第12話:嘘はついていなかった

 ドクン、ドクンと、大きく脈打つのは、自分の心臓なのか、それともまたいでいる馬の背から伝わるものなのか……。


 真っ暗な荒野を、リリアは走り続けていた。

 どれくらい走っているのかわからないが、止まろうなどとは全く思わない。

 両の腰の魔光式銃の重さが、いつもよりずっと重く感じられるのは、きっと、リリア自身、知らない間に魔力を送り続けているからだろう。

 リリアは、自分では想像がつかないほどに怒り、その怒りに共鳴するかのように、今まで発したことのない膨大な魔力を、体中から放ち続けている。

 その魔力は薄紫色の光となって、彗星のごとく辺りを照らしている。


 リリアの頭の中では、今までの様々な出来事が、走馬灯のように繰り返されていた。


 最初から、何かがおかしいとは気付いていた。

 気付いていたのに、見破れなかった。

 手紙が届いた時も、ドルリッチ侯爵に会った時も、何かがおかしいと感じたのに、何も行動を起こさなかった。

 アニキスに止められたにも関わらず、アーシードラゴンを目指した。

 グレゴロの森についた頃にはもう、自分の浅はかさなどわからなくなっていた。

 キラクに出会っていなければ、村の人々は助からなかったかも知れない。

 キラクの話では、アーシードラゴンの角に病を治す力などない。

 その言葉の意味をしっかりと考えていれば、トレイユを止められた。

 あんな風に、血だらけにならずに済んだ。

 全ては、ドルリッチ侯爵と、エードリードの仕組んだ罠だった。


 ……許せない。

 ……あの男、絶対に許せないっ!


 しかしリリアは、それ以上に、自分に対しても怒っていた。

 みすみすあの男たちの罠にはまってしまった自分に対して、行き場のない怒りを覚えていた。

 そしてそれらを制御できないままに、ドルリッチ家の屋敷を目前に捕えた。


 屋敷を取り囲む城壁のような大きな壁に、敷地内へ入る大きな門がある。

 その前には、護衛兵が数名並んで立っていて、突然現れたリリアに向かって槍を構えている。

 しかし、今のリリアには、そのような槍など無力に等しい。

 馬の背から勢いよく飛び降りたリリアは、その足が地面につく前に、門の前にいる護衛兵全ての心臓を、魔光式銃で撃ち抜いた。


 キュイン、キュイン、キュイン、キュイン。


 リリアの放った薄紫色の魔光は、護衛兵たちの心臓を突き抜けた後、その後ろの門にぶち当たって火の手を上げた。


 ズドーン、ズドーン、ズドドーン!


