6

「早乙女 涼?」


 まだ俺達以外誰も来ていない、SHE'S-HE'Sのプライベートルーム。

 俺は、朝一でセンに問いかける。

 するとセンは。


「涼は、俺のおふくろだけど…」


 なんで、そんなこと聞くんだ?って顔をした。


「おふくろさん?」


「ああ。」


 あの手帳には、確か…臼井さんと浅井さんと…あと、誠司さんと…


八木 剛やぎ つよしって人、知ってるか?」


 俺がスティックをもて遊びながら問いかけると。


「八木 剛?」


 センは、眉間にしわを寄せた。

 これは…知ってる顔なのか、知らないって顔なのか…


「じゃあ、瀬崎勇二って人は?」


「…なんで、そんなこと?」


「何か知ってんのか?」


 俺の問いかけに、センは伏し目がちになって。


「何か調べてんのか?」


 ギターの弦を張り替え始めた。


「今から言う人たちの共通点って、何だと思う?」


 俺は真顔で問いかける。


「臼井さん、浅井さん、八木さん、誠司さん、瀬崎さん…センのおふくろさん。」


「……」


 センは少しだけ首を傾げて。


「共通点、あるよ。」


 無表情で即答した。


「あるのか?」


「光史、おふくろさんから何も聞いてない?」


「うちの母さん?」


 意外な言葉だった。


「何、センは誰から何を聞いて知ってんだ?」


「俺も、本当は何も知らないはずだった。おふくろは何も言わなかったし。」


「じゃ、浅井さんが何か?」


「…俺が親父の存在を知ったのは…八歳の時なんだ」


 俺は、スティックをイスの上に置くと、センの向かい側に座り込んだ。


「学校帰りに知らない男の人に声をかけられて…ある写真を見せられた。そこには、早乙女の父じゃなくて…おふくろや、その仲間達が写ってた。」


「え?」


「俺は、なんとなくではあるけど、三歳の時に今の父親が来たのを覚えてたから、実の父親を思わぬ形で知ったショックって言うより…自分のルーツを知れて嬉しかったのを覚えてる。」


