【第四部】第一章「森城町と鬼瓦師範」



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 「そう言えばそんなこともあったなぁ。懐かしい」


 犬司は美咲と学校の校門を見つつ話す。美咲は嬉しそうに言った。


 「でも、犬司とまた高校で再会できるなんて、私嬉しいよ。この町にずっといると、子どもながらに思ってたけど、高校は男子校しか無いんだもの」


 「霧前市には美麗さんもいるしなぁ。ホント良かったよ。昔に比べて体調も良くなってるみたいだし」


 「友達とも再会できたしね」


 そうして、過去の話に花を咲かせつつ、話を本題に戻す。犬司は覚悟を決めた美咲からいろいろと話を聞いてみた。


 「俺は確かに空手もコマンドサンボも習ってきたし、今もボクササイズ、暇見て通ってるけど、ミサキチはこうやって来たからには考えがあるんだろ?」


 「う、うん。ちょっと図書館で何冊か本を読んでね、物的証拠を抑えて動物愛護法に叩いてもらおうと思うの」


 動物愛護法。動物虐待を抑えると罰金五十万円の罰金を取ることが出来る上、営業停止に追い込むことも出来る。また、死に至らしめた場合、懲役刑にも課すことが出来るらしい。悪徳ブリーダーに関することも何か所かネットで調べたが、惨い記事ばかりだったようだ。


 「ちょっと焚きつけられたはいいものの、呼吸器の弱い私では太刀打ちできない相手でね。非力だし。だから犬司にお願いしたの。なんかあったら遠慮なく逃げてもいいからね」


 「た、立場が逆だろうが!!」


 「あはは。そうだった」


 そして、少し、犬司は寄る場所があるから行きたいと、鬼瓦師範の道場に寄ってからブリーダーの方を叩くことにした。




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 「最近はちょっと犯罪に巻き込まれる子どもが多いから気を付けないと。いざとなったら金的を蹴ってでも逃げなさい!」


 「はーい」


 「お、師範いるいる」


 子ども達の声がする中、道場に訪問し、犬司は庭にいる師範のもとに行った。師範は一回り円熟し、穏やかな表情になっていた。そして、子どもに護身術を教え込んでいた。犬司は美咲と一緒に師範に挨拶をした。


 「ここが、犬司が小さい頃に通ってた道場?」


 「そうだよ。あ、師範、お久しぶりです!」


 「おっ、誰かと思えば犬司じゃないか!大きくなったなぁ。隣の女の子は?」


 「小鳥遊 美咲(たかなし みさき)って言います。小さい時、森城町の病院にずっといました。今は元気です」


 「ほう、それはそれは。犬司の将来のお嫁さんかな?」


 「ち、ちがいますって!」


 嬉しそうに師範は言った。そして、師範は犬司を撫でていた。犬司は撫でられて悪い気はしない。美咲は周囲にいる子どもたちと楽しそうに話していた。その時、女性の声が玄関から聞こえた。


 「じーちゃん、久しぶりー。帰ったよー」


 「おお、華蓮か!ちょうど良かった。犬司がいるぞ」


 「へ、け、犬司?!」


 華蓮は戸惑い、猫を被ったかのように淑(しと)やかになった。


 「犬司くん、久しぶりです。大きくなったわね。お姉さんは嬉しい」


 「れんねー、どうした?学生になって性格変わった?」


 「そんなことないわよ。えへ。そこのお嬢様はどちら様?」


 「小鳥遊 美咲です。ミサキチって呼んでください!」


 美咲は丁寧に頭を下げ、笑顔で答える。華蓮は驚いた。そして、師範と同じくだりで話をする。


 「け、犬司くん、立派な彼女さんねぇ。お姉さん嬉しいわぁ」


 「何言ってんの?ってか、れんねー気持ち悪い。昔の高飛車な性格どうしたんだよ!」


 「聞かないで、あーあー、ちょっとあれは、忘れてしまった過去の話。」


 「どうやら何かあったらしいな」犬司はそう思ったが、それ以上聞くことはしなかった。




**


 師範が引き続き、子どもたちに指導をする中、犬司たちは忍葉が出してくれたお茶を飲みながら、これからに向けて英気を養っていた。犬司は懐かしい気持ちを胸に秘めつつ、美咲は幼少期の犬司のことを華蓮から聞いたりしていた。師範に話したいことがあった犬司だったが、立て込んでいて、話すことは出来なかったようだ。しかし、昔過ごした大切な場所を守りたいと、二人は確かに思った。




 少し山間に入り、薄暗く込み入った場所に施設はあるらしい。そして道場から近い。何かあったら遠慮なく逃げ込めばいいのだと犬司は改めて思ったのだった。犬司は前もって動物愛護団体の連絡先を控えており、いざとなったら電話しようと思っていた。




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 少し山の方に歩いていく。美咲は若干苦しそうにしていたので、ペースを見ながらだったが、犬司はいざとなったら美咲を師範のもとに預かってもらい、単身でも乗りこむつもりでいた。すると、美咲が教えてもらった通り、廃屋の建物が一件、林の中にあった。禍々しい空気で立っていた。安っぽいプレハブ製の建物からはけたたましく猫や犬の騒がしいくらいの鳴き声が聞こえる。不衛生で苔むしたような建物だ。美咲はめまいがしたのか、くらっと後ろにのけぞった。


 「大丈夫か?」


 「あ、うん。ありがと」


 犬司は背中に手をやり、そっと支える。美咲は防塵マスクをし、カメラを構えた。犬司は少し準備運動をすると、深呼吸をした。

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