第9話ごみ拾い1

 雲に隠れていた光が芽を出す。


 真夏に比べて落ち着きを取り戻した太陽の光を浴びたせいなのか、収まっていたはずの欠伸がぶり返した。

 情けない事に寝不足である。


 あまりくる事がない駅の看板を見上げながら、目をこすり頭を振った。――しっかりしないと、こんな姿を見られたら心証は最悪だ。

 佐々木真由香が居るボランティア部に所属して、早3週間と経つ。ボランティア部は今年受験を控えた三年を除く1、2年の男女23人とそこそこの規模を誇る文科系の部活で、毎週火、水、金曜日の放課後クラブとやや緩めの部活となっている。

運動部のように朝練がある訳でもなく、放課後、夜飯を食う時間までひたすらに、汗をかいて部活に励む訳でもない。部活の中でもかなり楽な部類に入るだろう。


 しかし、言ってはいけないが面倒だと思う面もある。全国的にどうか分からないが、どうやらうちの学校のボランティア部は校内活動だけでなく、校外活動にも力を入れているようで、時々土日を返上して市民活動に勤しんでいる。

 

 今日がその市民活動日である、駅周辺のゴミ拾い運動の日だ。


 今日来られるメンバーは僕を含めて10人前後と佐々木真由香は言っていた。無論その中に佐々木真由香もいる。しかし、僕が言うのもなんだが、もう少しいてもいい気がする。佐々木曰く「強制参加の形ではボランティア部としては本末転倒だ」と言っていた。よく分からないが、そういう事らしい。


 駅の周囲を見ながら欠伸がまた出る。


 昨日の晩、遅刻したらまずいと思い、早めに寝たのがいけなかった。結果変な時間に起きてしまい、今度は寝たら遅刻すると思い朝まで起きていたら、寝不足になってしまった。

 取り出したスマホで時間を確認していたら、車輪が線路を弾く豪快で、眼が覚めるような音が聞こえた。


 約束の時間まではまだかなりあり、部活メンバーは誰一人として現れていない。格好が学校指定の青いジャージなのでよく目立ち幾分か恥ずかしい。黙って突っ立ているだけだと通行人の視線をよく感じる気がしたので、僕は駅周辺をぶらぶらと歩く事にした。


 駅まで掛かる歩道橋に、グルグルと渦巻くロータリー。隣接する商業施設はそこそこの規模を誇っている。あまりくる事がないが、特急が通過せずに止まるだけあって、それなりの大きさを感じる駅だ。

「案外あるもんなんだな」開始から30秒。一応ボランティアの一員である事を意識していた所為なのか、馴染みの光景なのか、溶けたように潰れた空き缶を道端で見つけた。まだゴミ拾い運動は始まっていなかったので無視して通り過ぎてもよかったのだが、ボランティア部に所属したことで、心境の変化があったのか、自然と脚が空き缶に向いていた。


 腰を屈め大手飲料メーカーの炭酸ジュースを拾う。――家から持ってきたビニール袋をポケットから取り出すと、口を広げる為、上下に振った。一回、二回、三回、袋は揺さぶられたのを嫌ったのか、偶然吹いた風に乗って、掌からすり抜けて逃げ出してしまう。

「ちょ、待てよ!」

 ひらひらと舞い逃げるビニール袋を追う為に、脚を運ぼうとした際、ジャージを着ていても可愛い天使と目が合った。

「あら、随分早いね田中君」

 僕の掌から逃れたビニールを拾うと佐々木は笑った。


「感心しちゃった。皆んなより早くから来てゴミ拾いをやっているなんて」

 近づいて来た佐々木からビニール袋を受け取る。

 今まで占いを信じない派の僕だったが、この日、この瞬間を境に信じる派に寝返る事に決めた。ついでにジャンケンタイムも馬鹿にしていたが、今後真剣に精進するとしよう。


「佐々木さんも、早いんですね」

 日本に来て日付が経過した、外国人留学生が簡単な日本語を習得するように、僕の女子に対する免疫も少しずつだが、佐々木と接していたおかげかマシになってきた。後はリア充、ウェーイ系、パリピ、陽キャのように、冗談混じり佐々木をイジれればいいのだが、残念ながらレベルが足りず、まだその段階には突入していない。


「ほんとはもう少し遅く来る予定だったんだけど、いろいろと事情があってね」佐々木がこちらを向き微笑むと、両手を擦りながら息を吐いく。わざとではないと分かっているが、ジャージの上から来たパーカーの袖が、男の圧倒的な市民権を獲得している、萌え袖になっている。それは思わずスマホのシャッターを連写したくたる世界遺産のようだった。