「…それが、誠司さん?」


「そう。」


「……」


 知花がセンをスカウトして…次期家元がギタリストになんてなれるのか?って思ってると、ミーティングに現れたセンは勘当されていた。

 そして、その次期家元だったセンの実の父親が、ギタリストの浅井晋だとまこから聞かされた時は…少し、何とも言えない気持ちになった。


 SHE'S-HE'Sの渡米が決まった時、一番喜んでいたのはセンだったかもしれない。

 もう終わった恋ではあったが、織との約束が守れる。

 そして…実の父親に会える。


 漠然としか知らなかったセンの過去。

 この話を聞いた事で、俺も…もっと自分の事を話そうと思った。



「誠司さんに文通を進められてさ。君のお父さんが手紙を待ってるって…」


「…書いたのか?」


「書いた。それからずーっと…俺が渡米するまで。」


「長い文通だな。」


「その、長い文通の中に…親父は、たくさんの青春を綴ってきたよ。」


「青春…」


「その中に、臼井さんも、八木さんもいる。」


「え?じゃ、誠司さんも瀬崎さんって人も?センのおふくろさんも?」


「ああ。だけど、それだけじゃ駒が足りない。」


「足りない?」


「親父は高校の時バンドを組んでた。」


「ああ…」


「親父はギター、臼井さんはベース、ドラムは八木さん。」


「誠司さんは?」


「誠司さんと瀬崎さんは、聖子のおふくろさんの古い遊び仲間だったんだ。バンドとは関係ないんだけど、親父と同じクラスになったりで、仲良かったらしいぜ。」


「へえ…母さんから、昔の話なんて聞いたことないな。」


 駒が、足りない…


「…ボーカルは誰だった?」


 俺が問いかけると、センは少しだけ首を傾げて。


「丹野、廉って人。」


 って言った。


「丹野 廉…」


「FACEってバンド、何枚かアルバム出したんだけどな。」


「興味深いな。実家に帰って探してみるよ。」


「で、知りたいことは何なんだ?」


「いや、どういう繋がりのある人たちなのかなと思って…」


「高校時代の仲間だろ。今のメンバーに、おまえんちのおふくろさん入れて。」


「母さんも入るのか?」


「文化祭でバイオリン弾いたらしいぜ?」


「初耳だ…」


 なんだ、そりゃ。


 母さんは、あまり昔のことを喋らない。

 喋ったとしても、頼子おばちゃんとの思い出や、親父とのケンカのこととか…


「じゃ、うちの母さん、センのおふくろさんと仲良かったのか?」


「…親父の話だとな。」


「何だよ、それ。知ってたんなら早く言ってくれりゃいいのに…センも母さんも何も言わねーから、わかんねーだろ?」


「なんかさ…」


「あ?」


「子供ながらに、感じたっつーか…」


「何を。」


「軽く言っちゃいけないっていうか。」


「……」


「何となく、重かったんだよ。」


「…で、その八木さんて人は?」


「ああ、高校卒業してバンド辞めたらしいよ。」


「丹野さんは?」


「…亡くなったよ、事故で。」


「亡くなった?」


「そ。それで、臼井さんは帰ってきたんだ。」


「……」


 ルカは…いったい…


「親父さんと連絡とれるか?」


「親父?ああ…とれるけど、何。」


「聞きたいことがあるんだ。」


 俺は、一つ一つを頭の中で整理しながら。

 ルカと、俺の繋がりを辿っていた。



 * * *



「何してるの?光史。」


 実家に帰って、親父の部屋でCDをあさってると。

 ふいに、母さんが部屋に入って来た。


「ああ…ちょっと、捜し物。」


「誰のCD?あーあ、こんなにちらかしちゃって。」


 母さんは、俺がちらかしたCDを手にしながら。


「あ、懐かしいな。昔、この人たちのコンサート行ったのよ。」


 なんて笑ってる。


「母さん。」


「ん?」


「昔、バンドでバイオリン弾いてたって、本当?」


 俺の問いかけに、母さんは一瞬黙った。

 そして、少しだけうつむいて。


「弾いてたって…そんな、たいしたもんじゃなかったのよ。」


 って、言った。


「バンド組んでたなんて初耳だな。どうして教えてくれなかったのさ。」


「組んでたっていうより、ちょっかい出してたみたいなもんなの。」


「…センのおふくろさんと、仲が良かったことは?」


「え?」


「早乙女涼さんだよ。あと、ダリアのマスターとかさ。母さん、全然昔の話しないよな。」


 俺がCDを探しながら言いきると、母さんは少しだけ寂しそうに。


「…そうね…」


 小さくつぶやいた。


「ずっと…避けてきたのかもしれない。」


「避けてきた?」


「本当に大切な思い出があるわ。キラキラしてて…あたしにとって、生涯忘れることのできない思い出よ。」


「……」


「だけど、それは思い出すと辛いものにもなってしまったの…」


「…母さん?」


 母さんは涙ぐんで。


「ごめんね。今度ゆっくり…」


 部屋を出て行った。


 辛い?

 俺は開いたままのドアを見つめながら。

 一瞬、母さんが見せた寂しそうな顔を思い浮かべていた。



 * * *


「…おかえり。」


 夕べ、押し倒されたにもかかわらず。

 ルカは、俺の部屋にいる。

 そして、一応口もきいてくれる。



「…聞いていいか?」


「何。」


 俺の問いかけに、ルカはテレビを見たまま無関心に答えた。


「なんで、演技してる?」


「演技?」


「言葉遣い。本当は、悪くないだろ?」


「……」


「慌てると普通に戻ってる。」


「それが、何。」


 ルカは、だるそうに髪の毛をかきあげた。


「そうよ。言葉遣い、本当は悪くないわ。」


 その告白に、ホッとした俺がいた。

 …て事は、やっぱり俺はこいつを嫌いではない…と。


「こんなに早くバレるなんて…そうよ、ただ光史を困らせようと思っただけ。」


「困らせる?」


「光史じゃなくても良かった。本当は、あなたのお父さんが一番よかったかも。」


「何のことだ?」


「ね、お母さんに紹介してよ。」


 ルカは俺の肩に頭を乗せて、腕を絡みつけるように組んできた。


「…何のために。」


「あたしたち、結婚してるのよ?」


「結婚ったって…」


 よくもそんな事が言えたもんだ。



 ―夕べ、やる気満々でルカをベッドに放り投げたが…

 泣きわめかれて…萎えた。


 さんざん婚姻届や『夫婦』って言葉をダシに、ここに居座ってるクセに。

 なんなんだ、こいつは。


 …単なる同居人。

 そういう括りで片付けてしまえないのは…ルカに何か秘密があるに違いないからだが。

 真相が明らかになるまで、挑発や誘惑にのるのはやめよう。



「……どうしたの?」


 俺が無言で立ち上がると、それまで頭を乗せてた肩がなくなって寂しくなったのか。

 ルカが不服そうな顔で俺を見上げた。


「出掛けて来る。」


「え?今から?どこへ?」


「……」


 俺はルカを見下ろして。


「俺の性欲を満たしてくれる女がいる所。」


 少しニヤニヤしながら言ってみた。

 すると…


「っ…」


 意外にも…ルカが赤くなった。


 そういう事には慣れてるような顔してたクセに。

 全部が演技だった…ってわけか。

 何らかのために荒んだ18歳を演じてた女。

 信用ならね~…


 ま、バレバレだったけど…な。



「帰らないかもしれねーから、ちゃんと鍵かけとけよ。」


 背中を向けたまま、靴を履いてると。


「…帰んないの…?」


 背後で心細そうな声。

 俺は振り向いてルカの目を見つめると。


「そりゃ、おまえが満たしてくれるなら、それでもいいんだけどな。」


 顎を持ち上げて言った。


「なっ…」


 ボッて音が聞こえたかと思うほど、瞬間的に赤くなったルカは。


「早く行けば!!スケベ親父!!」


 俺の手を振り払って、部屋に戻って行った。



 結局…

 事務所のスタジオに入って、深夜までドラムを叩いた。

 その後、隣の湯を満喫して…プライベートルームに泊まった。


 得体の知れない女だが、俺はルカの事が嫌いじゃない。

 あいつに対しては、少し引いた状態で…出方を待とう。

 そして…

 裏では、ちゃんと動こう。

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