戦慄のギルド総長

「あ? 」



 彼は冒険者ギルドの総長。名はアーガルフ・ルットデルネ。資源の乏しい頭部に、開かない目と年老いた小さな体が特徴的な人物だ。

 かつてアーガルフは現役冒険者として腕を鳴らしていた人物であり、彼にまつわる武勇伝は事欠かない。いつでも冷静に周囲を引っ張り、魔物相手に戦いを挑んだ彼は多くの冒険者にとって憧れの存在である。現役を引退した後は、ギルド総長に推薦され、そして今に至る。



「今、なんと? 」



 その彼は絶句していた。今まで開くことのなかった目をカッと見開き、口をあんぐりと開け放って。

 アーガルフは自分の部下の報告の内容に、心底から驚いているようだった。驚いた、という表現すら生易しい。もはや、驚きなどというレベルを超えてしまっている。



「ギルド総長。気持ちは分かりますが、これは嘘ではありません。・・・・にわかには信じれないでしょうが、真実なんです 」



 申し訳なさそうに、呟く部下。しかし、アーガルフの耳にはその呟きは届かなかった。



 ここよりとても遠くにある、辺境の地に現れた凍竜・クルドガルフを発見し。すぐに、その近くにあるラルク村に緊急発令を出し、外出禁止を命じ。ギルドが誇る最高ランクの冒険者を選別、彼らに大量の支給品を援助、移動手段を手配して、討伐隊を結成。


 クルドガルフは、そこらの相手とは格が違う。そもそも竜について残された資料は無に等しく、どれもこれも古いものばかり。今の時代では、存在すら疑われていたような相手だ。いくら討伐隊といえど、何の情報もない竜に対し苦戦することは目に見えている。

 だから、まず第一に竜の生態調査を優先させ。討伐が可能だと隊長が判断するまで、隊員は一切の討伐任務を遂行することを禁じた。凍竜・クルドガルフの討伐が難しいと判断した場合は撤退しろと念を押し。


 そうしてアーガルフは討伐隊を送りこんだ。どのような結果を持ち帰ってくるにせよ、半年は帰ってこないと踏んでいたが。

 それが昨日に帰ってきた。送りこんでから、二ヶ月後に帰ってきたのだ。


 その速さにもアーガルフは驚いた。けれどチラリと見えた隊員の雰囲気から察するに、任務が達成された訳でもないらしい。なら、任務遂行を断念したのか。または、隊員の内の誰かが死亡してしまったのか。

 どの道、喜べるような結果でない事は明らかだった。



 でも一体、誰に予想出来ただろうか。

 実際、ギルド総長であるアーガルフは未だに半信半疑の状態だ。



「・・・・討伐隊が現地に到着したが、討伐対象の姿は見つからず。発見場所である雪山を捜索。結果、何かに食い散らかされた魔物の死体を発見。その死体に討伐対象の特徴の全てが一致した。か 」

「討伐隊の皆さんも、始めは流石に信じれなかったらしくて。どこか遠くに移動したのではないか?と考えたそうなのですが・・・・。付近に住む村人に、話を聞いてみてもそれらしい情報は掴めなかったそうです。魔物観測所の方にも竜が移動した形跡がなかったか、帰還してから聞きに行ったそうで。でも・・・・ 」



 部下は首を振った。



「ははは・・・・ 」



 笑うしかなかった。

 竜に関する資料は無に等しく、そのほとんどが役にたちそうにないものばかりだが。それでも、全ての資料に共通する点がある。

 それは、竜は常に厄災に例えられる。倒すなどもってもほかだと、言外にそう記されているという点だけが一致していた。



 かつての人間に厄災に例えられ、恐れられ、ある地域では竜を崇めていた程に強大な存在を。打ち負かして喰らう生物がいるなど、アーガルフは考えたこともなかったし。また、考えたくもなかった。



「・・・・世界は広い。そう思わないか?イーク 」

「ええ、広すぎて目眩がします 」



 アーガルフは、部下に語りながらため息を吐くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

狼王少年 菅原十人 @Karinton

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