四月八日

 夜間警戒中の警官に見つからないよう用心しながら、私は捕らえた伯爵夫人の身柄を運び、パーフリートにある精神病院へと戻った。

 あの場でトドメを刺してしまうことも不可能ではなかったのだが、その前に彼女から訊き出しておきたいことがあった。私の推測したとおり、彼女がスコロマンスからやって来たのなら、ほかにも吸血鬼の仲間がいるかもしれない。その場合、スコロマンスの場所を吐かせて、今度こそ一人残らず吸血鬼を根絶やしにしなければ。

 病院に勤める看護婦たちに電報を送り、明日は休みにするから来なくていいと伝えた。これでよけいな邪魔は入らない。患者たちも精神がまともな者はほとんどいないし、数少ない者たちも新たにやっかいな患者が来たと思うだけだろう。

 伯爵夫人の汚れた衣服を剥ぎ取り、肌に直接野薔薇のつるを巻きつけてから、患者用の拘束服を着させた。首には十字架とともに、ニンニクの花輪をかけさせた。これでも吸血鬼の活動を封じるには十分すぎるが、油断はできない。さらに、夜が明けるまで三十分おきにニンニク汁を注射し続けた。当然、眠る暇はなかった。

 私は尋問に当たって、シャーロック・ホームズを呼ぶべきかと迷った。ベーカー街に戻ってきていればの話だが。けれども、即座にその案をみずから却下した。相手は正真正銘の怪物とはいえ、見た目は美しい女性そのものだ。この私も、四年前に吸血鬼化したルーシーと対峙したときは、戸惑いを隠し切れなかった。もしあのときヴァン・ヘルシング教授が強く導いてくれなければ、覚悟を決めることができなかっただろう。本来であれば、このような行為は卑劣で恥ずべきだが、しかし吸血鬼相手ならばそれが裏返り、人類の守護に貢献する英雄的行為となるのだ。ホームズがそのことを即座に理解してくれるとはかぎらない。

 太陽が完全に昇ったところで、ニンニクの投与を中止。それから一時間後に伯爵夫人は目を覚ました。

「ごきげんよう伯爵夫人。気分はどうだね?」

「……頭が痛いわ……吐き気もひどいし……気持ち悪い……」

「私の質問に対して正直な回答をすれば、すぐラクにしてやろう」

「それは、心臓に杭を打ち込んでくれるということかしら……?」

「なに、おそれることはない。ルーシーも、あの三人の女吸血鬼も、そしてドラキュラ伯爵さえも! 死に際には、安らぎの表情を浮かべたのだ。その肉体にかけられた不死の呪いから解放され、神の御許へと至ることができるのだよ」

「……ジュジ、エルジ、そしてユリシュカ」

「なに?」

「おまえたちが殺した、三人娘の名前よ。ジュジは料理が得意で、彼女の作るトカーニュは絶品だった。彼女に習ったレシピはとても重宝したわ。エルジはわたしたちの料理を勝手につまみ食いしては、美味しい美味しいって喜んでたっけ。ユリシュカは読書が好きで、お気に入りはロベール・ド・ボロンの『メルラン』だったわ」

「だまれ。私が訊きたいのはそんなことではない。貴様がスコロマンスから来たのだろう? そうだな?」

「だとしたらどうだというの?」

「知れたこと。貴様からスコロマンスの位置を吐かせたら、勇者たちを集めて攻め入り、今度こそ吸血鬼どもを根絶やしにするのだ」

 私がそう告げるや、とたんに伯爵夫人は取り乱してわめき出した。

「スコロマンスにwampyrはわたしひとりしかいないわ! ほかの娘たちはただのstregoicaよ!」

「stregoica? ……ああ、確か魔女という意味だったか。吸血鬼も魔女も悪魔も似たようなものだろう。どちらも人類に仇なす敵だ」

「殺すならわたしを殺しなさい! けれど、わたしのかわいい生徒たちに手を出したら、そのときはおまえたちを絶対に許さないわ!」

「べつに貴様から許しをもらわなくとも、天にましますわれらの神がお許しくださる。さあ、さっさとスコロマンスがどこにあるのか言え。言わなければムダに苦しむハメになるぞ」

 再三の忠告にもかかわらず、伯爵夫人が頑として口を割ろうとしないので、私はしかたなく拷問を加えることにした。

 ニンニク汁を血管に注射した。ニンニクをムリヤリ食べさせた。ニンニク汁を点眼した。鼻の穴にニンニク汁を流し込んだ。ニンニク汁で浣腸した。陰部と肛門に棘だらけの野薔薇のつるを限界まで詰め込み、それから思い切り引き抜いた。十字架と聖餅を肌に押しつけてヤケドさせた。杭を心臓のギリギリまで押し込んだ。首を皮一枚残して切断した。耳元で讃美歌を唄った。ナナカマドの実を限界まで鼻の穴に詰め込んだ。ニンニクの花で全身をこすった。野薔薇の枝を耳の穴に突き刺した。顔を火で炙った。吸血鬼に有効な拷問を考えられうるかぎり試した。

 けれども、伯爵夫人はなかなか屈服しようとしなかった。

「何をやっても……無意味よ……。わたしはしゃべらない……」

 やがて日が暮れてしまったので、その日はもう終了せざるをえなくなった。夜のうちは力を封じることに専念する必要がある。故郷の土の上で寝ていないので魔術は使えないだろうが、吸血鬼としての怪力と不死身は油断ならない。用心するに越したことはなかった。

 だが、そのときだった。突如として病室内に、大勢の武装した警官隊が踏み込んできたのだ。

「ロンドン警視庁のレストレード警部だ。近所から通報があった。ジョン・セワード、誘拐および監禁――さらには婦女暴行の現行犯で逮捕する。抵抗すれば容赦はしない。おとなしくしろ」

 レストレード警部といえば、シャーロック・ホームズの伝記でもおなじみの人物だ。そして新聞によると、現在ロンドンを騒がせている切り裂きジャックの模倣犯――つまりイロナ・コルヴァンの事件を捜査している。まさか昨夜の戦いを見られていたのだろうか?

 警官たちは即座に私を取り押さえ、手錠をかけた。私は気が動転しつつも、必死に無実を訴えた。

「待ってくれ! これは誤解なんだ! この女の正体は吸血鬼で」

「どうやら精神病院で狂人ばかり相手にしていたせいで、自分も頭がおかしくなってしまったようだな」

「違うんだ! どうか私を信じてくれ! ――いいだろう! 私を連行したければ連行すればいい! だがこれだけは約束してくれ! その女の拘束を絶対に解くんじゃない! みんな殺されるぞ!」

「寝言は寝て言え」

 するとレストレード警部と名乗った男は、私の後頭部に警棒を振り下ろした。そこで私は意識を失った。

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