最終夜 Jack O'Lantern's Curse.

 あの少女がいたから何が変わるわけではない。

 だって、何百年も続けていた習慣がたった一言で変わるわけないじゃないか。

 あの少女がなんと言おうと、第三者の目から見てボクの行いが倫理に反してようと本能は変えられない。ではボクは何を食べていければいいのか。

 肉食獣は草を食べて生きていけるかい?

 違うだろう?

 彼女が言うのは、つまりそういうことなのだ。

 つまり、彼女が生き返ろうとボクが行うことは何も変わらなかった。

 まぁ、彼女は不本意だろうけど。


 ◆◇◆◇◆


「もう!」

 朝から不機嫌な声がする。

「勝手にお世話をしているのは君じゃないか」

 ボクは何度も言うが頼んで起こしてもらっているわけじゃない。

 彼女が勝手にそういうことをするのだ。

「ボクは頼んでいない。それにボクは朝に律儀に起きる習慣はない。吸血鬼のように夜にしか行動ができないわけじゃないし、自分で起きる時間を決めてもいいはずだ」

「いいえ、私が起こすのだから私が起こす時間に起きなさい」

「……うるさい。小姑なのか君は」

「違うわ。けれど、私は貴方を起こします」

 非力な力で何を言う。

 どうせ、ボクには叶うはずがないのに。

 と、彼女に会う前のボクは思っていただろう。ボクは彼女に嵌められたし、ボクは彼女と彼女のご主人様であるかぼちゃ頭にしてやられたのだ。

「君はさ」

 結論から言うと、この主従コンビはグルであった。

「最初からこうするつもりだったんだろう?」

 ボクが殺せないこの少女を潜り込ませ、その読みが外れた場合でも殺すことができないジャックオランタンであるなら……、ボクはまんまとはめられたのだった。

「私にそう仕込まれた記憶はないけれど、そうなんでしょうね」

「ジャックオランタンの君は、主人であるあの伯爵の命令が絶対無二の勅命だからね。記憶を後で消したとしてもそれが本能なんだから無意識のまに従うのさ」

「……そうなのね、でも嫌な命令ではなかったような気がするのだけれど」

「そりゃそうさ、君たちは主人に『嫌だ』という感情を持たないようにコントロールされているし、実際君は伯爵のことが好きだろう。そういうものなのさ。洗脳やマインドコントロールではなく、君たちは主人にそういう感情を持てないように作られている」

「そうかも。私、伯爵のこと好きだもの」

「ケッ、伯爵め。洗脳よりもタチが悪い。主人に従うことを当然のこととし、その行動に疑問さえ持たない従者。従うことに疑問も抱かず、むしろ命令に従うことを生きがいとすら感じる、そういう泥人形のような従者を作って何が楽しいのか」

「私は泥人形ではなくってよ」

「ああ。嫌だ嫌だ。従順にするのに抵抗するその顔が最高だってあいつはなんで理解できないんだろ。初めから従順なんてさ、過程が面白くないだろう?」

 彼女は困惑した顔を見せる。

 そういう顔がそそるっていうのにさ。

「だって、伯爵のこと好きだもの……」

 分からないだろうなぁ、彼女は本当にあの伯爵の命令に背くという思考がそもそもないのだから。巣から飛び出た雛が初めに見た生き物を『母』と慕うかのように、ジャックオランタンには伯爵に背くという考えがそもそもないのだ。

「ううん、どうして背けないのかしら……? でも私、伯爵のことが好きで……、でもどうして好きなのかしら……」

 グルグルと目を回しながら彼女は考える。

 けれど、たぶんその答えは出ない。

「まぁ、それはボクの戯言さ、気にするな。君たちのアイデンティティを汚して否定したらあの怖い君たちのご主人様が黙っていないからね」

 亡霊である彼女らを従わせるための契約は、ジャックオランタンの生命本能と言っていい。従うことに疑問を持ったジャックオランタンは、主人により強制される。記憶を消すでも薬を飲ませるでもなんでもして、強制的に。従うことに疑問を持ってはいけない。

