八羽 男女逆からのあごクイ

 天高く、おつかれーしょんがとどろき、声色で真血流堕アナが怒っていないと分かる。女神ヒナギクから、祝福のCHUを受けたが、ナオちゃんを救うためだ。不可抗力だろう。


「お、おう。真血流堕アナがおつかれーしょんをすると肩をもんでもらったようだよ」


「あら、そんなに効きめがありますか? 佐助先輩」


 おーい。年甲斐もなくスキップするなよ。二十二歳。


「佐助殿に真血流堕殿。ユウキくんのレストランから二ツ山に比べたら、ここから海岸はそれ程遠くありませんよ。ウミガメくんのいない海岸を案内いたします」


 ドクターマシロ=ダッチについて行く。


 女神ヒナギク=ホーランドロップ、ユウキ=ホトくん、ナオ=ライオンラビちゃん、三神真血流堕アナウンサー、俺はお縄にされた名も知らぬ者を連れて南へと向かう。


 ナオちゃんのお風呂がある二ツ山から去って行くと、一旦、砂の地から離れた。木漏れ日の射す林間の小道を行く。ここはケケー鳥の声もせず、南風を受けて甘い香りもする静かな林だ。


「早く、この人買いを放り出さないと、皆、落ち着かないだろう」


 歩きの遅くなった髭面を縄で引っ張る。


「あたしは、大丈夫なのよ」


 強がらなくてもいいよ。ナオちゃんの舌ったらずの喋り方がキュート、キュートですよ。守りたくなるのは、マシロお姉さんだけじゃないぞ。俺にも頼って構わないのだぞ。まあ、男は嫌か。


「この林はまよいのはやしと呼ばれている。ちょっとしたダンジョンなんだ。行きと帰りは道順が違うんだ」


 俺の腹羅針盤はららしんばんによれば、同じ南でも、女神ヒナギクのサロンより東寄りだろう。


 ◇◇◇


 ――そうだな。思い出したよ。


 結構、腹羅針盤は役に立つのだぞ。俺は、東京の彼女に、無駄な方向感覚と呼ばれた。


 渋谷しぶやで、何の間違いかデートしたことがあった。間違って、大人なホテルが多い場所に入り込んでしまい、赤面してスタスタ歩いたら、彼女とはぐれてしまったことがある。黒歴史だなー。


 彼女のデイジーのような香りをたよりに探したら、驚きの場面に出くわした。ナンパされていたんだよ! 流石に俺でもジェラシーとファイヤーだったけれども、坂の街を上手く切り抜けて、振り切った。


『ありがとう……。怖かったわ』


『俺がいけなかったんだ』


『無駄に方向感覚がいいのね。感心、感心だぞ』


 これ以来、CHUなんてない、純粋な愛情が大切だと思うようになったんだ。俺は男だが、結婚するまで、何もしなくていいではないか、それでも愛し合えると信じている。友人はバカにし、ありえないと笑ったけれども、彼女には、分かって貰えていると思う。


