11話中谷家1

「中谷隆聖、捕虜を連れて只今戦場から帰還しました! 」

「誰が捕虜だバカ!」


 慣れ親しんだ、一軒家の前で隆聖の背中を掌底打ちで叩いてやる。あまり力を加えたつもりはなかったが、予想以上に高い音がなり、隆聖が蛙のように飛び跳ねた。

「貴様! 私が寛大にも手枷、足枷を付けないでやったというのに、抵抗するとはいい度胸だな。よろしい、なれば今すぐ貴様をこの場で殺してやる」

「用事思い出したので帰ります」

「じょーだんですやん。ささ、寒いですから中へどうぞどうぞ」中谷女将に背中を押される形で、中谷旅館、正式名、中谷家に脚を踏み入れた。


 室内に向けて挨拶をしつつ、掃除の行き届いている玄関で靴を脱ぐ。邪魔にならないように、タイルの隅の方に靴を揃えて置くと、隆聖に向けて口を開けた。

「あれ? 多江さん今日は居ないのか?」

 僕の後に続いて入り、玄関の鍵を閉めた隆聖はあくび混じりに振り向きつつ言った。「あー、仕事だろ。今日も朝から仕事で一日家を開けるって言ってたし、てかなんで? なんか、うちのお袋に用事あった?」

「いや、別に。なんとなく聞いただけだが……」内心驚きつつ隆聖に、何でもないように返答をする。


 放課後、隆聖と遊ぶ事が決まり、多江さんに昼頃メッセージを送信した時、「了解! 拓真君の好きな美味しい、いちご大福買って待ってるね」と返ってきていた……。

  隆聖が何か知ってると思い聞いたが、どうやら知らないらしいので、急な仕事や用事でも入ったのかもしれない。――スマホを無意識に取り出して、メッセージがないことを確認すると、わざとらしく隆聖に「思う存分騒げるな!」と言った。

「それは俺の台詞だ拓真……」

 隆聖に呆れられながら、もやもやとした思いを打ち消すように、大袈裟に笑うと夕飯の支度を手伝い、それが終わると隆聖の部屋に向かった。


 多江さんの教育のおかげか久しぶりに来た隆聖の部屋は、この前まで平気で床に転がっていたペットボトルのゴミなどが落ちていない。それどころか、どこで購入してきたのか観賞用の小さな植物が置いてあり、更に空気中で、ほのかにバラの香りが漂っていて、少し別の意味で心配になった。


 そんな変わり果てた部屋模様に何となく、所在なさげで隅の方に立っていたが、隆聖に座るように指摘された。頷きつつ近くい置いてあった質感が柔らかな、デカイクッション用であろう、猫のぬいぐるみを尻で遠慮なく潰し座る。

「おいおいおい! 何をやってるんだ拓真! そんな事をしたらデブデブデブニャンが可哀想だろ!」

 どうやら、尻で潰した黒猫はクッション用ではなかったらしい。隆聖に謝罪しながら、尻で潰していた猫を退かし、床にあぐらをかいた。


「全く、なってないな拓真は」隆聖は呆れたように呟くと、黒猫を掴み自身の元へ引き寄せて、猫を躊躇なく背中で潰した。

「おい、隆聖! デブデブデブニャンが泣いてるぞ!」心なしか瞳が濁っている黒猫を見ながら、隆聖にツッコミを入れる。

「何を言ってるんだ? こいつは尻で潰すのではなく、背中で潰す用の猫だぞ。――それを証拠に見てみろ! 目がランランと輝いているだろ?」

「何をバカなことを……ほんとだ」

 さっきまで濁っていたはずの黒猫の目は薬でも打ったかのように、眩しく輝いていた。


「さて、拓真を本日呼んだのは他でもない。お前にはこの恋愛ゲームを攻略して頂きたいのであーる」

 黒猫を背中で潰している為、必然的に仰向けになっている、隆聖が何やら見せつけてくる。

「リアル恋愛してみませんか? 何だこの売れそうにないゲームのタイトルは」

 拓真から渡されたゲームのパッケージを見つつ、思ったままを口にした。


「ゲームのタイトルなどどうでもいい。問題はそのゲームのキャラクターである、水蓮寺瑞樹ちゃんのイベントを回収したいのだ俺は! その為、今日拓真を招集したのだ!」

「誰だか知らんが何も僕でなくてもいいだろう。ゲームなんだから選択肢の前にセーブするなり、攻略サイトを見ながらクリアするなり、方法はいろいろあるだろ。だいたい、恋愛ゲームに関しては僕より隆聖の方が得意だろ、日頃からよくやってるんだから」