 ジャックオランタンは主人である伯爵が好きであるし、伯爵のためになんでもする。

「ボクが人間を食べる理由と同じ。君は伯爵に従うことが本能でありアイデンティティなのさ」

 倫理的にどうなのか、ということは第三者から見た戯言にすぎない。

「君たちは伯爵が人を殺せと命令したらその通りにするしかない。伯爵のいうことが全て正しく命令に疑問を持つことができないから。人を殺すという悪いことであっても、伯爵からも命令ならば簡単にしてやるのがジャックオランタンの本能だからね」

 伯爵がそういう命令を出すことはないだろうが、極端に例えるとそういうことなのだ。

「君たちは伯爵が絶対だからね。伯爵が君たちの命を握り、伯爵のために生きる。伯爵が君をもう要らないと言えば、君はその命を捨てなければならない」

 過去には要らないと言われた子も見てきた。

 要らないならば自ら自害をする、そういうものなのだ。伯爵が要らないものならば、自分に価値がないとあっさり受け入れる。

「さて、あの伯爵が大のお気に入りだという君がどうしてボクのところにいるんだい」

「えっと、伯爵がここにいなさいと言ったから?」

「そう、それだよ。それがよく分からない」

 伯爵はそう彼女に命令をして去っていった。

 ボクは何にも理解していないのに。

「私にも分からないわ。私は伯爵に理由を聞くことができないから」

「理由が分からないのに従うのもよく分からない話だ。ほんと、ジャックオランタンというのはよく分からないな」

「そうね。疑問には思うけれど、質問しようとは思えないのよ」

「本当に厄介な呪いだな」

 呪い、従うことしかできない呪いは、彼女たちに仮初の命を与える代わりに忠誠を誓わせる。

「でも、伯爵は悪い理由で私をここにおいたわけではないような気がする」

「どうだろうか、ボクを監視するために君をここにおいたんじゃないのか。というか、そうとしか考えられないんだが。いやきっとそうだ。ボクが君を殺せないからって。殺してもあいつの権限で生き返るからって!」

 ボクの叫びに彼女はポカンとしていたが、しばらく考えごとをしてそうして確かめるように静かに呟いた。

「……そうかもしれない」

「絶対そうだ。あいつ、ボクに厄介ごとを押し付けて。ふんだ、ボクはいつも通り人間を食べるんだから。間違ってもあいつに報告するんじゃないよ」

「それはできないわ。だって、伯爵の命令は聞けても、あなたの命令は聞く義理がないもの」

「ああいやだ。本当に嫌だ。早く出て行け、この屋敷から!」

「それはできないわ。だって伯爵は『君はここに残ること』という命令をくださったんだもの。私はその命令に背けないわ」

「だから嫌なんだ、ジャックオランタンっていうやつは!」


 ◆◇◆◇


 とある森の中、ひっそりと佇む屋敷には一人の男と少女が住んでおりました。

 仲が悪い二人は毎日言い争い、けれど、お互い似た者同士、それぞれのルールによって縛られた共同生活を送っておりました。

 男はその屋敷から出ることができず人間の肉を食べ、少女は屋敷から出ることができない呪いを受けその命令に背くことができない。

 お互い様、屋敷に囚われの身。

 けれど、仲良くとか共闘は考えることもなく、これからも争いながら共同生活を送っているのでしょう。

 この奇妙な共同生活はまだまだ始まったばかり。



 そう、これから、何百年も続くのです。 






 End




2023/5/25

文学フリマ東京にて完売しましたが、何人か気になるとおっしゃっていた方、再販希望の方がいらっしゃったので再販を決定しました!

近々、再販するので理沙黑のTwitterアカウント【@risa_9608】でお知らせ致します。

お楽しみに!!

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