第ⅩⅣ話 Jack the Ripper at night.Ⅰ

 なぜこんなことに。

「……かぼちゃちゃん、出ておいで」

 私は今、19世紀ロンドンのジャックザリッパーよろしく刃物を持って彷徨いている男から逃げている。ゆっくり、ゆっくり、コツコツとヒールが響いている。そういえば、彼の足元はあまりよく見えないがいつも高いヒール靴を履いている。

 それが、コツコツとコツコツと、近づいては遠のいていく。

「かぼちゃちゃん……」

 彼の身長はそんなに高くはなかった。

 もしかしたら、私よりも低いかもしれない子どものような背丈をどういうわけか高く見せているのである。いつも高い椅子に腰掛けているのもそうだろうが、実質高く見えるのだ。

「ねぇ」

 私が逃げているわけ。

「なんで逃げるの」

 この殺人鬼に殺されそうだからである。

「かぼちゃちゃん、煮て焼いたらかぼちゃ鍋ができるかなぁ。あぁ、美味しそうだ美味しそうだ。きっと君からは良いダシが取れるよ。じっくり煮て、骨の髄まで美味しくしてあげるからさ」

 美味しそうだ、美味しそうだ、美味しそうだと、呪文のように唱え続け。

「今日は4番の地下の子がもう殺してくれと頼むから殺して食べようと思ったけれど、今日はかぼちゃちゃんが殺される様を見たいんだ。だから殺されてはくれないだろうか。鬼ごっこは楽しいかい?ボクも楽しいよ、あぁ、ドキドキハラハラいつ見つかるのかなぁ、君の顔が歪む恐怖で歪む、その顔が見たいんだ。みんなそういう顔をする。殺さないでって懇願する。けれどボクはその顔がこの世で一番大好きなんだ。ねぇ早く」

 息が続かない。動けない。足が、もう、進まない。

「みいつけた」

 彼は、隠れていたクローゼットから引きづり出し、近くにあったベッドの上に私を放る。どさっとベッドに着くと、足に激痛が走るのだ。

「……ッ!」

「よし、とりあえず足を。筋はここかな」

 ビッ、と何かが引きちぎれる音がして、ビリビリと足先が震えた。その途端、怖いくらいに足の感覚がぴったりと止まったのだった。

「かぼちゃちゃん、殺されるってどんな気持ち」

 彼の顔は、あいも変わらず笑顔だった。

「怖い?悲しい?怒り?……そういえばボクは、殺されてる子にそんなことを聞くのは初めてだったよ。どんな気持ち?ねぇ、どんな気持ち?興味がある。他人に興味を持ったのは初めてかも。食べることに興味はあっても、殺すことには興味がなかった。首を撥ねて終わり。逃げる足はもうないよ。足が動かなくなっただろう?もう逃げられない。そうだろう?」

 血が吹き出る足を撫で、開いた傷口を指でなぞる。その激痛は今まで経験したことがなかった。

「君はどんな気持ちで殺されるのか」

 ナイフを抜き、豚を屠殺するかのように鮮やかに処理をしていく。その手つきは慣れている、そう評価するほかない。ふんふんと鼻歌を歌いながら、私はベッドの上で解体前のマグロよろしく磔になった。

「よし、キリストのイエスはそういえば足首と手首に釘を刺したらしいよ。でもさ、そこってなかなかに痛いじゃないか。だからさ、ボクは」




「優しく殺してあげるよカボチャちゃん。きっと美味しいカボチャ鍋になれるさ」

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