第8話相談

「ごめんなさい。こんな夜遅い時間に……実は相談に乗ってもらいたいことがありまして。その、周りに相談できる人がいなかったので……」

 メッセージアプリを立ち上げて、迷いに迷いながらメッセージを打ち込み送信した。そこから20分経つが、未だに未読のままだ。

スマホに表示されている現在の時刻は、午後11時15分ともうすぐ日付けが変わりそうな、遅い時間だった。


 流石に寝ているだろうか?  いや、そもそもにこんな夜遅い時間に迷惑だったよな。

メッセージの返信を待つ間、口寂しさから食べていたカップ麺を、ズルズルと啜る。醤油の塩っぱさが現在の物寂しさに拍車をかけた。


 カップを持ち上げ、卵の溶け込んだ茶色い液体を流し込んでいた時、机に置いていたスマホが数回振動した。

「なになに? なんの相談? ちょうど眠れなくて暇していたから、グットタイミングね。おばさんになんでも聞いて頂戴」

 待ち受けに表示された多江さんのメッセージを見て、安堵のため息を漏らした。僕は堰を切ったように、スマホを両手で操作して文字を打ち込んでいく。送信してから数分後返信が届いた。


「なるほど。ボランティア部に所属する事が出来て、噂の彼女さんに一歩近く事が出来たけれど、彼女さんはあらかじめバリヤを張って拓真君を牽制していると」

 多江さんから来たメッセージに目を通し返事を書き込み送る。

「脈がないんですかね。下手に行動すると終わる気がして怖いんですよね……」

 正直言ってボランティア部に飛び込んだのは、不正解な気がする。どう転んだって佐々木に好意を見せた瞬間から、関係が壊れてしまうだろう。そのぐらいあの時、過去の出来事に悩まされた口調で佐々木は語っていた。


 口からため息が漏れ出る。部活に所属した事で、生殺しに近い感覚を味わい続けるなら、いっそ今から辞退してしまおうか。時間が経てば経つ程に取り返しのつかない苦しみを味わうぐらいなら。いっそ……。

椅子に深くもたれ掛かりながら、天井を見上げる。取り替えたばかりの蛍光灯に眩しさを覚えたが、今の暗くなった気持ちを切り替えるには丁度いい光のような気がした。


 多江さんからの返信はない。呆れてしまったのだろうか? 心配になり、スマホを見つめていた時、耳慣れたメロディが鳴った。着信画面には多江の名前が表示されている。――――スマホを手に取り通話ボタンを押すと耳に当てた。

「こんばんは。今、電話しても大丈夫かしら?」

 ほんのりと暖かみを感じる声が耳朶に伝わる。

「どうも。僕は全く問題ないです。むしろ多江さんこそ大丈夫なんですか? 電話していて」

 この時間なら隆聖も家に居る時間だろう。別にやましい事はないが、親友と母親が電話していたら流石によからぬ心配の一つはするだろう。


「問題ないわよ。馬鹿息子は夢の中だし、私は今ベランダに出ているから」

 どうりで電話越しの声に少しザラつきがあるのか。納得しながら、「なら、お互い問題なさそうですね」と頷きながら喋った。

「それにしても、頑張ったわね、拓真君! 昨日の今日で早くも、佐々木真由香ちゃんと同じ部活に入るなんて。凄いじゃない!」

「いえ、たまたまですよ。……それに多江さんから助言をもらったのが大きかったですし」

「そうかしら? でも、何はともあれ、おめでとう! このまま、若さと根性で愛しの彼女をゲットしなさい」

「だといいんですけどね……」無自覚にため息を漏らしてしまう。


「どうしたの? 元気ないね。たっくん」

「ちょっと! もう消え去った人物の名前で呼ぶの止めてもらっていいですか?」

「えー。でも、拓真君を崩すとたっくん。だよね」

「そうですけれど……」今更ながらあの時安易にニックネームを付けた自分を呪いたい。

「元気を出しなさい、拓真君。あの日の立派でカッコよかった、たっくんはどこに行ってしまったの」

「別に立派でかっこよくはなかったと思います。それに、そう見えていたなら、たまたまですよ、あかねさん。あの時、多江さんが、キャラを演じてくれたおかげで、僕もつられるように、なんとなく演じられただけだと思います。実際のたっくんこと田中拓真は、女性と話す時どうしようもなく、緊張してしまい言葉が思うように出てこないんです」


