んでいたのは本当よ。2年間隠してきたのに、全部水の泡ね」

 クレア先生は、その原因となったルフィーナを責める代わりに、この世界に来た理由を尋ねた。


「……なるほどね」

 すべての事情を聞いたクレア先生はイスに座って呟く。

「川崎君、ルフィーナが迷惑をかけてごめんなさいね」

「いや、とんでもないっす」

「そうよ、ちゃんと家事やってるんだから!」

「あなたが威張らないで!」


 それにしても、とクレア先生はルフィーナに、1つの疑問をぶつけた。

「何で魔力が無くなったのよ?」

「え、ええっとねぇ……」


 途端にルフィーナは動揺する。視線を宙に彷徨わせ、両の指をつんつんしだす。

 俺も知らないな。その原因を聞かされなかったし、訊かなかった。生きていくのに栄養を使うように、毎日何かしらで消費するからだろう、と勝手に思っていたからだ。

「魔力を使い切るなんて普通はないわ。私は毎日、角や羽根を隠すのに魔力を使っているけど、2か月は補給しなくても平気よ」

 クレア先生の言う通りなら、こいつは1週間、何に魔力を使ったんだ?

「ゲ、ゲートを召喚したからよ」

「それでも1週間で使い切るわけないでしょ」

 クレア先生に反論され、ルフィーナは縮こまりながら何故か俺を見た。


「お、怒らない?」

「内容によるな」

 ルフィーナはしばらく黙った後、ぽつりと言った。

「……パチ屋に行ってました」

「それは聞いたよ」

 俺と出会うまではパチ屋で過ごしていた、と言っていた。だが、パチンコで金は使っても魔力は使わない。

「負け続きだったので、ラッキーを使いました」

「あ、あなたまさか」

 クレアにこくりとうなずくルフィーナ。

「先生、どういうことっすか?」

「ラッキーは運気を上げる魔法よ。ルフィーナはそれで魔力を使い切ったの。相当な回数使ったと思うわ」

「ムキになってたので……」

「つまり、お前はパチンコで金も魔力も使い切ったってことか?」

 肯定。

「お、お前……」

 もう何と言っていいか分からねぇ。

 玲緒奈も言葉を失っていた。


「それで、これからどうする気? ずっと川崎君のところにいるわけにもいかないでしょ」

 しばしの沈黙を破り、クレア先生が質問を発した。

「私だって色々試したのよ? けど全部だめだったわ。――待って、クレアはまだ魔力が残ってるのよね?」

「ええ。でも、今週の土日に一度帰るわよ」

「じゃあ、食材を買ってきてちょうだい! ヤギの肉か血がいいわ」

「いいけど、あなたお金あるの?」

 痛いところを突かれ、うっ、と黙り込むルフィーナ。

「ちょっとくらいなら俺が出しますよ、先生」

 しかし、クレア先生は頷かない。

「川崎君、無理しなくていいのよ」

「いや、最初からそのつもりだったんで」

 そうではない、と彼女は首を振った。

「5、6万はかかるわよ? 本当に出せる?」

 そ、そんなに!? さすがに無理だ。

「何でよ! 貯金があるじゃない!」

「あれはお前の金じゃねぇ!」

 このクソ女、いい加減働きやがれ!

「で、ではわたくしが――」

「出さなくていいぞ玲緒奈。こいつは甘やかすと、どこまでもつけあがるからな」


「これじゃもう帰れないじゃない!」

「働けばいいでしょ!」

 悲痛な叫びを上げるルフィーナに、クレア先生が正論をぶつける。

「私、あなたと違って住所も戸籍もないのよ!?」

 家出してきたルフィーナは、人間界に住んでいるという証がない。魔界から来た悪魔がどうやって溶け込んでいるのか知らないが、こいつがそういう手続きをしているとは思えない。

「先生、作る方法ってあるんですよね?」

 クレア先生はこうして人間界で働いている。それには戸籍やら住所は必須だ。

「作ることはできるけど、時間とお金がかかるわ」

 その金を稼ぐために必要なのだ。

 他に解決法もなく俺とクレア先生が黙る中、玲緒奈が口を開いた。

「わたくしが何とかしますわ。ルフィーナさん、土曜日に京也さんとわたくしの家に来てくださる?」

「え、えぇ」

 ルフィーナは困惑しながらも頷く。

 彼女が何を考えているのか分からないが、他にアテはない。ひとまず当面の方針は固まったので、ルフィーナを家に帰し、俺たちも解散した。

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