 木製で造られている巨大な門は、轟々と音を立てて燃え始める。

 しかし、全てが燃え尽きるのを待っていられるほど、今のリリアは気が長くない。

 リリアは、魔光をもう一発放って、門を吹き飛ばした。


 辺りに鳴り響く轟音と、燃え盛る炎。

 眠りから目を覚ました敷地内に暮らす使用人たちは、家々から出てくるなり悲鳴を上げて、敷地内を逃げ惑う。

 火を消そうと水を運ぶ者もいるが、リリアの放った薄紫色の火は、地獄の業火のように燃え上がり、消える気配など一切ない。

 やがて火は家々に燃え移り、畑に燃え移り、ルロアの果樹園に燃え移った。


 薄紫色の炎の中で、真っ赤に熟れたルロアの実は黒く焼き焦げていく。

 使用人たちは成す術もなく、その場に立ち竦む者や泣き崩れる者、放心して動けない者もいれば、馬に乗って敷地外へと逃げていく者までいる。

 リリアは、そんな人々には目もくれず、ただ真っ直ぐに、ドルリッチ侯爵のいる屋敷目指して歩いていく。

 全ての元凶であるドルリッチ侯爵に対し、自分一人でケリをつけようと考えているのだ。

 屋敷の前にも護衛兵がいて、リリアに向かって槍を構えているが、リリアはそれらを魔光で一掃した。


 屋敷の扉を勢いよく開いて、中へ足を踏み入れる。

 屋敷の中は、相も変わらず高級品で溢れかえっている。

 そしてリリアは気付いた。

 その品々のほとんどが、かつてこの世界で生を受けていた動物たちであることを。

 キラクが目にすれば発狂しかねない光景が、ここには広がっている。

 動物の頭の剥製や、角や爪など、毛皮のタピストリーに至るまで全て、ほとんどが何かしらの動物に由来するものばかりなのだ。


 こんなにも解りやすいヒントを得ていながら、何も気付かなかっただなんて……。


 リリアの自分自身に対する怒りは、もはや頂点に達していた。

 そして、それらの品々に向かって、魔光を放ち続けた。

 魔光を受けた品々は薄紫色の炎を上げて燃え始める。

 そしてその炎は、やがて壁や床に燃え移っていく。


 リリアは長い廊下を歩き、片っ端から扉を開けていく。

 部屋が多すぎて、ドルリッチ侯爵がどこにいるのかわからないのだ。

 その間にも、薄紫色の炎は燃え移り続けて、リリアの背後は完全に炎の海となっていく。


 そして、一際大きな扉を押し開けた時、リリアはようやくそれを目にした。

 大きなベッドの上で、震えながらこちらを見ているドルリッチ侯爵。

 その周りを囲んで、こちらに魔光式銃を構えている護衛兵、その数およそ二十人。

 右に十一人、左に十三人。

 魔光式銃を持っていることから、国から正式に雇われている保安隊の遠隔警備班所属の者たちだということがわかる。


 こんなやつを守るために、魔光式銃はあるんじゃない……。


 リリアの怒りのボルテージが、更に上昇していく。

 部屋の天井には、大きなベッドよりもさらに大きなシャンデリアがぶら下がっている。


「銃を床に置いて手を上げろっ!」


 護衛兵の中でも、隊長だと見受ける者がそう言った。

 多勢に無勢とはまさにこのことだろう。

 しかし、今のリリアには、負ける気など毛頭なかった。

 リリアは、ゆっくりと手を下に降ろし、膝を曲げて、銃を床に置く素振りを見せたが……。


「糞野郎どもめ……」


 小さく呟いた後、思いっきり床を蹴って、高くジャンプした。

 そして、シャンデリアの天井に結合している部分を撃ち抜いた。


 キュイン、ズドンッ! 


 シャンデリアは、大きな音を立てて床に落下した。


 ガッシャーンッ!! ガラガラガラ……。


 下敷きになった護衛兵は、隊長を含めて十数人。

 残った護衛兵たちが慌てふためく中、着地したリリアはすかさず残りの護衛兵の心臓を、魔光式銃で撃ち抜いた。

 全ての護衛兵が床に伏し、気を失ってしまっている光景を目にして、ドルリッチ侯爵は悲鳴を上げた。


「ひぃぃっ!? わしはっ! わしは悪くないっ! わしは悪くないぞぉっ!?」


 汗をダラダラと流しながら、小さな目を見開いて、命を乞うことすらもしないその姿は、生きるに値しない……。

 そう思ったリリアは、銃口をドルリッチ侯爵の頭に向けた。

 そして、静かに引き金を引いた。


 キュイン、パンッ! ズドンッ!


 リリアの放った魔光は、ドルリッチ侯爵の頭を撃ち抜く前に、何かに反射されたかのように横に流れ、壁にぶち当たった。

 リリアは、何が起きたかわからなかった。

 目の前にいるドルリッチ侯爵は、まだ息をしている。

 リリアはもう一度引き金を引いた。

 しかし、魔光はまた何かにはじかれた。

 苛立ったリリアは、闇雲に引き金を引き続けた。

 だが、魔光は一発も当たることなく、部屋の両側の壁に大きな穴が開いただけだった。

 ドルリッチ侯爵にも何が起きているのか分かっていないようで、恐ろしさの余り、引きつった笑みを浮かべているだけだ。

 そしてついに……。


 カチャ、カチャ、カチャカチャ。


 魔光式銃の魔力が底を尽いた。

 それは同時に、リリアの怒りが収まったことを意味していた。

 今までに使ったことのない膨大な魔力を放出し続けていたリリアは、その場に膝から崩れ落ちた。

 すると、目の前のドルリッチ侯爵が、蜃気楼のように揺らめいたように見えた。

 そして気付いた。

 聞き慣れた音が、辺りに響いていることに。

 ヴーン、ヴーンという、あの音だ。


「キラク……ね?」


 リリアがそう声に出すと、今までドルリッチ侯爵がいるだけだった目の前の空間に、ゴレアが姿を現した。

 ゴレアの機械の右手には、ぼこぼこに殴られて顔の原型がなくなってしまった、エードリードと思われる男が握られている。

 またまたドルリッチ侯爵が悲鳴を上げたが、リリアにはどうでも良かった。

 ゴレアの中のキラクが、赤い瞳でリリアを見下ろしている。

 しかしその瞳に冷たさはなく、穏やかな赤色をしている。


「……どうして止めたの?」


 ゴレアの中のキラクに問い掛ける。


「お前は保安官だろう? 保安官は、悪人を捕獲し、中央保安局に連れていくことが仕事だ。殺しは仕事内容にはない。冷静になれよ、リリア」


 キラクの言葉に、リリアは耳を疑った。

 なぜなら、キラクがリリアの名前を呼んだのは、初めてのことだったから……。





  