「だいたい、以降の台詞は全く不必要だったよ親友……」隆盛は苦しそうな表情を作ると、心臓を抑えて体を起こし、黒猫を背中ではなく尻で潰し直した。――尻で潰されたはずの黒猫の目は何故輝きを増していた。


「このゲームには通常のセーブ機能はおろか、オートセーブすらもない。しかもだ。全くの無名なのか攻略サイトすらもない。――――なんだそんな事、その程度でなんだと思ったろ。俺もそうさ、最初はそう思ったよ。何故なら今までに恋愛ゲームを攻略してきた維持が、プライドが、己の魂があるからな! でもな。無理だったんだ俺には……」

「理由を聞いてもいいか?」

 深刻な表情を浮かべる隆聖に向けて吹き出さないように、なるべくかしこまった口調で告げた。

「拓真よ。もう一度そのゲームタイトルを読み上げてみろ」

「あ? ああ、リアル恋愛してみませんか?」


「恋愛の前にリアルが付くことにより、こんなに難しいゲームが出来上がるとは誰が想像し得ただろうか? 本来恋愛ゲームとは日頃から異性に相手にされない寂しい輩に、時には励まし、時には寄り添い、時には癒し、時には人生そのものを教えてくれる素晴らしいものだ。それなのに、コイツは!」僕から分捕ったリアル恋愛ゲームのパッケージを隆聖はバシバシと叩くと力強く続けた。「その根底を覆えしやがった! 出てくるキャラ、出てくるキャラにそれぞれ悪い意味で癖がありすぎる!『一体私と部活どっちが大事なのよ!』なんだこのクソみたいなふざけた台詞は!」


「知らんがな」おそらくゲームに登場するヒロインの声真似を、気味の悪い裏声で披露する隆聖に向けて投げやりに答える。

「そう、まさに知らんがなである! 部活を仕事に置き換えてみろ。まんま現実世界のリアル恋愛でよく聞く、フレーズそのものだ。――このように、出てくるキャラが何かしら、プレーヤーに対して返答に困る台詞をぶつけてきやがる!」

「つまり、リアル恋愛ってそういうことなのか?」

「ああ、察しがいいな拓真。つまり、リアル恋愛とはそういう意味合いで間違ってないと思うぞ――」

 隆聖の言葉を最後に、お互い不気味なぐらい口を閉ざして、お互い視線を交差させる。

「ごめん。なんとなく言っただけで」

「安心しろ拓真。俺も分からん」

「――で、話を戻すが何故、僕が呼ばれたんだ?」

「そうだったな……理由を説明する前に。すまないが少しだけ頭を下げてもらってもいいか?」


 何だと思い頭を下げたら、いきなり立ち上がった隆聖にヘッドロックを決められる。

「おうおう! 最近佐々木さんと調子がいいみたいじゃないか兄弟!」

「ちょ、マジで入ってるからやめろ!」

「そんな、女子と楽しげに話せる拓真なら女心の一つや二つ容易いだろ。だから、今日招集したって訳だぁあああああ!」


「ねぇ? 何? それ、どういう意味?」

 液晶画面から水蓮寺瑞樹なるキャラクターの低くドスの効いた声が流れた。

 髪は水色のショートカットで、体はスラリと華奢な水蓮寺は、何故か絶えず右手にカッターを握りしめている女の子だ。

 お守りがわりと言ってカッターを握りしめているのもおかしいが、何より突然脈略もなく責め立てるような口調で、質問を浴びてくる。隆聖には申し訳ないが一言で説明するとヤバイキャラだった。


 今も日常的な会話の最中、昨日突然雨が降った話になり、何を間違ったのか知らないが、とある選択肢を選んだら不機嫌になった。

「おい、拓真。お前、初歩の初歩的なミスを早くもしやがって――残念だが、その後主人公は謎の死を遂げてゲームオーバーだ」

「は? 何言ってんだよそんなわけ……」

 隆聖の言葉を受け流しつつ、コントローラのボタンを押して行ったら、突然画面が暗転――「主人公は謎の病死で息絶えた」の一言とコメント共に、タイトル画面に強制的に戻された。


「何だこれ? バグだろ……」

「バグではない。チェリチェリボーイよ。お前は二つの間違いをしたのだ」

 軽く煽られたが、ツッコムとまた話が長くなるので「何だよ、間違いって」と一言ぐらいに留めておいた。

「その1、水蓮寺瑞樹が髪を少し切ったことに気付かず、スルーした。その2、水蓮寺瑞樹が突然降りだした雨に体が濡れた話をした際に、その話に共感する前に、不用意な選択肢を選び、彼女を怒らせた。以上の2点だ」