「寒くないの一枚で?」

 両手を揉み込むように撫でていた佐々木が、僕の格好を見ながら言った。

 佐々木のタイミングを計ったように、冷蔵庫を連想させる風が一つ吹く。――当然ながら寒い。9月が終わりを告げ10月に突入した瞬間、地球が思い出したように、まともな季節の温度をお届けしている事により、連日、朝晩は少し肌寒いと感じるようになってきていた。今時、元気な小学生でも、薄い長袖に一枚何か羽織る季節なのに、僕はこの日ジャージ一枚だった。それは、何故か。

 ファンションセンスが壊滅的な為である。


「寒いですよ」

「え、寒いの! じゃあ、なんでジャージ一枚なの? ……もしかして待ってる間、お腹がすいて食べちゃったの?」

「変わった偏食家ですか! 食べませんよ!」

「なら宗派の決まりで?」

「純日本人の無宗教者です!」

「あ、分かった! 田中君てバカなんだね!」

「あながち間違いではないので訂正し辛いです!」


 佐々木が袖で口を覆いながら、腰を折り曲げて肩を小刻みに揺らす。三週間足らずで分かったことだが、どうやら佐々木真由香は、人をおちょくるのを生き甲斐にしている人間らしい。何かと思い付きで、人をいじってはケラケラと笑っている。距離が近くて嬉しいと思う反面、誰にでも対して、だいたい似たようなものなので、脈など一ミリもないと思ってしまい、少し凹む。まぁポジティブに捉えると、接してくれる分嫌われてはないと思えるだけまだ救いがあるが。


「あーあ、朝から楽しいね。それで、結局の所なんでジャージ1枚なの?」

「終わったと思ったら、まだ、掘り返すんですか? ――――その単に忘れただけですよ。家から出る時は少しばかり暖かかったので、着てくるのを忘れただけです」

「ふぅ〜ん、そうなんだ。なら、もしも田中君が耐えられない程の寒さを感じた時は、私のパーカー貸してあげるよ」


 佐々木はドキッとするような発言を恥ずかしげもなく、言ってのける。


 その発言を受けて彼女が何故、多くの男を虜にするのか今更ながら分かった気がした。

 パーカーの袖をパタパタしながら、「ただし、お金はきっちり払ってもらいますからね」と楽しそうに言う佐々木に向かい、自分の鼓動を悟られないように、小さく「必要になった時は頼むよ」と返すのが精一杯だった。


 佐々木から、集合時間までただ突っ立ているだけだと寒いねーの言葉を受けて、中断していたぶらり途中散歩旅を二人で再開する。


 本日のスタートは、名古屋駅から私鉄を使い揺られる事、約15分の、商業施設が隣接するそこそこ大きな駅からの始まりです。

 ――休みにもかかわらず、通行人の方を沢山見かけるのは、やっぱり隣接している商業施設が目的なんですかねぇー。

 わかりません。僕がよく来るわけではないので。

 ――おや、おや、そうだったんですねぇー。これは失礼致しました。……所で田中さん。先程から気になっていたんですが、お隣いる綺麗な女性はどなたですか?

 あ、すみません。ご紹介が遅れまして。こちらの美しい女性は、佐々木真由香さんと言いまして。

 ――もしや、田中さんのふぃあんせですか?

 それは、まだ早い、まだ早い、まだ早い。


「どうしたの? やっぱり、寒い?」

「いえ、大丈夫です」

 否定と共に頭の中の、自称モノマネナレーターを消し去った。

「それにしても、部活の会議で持ち上がるだけあって、あちこちにゴミが結構転がっているねぇ。やりがいがある分には嬉しいけど、これは、骨が折れそうな予感……」

 佐々木は道端に点在するゴミに目をやりながら、腕を組み唸りながら言った。

「そうですね。正直これじゃあ、やった所で意味があるのかと思いますけどね」


 意識して佐々木の歩調に合わせながら、同意を表す。花金が開けた土曜日の駅周辺は、だいたい何かしらのゴミが転がっているらしいと、事前情報で聞いていたが、実際来てみたら想像していたよりゴミが転がっていた。確認できる範囲で今の所、ゴミの種類は空き缶や空き瓶がダントツに多い。

