微睡みの記憶

いある

記憶と記録

 特に別段特別なことかくわけでは無い。それどころか誰にもある話。というのも僕は夢を見た。素敵な夢だったよ。ただ何がどう素敵かは分からないんだ。

 支離滅裂って顔をしているね。そりゃそうさ。大体筋が通った夢の話なんて全部フィクションに決まってるだろちょっと考えてみろよ君。

 まぁそんなわけで僕は自分の見た夢の話をしようと思うんだけど、クオリティなんかは気にしないでほしい。いやまぁ誰も気にはしてないんだろうけどさ、一応ね。今朝見た夢を今夜書いてるわけだからただでさえ朧気な記憶はさらに曖昧に、不明瞭になってる。大幅な脚色を無意識にしてるかもしれないし、事実と異なったことを書いてるかもしれない。「~~~かもしれない」ってのは勿論僕にだって本当のところはどうかわからないからさ。だってわかんないでしょ。三か月前に食べた食べ物の食レポみたいなもんさ。

 じゃあ話すよ。あんまり前置きをしても仕方ないからね。それでさ。僕が見た夢ってのは男の子と女の子の恋愛を描いた映画、もしくは小説を主人公視点で見てる感じなんだ。心臓の高鳴りも血の気が引く感覚も、そっくりそのまま味わってね。ただ残念なことにこれから面白くなるってところで途切れちゃったんだ。本当に残念だよ。きっと僕はあれを超える作品には一生で会うことは無いだろうね。

 彼女は素敵な子だったよ。非常に可憐で愛らしかった。彼女の周りにいた友達なんかは顔どころか色にももやがかかって思い出せないんだけど彼女だけにはピントが合って眩しい笑顔を見せてくれていたんだ。今でもそれだけは鮮明に覚えている。嘘じゃないさ。弾けるような笑顔じゃないけどね。部屋の片隅を飾る花瓶に生けられた花みたいに、静かに元気をくれる。そんな子だったよ。

 触れた手の感覚はこれ以上ないくらいに柔らかくて暖かかった。手を伸ばせば抱きしめられそうなほどに近い距離にいたってのはきっとわかる。でも僕には届かない。動くのは僕ではない『誰か』だから。僕の役目は観客。彼ら彼女らの一挙手一投足に興奮し、落胆し、発狂すればいい。ただそれだけの簡単な役目。だからこそもどかしいよね。僕なら幸せにできるのに。君たちを祝福してあげられるのに…ってね。

 でも作品にそうやって指示を出すのはタブーだしナンセンスだ。そんなことをする暇があるなら自分で書いてみろって話でしょ。できないから文句言うんだろうけど。

 じゃあ今度は彼女じゃない女の子について話をしようか。彼女との関係は分からないけど、彼女とずっと一緒にいた女の子が居たんだよ。さっきもいったけどその女の子については僕は何も覚えていない。本当に。声も、顔も、身長も。まるっきりね。

 多分『誰か』にとって彼女のことなんて眼中になかったんだ。ただはっきり見える想い人だけを目指してる。だから記憶にも残らない。残るのは確かにその子が居たという記録だけ。それは記憶じゃないかって言われるかもしれないけど事実だけを認識したものは僕は記憶だとは思わない。そんなの悲しいじゃないか。だから暗記なんかも記憶とは違うと思うんだ。事実を体感してないし自分のものとしてない。それをほかの事象と絡めて考えたり、自ら手を伸ばした対象だけが記憶に該当するんじゃないかな。僕はそう思うよ。話が逸れたね、元に戻そうか。

 彼女は優しかったよ。彼女が暮らしてる部屋の番号が分からなかった僕に対して駆け寄ってきて「ここを押すんだよ」って教えてくれたのさ。そうすれば彼女と会えるよって。ひどいよね『誰か』は。そんな風に親切にしてくれた女の子に対して記憶してあげることすらしないんだから。そうして無事に彼女と会えたわけだけどさ。それってどうなのって思っちゃうわけ。その子の存在はただ『あっただけ』なのかなって。何を言ってるか分からないと思うけどこの件に関しては許してほしい。僕だって不鮮明なのだから。たぶん僕のこれも記録に過ぎない。無機質で冷たいものさ。その証拠にその子に手を引かれた時も体温を感じなかった。おっと、勘違いしないでほしい。

 感じなかったんだ。そう、冷たい訳でもない。分からないんだよ何もかも。

 見る者を魅了するような美少女だったかもしれないけど、そうじゃなかったよ、といわれればそんな気もしてくる。声も高いような低いような。決して人間味が無いとかじゃないんだ。ただ喋っていたというログはあっても肝心の音声データが無いって具合なのさ。今の僕はね。

 ここいらで想い人の話に戻ろうか。彼女の何に惹かれたのか、ってのは正直なところ覚えていない。何も知らない恋愛映画で、二人の距離が接近するワンシーンだけみせられたようなもので。でもそこにあったのは確かなぬくもりと優しさで。互いに強く想いあい、大勢の人間であふれかえるどこか西洋風の街の雑踏の中でお互いに手を差し伸べようとしてた。決して届かない夢と現実の間を繋ごうとするようにね。僕はこうした二人の行為に胸を打たれて十何時間も経った後で今更こういう言葉を羅列してるってわけさ。まぁ傍から見たら脳内メルヘンだろうけど、僕にとってはそれでも構わない。だってそれほどまでに素敵な世界を垣間見れたわけだからね。

 そうそう、彼女は『誰か』にプレゼントを渡していたんだ。赤いリボンのようなブレスレットとヘアゴム。なんでヘアゴムも渡したのかはわからないけど彼女と同じものだったよ。もちろん現実にはそのプレゼントは届いてない訳だけどね。枕元に置いてあった…とかなら導入にしろ幕引きにしろ最高だったんだが現実ってのはそういう所が融通利かないね。

 でもね。彼女に関することだからかな。僕は覚えているんだ。「大事にしてくれると嬉しいわっ!」ってね。彼女、そんな喋り方だったのかって驚いたかい?言ってなかったかな。彼女は年端もいかない少女だったよ。『誰か』の方は僕と同じ…そう、高校生くらいだったかな。そんな二人が一緒にいれば兄妹か何かの様に周りから見えるだろうけど、本人の視点に立った僕なら分かる。絶対にあの二人は心の底から愛し合っていた。男女の感情に、年齢がどうのこうのって口出しするのはおかしな話だよ。実のところ自分が未だに何故この夢を気に入っていて、何が素晴らしいのかは明瞭に把握しきれていないのだけど、そんなものを考え始めたところで結局何もわからないままだ。下手に考えたっていいことなんて何もないんだよ。夢特有の漠然としたあの感じが素敵なんじゃないか。どこか淡い印象がして素敵だろう?


 ま、僕の夢の話はこんなところさ。本当はもっと語りたいことがあるし、今書き連ねた駄文はそのほんの一握りなんだけど、その内容をうまく僕は表現しきれないし、夢は夢のままにしておいた方がいいところもあるからね。こうして我慢できずに書いてしまったけど、本当は曖昧な微睡みの中に葬りるのが素敵なのさ。

 夢ってのは摩訶不思議で漠然としているものだけど、そこもまた魅力なんだよ。

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