どうやら命を狙われている我

 ポカン顔の我と、冷静な顔をした沙羅。

 振り続ける雨の下で、我はブルリと体を震わせた。コンビニに入って傘を買わないと。このままでは高校入学早々風邪を引いてしまう。

 

「はあ、仕方ない。私の傘に入れてあげるわ。あと――はい、これ」

  

 鞄の中から、タオルを出して、我に差し出してくる。

 受け取ると、ふんわりといい匂いがした。 


「あ……ああ。すまない……」

 

 沙羅の傘に入れてもらいながら、我は先ほどの誰も乗っていないトラックについて、考えていた。

 あれは、ただの雨によるスリップだったのか……?

 いや、スリップだとしたらおかしい。運転手が乗っていないなんて。

 誰も乗っていないトラックが勝手に動いたということになる。


 ――ガードレールを突き破るほどのスピードで……?

 

 沙羅は我の方を見上げながら、

「さっきので、流石にあんたも気付いたでしょ?」

「――我は、何者かに命を狙われているのか?」


 あのように都合よく、トラックがこちらに突っ込んでくるはずもなく。

 ましてや、誰も乗っていないとなると、どうやらそういうことと取るしかない。 

 だが、どうやって……? 

 ドライバーが動かさなくても勝手に自動運転する車はすでにあるし、もしかしてそれか?

  

「命を狙われているとしか、考えられないってこと……らしいの。惚れるだの惚れさせるだの言ってる場合じゃないみたいだから、あんたの言ってた勝負とかいうのは、一旦預けて。私はあんたの傍にいるし、仮の恋人ってのは別に継続でいいから。勝負しないって言ってるわけじゃないんだから、暴れるのはやめて」

「……ああ」

 

 沙羅が傍にいるのだから、我が求めていた形からは外れていない。

 だが、世界は我を中心に回っているのだ~! とか考えていたら本当にそうだったとは思いもよらなかった。流石に冗談だったのに。

 そして同時に、何の力も持たない我に運命が牙を剥いてくるとは……。


 ――力といえば……。


 我が狙われたことも驚きはしたが、もう一つ驚いたことがある……。

 沙羅のあの身のこなしだ……。普通の人間が、助走もなしにあんなに飛べるものか……? それも、我を担いだ状態で。

 あの動きは……、本当に前の世界での勇者のようではないか。

 気になることがどんどん積み重なっていく。

 

 一つ傘の下、間近にある沙羅の美しい横顔。

 触れ合いそうな微妙な距離なのに、触れない。


 気づかれないようにちらちらと沙羅を見ていたが、我は怖気立おぞけだつような気配を後方から感じた……ような気がして振り返ったが、誰もいなかった。

 誰が、一体なんのために力のない我を狙うのだ?


「なぜ、なんの力もない我を狙う必要がある……?」

「それが分からないから、あんたを守るしかないのよ」

 

 駅のホームに着いて、沙羅は我の傍から離れはしなかったが、電光掲示板を見たり、線路の傍をキョロキョロと見渡したりして、落ち着きがなかった。 

 我らが乗る電車が到着して乗り込むと、沙羅は俯いて何かを考えていて、我は話しかけることができなかった。


 

 学校では、下駄箱横の掲示板にクラス分けの紙が貼られていた。

 我は自分の名前だけでなく、沙羅の名前も探す。

 それを見つける前に沙羅が見つけて、我に告げた。


「真央、同じクラスみたいね。1-3だわ」

「! 本当か?」


 1-3に、我と沙羅の名前が掲示されていた。  


「同じクラスで良かった」


 思いもよらない沙羅の言葉に、ドクリと高鳴る心臓。 


「!? あ、ああ! そうだな!」

 

 よもや、沙羅と同じ気持ちだったとは。まったく、そんなに我と一緒にいたいのなら、最初からそう言えばよいものを……。

 こやつ、我にツンツンしているのは、ポーズか? もっとデレていいのだぞ!?

 我はいつでもウェルカム!! いつだって準備万端だからな!


「あんたを守りやすいし」

「」


 あっ、そうか、うん……うん……そうか……。


 ……我は何度上げて落とされれば気が済むのか……。

 気持ちがここにないということに、これほど心をえぐられるとは。

 沙羅は全く動じていないのに、いいように感情を振り回されて、本当にバカみたいだ。

 魔王だぞ!? この魔王が……!!

 ……こんなことを言っても、どうせ沙羅にあんたは今魔王じゃないとコテンパンに言い負かされるだけか。

 

 肩を落としながらとぼとぼ歩いて、1-3の教室に到着する。

 前方の黒板に貼られた席順を見て、窓際後方の席へ座る沙羅と、反対方向廊下側の席に座る我。

 沙羅の席……、なんか主人公っぽい席だな。などと、どうでもいいことを考える。


 ぼんやりと、沙羅の方に聞き耳を立ててちらちらと見ていた。

 

 沙羅の周りには、気付けばなぜだか自然と人が傍にいる。


 ――ああ、昨日新入生代表の挨拶をしたからか。

 

 あやつは、いとも簡単に人と縁を作り友人を作る。我がいなければ恋人も作ったのであろうか。

 ばかばかしい、今本当にばかばかしい想像をした。

 

「由地さん、挨拶してたよね? 頭いいんだ?」

「たまたまだよ。入試のヤマが当たって。先生から電話があって、挨拶してほしいって言われた時はびっくりしたよ。あと、苗字ってなんか他人行儀だし、沙羅でいいよ。二人の名前も教えて?」

「うん、私は矢部やべ凜乃りの。八月生まれのおとめ座B型! 好きなものはうさぎ!」

 

 二つに結んだ髪を揺らしながら、少し垂れ目の女がそう言う。この凜乃とかいう女は沙羅の前の席に座っている。 


「私浜屋はまや千夏ちなつ。凜乃とは同じ学校出身なんだ。水泳部で、この肌の色は日焼け。八月生まれのしし座O型。好きなことは……うーん、体を動かす事かな」

 

 二人の机の横に立っているショートカットの少し肌の浅黒い女がそう言う。


「そっか~。私は由地沙羅。11月生まれのいて座A型。好きなもの……? 考えたことなかったなあ。あっ、お菓子を食べるのが好きかも。これからよろしくね」

「うん! ところでさぁ……」

 

 沙羅の耳元で、何やらごにょごにょと内緒の話をする凜乃、千夏は「なになに?」とそこに耳を傾けている。

 流石にこの距離では聞こえん……。


「うん、いるよ……」

「えっ!? やっぱり? 誰? 同中おなちゅうの子? 同い年? 年上? 年下?」

 

 ツインテールをふるふると揺らして跳ねながら、凜乃が楽しそうに騒ぐ。なんだか話すのが疲れそうな女だ。 

 

「そこにいる、甲斐田真央」

「!?」

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