「何を言ってるかさっぱりわからないのだが」

 隆聖は立ち上がり体をくねらすと頬に手を当てて言った。「女の子は察して欲しい! そして、共感して欲しい生き物なの!」

 気味の悪い裏声で自分の体を抱きしめる悪友を冷ややかに見て口を開く。「そんなに重要な事か?」


「重要な事だと? お前本気で言ってるのかそれ?」

「いや、本気も何も……だいたい、ゲーム内の話だろ? 隆盛が言ってるのは」

 隆盛は薄ら笑いを浮かべて、部屋に飾っていた観賞用の小さな植物を、僕を見ながら少し持ち上げる。それから、植物の近くに置いてあった、何やら四角い箱状の物の上に隆盛は手をかざす。――気の抜けた音と共に、霧状の物が飛び出て、部屋全体がバラの香りに包まれた。

「なんだそれ?」

「アロマだ。――拓真。俺はこのゲームを攻略する為に、一度、女になる事にしたんだ」

「は? 大丈夫かお前」


「汚かった部屋を徹底的に掃除して、部屋で鑑賞の植物を育て、アロマを定期的に焚く。無論、それだけで女の子になる事など出来ない。……だからな、女の気持ちを理解する為に本を読み漁った。……それでもだ。俺は女になることができず、ゲームを攻略する事ができなかった。難しいんだよ、女の気持ちを理解するのわ。察しと共感。この二つができてないと女は発狂しだす」

「このゲーム話だろそれ?」

「ああ、ゲームの話だ。だがな。現実世界でも察しと共感は重要になってくるワードだ。ミナエ先生の恋愛電話相談で1分500円のお金を払って聴いたから間違いない」

「誰か知らんがやけに高いなミナエ先生……」


「可愛かったからな、別に後悔はしていない」やけに気取りだした隆盛は続ける。「そんなことよりも、拓真。お前は佐々木真由香に対してちゃんと、察しと共感できてるか? いや、そもそも彼女と一体どれぐらい仲が進展してるんだ?」

「突然何を言い出したんだ……」

 隆盛の視線を受けて、急に座り心地が悪くなり体勢を変えた。

「まぁ百戦錬磨の親友だ。もう、当たり前に手を繋ぐ仲間でに進んでいる事は百も承知だが、その先、どれぐらい進んでいるのかと思ってな」

「……なんて言うのか、まだそこまで、なんだ――」

 隆盛の顔を見てはっきりと答える事ができなかった為、ゲームのコントローラを触りながら言った。


「ああ、言いにくい事なのか――すまん。チェリチェリボーイと呼んだ事を訂正させてくれ。今後、敬意を払いエロティク男爵と呼ばせて頂く」

「いや、あのな、すまん……」別に隆盛に謝る事でもなかったが、自然と口から謝罪の言葉が出てしまう。「まだ、なんだ……その、まだ手を繋いだこともないし――」

 隆盛から目をそらす為に見つめ続けいた液晶画面が、唐突にブラックアウトする。首を下げたらゲームの電源を消した、隆盛と目が合った。


「親友よ。お前、佐々木真由香には当然だが、もう告白はしたんだよな?」

「そのな、いろいろと手違いがあってさ――」

「手違いだと……分かった。佐々木真由香だ。あれ程の大物となると、時間がかかるのは無理ない。それじゃあ告白してなくても、かなりの進展はあったんだろ? メッセージアプリで毎日毎日、やり取りする仲とか!」

