九羽 女王蜂に刺されるCHU

 CHU・CHU・CHU!

 CHU・CHU・CHU!


 引き続き音楽が鳴っている。


「ん、んん……」


 迫る女神ヒナギクを突っぱねることは簡単だ。だが、やはり恥をかかせてしまう訳にはいかない。


「――えー、えー。マイクないけれども、声量のテスト中。テステス」


 おい、実況するのか? 声大きいよ。マイクを持つ真似でもしているな。


「――本日は、女神ヒナギクと佐助様の婚儀でしょうか? 実況及び司会は、三神真血流堕が行いたいと思います」


 真血流堕アナの本業が始まった。楽しい実況なのだが、俺のこととなると、話は別だ。


「隙あり! CHU」


 ふおー! 頬がアツい。もう、お婿にいけないんだからっ。いやっ。


「――早速、一発のジャブが入ってしまいました! 佐助先輩は、めろりんこしておりません」


 片手をプロジェクターにつき、大きく顔がうつる。ドンと片手で逃げられなくされて、残りの手で俺の頬が奪われる。


「CHU・CHU」


「調子に乗るな。三つも要らないだろう」


 俺だって、さっと顔をそむけるが、頬はどうしても狙われてしまう。


「――佐助先輩の攻防は、防戦一本です。どうしても優しいので、力で断り切れないのでしょうか」


「CHU・CHU・CHU! いい機会です。勇者、佐助様。アイラブ、佐助様、うさうさフォーリンラブよ」


 近いよ。俺って、いじられキャラではないだろう。


「はー。動けない。あごクイ、禁止! 次やったら、ダメだよ。もう、ここで五回もだ。金返せ」


 悔しくて、涙が出そうだ。大事にして来たのは、彼女のことだけではない。道徳的なことも含めてなんだ。


「――佐助先輩の優しさが仇となりましたか」


「うん、綺麗な目をしているのね。CHU・CHU。女神のご利用は、計画的にね。女神ヒナギクの力をご覧に入れますわ」


 ぽ、ぽよんと何かが当たったよ。あれ? 見る分には好きだけれど、俺って女性恐怖症になったのかな。


「――まだ、女神ヒナギクが狙っております。そして、ラストワンでしょうか? 幸運のくじ、ラストワン賞に入りますと、レアなキノコンフルコースが貰えます。前菜は絶品ですからねー」


 俺、泣いてないよな。何で、肩を震わせて、こんなに恥ずかしい顔を見せなければならないんだ。絶対に赤面している。東京の彼女にだって、心の武士で隠していたのに。


「ラストのCHU……」


 本来、CHUは、お互いがあたたかい気持ちになるのだと思う。俺は、結局、CHUを頬に八カ所された。蜂に刺された気分だ。強引すぎて、結構、ご立腹だぞ。


「いいか? 女神ヒナギク。俺は何としても、くちびるだけは守るからな」


「――佐助先輩が可哀想なので、実況はここまでです。はい、おつかれーしょん!」


 実況好きアナウンサーもノリが悪くなり、おとなしくなった。マイクを持っている手つきを降ろして、教えてくれた。


「頬からきらきらとした金平糖が生まれていますよ」


「何だと。そう言えば、言う通りだ。八粒ある」


 俺から離れて、ぱんぱんと手をはたいた女神ヒナギクが、珍しく笑顔ではなくなっている。


「何故、祝福を受けようとなさらないの? 女神から多大な力を得られるのは、勇者、佐助様だけだと言うのに」


「俺は、夢みたいなことを考えて見えるのか」


 真面目にやっていることを分かって貰おう。海に出たのだって、ただの家出ではない。


 ◇◇◇


 ――あの日、覚悟してのことだ。


『本城くん。私よりも研究が大切なの?』


 淡いピンクのカーテンを彼女がくっとつかむ。窓からのあたたかな日射しが、二人をゆるい陽炎に縛った。何度も夢に見るあの部屋だ。


『就職の面接をして来たよ。博士に行けなかった俺には、研究職は無理だと言われた。修士では、仕事にならないらしい。だから、ドクター論文を引っさげて、教授のところへ参るしかあるまい』


 彼女が疲れているのは分かっているのに、自分のことばかりだったのかも知れない。自分勝手な覚悟だと、シンデレラが沈むと言う大失敗をするまで分からなかった。


『意地をはらないで。私がここにいる以上、どんなに働いても無理よ。お金も仕事も意味のないものになってしまう』


 その時は、彼女の力になりたいと思っていたのだ。彼女の心や体についた傷から、目をそむける訳にはいかないと思った。


『食わしていけないのなら、キミのご両親は、俺との結婚を認めることはないよな。それに、俺自身もキミを支えられないのは、悪いと思う』


『私は、傍にいて欲しいだけなのに……』


 彼女は横になったまま、静かに息を吐き、ゆっくりと目を瞑った。


 俺は、彼女の手を包んで優しさを伝えたかった。


 でも――。


 ◇◇◇


 俺は、はっと目覚めた。いつもこうして、現実の女神ヒナギク達の世界と彼女のいた世界が交錯する。


「では、宣言しよう。この基地のデータからして、シンデレラがいい状態である確率は低いと思う」


 あのシンデレラが痛がっていないかと、心配している。


「そこでだ。船を作ろうと思う。今は難しいが、様々なことを調べた上で、シンデレラ以上のいい船で、人買いのいないところへ皆を連れて行きたい」


 五人が暮らしているところへ俺達二人が来たから、七人乗れればいいのだな。結構、大きな船になるな。


「このことは、ミコ=ネザーランドさんに、うさうさウインドウで伝えられないかな」


 俺の難しくもない頼みに、女神ヒナギクが首を傾げる。


「できなくもないけれども、ねえ」


「うん。ミコくんは、用事があると言っては、人に来て貰って会いたがるんだ。だから、パラダイス定食はデリバリーだよ」


 ユウキくんとも上手くいかないのか。


「きゅう。あたしのお風呂には、来なくなってしまったの。改装したよとお手紙を出したけれども」


 ほほう。ナオちゃんのお風呂か。さっきは人買いがいたが、皆で仲良くなれそうだな。


「そうだな。林に適材があるか見ながら、ナオちゃんのお風呂へ行こうか。女湯の皆様は、楽しく入ればいいよ」


「むきゅう」


 おお、ナオちゃんがゆるーく喜んでいる。


「では、ドクターマシロ。プロジェクターに使ったいくつかのデータをプリントできないか?」


 俺は、造船担当だからな。


「ここでは、羊皮紙がメインなんだ。図は、覚えてしまって欲しい。自分はそうしている」


「げっ。頭いいのな! さすがドクター」


 周りを見回すと、確かに、ゲーム機にもなるものもあるが、殆どが最先端の機器だ。


「んんー。ここの機器で、造船を検討していてもいいかな? ガラパパパ諸島の不思議な島をここで研究したい」


「自分は構わないが、夜は違うところで寝て欲しい」


 ドクターマシロは快諾してくれたが、夜のことまでは考えていなかった。うっかりしたよ。真血流堕アナもどうしたものかね。


「サロンヒナギクはいつでもお客様をお待ちいたしております」


 うおお。怒っていないのね。プライスレススマイルは永遠の輝きですよ。


「は、はあ? 女神ヒナギクのお世話になるのですか」


「よろしくお願いいたします。佐助先輩と一緒の部屋でもいいですよ」


 ちゃっかり真血流堕アナよ。


 分かった。分かりましたよ。


 さあ、俺に言わせて貰おう。


「おつかれーしょん!」

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