 リリアを乗せたゴレアは、荒野を行く。

 東の空には、太陽が顔を出し始めている。

 ヴーン、ヴーンという特有のエンジン音の後に続くのは、ズルズルズルという網を引きずる音。

 その網の中には、ドルリッチ侯爵と、やぶ医者エードリードと、総勢五十名の護衛兵たちとが詰め込まれている。

 目指すは王都、中央保安局。

 今回の一件を、犯罪として立証するためだ。


「ねぇ、キラク。これだと王都に着く前に何人か死んじゃいそうだよ?」


 網の中の様子を見て、リリアが眉間に皺を寄せながらそう言った。


「仕方があるまい。これ以外に輸送方法はない」


 冷酷な赤い瞳で、キラクが言い放つ。


「う~ん……。せめて、空飛んだ方が速いんじゃない?」


 リリアの言葉に、キラクが物凄く嫌そうに顔を歪める。


「阿呆め。どれだけのエネルギーを有すると思っているんだ? これだけの荷物を持って空を飛ぶなど、自殺行為に等しい。まぁ、お前ほどエネルギーを溜めこんでいる奴は別だろうがな」


 キラクの悪態に、イラッとしながらもリリアは平静を装う。

 先ほどまでの自分は、明らかに冷静ではなかった。

 あのままでは、あそこにいた人間全てを殺していたに違いない。

 そうなれば、リリアは殺人犯となり、保安官の職を解かれるだけでは済まず、牢へ送られて、実刑判決を待つ身になっていたに違いない。

 幸い、リリアの放った魔光は全て、相手の心臓を撃ち抜いてはいたものの、その威力は一時の気絶のみに留まっていたために、絶命した者は一人もいなかった。

 とまぁ、結果的に見てみれば、今回もなんだかんだ、キラクに助けてもらったことになるとリリアは考えたのだ。

 だから、しばらくは何を言われても、言い返さないでおこうと決めたのだった。


 リリアが村を飛び出した後すぐに、キラクはゴレアに乗ってリリアを追った。

 リリアの祖母であるローナに、シーラ族に伝わる破滅の力の話を聞いていたからだ。

 シーラと言う言葉は、古代アルトレア語で武神を意味する言葉。

 即ち、シーラ族とは、旧アルトレア王国を守護していた戦闘民族の末裔だということだった。

 そして、その内に秘めた力は恐ろしく、一度我を忘れるほどの怒りに襲われれば、一国を滅ぼしかねない力を発するというのだ。

 それも、己の命が尽きるまで、力を使い続けるという。

 そして、リリアの父である今は亡きグレイザという男は、現にその若かりし頃に、自らの命も顧みずに、小国を二つほど滅ぼした。

 その血を引くリリアは、今はまだ魔力を体内に封じ込めているだけで、持つ力は姉のマイアよりも強く、凶暴で、恐ろしいものだと、ローナはキラクに伝えていた。


 キラクには身に覚えがあった。

 出会ってさほど経っていない頃、グレゴロの森で、ふとした瞬間に怒ったリリアが放った魔光の一部が、ゴレアのバリアを突き破ったことを。

 キラクは、念の為にゴレアを透明化し、リリアの額に付けたままだった発信機の信号を追って、ドルリッチ家の屋敷に辿り着いた。

 そして、リリアを見つける前に、たまたまエードリードに出会い、どことなく怪しそうなのでいろいろと質問してみたところ、どうやら悪い奴だと判断した。

 それからはまぁ、ゴレアの両手でエードリードの顔をバシバシと叩き、ドルリッチ侯爵の居所を聞き出して、リリアのもとへ駆けつけたのだった。


 キラクは考えていた。

 なぜ自分は、必死になって、リリアの後を追ったのだろうか、と。


 体はとても疲れていた。

 今までで一番疲れていて、すぐにでも眠ってしまいたかったはずだ。

 なのに、気付けばゴレアに乗り込んで、荒野を走っていたのだった。


 そして、なぜ、リリアがドルリッチ侯爵を殺害するのを止めたのだろうか、と。

 正直なところ、キラクは、ドルリッチ侯爵の命などどうでも良かった。

 もとより、死ねばいいと思っていたほどだ。

 アーシードラゴンの件もそうだが、ドルリッチ家の屋敷内にある数々の動物たちの成れの果てを目にして、屋敷の主を殺してやりたいと感じていたはずだった。