「佐々木の電話番号もアプリのIDも知らない」

 隆盛がチクチクと嫌な部分を攻撃してくる。全て本当の事なので、言い澱みながら頭を下げる事しかできない。

「お前……」顔を見なくても隆盛が息を飲むのが分かった。「佐々木とまともに接触してから今日でどれぐらいになる!」


「え、と。……三週間か四週間ぐらいかな……」

 隆盛に肩を揺さぶられながら、頭の中で思い出し答える。

「四週間だと……」僕の肩を離した隆盛は慌てた様子で立ち上がると、自分の机の引き出しをめちゃくちゃに引っかき回し、小さなノートを取り出した。

「恋愛事項第25 女はわりかし早い段階から、異性を友達か恋愛候補かにカテゴライズする。一旦カテゴライズされると覆すのはかなりの至難を極めるby ミナエ先生」

 ノート開きを読み上げた隆盛は僕を見ながら口を再度開く。「拓真よ。佐々木に対してはちゃんと好きですアピールを小出しにしているか?」


 隆盛から目を逸らしゆっくり首を捻り小さく口を開ける。「クラスメイトだと思ってる奴に好意を向けたら、気持ち悪がられるだろ……」

 それじゃなくても、佐々木は僕がボランティア部に入る前にかなり警戒していたし……。

「気持ち悪がられるだと」何がおかしいのか隆盛は突然、笑い出した。「まて、まて、まて、まて、まて、まて、まて、まて」

「待てが多いぞ」

 ツッコムがキレと声量が自分でも分かるくらい足りない。


「んじゃ聞くが、拓真はある日、ある時、佐々木真由香にいきなり付き合ってくださいと言うのか?」

「それは――そうだろ……」

「友達だと思ってたのに!!」

「なんだよ、いきなり……」

 隆盛がノートを開く。

「恋愛事項第37 告白した時、「友達だと思ってたのに!!」この 発言が飛び出す理由は、その女子はあなたの事を早い段階から友達カテゴリーに入れてるからです。今まで、好意、下心を一切を見せてこなかったのに、いきなり付き合ってくださいと言われたらどう思いますか? 男子は嬉しいかもしれませんが、女の子は違います。想像してください。女の子は繊細な生き物です。男子と違い下半身で物事を考えるのではなく、頭で考えているのです。byミナエ先生」

「ミナエ先生そんな事も言ってたのか……」

「手遅れになる前に明日から、いや今日の今から、今すぐに行動しろ!」

 隆盛に肩を激しく揺さぶられる。

「いや、それは無理だよ……」


「無理だよ? お前本気で佐々木真由香の事が好きなのか!?」

 隆盛の言葉を受けて一瞬言葉に詰まる。何を言ってるんだよ。好きにきまってるだろ……。


「ただいまー!」

 玄関から多江さんの元気な声が聞こえた。

 隆盛が一瞬舌打ちをする。「まぁいい。いいか続けるぞ――」

 廊下を駆けずり回る猫のように、階段を打ち鳴らす音が聞こえる。隆盛が眉を寄せながら一瞬、鼻白んだ。

「佐々木に適当な理由を付けて――」

「ただいま!」

 部屋の扉が突如、開かれ息を切らした多江さんが姿を見せた。隆盛と僕は驚いた顔で多江さんに否応なしに視線を注ぐ。仕事終わりなのか、多江さんの服装はあの時の白いブラウスと花柄のフレアスカートに、ブラウスの上から羽織ものをしていた。


「突然なに! 勝手に入って来たらダメだろ、大事な会議中なんだからよ。てか、仕事はどうしたんだよ」

「母さんをそんな邪険に扱うなバカ息子。心配しなくても仕事なら今日は休みです」

「はぁ? 休みだぁ? 朝と言ってる事が違う気がするんですが?」

「あら、いらっしゃい拓真君。ありがとねバカ息子がいつもお世話になってて」

 多江さんがビニール袋を掲げながら笑いかけてくる。よく見るとイチゴ大福が入っていた。


「俺を無視するな! たく、なんだよ。休みだったのかよ。夕飯作って損したわ。――まぁいいや。とりあえず早く出てくれ。さっきも言ったが今大事な会議中なんだよ」

「いやだ隆盛……あんたの顔見てたら、お母さん。食材の買い忘れあったの思い出しちゃった」

「なんだよ、それ……。いちいち言わなくても、行ってくればいいだろ。その手に持ってるいくつかのビニール袋、俺と拓真で片付けとくから、早く行ってくれ。とりあえず会議の続きをしたいから出て行って欲しいの、お袋」


 多江さんはビニール袋を下に置くと、バックを漁り一枚の紙を引き抜き、隆盛に渡して言った。「隆盛。悪いけど行って来てくれる?」

「なんで俺が行くんだよ! お袋が行けばいいだろうが!」

「母さん、ちょっと腰が痛くてさ……」多江さんは腰をさすりながら少しだけ顔をしかめた。


「腰が痛いのに、走って階段登って来たのかよ。それに帰って来た時息切らしてたから、もしかして家に帰ってくるまでに走ってたんじゃないか?」

「階段は別なのよ! 別! それと帰ってくるまでに走ってもないから! いいから早く行きなさい! さもないとあんたが隠してる秘密を拓真君に一つづつバラすから」


 急き立てるように、まくしたてるように多江さんが隆盛を攻め出す。心なしか頬が赤い。

「怖すぎだろ! 何だよそれ……分かりました。分かりました。すまんが拓真。この話の続きは後ほどになった。少しばかり待っていてくれ。ちゃっちゃと終わらせてくるから――それまで、つまらんと思うがお袋の相手でもしてやってくれ」


 僕の肩を叩き、多江さんから紙を受け取った隆盛は、脚を激しく鳴らし階段を駆け下りて行く。二、三個隆盛に向けて小言を言っていた多江さんが玄関のドアが閉まる音が聞こえると、決まりが悪そうに振り向むき、「イチゴ大福、人気であの子の分が買えなかったの」とはにかみ笑った。


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