 ◇◇◇


 間もなくすると、林を抜けて明るい岩浜に出た。


「佐助殿。ここは、千枚にも板状の岩があるように見えるから、千枚浜せんまいはまと呼ばれている」


 ドクターマシロが丁寧に案内してくれた。段々、切り立った先へと進む。ここへ、人買いを流すのか。悪いことをしたのだから、仕方なかろうよ。


「私は、あまり来ないわ。何か物騒で」


「ボクもここの食べ物は、食べられないとの結果を出したから、来ないな」


 女神ヒナギクとユウキくんが顔を見合わせる。


「じゃ、もう来るなよ。おつかれーしょん!」


 俺は、深い海へ放り投げた。縄は解いてやったのだ。生きるも死ぬも自分次第だな。


「皆、これでいいか? 再び現れることもあるだろう。しかし、殺すことはできないからな。手を染めてしまえば、俺も同罪だ」


 風の強い中、皆で顔を吹き晒して感慨にひたった。


 ◇◇◇


 一旦、迷いの林に戻り、ドクターマシロの組み換えダンジョンをうさうさウインドウを用いて、解析しながら抜けて行く。


 ガラパパパ諸島へは、死ぬかと思った難破で辿り着いた。だから、どこから来たのかなんて、ルートはシンデレラに乗船してみないと分からない。


「ここです」


 ドクターマシロがオートロックで招き入れる。


「おお! ありがとう」


 コクーン型をした小さな建物は、それまでの皆の家と違って、近未来的だ。


 これが、基地兼ゲームセンターか。ガラパパパ諸島にゲームセンターがあるなんて、想定できない。真血流堕アナもきょろきょろしている。


「綺麗な建物ですね。きらきらと何があるのかしら」


「タマムシですね。壁に亡くなったタマムシを練り込んであります」


 淡々と話すドクターマシロがいると、今まで迫っていた女神ヒナギクがずっとおとなしい。この二人に何かあるのだろうか。


「ぎわ! ムシか」


「真血流堕アナ、言葉には気をつけてな」


「こ、このチョココイン、美味しそうですねー」


 真血流堕さんが、つくろっている。いつも通り、偉いと思うよ。


 俺は、ドクターマシロを中心に聞き込みをする。シンデレラをどうするかな。


「シンデレラと言う俺の船をどうにか調べたいのだけれども。修理して乗れたら、帰れるかも知れない」


 ドクターマシロが、大羅針盤だいらしんばんと言う立派な装置をプロジェクターにかけた。


 この島の様子が投影される。ふうむ。島中を歩いていたお陰で、大体のことは分かって来た。それに、近くの海図まで分かっているようだ。


「ボク、あの嵐の日に船が高波に襲われているのを大樹様から聞いたよ。新しい時代が来るって」


「何だって? ユウキくん、本当か。新しい時代とは何だろうか。新しい船か?」


 船を造るには、せめて木が必要だ。この島だと林が考えられるが、許されるのだろうか。


「さあ、佐助先輩の造船が始まるのでしょうか!」


 恥ずかしくも真血流堕アナが実況を始めた。俺の思案を邪魔するなよ。


「そう言えば、女神ヒナギクがこのパラダイスから出たいと、船が欲しいと言っていたな」


 横にいた女神ヒナギクを見ると、虹のような顔色に輝く。


「勇者、佐助様。奇跡が導いた出逢いです。私達は、運命の仲なのですよ」


 つつっと俺にひっつく女神ヒナギク! おい、純潔とかないの? 俺が純でどうするの? せめて、きゃっきゃうふふで許してくれよ。 


「そうですわ。女神の祝福で、船がぽんと現れないかしら」


「なんて、煩悩まみれなんだ!」


 俺は逃げた。プロジェクターのポインターで俺が示される。話し合いは一時中止になるしかない。あれが来たからだ。


 CHU・CHU・CHU!

 CHU・CHU・CHU!


「ボンノウ万歳ですわ」


 二人のシルエットだけが、プロジェクターにうつる。俺が追われているなんて、心の武士が情けない。


「シルエットでCHUなんて、だんめ。私を見て、逃げないで」


「いや、俺には、純愛を貫いている彼女がいるんだ。東京湾に沈んだら、俺が可哀想だろう?」


 のけぞってCHUをかわす。


「世間様の事情は分かりません」


「すっとぼけてー」


 CHU・CHU・CHU!

 CHU・CHU・CHU!


「この音楽、何とかならないか? 気になるんだよ」


「まあ、お気に召しましたか?」


 スマイルプライスレスは、悪魔の言葉だったな。


「違う! 勝手な解釈をするな」


「本気出していいですか? 勇者、佐助様」


 ドン!

 ドン!


 両手で壁ドン? そして、迫らないで。ええ? あごクイ?


「俺の大切なものを踏みにじるなー!」


「そこまでよ! アナウンサー真血流堕が黙っていないんだから。実況しちゃうぞ」


 いや、それより、状況を変えようよ。


「ふゆ。さすけさまが」


「泣かないよ」


「怖くないから。ヒナギクくんは、こんなものだよ」


 ナオちゃん、ドクターマシロ、ユウキくん。お助けを。心の武士にお助けを……。


「果たしてCHUは? 佐助先輩の純潔は?」


 真血流堕アナの興奮甚だしく炸裂だ。


「おつかれーしょん!」

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