第2章「落下」

「トンネル」

一瞬、何が何だかわからなくなり、

ついでガクンという大きな揺れとともに

もうもうと土煙が上がる。


衝撃でしばらく体はビリビリとし、

吸い込んだ砂にスミ子はむせ…そして気づく。


そこは、薄暗いトンネルのような場所。

鉄骨やパイプが地面からむき出しになった地下。


幸い地面がクッションになったのか

スミ子に大きな怪我はなかったが、

上と背後を見ると落ちてきた鉄骨や瓦礫のせいで

トンネルの半分が埋まり外部からの救助は絶望的に思えた。


「嘘…。」


しかし、奇妙なことがある。


光源のない場所に落ちたのなら

もっと暗くなるはず。


視界がゼロになってもおかしくないはずなのに

周囲は薄ぼんやりと明るい。


みれば、穴の奥は暗くなっており、

どうやら自分の周囲が数メートルほど

明るくなっているだけのようだ。


そしてスミ子が立ち上がった時、

何かが足元を駆け抜けた。


「ひゃあ!」


思わず声が漏れ、とっさに口を押さえる。

そこには、小さなネズミのような生物がいた。


しかし、それは普通のネズミとは違い、

扁平で尾が異常に長い。


背中から薄青色の燐光を発し、

どこでからまったのか細い糸くずを体に巻きつけ、

ちょろちょろと穴の中を徘徊している。


ネズミの立ち去った先から

聞き覚えのある声がした。


「ねえ、そこに誰かいるの?いたら返事して。」


ぼんやりとした人の姿。

歪んだメガネのフレームが光る。


その時、スミ子は後ろに立っている影が、

先ほどまで話をしていた同僚だと気がついた。


どうやら暗がりの中でメガネを割ってしまったらしく、

視界が確保できずに慌てているらしい。


スミ子は一瞬だけ今まで同僚にされたことがよぎったが、

それより先に人命だと思い直し彼女に近づくと腕を取る。


彼女は目の前にいるのがスミ子だと気づいていないのか、

困ったように笑って見せた。


「…ありがとう。昼食のパンを食べていたら突然床が抜けて、

 くわえているのを飲み込むのに苦労しちゃったわ、他に人はいない?」


その言葉に、スミ子は首をかしげる。

…はて、さっきまで二人きりでトイレの中にいたはずなのに。


同僚は目の前の人間も周りの景色も見えないらしく、

あたりを見渡すような仕草をし、ため息をつく。


「まずいわね、ここがどこかもわからない。

 とりあえず出口を探して壁伝いに歩きましょう。」


そう言って彼女は近くの壁を触ると

先陣を切ってそろそろと歩き出す。


片腕はスミ子がつかんでいるので、

このままナビゲートを頼むらしい。


みれば、あの光源となるネズミも随分と遠くに行ってしまい、

周囲はますます暗くなっていく。


このままネズミを見失うとまずいと考え、

スミ子は同僚の手を引いたまま同じく壁沿いを歩き出した。


しかし、ネズミの足は速く、

光は次第しだいに小さくなっていく。


同僚の腕を取って

慎重に歩いているせいもあるのだろうが、

このままではトンネルの中で二人とも

動けなくなってしまうとスミ子は焦った。


…早く、早く地上に行かなければ。


その時だった、

不意に壁に指がめり込んだのは。


え?


…いや、めり込むだけではない。


指を差し込んだ壁の向こう、

そこから光が漏れてくる。


もう一度触れてみると、

スミ子が手を置いた周囲の壁が妙に柔らかい。


それはどこかカーテンにも似た

薄い膜のように思えた。


状況はよくわからないが、光が差し込むのなら

どこかに繋がっているのかもしれない。


スミ子は思い切って壁に片手を入れると、

大きく左に引いてみる。


ベリッ


薄い膜は、いとも簡単に剥がれた。


縦に裂け目ができるとともに大量の光が差し込み、

あまりの眩しさにスミ子は眼を細める。


その時、光の向こうから声がした。


「おい、何してるんだ?そこは『空間』だぞ?」


光に慣れてきたスミ子は

ゆっくりと眼を開けた。


そこには、昨日から見慣れた顔。


心配そうにこちらを覗き込む

今朝、駐車場で別れたばかりの

青年の姿がそこにあった…

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