 多江さんにあまり、弱みを言いたくなかったのだが、内に溜めていものを吐き出してしまいたい、衝動に駆られて止めることができない。

「私を女性と判断しないとはいい度胸ね、拓真君」

 耳から自動車の走行音とは別に、多江さんの少し怒気を孕んだ声が聞こえてきた。

「いや、あの! 言葉の綾と言いますか、多江さんとは長い付き合いなので、女性でも平気と言いますか」

 自分の失言に気付き慌てて否定する。

 多江さんは悪戯が成功した少女のような笑い声を上げると、態度を軟化させて言った。


「うそうそ、冗談よ。もうおばさんだもん。拓真君が緊張するわけないわよね……はぁ、いやよね、歳を取るって。若い頃より少ない量を食べたはずなのに、全て脂肪に変わり太りやすくなるし、十分な睡眠を取っていても、疲れは取れにくくなるし、それに……」

 何やらため息とは別に怨嗟の声が聞こえるのは、気のせいだろうか。僕より深刻な多江さんの嘆息を次々と聞き、自分の悩みがちっぽけに思えてきてしまう。なんだろう、何だかんだ申し訳なくなってきた。

「あの、多江さんはまだまだ、若いですよ。外見的には勿論ですし、中身だって若々しいじゃないですか。この前のレンタル彼女でデートした時、若作りではなく、自然な無理のない仕草を感じました。――上から目線でいろいろとすみません。大丈夫です、自信を持ってください。多江さんより劣る女子高生なんて、腐るほどうちの学校にいますから」


 適当に頭に浮かんだ女子の顔を消していく。すまん、別にそんなつもりで言ったんではないんだ。ただ、多江さんを励ますために、言っただけであって、決して悪意はない。しかし、他人の目がある所で時々、品のない言動をするのは頂けないと思い、今回挙げさせてもらっただけであり、もう一度言うが悪意はないんです。会話したこともない、頭に浮かんだ女子達に、一応心から謝罪する。


「ありがとうね、拓真君。あなたを励ますはずなのに、私が励まされているね。ごめんね、もう大丈夫! 仕事で少し嫌な事があっただけで、日常的に嘆いてる訳ではないから。――でも、今度から何かあったら拓真君に少しだけ相談していいかな?」

「別に大丈夫ですよ。ろくなアドバイスができるか分からないですけれど、僕でよければいつでも」

 特殊な仕事であるがゆえに、普段から内に溜め込んでいるものも、沢山あるだろう。多江さんの悩みを聞くぐらい安いものだ。今日の悩み相談室だってそうだが、隆聖含め中谷家には日頃からお世話になっており、よくしてもらっている。それが顕著に感じる瞬間は中谷家にお邪魔した時、たまに出してもらうお菓子だ。その菓子は10代に喜ばれる、人気の甘いラスク……。


 相談に乗るのを承諾したのは、常日頃のほんの恩返しの為の行為であって、断っておくが、別に恩を売っておけばワンランク上の菓子を、出してもらえるとかは思っていない。そこまで僕は卑しい奴ではない。

「……本当にありがとう。今度、中谷家に遊びに来た時でも、お茶しながら少し話を聴いてもらうね」外が肌寒いのか、鼻を軽くすする音が電話越しに二、三回聞こえた。「そうだ。拓真君は何か食べたいお菓子ってある?」

「名古屋の地下街で売っているイチゴ大福です!」

「ふふふ、了解です。隆聖と遊びに来る時言ってね、買っておくから」


 右手で小さくガッツポーズを作り礼を言う。多江さんはお手洗いに行くと言うので、一旦電話を切ると、麺が伸びてしまったラーメンの残りを、味に不満を言いながら無理矢理平らげた。それから数十分後、腹が落ち着いたために睡魔に襲われた僕は、多江さんの着信に気づかず知らず知らずの内に寝てしまっていた。どうやら変な所を触ったみたいで、スマホがサイレント機能に変わっていたらしい。


 朝目覚めてから、やらかした気持ちで、スマホを取り上げたら、着信が2通とメッセージが一通が多江さんから届いていた。


「寝ちゃったのかな? 随分遅い時間だから、メッセージに気づいても返信は不要です。今日はありがとうね、拓真君。おかげで、おばさん2、3歳若返っちゃった……なんて。私のせいで途中で話が変わっちゃたけど、とにかく自然体のまま、状況に慣れる事が大事だと思います。変にカッコいい所を見せようとかすると、女の子は鋭い子が多いので、感づかれて呆れられてしまうから注意しましょう。でも、卑屈になっては駄目ですからね。自信がないのが一番モテないので気をつけてるように。ボランティア部に所属したなら、焦らずにまずは目の前の部活を一生懸命取り組む事。後は拓真君の優しさを魅せれれば大丈夫! 影ながら応援してるから頑張ってね」

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