第Ⅸ夜 Question
「さあさ、体の力を抜いて。怖いことなんてないさ。ボクに身を委ねて。ボクの言う通りに。ボクの指示で君は動くんだ。……ボクの命令を聞きなさい。良い子だから」
私を鉄のベッドの上に乗せた男は、囁くようにこう言った。ぬるっとした液体を私の体に垂らして、瓶にあるそれをすくい取ってまた塗りつける。お腹の上を撫で、太ももを撫で、スルスルと触り続ける。
その度に。
「………っぁっ」
漏れ出る声が出るのを抑えながら。
「君みたいな死体はねぇ、血流がないからたまに買った主人はメンテナンスとして外部から血を押し出してあげなくちゃいけなくてね。こうして、血管を押したり、リンパを流したり、体の敏感なところを擦ったりしないといけないんだよねぇ」
おへそをくるっと指でなぞられた時、背中にビリビリと電流が流れた。
「ひゃぁッ」
「……そうしないといずれ体が腐って落ちちゃうから。そうなる前に予防をしなさいということだね。……うん、その前にさ」
男はふむ、と小声で呟いた。
「……邪魔だな」
そう言うと、奥から何かを持ってきた。それを背後から口元に巻きつける。
「よし。これでいい。ボク、耳元で騒がれるのは嫌いでね。漏れ聞こえる嗚咽ならまだいいさ、興奮する。けれど、……今はそんな気分じゃない。君の口を塞いでおこう。よし、目に涙なんて溜めないで。可愛いけどさ。……うん、こうマッサージみたいに滑らかな君の肌を撫でているとさ、君が綺麗な死体ならばお腹にお肉を詰めて丸焼きにしたのに。ソースをたっぷりかけてさ。美味しそう。きっと美味しいさ。君の肢体をこう眺めながらいつも思うんだ。ボクの屋敷は入ることは簡単でも出ることは難しい。それは、ボクが全部食べちゃうから。チーズにしたり、クリスマスケーキにしたり、肝臓をテリーヌにしたり。鳴き声以外は全部食べてしまおう。みんなみんなボクの胎内へ、咀嚼をして砕かれてはいるんだ。それがボクの屋敷についたものの末路。運命。理さ。……ボクは人を食べる食人鬼だから。初めこそは抵抗はあったよ。そりゃボクも人間だったんだ。抵抗はある。けれど段々とそれは薄れてきた。これは君たちの食事と同じ。豚肉を食べ、牛肉を食べることと変わりがないのさ。ボクにとって君たちは、家畜として飼う肉である。……ねぇ、カボチャちゃん。ボクは何か悪いことをしているかい?ボクは人間を食べないと死ぬというのに、どうして君たちはボクが人間を食べることを止めなくてはならないのか。ボクは本当に悪なのかい?」
スルスルと撫でる手が止まった。唇を噛み締めて、声が漏れるのを抑えていた。この、全身が痙攣をする感覚が、背中から突き抜けていくこと感覚が、憎悪ではなく快楽であることを認めたくなかった。
認めたくはない。
認めたくない。
「……ボクが人間を食べるのをやめたら、君たちはボクを許すんだろうか?」
荒い息遣いしかもう出てこない自分に、彼は尋ねる。
体が熱くて熱くて、堪らない自分に。
「どうなんだろう?」
その瞳は、迷子になった子どものようだった。
「どう思う?」
その質問には答えられない。私が知るものか。私がこんなことをされて恨んでいるとは知らないで。
「……僕にはわからない」
気づくならばその答えを知っているだろう。
「気づかないふりをした。お腹にハーブを混ぜたものを入れると美味しいということを知ってから、僕は見ないふりをした。それが人間だということを。人間の中だということを。……ボクは知らないふりをした」
この人にも人間らしい心があったんだと思ったけど、次のセリフでそんなことは気の所為だったと知った。
「だって美味しかったから」
この男に人間の心はない。
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グレーテル「まにあったぁぁぁぁあ!???」
カボチャちゃん「間に合ってません」
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