「それりゃあ、意味はあるよ。じゃないと私たちが何のために掃除してるのか分からないじゃない」

「でも、毎週末誰か知らないですけど、厚顔無恥の方々が汚して帰るんですよね。今日完璧に掃除した所で、来週の金曜日になったら、ゴミをまた捨てられたんじゃ、骨折り損じゃないですか?」

「ふむ。田中君の言い分は正解でもあり、不正解でもあります。そんでもって、私個人の独断で採点させてもらうと、赤点です」

 佐々木はいつの間にか装着していた軍手で、足元のゴミを拾い上げると、僕に手渡した。

「理由を聞いてもいいですか?」


 佐々木から受け取った、ひしゃげて表面がザラザラとしている空き缶を、口を広げたビニール袋に投入する。

「理由は至って単純。汚したままにしておくと治安が悪化するから」

 一瞬、佐々木の言った意味が飲み込めず、首を捻った。

「受け売りなんだけど、心理学で窓割れ理論って言葉があるの。ポイ捨てを放置したまま黙って見過ごすと後々、治安が悪化していき重大な犯罪に繋がってしまう……。この理論が本当に正しいかどうか分からないけど、少なくとも、犯罪が起きてしまってからでは遅いでしょ? だから、今ある、もしかしたら危険なモノになりうるゴミの芽達は摘み取っておいて、損はないんじゃないかしら?」

 佐々木は言い終わると僕に向けて可愛らしくウインクした。

 話を聞いて、頷きながら感心する。下心で入ったボランティア部であったが、所属したことにより、外側からは見えてこなかった深さが分かり、日々何だかんだ言って、楽しいと思える時間を過ごしている気がする。……でも、一番は佐々木が所属しているのがでかいが。


「そういえば、今更ですけどボランティアって何ですかね?」

 僕の疑問を受けて、佐々木がわざとらしくコケそうなフリをした。

「寒さでおかしくなったのね。大丈夫よ、田中君。今すぐに救急車の手配するから!」佐々木がスマホを取り出し、操作しだした。

「ちょっと! 大丈夫ですから! いらぬ心配ですから! というかそんなに変な事言いましたかね僕?」

「ごめんなさい」佐々木は操作していたスマホで、何故か僕に向けてシャッターを切るとスマホを仕舞い、続ける。「てっきり、ボランティア部に興味があって入るぐらいなんだから、意味まで理解していると思っていたの」

 佐々木に言われて、忘れていた下心が疼いたが、無視するように口を開く。


「すみません。ボランティアって漠然と意味は分かるんですけど――そんなことより、撮った写真をどうするんですかね?」

「田中君の言いたい事は分かるわ。英語の単語は聴き取れて形としては出るけれど、意味までは理解できない。そんな感じじゃないかしら? 撮った写真はしかるべく時に使わしていただくわ」

「多分? そんな感じだと思います。それはそうと、しかるべく時っていつなんですか? 怖すぎますよ!」

「……難しい事を聞いてくるわねぇ。でも、そういう質問嫌いじゃないわ」佐々木は一旦口を閉じて、スマホを取り出すとニンマリ笑い、言った。「しかるべく時は、しかるべく時よ。堂々巡りになるからもうおしまい。次聞いてきたら、今度はムービーモードか、連写モードで田中君を永久保存するから」

「唐突に病みの部分を出さいでください! 怖すぎますよ! まぁ、変な事に使わないならいくらでも勝手に撮影してくれて構わないですけれど……」


 正直好きな人に写真を撮られて嫌な気がしない。嫌というより、嬉しかったりする。佐々木が僕の写真を撮って一体ナニに使うのか――やめろ! ナニを考えてるんだナニを!

 そんなドキドキしていた僕の心は、佐々木の「別に変な事に使わないわよ。部活の会報写真に使うだけ」と言われた一言により、バカバカと鼓動の動きが変わっていた。


「うーん。いざ、説明するとなると難しいわねー」

 佐々木が眉間にしわを寄せて立ち止まったので、僕も歩みを止めた。立ち止まった時、後ろから、知らないうちに来ていた通行人を驚かせてしまった為、佐々木と共に謝罪し頭を下げた。流石に通路で立ち止まっていると邪魔になるので、どちらからともなくガードパイプに体を寄せる。

「むー。朝から頭を使わせる事を言っちゃう困ったちゃんのせいで、貧血になりそ」

 よよよと言い、佐々木が僕に軽くしなだれかかる。

「す、すみません」

 佐々木の柔らかな体の部位と、髪から漂ってくるシャンプーのいい匂いを近くで感じたせいで、収まっていた動悸がぶり返した。

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