【第三部】第三章「御曹司の夜会」



 黒石は運転手に命じ、鏑木市の中心地にある高級ホテルの一角のレストランに俺を連れてきた。俺も財布にかなりの額のお金を忍ばせていたのだが、黒石は「遠慮をするな」と俺に言った。かなりの高級なフランス料理が俺の前に出された。


シャンパンを開けられる。グラスに注がれる鮮やかなシャンパンを見ながら、黒石は言った。


 「近江くんはお酒は……いけるかい?」


 「……大丈夫です」


どうしてこんなにスムーズに懐に入ることができたのだろうか?そして俺には、この男が「父親を殺した真犯人」であることが理解できなかった。今までの動向を見るに、あまりにも隙がないのだ。計算しつくされた笑顔の裏に隠れた恐ろしい殺意があるのかも知れない。もしかしたら……いや、疑うのはよそう。




 「……今日はどうして……俺を誘ったんですか?」


 「うーん……近江、近江。どっかで聞いた名前だと思ったんだ。そしたらピーンと来たんだよ!」


 「……」


 「君は『(株)グリーンファーム』の御子息じゃないか?」


 俺は掛かったと思ったが、敢えて、控えめに言った。


 「そ、そうなん……ですかねぇ?ちょっと自覚がなくって」


 俺は胸ポケットに入れていた名刺入れから「偽装した名刺」を出すと、黒石に渡した。黒石は、名刺を見ながら言った。


 「いやー、俺知ってるんだよ。最近、ちょっと有名になってるベンチャー企業でしょ?有機無農薬のペットフードとか出してる」


 「そ……そうなんですよぉ。お、俺、肩の荷が重くって」


 俺はわざとらしく演技をした。「社長御曹司は、もう責任が重くて逃げてしまいたい。お金なんか腐るほどある」と少し愚痴をこぼしつつ、料理を突きながらシャンパンを口に含んだ。黒石の目は、俺を鴨(かも)だと思ったのか、輝き始めた。




 「……そうかそうかぁー。じゃあ、うちの会社に就職するといいよー。いいポジションに就かせてあげるよ」


 「そ、そんなことは……どうでもいいんです」


 俺は黒石が隙を見せたと思い、スマートフォンを操作すると、「株式市場の画面」をウェブから立ち上げ、「グリーンファームの持ち株」を黒石に見せながら言った。


 「実は……俺の会社、今度また新製品が市場に出て、……株が上がるんです……クロイシ・ペットビジネスの子会社にしたいので、優良株として買い取ってもらえませんか?」


 「……悪くない話だな」


 「俺が持っている株は……五年もすれば、二十倍になる優良株です。今は……『市場価値、一億円しかない』紙くずなんですが。……言い値で買いませんか?」


 やや饒舌になってしまった。少しやりすぎたか?俺は少し後悔した。黒石は長考していた。それはそうだ。何故なら、これが確実に儲けられるという確証はないのだから。俺はもうひと押し、決めてみた。


 「……分かりました。父に頼んで『会社の登記簿』を俺名義にしてもらいます。それを株と一緒に譲る……ってのは……どうでしょうか」




 「……なーんか、ぼっちゃんに『うまみ』がないんだよなぁ。どうしてお前はそこまでして『美味しい権利』を手放したいんだ?」


 「俺、実は……自由になりたいんです……普通に生きたくて。親父が……金に縛られてるから……家庭を顧みないので疲れてしまって」


御曹司らしき贅沢な悩み。一介の企業のおぼっちゃまが、親に甘えられず、家庭を見て欲しいと駄々をこねる演技。「世間に対する考えの甘さ」を黒石に見せつけてみた。すると黒石は、シャンパンを一口飲んで言った。


 「……わかった。ただ、いい返事は出来ないかも知れない。期待しないでくれよ?ひひっ」


 「……よろしくお願いします」


 俺はテーブルに着くほど、深く頭を下げた。




**


 さて、帰宅した。俺は程よく酒の酔いが回っていた。俺は、黒石のご厚意で「借りている」高級マンションに送迎してもらうと、高級なベッドに倒れるように横になった。今日は少し喋りすぎたから疲れた。時刻は深夜になろうとしていたが、コップに一杯、水を入れ、一口飲んだ後、スマートフォンを操作して、師匠に連絡を入れた。


 「……ああ、のそか。お前、寝てたんだぞ?常識を考えろ!」


 「師匠……スミマセン。言われた通りにやりました」


 「……で?上手く行きそうなのか?」


 「もうひと押し。……ってとこでしょうか。明日、『会社の偽造登記簿と株式証券を一億円分』をお願いできますか?取りに行きますので」


 「分かった。……高くつくぞ?」


 「よろしく……お願いします」

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