第XIII夜 Wer wird verraten?

「あぁ、そうかも知れない。ボクは女の裸を見てエロティックとは思わないかな。調教する時に興奮はするけど、嗜虐的な興奮で性的な興奮じゃない。白くてモチモチしてて美味しそうだなと思うけれど、辱めてやろうだとか嬌声が聞きたいわけじゃない。リラックスしてホルモンをドバドバ出してくれるのなら、調理の仕方があるけれど、それ以下でも以上の理由は無いんだ」

 疑問に思ったことがあって、質問を投げた時、彼はさらさらと滑るようにその答えを言った。表情を変えず、真面目な顔で。

「で、なんでそんな事を聞くんだい」

「えっ、えっと……」

 顔が真っ赤になったのは私の方だった。

 この男は、調教といい私の体を触り、思い出すのもおぞましい世話をされ、挙げ句の果てに……な事をされた男なのである。

「そういうのがあったのなら、救いだと思ったかい?僕にとって君たちは所詮、食材さ。あぁ、でもさ一つだけ」

 男は長い睫毛の瞳を閉じてまた開ける。

「嫌だ嫌だと首を振り逃げる女を捕まえて、撫でたり愛でるたびに諦めたように自分の身に堕ちていくのは、とても興奮する。愉しいさ。あぁ、その時だけ、食材のことを愛おしく感じる」

「それでも食べるのね」

「そうだね、所詮は食材だもの。食べるために捕まえてきたのに食べないなんてことはないだろう?」

 この男について、一つ目。どんなに同じ時を過ごしても食材以上の感情は持たないということ。

 二つ目は、性的感情を持たないということ。

 三つ目は、

「美味しくなるためにそれをするのが有効だっていうのならいくらでもするんだけどねぇ。いろいろ試したのさ。人間は言葉が喋れるから色々聞いてみてね。どれが一番美味しいのか。肉を柔らかくするにはどうするべきか。鞭で叩いて柔らかくしたこともあったなぁ。ほら、ステーキを作る時、豚肉を叩いて柔らかくするだろう?」

 ――美味しくなるためならなんでもするということ。

「鞭で叩いた時は、毎日毎日やめてくださいと懇願されて。でも殺した後に鞭で叩いても、新鮮味がないだろう? だから生きてる間に打ってたのに、アレはうるさくてダメだね。せっかくなら美味しく気分良く食べたいじゃないか」

 拷問をされて気分良くとはよく分からない。

「その人はどうなったの」

「衰弱死したよ。段々と元気がなくなって声が出なくなって。ま、うるさいから喉を潰しちゃったんだけどね。声が出なくなっても、毎日毎日、口を開けて何かを伝えようとしてたけどさ。ボクには何にも聞こえないのにねぇ」

 その人には心底同情する。

 きっと、恨み続けて死んだのだろう。

「ボクに色仕掛けをして助けてもらおうとした子もいたなぁ。まぁ、裸にしちゃってるからそういうことを考える子もいるんだよね。その子は、調教たっぷりしてボクに逆らえないようにして、その子がして欲しいことを色々して、最後には快楽という快楽を体に覚えさせて、でろっでろにしておけばボクに逆らうなんてもう思わなくなって飼猫のように従順になってくれるんだよねぇ。そうなったら、ボクがどんな命令をしても従うようになる。体にバターを塗り込ませてね、って言ってその通りにするとは思わなくてね。自ら鉄板の上に乗ってくれるんだもの。アレは楽だったなぁ」

 嬉々として時には愉快そうに。

 どうやって殺したのか。どういうことをしたのか。その時にどう思ったのか感じたのか。

 楽しそうに語るのだ。

 理解は出来ない。いや、理解してはいけない。

 目の前の男は人間ではないし、とうの昔に倫理観というものをかなぐり捨てている。

 理解したら終わりなのだ。

「一つ思ったことがあるんだけど」

 と、彼は言った。

「人間って、長い間時間をかけて調理すると最後には「早く殺して」っていうんだ。でもいざ殺すとなると「殺さないで」っていうんだ。……どっちなんだろう? でも殺すと、安心したような顔をする」

 この男には、

「それはどうしてなんだろう」

 どうやら同情という心は無いようだ。

 同情する心があればどうにか改心させることができたと思うのだけど。

「君はどう思う? ボクにはよくわからないんだ。そういえば君は、ボクに「殺して」と言ったね。ボクが望むなら君はいつでもボクに殺される覚悟があるってことさ。けれど、今、ボクが君を殺すならば」

 彼の瞳には光が無い。月のない夜のように、真っ暗で深い、夜のような瞳が自分を見つめていた。

「君は、『殺さないで』と懇願するかい?」

 満月は夜を照らす光。けれど、新月は月は見えず辺りは真っ暗だ。この男はそういう新月のように底が見えない男なのだった。

 いくら一緒に時を過ごしても同情の心を持たず、どうしても理解できない。

 それはまるで、フロイトが提唱した氷山の一角のように、私が見ているものは彼の中のほんの一部にすぎない。

 私が想像すら出来ないことを、唐突に思いつく。



「……ボクは今、君を殺してみたい」


「君が、『殺さないで』と懇願することに興味がある」


「だから、ボクに殺されてはくれないだろうか」


「今」

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