 それなのに、いざ目の前で、リリアがドルリッチ侯爵を殺そうとしているのを目にすると、心の中の熱は冷めて、気が付けばリリアを止めていた。


 それら全ての理由が、自分がリリアを慕っているのだと気付くまでに、キラクにはまだ沢山の時間が必要なようだ。


「ねぇ、やっぱりやばいって! 一人白目向いてるし!」


 ゴレアのガラスをバンバンと叩いて、リリアが話し掛けている。


「あ~煩いっ! そんなに言うならお前が操縦しろっ!」


 そう言って、キラクはゴレアのエンジンを止めて、ガラスを後方の機体の中に自動で仕舞い込み、リリアの腕を引っ張って操縦席に座らせた。

 まるでゴミの海の中へ放り込まれたような感覚に、リリアは顔をしかめる。

 そしてキラク自身は、今までリリアが座っていた場所へと移った。


「なっ!?  操縦しろって、やり方がわかるわけないじゃないっ!?」


 リリアの目の前には、見たことも聞いたこともない、ツルツルとした光沢のある機械がズラリと並んでいる。

 パソコンのキーボードや画面の類の物なのだが、もちろんリリアには未知のもので、触ることすら恐ろしく感じられるのだ。

 ましてやゴレアの一部となると、操縦を間違えれば何か恐ろしいことが起きるのではないかと思い、リリアの体は固まった。


「ふんっ。そこにある青い棒を握れ。そうすれば、思うようにゴレアは動く」


 キラクは既に、ゴレアの後方にある出っ張りの上で、腕枕をして寝そべって寛いでいる。

 リリアはゴソゴソとゴミの海を探って、キラクの言っている青い棒らしき物を発見する。

 宝石のように輝くそれは、手の平にすっぽりと収まる大きさで、握りやすいようにと凹凸が作られており、その底部からはケーブルが出ていて、ゴレア本体とつながっているようだ。

 リリアは駄目もとで、それを力いっぱい握り、声に出して言った。


「ゴレアよ! 空を飛べっ!!」


 すると、ゴレアはいつも通りのヴーンというエンジン音を立てて起動し、本体から出てきた翼を広げて、空へと飛び立った。


「声に出さんでも……。まるで呪文のようだな」


 鼻で笑うキラク。


「し、仕方ないでしょっ!? だいたい、私にゴレアは運転できないっとか言っといて、簡単じゃないのっ!」


 ゴレアを操縦できていることに、興奮気味のリリア。


「あ~そう言えば……。来年らしいぞ」


 何の脈絡もなく、そう言ったキラクに、リリアは首を傾げる。


 いったい、この状況で、何が来年だと言うのだろうか?


「伝説の花。ローナの話では、次に咲くのは来年の春だ」


 キラクの言葉に、キラクの嬉しそうな顔に、リリアはなぜだか胸がときめいた。


「お前は……。嘘はついていなかった」


 そう言って、キラクは静かに目を閉じた。

 リリアは、どうしてだか、物凄く嬉しくなって、涙が出そうなほど嬉しくなって……。


「ほらね、言った通りでしょ? 王都から帰ったら、私も行くんだから。伝説の花を探しに、グレゴロの森へ!」


 満面の笑みでそう宣言したリリア。

 しかし、キラクの返答はない。

 静かに微笑んだまま、目を閉じて、どうやらもう夢の中のようだ。

 よくもまぁ、そんなところで眠れるな、と言った表情で、後方のキラクを見るリリア。

 その後ろ、ゴレアの下の方には、宙に浮いた網の中で、失神したような表情のドルリッチ侯爵たちが見える。

 キラクは既に、穏やかな寝息を立てている。


 リリアは、青い棒を握ったまま、静かにこう言った。


「できるだけ、ゆっくり飛んでね」


 それから、ゴレアが王都へ到着したのは、日が暮れる少し前だった。







*第1章、完*

 

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Rare Encounter ~へっぽこ保安官と天才科学者!?~ 玉美 - tamami- @manamin8

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